15 月曜日 銀行パーティー(二)
確かに派手だわ!
中に入った瞬間、黄金色の世界が広がった。
壁の一つは花々で埋め尽くされ、ウェルカムボートのようになっている。正確にいえば、ウェルカムウォールだ。
ベルは平民のパーティーと聞いた際に、あまり凄いものではないと感じていた。
しかし、前回の反省を踏まえ、王宮の夜会に出席する際に着用するドレスにした。但し、新作ではない。着回し品である。
また、シャペルの実家であるディーバレン伯爵家から届いた物の中にあった化粧品のセットや香水などを使用するチャンスと思い、細かい部分にも気を遣って身支度をした。
パーティーバッグは不用品として貰った新品のものにしようと考えたが、カミーラに駄目出しをされ、愛用品のバッグを合わせることにした。
「バッグは預ける? 貴重品がなければだけど」
「預けても大丈夫よ」
バッグはシャペルのコートと共にクロークに預けることになった。
エスコートはやや距離を置き、いかにも親しく馴れ馴れしい感じに見えないように配慮した。
会場に着くと、多くの者達が待ち構えていたのではないかと思えるような勢いで次々とシャペルのところに挨拶に来た。
ベルのことも聞かれるが、シャペルは仕事の関係者の妹、貴族、このようなパーティーに来たことがないため、勉強も兼ねて連れて来たと説明した。
そして、懸念されていた女性達もシャペルの元に来る。
「今晩はディーバレン子爵!」
「お会いできて光栄ですわ!」
「いつ見ても素敵ですわ!」
女性達は順番待ちをすることはない。むしろ、シャペルを奪い合うかのような様子だった。
ベルはシャペルが女性達の人気者、熱い視線を受けている状況に驚いた。同時に女性達の強気な態度に気が引けてしまい、静かに状況を見守ることにした。
ベルが何も言わないことをいいことに、女性達は早速アピール合戦を始めた。
「私、ディーバレン子爵と踊るのを楽しみにしていましたの!」
「この日のためにダンスの勉強をしっかりとしてきましたのよ!」
「ぜひ、その成果を披露したいのです!」
「今夜こそ踊っていただけますわよね?」
「私が先ですわ!」
「私よ!」
シャペルはにこやかに答えた。
「美しいダンスを踊れる女性はとても魅力的だ。自信があるのであれば、ぜひとも披露して欲しいな。そこでレベッカはカールズ、リンジーはフランクを相手に踊ってきて欲しい。どの程度上達したのか、ここで見ていることにするよ」
シャペルはただ断るのではなく、気の強そうな女性には相手の男性と踊って来るように言った。
「レベッカとリンジーはいいわね。チャンスを貰ったわ!」
「ここで素晴らしいダンスを披露すれば、ディーバレン子爵が踊って下さるかも?」
「そうよ。自分も踊りたいと言って下さるかもしれないわ」
「頑張らないと」
「最高のダンスを見せてね!」
他の女性達はにやにやしながらレベッカとリンジーを送り出した。
レベッカはすぐにカールズと組んで踊りに行ったものの、リンジーはフランクが嫌がっているのかずっと話している。あまりいい雰囲気でもない。
「リンジーは駄目ね」
「不合格だわ」
「踊るだけでなく、フランクを誘うことでも試されているのに」
「あれじゃ、踊って貰えないわ」
「残念ね。せっかくのチャンスが水の泡だわ」
女性達は言いたい放題だった。ライバルだけに容赦がない。
ベルはシャペル狙いの女性達は積極的なだけでなく、強くてしたたかだと感じた。
勿論、うまく追い払ったシャペルの社交力の高さも評価した。
リンジーはフランクを誘えないために戻って来た。
「フランクはまだ踊りたくないんですって。ディーバレン子爵に踊って貰えばいいと言われましたわ」
「それは無理かな。フランクが王族だったら従うけれど」
シャペルはにこやかに微笑んだまま答えた。
「じゃあ、レベッカのダンスをみんなで見ようか。遠慮なく評価すればいい」
