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秋に芽が出て育つ恋  作者: 美雪


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20/53

20 火曜日 カミーラの話

 カミーラは遅めの時間に帰って来た。


 部屋の鍵はベルが預かっているため、ベルは片づけや入浴を済ませた後も起きていた。


「おかえりなさい!」

「只今帰りました」


 カミーラは大きな息をついた。


「さすがに疲れました。ジェイル様にご迷惑をかけるわけにはいきません。些細なミスも許されないと思い、緊張してしまいました」

「カミーラでもやっぱり緊張してしまうのね……でも、それがジェイル様の凄さよ!」

「そうですね」

「どうだった? 疲れていなければ、少しだけでも話が聞きたいわ」

「疲れているのですが、話をしたい気分です。ベルは眠くないのですか?」

「全然! どうだったのかが気になって、このままじゃ眠れないわ!」


 カミーラとジェイルは以前にもペアで数回、夜会に出かけたことがあった。


 しかし、二人は直接的に親しいわけではない。むしろ、全く親しくない。


 社交関係の知り合いを通じて、偶然そうなっただけだった。


 現地で待ち合わせをして現地で別れるという形や、他のペアと一緒に馬車で移動するようなものだったため、完全に二人きりになることはなかった。


 今回は同じ馬車で移動したこともあり、完全に二人きりになる時間があった。


「最初は打ち合わせのような内容だったので、会話には困りませんでした。細かい部分も指示されたので、それを前提に動きやすくなりました」

「さすがジェイル様! 仕事ができる男性って感じね!」

「優秀な方であるのは疑いようもありません。パーティーでも常に一緒にいたわけではないのですが、少し困ったような状況の時に来てくださり、エスコート役として牽制してくれたのです。おかげでいざという時はジェイル様がいると感じ、安心できました」

「エスコート役としても優秀ということね! シャペルが提案してくれて良かったわね!」

「そうなのです。ジェイル様も同じように言っていました。丁度いい提案だったと。元々ジェイル様は社交活動を積極的にされているのですが、仕事の一環でもあるそうです。ですが、今は婚活ブームのせいで余計に人が多く集まり過ぎてしまい、何かと手間取るそうです。エスコート役であることを活用できるのはかなり有効で、私の言動もパートナーとして非常に良かったと評価して下さいました。機会があればまた一緒にどうかという提案もありました」

「ええっ?! 凄い!」


 ベルは叫んだ。


「またデートに誘われるなんて!」

「デートではありません。仕事です」


 カミーラは強い視線でベルを見つめた。


「そこは勘違いしてはいけません。あくまでも仕事。私も社交グループの情報収集です。デートではありません」

「はいはい」

「ベルの周囲にはジェイル様狙いが多いはず。デートなどと言ったら、私が敵視されてしまいます。冗談のつもりでも、ベルが言うからこそ本気にされるかもしれません。今はどこも婚活ブームで加熱しています。足の引っ張り合いや悪質な嫌がらせについても、いつもに増して酷い状態なのです。絶対にデートとは言わないように。いいですね?」

「それもそうね。気を付けるわ」


 ベルは本気で注意されていると感じ、深く反省した。


「私とジェイル様はカドリーユでペアを組みました。それがきっかけで、名前で呼び合うようになったことは知られています。今回も偶然同じパーティーに行くことが判明し、馬車の都合もあって一緒に行くことになった。そう説明しています。紹介によるものだとは言ってません。いいですね?」

「わかったわ」

「それと、今後はシャペルと呼び捨てするようにと言われました」

「ジェイル様に?」

「そうです。カドリーユで同じチームであることから、名前で呼ぶという第二王子の指示が出ていました。私はベルのことがあったため、シャペル様という呼称から、ディーバレン子爵に戻しました。距離を置くという意思表示です。ですが、シャペルが自分から計画したことではありませんでした。そして、好きになってしまうほどベルが魅力的な女性だったというだけのこと。姉だからこそ冷静に公平に判断すべきだろうと言われてしまったのです」


 カミーラは反省するように息をついた。


「お兄様もシャペルのことをディーバレン子爵とは呼びません。むしろ、前よりも見下すようにシャペルと呼び捨てにするとか。王族の意向に逆らわないようにするためにも、私もそのようにするのが適切だろうと」


 王族。つまり、第二王子だ。確かにそうかもしれないとベルは思った。


「ですので、これからはシャペルと、見下すように呼び捨てにします」

「わかったわ。ジェイル様はさすがね! 冷静で公正だわ!」

「実はまだあるのです」

「何?」

「黄色のコートとバッグですが、あれはジェイル様がお見立てされたとか」

「な、なんですって?!」


 ベルは驚愕した。


 馬車の中で聞いた説明によると、ジェイルが出勤すると同時にシャペルが来て、一緒に買い物に付き合って欲しいと言って頭を下げた。


 ベルに贈ることや事情等も説明した。自分だと女性が好みそうなお洒落なものを選べないかもしれないため、ジェイルの力を借りたいと思ったことも。


 シャペルの話を聞いたジェイルは、平民用のパーティーであっても高位の貴族の令嬢であるベルが粗末な物を身に着けるのは好ましくないと感じた。


 普段何気なく高級品を使用している者ほど、自然と良いものを無意識・感覚的に知ってしまい、粗雑な品になった途端、その差を急激に感じることがある。


 また、シャペルからベルに贈り物をして受け取って貰える機会は最初で最後かもしれない。ならば、シャペルの気持ちが込められたようなもの、また、その財力に相応しい最高級品を贈るべきだと判断した。


