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秋に芽が出て育つ恋  作者: 美雪


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13/53

13 土曜日 隠れ家ホテル(二)

 スープ、メインが二種類、更に間を置いてデザートが用意された。


 ほとんどの食事が終わってお茶が用意されると、シャペルは話を切り出した。


「そろそろ仕事の話をしてもいい?」

「どうぞ。そのために来たわけだし」


 ベルは姿勢を正して気合を入れ直した。


 シャペルは手帳を取り出して予定を確認した。


「ベルの気持ちが変わらないうちにいくつか提案しておく。平民のところは四つ。来週の平日ばかりだけど」

「四つ?! 毎日ほぼパーティーってこと?!」

「婚活ブームのせいで、どこもかしこもパーティーばかりだよ。平民のパーティーも予定に入れているから、それこそ埋めようと思えば全部埋まる。朝もあるよ。モーニングパーティー。どこも普通の時間は予約だらけ。朝しか空いていないってことでその時間にする者達がいる。珍しいから結構人気。一日中パーティーをハシゴしてる者もいる。問題は着替えかな。夜はちょっとめかし込んでいかないとだしね。でも、平日なら割と平気だ」

「凄いわね」

「毎日パーティーばかりに出ているのですか?」


 カミーラが質問した。


「今はパーティーに出て情報収集するのも仕事だからね。積極的に予定を組んではいるかな」


 そのせいで王宮に来る時間が夜遅くになり、報告書などを書いているうちに寝落ち、早朝になってから屋敷に戻って身支度を済ませ、またすぐにパーティーに行くという日々をシャペルは過ごしていた。


「四つのうち普通のパーティーが三つ。全部父の代理。いつもなら断るけど、今は婚活ブームの件もあって情報収集に行く。別の貴族がいるかもしれないけれど、平民の商売関係だけにほぼ下級、男爵家とか傍系が多い。一つは未成年。でも、かなり下の子供相手。母校の初等部が開くパーティーのゲストなんだ。とある国の王子様としてダンスを踊るけど、隣の国の王女様も連れて行く」


 シャペルが王子設定?! ありえないわ!


 子供相手でなければ絶対に無理な設定でしょう。


 ベルとカミーラは心の中で呟いた。


「だから知り合いには会わないと思う。一つ千。どう?」

「一律ってところがまた適当な価格設定よね」

「相場よりは高いよ? 五百位だよね?」

「貴族のパーティーなら千行けばいい方ね。でも、平民のパーティーよ? 私の身分的にはどうなの?」

「紹介しないから関係ないかなと」

「エスコートするでしょう? 普通のパーティーなら」

「行く気があるの? てっきり子供のだけかと」

「普通は行かないけれど、平民のパーティーを見てみたいのもあるし、全部行けば来週だけで四千よ? 集中して稼ごうかと」

「意外とやる気なんだね……」

「何かと物入りだし、色々貰ったせいかやる気がアップしたわ!」

「じゃあ、母にまた何か送るように言っておくよ。不用品でやる気アップは嬉し過ぎる。毎回菓子や化粧品ボーナスが出るわけじゃないからね。むしろ、ある方が貴重かも」

「でも、これで懲りたら二度と行かなくなる可能性があるわ。後、不用品は馬車以外ね」

「わかった」

「馬車?」


 カミーラがそう言うと、シャペルが反応した。


「えっと……欲しい?」


 違うでしょう!


 ベルはそう思ったが、カミーラは違った。


「不用品なら。ですが、賄賂は困ります。高価なものですか?」

「中古。両親のお古が結構あって、馬車小屋増設するよりは欲しい人にあげてもいいかなと思っている。沢山は無理だけど、安いのを一、二台なら別にいいかなと……」

「どのような馬車なのか見てみたいのですが、可能でしょうか?」

「いいよ。賄賂が困るなら、かなり安く買い取る感じでもいい。但し、すぐに転売するのは困る。そういうつもりで融通するわけじゃない。品性を問われるよ」


 カミーラは眉間にしわを寄せた。


 転売する気だったんだわ!