当然、レベッカの踊りに女性達は文句をつけ始めた。
「駄目ね」
「なってないわ」
「ミスったわ」
「タイミングが遅いのよ」
「下手ね」
あまりにも堂々と、しかも露骨に相手をけなすため、ベルはかなり驚いていた。
とはいえ、こういう女性達が貴族の中にいないわけではない。はっきりいえば、大勢いる。貴族の社交界にも。その辺は同じだ。
但し、シャペルを巡って争うという状況は見たことがない。ジェイルやパスカルを巡る戦いはしょっちゅうだが。
レベッカは踊り終わると戻って来た。
「いかがでした?」
「頑張っていたね。でも、みんなの評価は厳しかったかな」
シャペルは周囲の評価を告げることで自分が評価するのを避けた。
「私の踊りに嫉妬したのですわ」
「それはないわ」
「大したことなかったわ」
「まだまだね」
ここにいるのはシャペル狙いの女性達ばかりである。ライバルにいい評価を与えるわけがなかった。
「みんなが悔しがるようなダンスを踊れるように頑張って欲しい」
シャペルは女性達を見回すように言った。
「社交をするためにはダンスが必須だ。男性は女性の様々な能力を見ている。ダンスの技能もその中にある。恋人や妻と踊って恥をかきたくないからね。貴族はそういったことを気にする。友人にもダンスの技能を重視する者達が結構いる。みんなのダンス技能が向上するよう期待しているよ」
こうやってダンスの重要性を説明し、平民の女性達にすすめているわけね。これもダンスの素晴らしさを広める活動の一環だわ。
ベルはシャペルが社交にダンスに関する活動をうまく取り入れていると感じた。
このような説明を聞けば、女性達はダンスの習得が重要、必要不可欠だと感じる。貴族の世界をよく知らないからこそ、貴族であるシャペルの言葉は絶対的な情報になる。
ダンスを好きになる、楽しむこととは違うかもしれないが、まずは踊ろうというきっかけが必要だ。それがなければ、ダンスを好きになり、楽しむことも難しい。
女性達はシャペルと踊るのを諦めたのか、様々な話題を振って会話を盛り上げ、気を引こうとした。
しかし、シャペルはにこやかに対応しつつも、曖昧で適当な返事しか返さない。
何人かは時間の無駄だと感じたのか、適当な理由をつけて場を離れた。しかし、周囲に空きができればすぐに別の女性がやってくる。
女性達によるシャペル包囲網はなかなか解けない。
さすがにシャペルも飽き飽きしたのか、ベルと踊ることを理由にその場を抜け出した。
「いつも通り踊ればいいよ」
シャペルはベルの緊張をほぐすためにそう言ったが、ベルもまた女性達の様子や会話に飽き飽きしていたため、ようやく解放されただけでなく踊れるとあって喜んでいた。
「ようやくダンスの時間ね。嬉しいわ!」
ベルの本音であろう言葉にシャペルは苦笑しつつ、ワルツを踊る。
二人の息はぴったりで、些細なミスもない。まさに完璧なダンスだ。
王族の前でダンスを披露するほどの技量がある二人だけに、他の者達との差は歴然だった。
曲が終わると、シャペルはすぐに尋ねた。
「もう一曲いいかな?」
貴族の社交において、同じ相手とばかり踊るのは控えるようにするのが暗黙の了解だ。
でなければ相手を独占するという意味につながる。親しさをアピールすることにもなるのだが、交際中あるいは狙っているなどと様々な憶測を呼ぶことになる。
つまり、そう思われたくない場合は無難な理由をつけて断るのだ。
しかし、ベルは馬車の中で、場合によっては複数回踊るということも知らされていた。
「いいわよ」
二人はもう一曲踊った。またもや完璧なダンスを披露し、周囲の者達に見せつける。
これにより、偶然上手く踊れたわけではない。ベルのダンスの技量は紛れもなく優れていることが証明され、強い牽制力を持った。
ベル→ダンス大好き。シャペル→ベルもダンスも大好き。
でも、ずっと踊り続けるわけにはいかない二人なのでした。