 シャペルはジェイルの判断が正しいと感じ、任せることにした。その代わり、買い物に付き合ってくれたお礼として何かジェイルの欲しいものを一つ買うという約束もした。


 昼食を理由に外出し、二人はルジェ・アヴェニューに行った。そして、ジェイルが見立てた複数のバッグの中からシャペルが一つを選ぶという形でベルへの贈り物を選んだ。


「そうだったのね……」

「まだあります」


 シャペルはベルの明るく活動的な性格、光り輝くような眩しい笑顔をイメージして黄色のバッグを選んだ。


 しかし、黄色のバッグはドレスと合わせるのが難しい。同じ色のドレスであればいいが、他の色とは合わせにくい。


 そこでジェイルは季節を考慮し、同じ色のコートも購入して贈ることを提案した。


 外出の際はバッグとコートを着用すればいい。色が合う。コートの中にどのようなドレスを着ていても問題はない。


 また、コートを脱ぐ時はバッグもクロークに預けてしまうため、ドレスとバッグを合わせることもないだろうと判断した。


 毛皮のないハイネックタイプのコートを選んだのもジェイルだった。ジェイルは毛皮の抜け毛が不潔だと感じ、気に食わないと思っていた。


「ジェイル様と私は共に毛皮の抜け毛が嫌いだという共通点があったのです。驚きました」


 社交シーズンは基本的に春から夏。毛皮を着用するような季節の社交はオフシーズンになる。外套として着用することがほとんどのため、毛皮の話題になることは少なく、しかも抜け毛ということであれば余計に話すこともない。


 カミーラはジェイルに関する貴重な情報を得たこと、しかも自分と同じような感覚を持っていることを知り、非常に嬉しくてたまらなかった。


「ジェイル様はお洒落なことで有名ですが、男女関係なく、お洒落全般に対してご興味があるとか。ですので、お洒落についての話題を嫌がるどころか、鋭い指摘や考察を述べられるのです」


 毛皮はコート以外にも様々なものに装飾、ワンポイントとしてあしらわれる。しかし、毛皮にも色や質感の違いがある。毛皮ということで揃っていても、色や質感が違うのはおかしく見える要因になる。


 コートに毛皮をあしらってしまうと、手袋やストールなどの小物と合わせるのが難しくなる。つまり、様々な小物を駆使するコーディネートがしにくくなる。


 また、襟元に毛皮があると、どうしてもふわふわとした感じが目立ち、高価なブローチなどをつけても目立ちにくくなる。


 あえて何もないシンプルなハイネックスのコートにすることで、小物を合わせたお洒落をしやすくし、その加減で平民のパーティーから貴族、王宮の夜会まで対応可能にする。


 様々に細かい部分までジェイルは考え、それを満たす品を探した。そして、まさにそれを理解したような品を扱っている店こそが、ルジェ・アヴェニューだった。


 シャペルは大満足の買い物ができた。


 ベルは必ず喜ぶと思ったものの、約束していないコートについては遠慮しそうだと感じた。


 そこで、渡したらすぐにその場を去るようにとジェイルは助言した。


 そうすることで、コートは約束していない、受け取れないとは言われないように、返却されにくくなるようにする。


 カミーラが揃った色のバッグとコートがあるのは有用だと冷静に判断し、このまま貰っておけばいいとベルに助言することも見越していた。


「ジェイル様は神?! 神なの?!」

「私も話を聞けば聞くほど、ジェイル様の凄さを実感しました」


 カミーラはようやく一息をついた。


「ジェイル様は自分が助力したことは黙っていて欲しいと言われたのですが、私はむしろこっそりという形で話した方がベルも喜ぶ、本当にシャペルが素晴らしいものを贈りたいと考え、ジェイル様に助力を頼んだこともわかり、大事にすると説明しました。そうですね?」

「その通りよ! 店員が選んだのと、ジェイル様が選んだのでは全然違うわ!」

「最終的に贈り物を決めたのはシャペルです。これはシャペルの気持ちが込められた贈り物です。ジェイル様の気持ちが込められた品ではありません。それには絶対に間違えてはいけません」