 ベルはそんな気がした。


「興味なくなった?」

「多少は。というのも、さほど期間を置かずして気に入らなくなった、壊れて修理費用に納得がいかないという場合、すぐに手放すことができないという理由からです」


 巧みな言い方だ。


 ベルとシャペルはそう思った。


「来週はパーティーに行くので、その時に試乗することはできるでしょうか? 勿論、馬と御者付きで」

「いつ?」

「火曜日です」

「どこのパーティー?」

「ゼーラのところです」

「婚活パーティーに行くの?!」


 シャペルは驚いて尋ねたが、カミーラは冷静に返した。


「何か問題でも?」

「い、いや。カミーラも独身だし、やっぱり相手を探しているのかなと」

「否定はしません。ですが、情報収集のためでもあります」

「どっちかっていうと、情報収集?」

「そうです」

「だったらその……エスコート役とかいる?」


 カミーラは眉を上げた。


「ディーバレン子爵が名乗りを上げていただけるのでしょうか?」

「それは無理。カミーラを狙っていると思われたら困る。でも、別の相手なら紹介できる。勿論、向こうにも話をして了承貰わないとだけど、どう?」

「その方も情報収集目的のため同じパーティーに参加する。私を女性避けに活用したいということでしょうか?」

「話が早い。今夜だけは同行者がいるからまたっていう感じで、お互いに活用してくれたらいいんじゃないかなと勝手に思った」

「どなたですか?」

「ジェイル」

「えっ?! ジェイル様?!」


 シャペルは不機嫌そうな表情になった。


「ベルには紹介しない」

「ケチ!」

「当たり前じゃないか!」


 男心をわかっていないとシャペルは思った。


「まさか、ベルもジェイルに気があるの?」

「みんなのために情報収集しようかと」

「ジェイルは仕事だ。ジェイルの情報を欲しがる女性を紹介できるわけがない。足を引っ張る。カミーラはそんなことをしないだろうと思っただけだよ」


 正論であるため、ベルは大人しく諦めることにした。


「そうね。ごめんなさい。聞かなかったことにして」

「信用していただけるのは嬉しいですね。では、一応お話をしてみていただけますか? 私はどちらでもいいのですが、しつこい男性に絡まれた場合に活用できるかもしれません」