「そうね……ごめんなさい。シャペルに失礼だったわ」

「そうです。ですから、仕事の時には遠慮なく活用するように」

「そのつもりよ! そのために受け取ったわけだし」

「大体はこのようなところなのですが……もう一つあるのです」


 カミーラが嬉しそうな表情になったため、ベルは身を乗り出した。


「まさか、交際を申し込まれたの?! それとも結婚?!」


 瞬時にカミーラの表情は呆れるようなものになった。


「今日は仕事です。そのような話は一切ありません。むしろ、勘違いしないようにと釘をさされました。言われなくてもわかっていますが」

「そうなのね……」

「ですが、何かあった場合、また同行するのも互いにとって益があるかもしれないという話はありました」

「そんなことを言っていたわね。最初の方に」

「パーティーの予定がいくつもあるため、恐らくはそれほど遠い未来でもないだろうと。そこでジェイル様なりに気を遣って下さり、ちょっとしたものを下さると」

「えっ?! 宝飾品とか?!」


 カミーラは眉間にしわを寄せた。


「ベルは同行役を務めて宝飾品を貰ったことがあるのですか?」

「ないわね」

「つまり、宝飾品ではありません」

「千ギール?」


 それなら自分も貰っているとベルは思った。アルバイトだが。


「私がそのような額で同行役をするとでも?」

「しないわね。取りあえずは百万ギール位ふっかけそうだもの」


 カミーラは否定しなかった。実際に百万ギールをふっかけたことがある。


「正解を言いますと、ジェイル様はシャペルに何かを一つ買わせるという権利を使い、ベルとお揃いで色違いのコートを買って下さるそうです。自分がお金を出すわけではないため、遠慮しないで受け取って欲しいとも」

「ええっ?! さすがジェイル様! 自身のお金を出さずにカミーラの欲しいものを贈りつつ、しっかりと益を確保されるなんて! しかも、カミーラだってそんな風に言われたら、遠慮しないで受け取るに決まっているわ!」


 何をしても悪く取られないのがジェイルの真の凄さである。


「そうなのです。本当に優秀な方だとしかいいようがありません」


 非常に賢く、警戒心の強いカミーラにもジェイルの凄さが通用している。これもまた凄いことだった。


「じゃあ、お揃いのコートを貰えるのね!」

「そうです。色違いで」

「何色にするの? ジェイル様と一緒に買いに行くの?」

「ジェイル様は常々私には赤が似合うだろうと思っていたらしく、赤いコートはどうかと薦めて下さいました」

「素敵! ジェイル様がコートだけでなく、色まで見立てて下さるなんて!」


 すっかりベルはジェイル狙いの友人達と同じノリになっていた。


 いつもは冷静沈着なカミーラも、まさかジェイルが欲しかったコートをくれるとは思わなかっただけに、心が浮かれずにはいられなかった。


 しかも、お洒落と名高いジェイルの見立てたものだ。


 赤は派手で強すぎるイメージになってしまうと思っていたけれど、ジェイル様の見立てに間違いはないはず。私には赤が似合うのに避けていたなんて……。


 カミーラでさえ、そう思わずにはいられない。それもまたジェイルの凄さだった。


「明日には届けるそうです。ですが、あのコートは各色一点なので、赤が売り切れていた場合は別の色になるということでした」

「赤があるといいわね!」

「そうですね。話はこれで終わりです。私にも色々といいことがあったので、どうしてもベルに話したくて……」

「良かったわね。カミーラ!」

「ベルのおかげです」

「そうね! 私のおかげよ!」


 二人はシャペルのおかげとは露ほどにも思わなかった。


 コートの代金を全額支払うのはシャペルだとしても、完全にスルーである。


 むしろ、ジェイルの方が圧倒的に評価されていた。


「ルジェ・アヴェニューの品なんて……初めてです。実はそれも嬉しいのです」

「実は私も。あそこは会員しか買い物できないし、レーベルオード子爵に土下座すれば行けるかもとは思ったけれど、値段的に何も買えないかもしれないじゃない? そう思うと怖くて……」


 ふっとカミーラは笑みを浮かべた。


「シャペルを利用すればいいのです」

「あっ!」


 ベルはシャペルという存在を思い出した。


「ジェイル様とシャペルはルジェ・アヴェニューでよく買い物をするとか。二人共会員なのです。ベルがシャペルに頼めば、店内を偵察するのは簡単でしょう。買い物をする必要はありません。私達は会員ではないので、買い物をするかどうかは関係ありません」

「そうね!……って、私達?」


 ベルはカミーラも行く気であることに気づいた。


「ベルはシャペルと二人きりでルジェ・アヴェニューで買い物デートをする気ですか? それとも、あの件から少しでも関係を修復するという名目で、シャルゴット姉妹をルジェ・アヴェニューでの買い物に誘うのとどちらがいいと思うのですか?」

「後者です!」

「シャペルとの交渉は任せます。シャルゴット姉妹の利益を確保するように」

「仰せのままに!」


 その頃、何も知らないシャペルは王子府で残業途中で寝落ちしていた。



 シャペルの利用は計画的に。

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