「じゃあ、聞いてみる」

「もし一緒にということであれば、向こうの馬車でお願いします。ディーバレン子爵の馬車はまたいつかということで」

「わかった。その点も聞いておくよ。月曜日に聞く。王宮に住んでいるわけだし、前日にわかれば問題ないよね?」

「はい」

「ベルは月曜、水曜、木曜が普通の平民パーティー、金曜の夜が子供の。どうする?」

「じゃあそれで。ドレスコードとか必要そうな事前情報は手紙に書いてまとめて送って」

「わかった。じゃあ、話はこれで終わり。遅くならないように送るよ」


 シャペルは呼び鈴を鳴らした。


 すぐに部屋付きの者が来る。


「お呼びでしょうか?」

「裏に馬車を」

「かしこまりました」


 部屋付きの者がいなくなると、ベルは興味津々といった様子で尋ねた。


「裏って、どこか別の出入口があるの?」

「ここへ来る時、普通の路肩に馬車を停めたよね。あそこにずっと待機させておくわけにはいかないから裏口がある」

「それもそうね」


 シャペルは席を立った。


「ここで待ってて」


 シャペルはそう言うと食堂を出て行く。


「ここでって……帰るなら向こうよね?」

「普通に考えればそうです」


 シャペルはマントを持って戻って来た。


「じゃ、行こうか」


 二人はわからないと思うものの、何かあると感じて期待した。


 その期待に応えるべく、シャペルは行動した。


 先程とは違う食器棚を横に押し始めたのである。


「くっ、重い! でも、急がないと時間が!」


 何をしているのかと呆れる二人だったが、すぐにその行動の意味を察した。


 食器棚が横にずれると、小さなドアが現れたのだ。


「ここから脱出しよう! 敵が迫っている! ゴシップ記者もまける!」


 意外と迫真の演技である。


 だが、ゴシップ記者のくだりは必要ない。笑いを取るためなのかもしれないが、せっかくの雰囲気が壊れる。敵という部分と合わない。


 二人はそう判断したが、一応は褒めておくことにした。


「カッコいいわ! 前半だけは!」

「素敵な演出です」


 二人のウケがいいと感じたシャペルは演技を続けた。


「こっちだ!」


 ドアをくぐると、そこは細長い小さめの部屋だった。


 いかにも隠し部屋といった感じだが、家具などは一切ない。ドアもない。


 脱出するというよりはここに隠れて敵をやり過ごすような場所にも見える。


「この食器棚の下にはわからないようにキャスターがついている。食器棚も見た目よりは重くない。飾ってあるものもしっかり固定されている。だけど、最初はわざと重いように見せるのがポイント。何しているのかなって思うだろうから」


 シャペルの演技は終わっていた。


 ネタばらしをしつつ小さなドアを閉める。


「ここから脱出するって……窓から?」


 部屋の壁は全て灰色。床板。窓。他に何もない以上、その選択しかないように思える。


 しかし、窓には鉄格子がはまっているため、そこから脱出するのは不可能に見えた。


「窓は無理だ。鉄格子がある……」


 シャペルの演技が始まった。


「くそっ!」


 シャペルは悔しそうに床板を勢いよく踏んだ。すると、反動で床板数枚がつながった部分が少しだけ浮いた。


「こ、これは?!」


 どう考えてもわかっていてやっている。しかし、ベルとカミーラは何も言わずにシャペルの好きなようにさせた。


 シャペルが浮いた床板部分を持ち上げると、下に降りる階段が現れる。


「こんなところに隠し階段があるなんて?! よし、ここから出れる!」


 バレバレだ。迫真の演技をしても無駄でしかない。だが、何もしないよりは面白い。


 シャペルはいい役者になれそうだと二人は思った。


 恐らくは、そういう役や状況を本人も楽しんでいるのだろうとも。


「面白いわ!」

「何も知らない最初だけは楽しめます」


 シャペルは苦笑いした。


「そうなんだ。最初は楽しいけれど、何回もするのはちょっとね……だから、初めてここに来る客へのサービスみたいなものだ」

「でも、こういうのもいいわ! さすがウェストランドね!」

「変わった趣向なので、これを面白く感じて一年間部屋を借りるという者はいそうです」

「ご名答。一生はともかく、一年ならいいかって思う者が多い。お金があればね。でも、結局はそのままずっと持っている者ばかりかな。ちなみに、こういう趣向を考えたのはセブン」

「ええっ?!」

「意外です」


 今日一番の衝撃だと二人は思った。


 セブンの見た目からは全く想像ができない。


 これを考えた者はかなりの遊び心があると感じただけに、二人はかなりの違和感を覚えるしかなかった。


「隠れ家ホテルっていうと、ホテルの立地がわかりにくいとか、会員制とか、静かに過ごせるって感じがするよね?」

「そうね」

「そうですね」

「でも、ウェストランドは色々なホテルを持っている。普通の隠れ家ホテルは持っているわけだ。そこで、本当に隠れ家みたいなホテルにした。秘密の部屋とか、秘密基地って感じ? 最初にここ来た時は本当に凄かった。みんな大興奮したよ。食事の後、セブンの命を狙った襲撃者が来たっていう演出があった。みんな何も知らないから本当だと思って慌てたよ。で、こんな感じで秘密の脱出口から逃げるみたいな感じだった。裏口につくとネタばらし。大ウケだったよ」


 説得力のある状況をわざと演出するサービスまであったのかと二人は思った。


「みんな面白がっちゃって。しかも、部屋ごとに色々と細かく違うことがわかって、どんなものか知りたい者は部屋を年間購入するように言われた。もう買うしかないよね? すぐにみんな買ったよ。その後すぐに完売」

「部屋数はあまりなさそうですね」

「そうだね。一部屋が小さいけど、複数の部屋になっているし、隠し部屋なんかもあってみかけよりも一つのスイートの面積が広い」

「どんな風に違うの? 全部の部屋にこういうのはないってこと?」

「小さい敷物をめくると脱出口があるとか。さっき見たような鉄格子の窓が、実は見掛け倒しで簡単に開くような部屋もある。このスイートにはないけどね」


 部屋によって様々に細かく違うことがわかり、ベルとカミーラは興味を惹かれた。


 お金を持っている者であれば、それを知るために部屋を買うというのも納得しやすい。


「今は?」

「今?」

「部屋は空いているの? 完売?」

「完売だよ、ずっと。王立歌劇場の席と一緒。持っているのがステータス」

「なるほどね」

「高いのですか?」

「いや。それが結構安い」


 金持ちであるシャペルの安いという感覚はあてにはならない。


「いくらですか?」

「興味あるの?」

「少し。ですが、買う気はありません。女性がこのようなホテルの部屋を買うと、男性との逢引き等に利用しているのではないかと思われかねません。悪い噂は困ります。せめて女性の会員しかいないようなもので、もっと明るい感じでなければ駄目でしょう。手前の店はブティックか仕立屋がいいと思います。宝飾品店でもいいかもしれません。特別な顧客は奥の個室に案内されます。ですが、実際はホテルへ案内するというわけです」


 シャペルは目を見開いた。


「さすがカミーラ! セブンにも言っておくよ! もしかすると、そういうホテルができるかもしれない」

「採用された時には、発案の対価を期待したいものですね。勿論、賄賂にならない程度のもので、と言いたいところですが、ディーバレン子爵から化粧品と小物を少しいただいたお礼ということにしておきましょう。貸し借りはなしということでお願いします」


 商売が絡むと大きな対価を欲しがる者が多い。自分の発案だ。教えてやった。きっかけを与えたのは自分などと恩に着せ、貸し付けようとする。


 それが当たり前の世界にいるシャペルだからこそ、カミーラの賄賂にならない程度という言葉で一歩下がるのは控えめだと感じ、更に化粧品等を貰ったので必要ないという結論にしたことも、女性らしく慎ましく好ましく、何よりも賢いと感じた。


 つまり、これでシャペルやディーバレン伯爵家から送った品についての借りはない。清算するということである。


 小さくともしっかりと自分の益は確保していたが、相手はまったく嫌に思わない。


「やっぱり賢い女性は違う。いや、カミーラだからだ。アデレードも頭がいいけど、引くところは引く、抑えるところは抑えるのができない。押してばかりで、二歩下がって自分の益を確保するなんてできない。駆け引きが下手なんだ。カミーラが男性に人気があるのがわかるな。好きになってしまう者もいるだろうね」

「私は女性にも人気があります」


 そこは逆に押して来るのかとシャペルは思った。


 しかし、本当のことだけに嫌味ではない。イレビオール伯爵令嬢としても相応しく、堂々としていると思わせる説得力があった。


「そうだね。わかるよ」

「もしかして、カミーラを好きになった?」


 ベルが尋ねる。


「友人に紹介したくはなった。変な女性を紹介するのは不味いからね」

「ジェイル様に紹介するくせに!」


 ジェイルばっかり様付け……。


 シャペルは心のなかでぼやいた。


「……ちなみに、ここは年間二十万かな。最高級ホテルのスイートを年間で確保したらもっとかかる。しかも、特別な趣向付き。全然お買い得だよ。会員だから安くなる感じ。守秘義務の対価でもある」


 全然安くない。お買い得ということもない。


 ベルとカミーラは、やはりシャペルの金銭感覚はあてにならないと思った。



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