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秋に芽が出て育つ恋  作者: 美雪


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12 土曜日 隠れ家ホテル(一)

「ここ」


 二人は驚いた。


「このお店?」

「そう。何も言わないで。行こう」


 馬車がついたのは大きな建物の一階部分に入っている店舗の前だった。しかし、ホテルの出入口という感じではない。明らかにただの店だ。


 疑問に思いつつ、ベルとカミーラはシャペルに続いて店に入った。


「いらっしゃいませ」


 店のショーウィンドウには美しい花のアレンジメントが飾ってあった。


 しかし、何の店かよくわからない。看板がない。店内に入ればわかるような気がしたものの、それでもやはりよくわからなかった。


 豪華な内装でソファセットが置いてあり、テーブルの上にはやはり豪華な花のアレンジメントが飾ってある。


 しかし、それだけだ。


 商品棚などはいっさいない。中も普通の店舗程度の広さである。


「ここ、お店? ただの出入口?」

「両方。ここは花屋」


 全く花屋には見えなかった。しかも、テーブルの上に飾ってある花の数は数個だ。


 普通に考えれば、やる気がない花屋としか言いようがない。


「テーブルの上の花だけ売っているの?」

「ここは特注専用。フラワーデザイナーと相談して買う。基本的に花は置いていない。注文して受け取りに来る時はあるけどね。まあ、花屋に注文する花屋みたいなものかも?」

「……こういう花屋、初めて見たわ」

「私もです。花屋に付属する打ち合わせ用の部屋しかないようなものですね」


 二人の知る花屋は様々な花や植物が商品としてあるような花屋だ。


 ソファなどがある部屋は、特注品などの打ち合わせに使用するものの、それだけという花屋はない。花自体を売るのが花屋としての基本だと思っていた。


「目的地は奥にある」


 シャペルはそのまま店内の奥にある豪華な階段を登った。二人も続く。


「ここの方が店に見えるかもしれない」


 二階は壁面にずらりと本棚が並んでいる。豪華なテーブルの上には様々な本がディスプレイされていた。


「ここは本屋」


 そうとしか思えなかった。


「言われればそうかもだけど、図書室みたいね?」

「ソファもあります。買わないで、ソファで読んでしまいそうです」

「あまり店らしくしていない。自宅の一室みたくしている。わざとね」


 二人は悟った。恐らくは会員がくつろげるような雰囲気を演出するためだろうと。


「でもここ、他の部屋に続くドアがないわ」


 二階はびっしりと本棚に囲まれている。他の部屋へ続く通路もドアない。行き止まりだ。しかも、誰もいない。


 店としてどうなのかというのもあるが、一階にはカウンターが設置されて人がいる。一階で本も購入すると考えればおかしくない。


 とはいえ、少なくともホテルでもレストランでもない。本屋、そして花屋だ。


「こっちだよ」


 シャペルはそう言って歩き出す。二人はついていくしかない。


 シャペルは壁際に並んだ本棚の前に行くと、アンティークのような豪華な装丁の本を取り出そうとした。


 しかし、取れない。斜めに傾いただけだ。


 音がする。


「何これ」

「まさか」


 シャペルは本棚をぐっと押した。すると、目の前にあった本棚が奥へと……開く。


 ずらりと並んだ本棚の中に、どこからみても本棚にしか見えないドアが隠されていた。


 先ほどの音は鍵を外した音だった。


「ようこそ隠れ家へ。ここに秘密のドアがあることは、誰にも言わないように」


 シャペルはにっこりと微笑んだ。




 本棚の中に隠されたドア。


 まるで書斎や図書室の中にある秘密の部屋、隠し通路の出入口だ。


 ベルとカミーラは小説などに出てくるような趣向に驚き、気分が高揚した。


「ここ、面白いわね!」

「非常に変わっています」


 ドアの先は廊下になっていた。長くはない。少し先は小さな部屋になっている。


「これ……金庫室?」


 壁には多くの引き出しや扉ある。銀行の貸金庫、あるいは金庫室のようなものだ。但し、それ以外にも一つだけドアがある。


 シャペルは引き出しの一つのつまみを左右に何回か回した。暗証番号の入力である。


 鍵を外した後は、引き出しの中から二連になっている鍵を取り出す。


 シャペルは金庫室の先へと続くドアのカギを外して開けた。


「奥に秘密の部屋がある。行こう」


 二人は大人しくシャペルについていった。


「かなりシンプルです」

「ここは豪華じゃないわね。普通の廊下だわ」


 二人はどんなホテルなのか興味が湧き、あちこち見ていた。


 しかし、廊下は普通だった。やや狭く、薄暗いかもしれない。


「着いた。ここだよ」


 シャペルはドアの鍵を開けた。


「どうぞ」


 ドアの中は小部屋で、制服を着た男性がいた、


 すぐ側に椅子があるため、座って待機していたと思えた。


「おかえりなさいませ」

「食事を用意して」

「かしこまりました」


 制服を着た男性がシャペルのマントを受け取り、すぐ側の大きなクローゼットを開け、ハンガーに上着をかける。


 つまり、ここはクロークということだった。


「どうぞ、入って」


 まるで自宅か自室に案内するようにシャペルがドアを開けた。


 その先にある部屋はまさに豪奢な応接間だった。


「ようやくホテルらしい部屋に来たって感じ」

「そうですね。ですが、かなり小さな部屋ですね?」

「ここはどの部屋もかなり小さめかな。内装も部屋ごとに違う。ここは豪華な感じだけど、物凄くシンプルな部屋もある。平民の部屋みたいなところというか」

「部屋ごとにかなりの差があるわけですね?」

「人によって隠れ家のイメージは違うだろうからね。場合によっては、会員の好みにカスタマイズもしてくれる。有料でね。但し、大掛かりな改装とかはできない。他の部屋の会員に迷惑がかかるから」

「じゃあ、ここはシャペルの趣味?」

「そうでもない。最初にどんなのがいいかって聞かれて、適当って言ったらこんな感じの部屋になった。悪徳銀行家が秘密の取引をするイメージの部屋だってさ」


 シャペル専用の解釈だとベル達は思った。


「コンセプトとしては秘密の隠れ家ホテル。本棚に隠された秘密のドアと通路を抜けて金庫室へ。そこから鍵を取り出して自分だけの秘密の部屋に行くって感じ」

「そうなのね」

「コンセプトは理解できます」

「あの本棚のドアはいいわね! ワクワクしたわ!」

「驚きました。全くわかりませんでした」

「最初は面白いと思うけど、毎日のように使っていると何も感じなくなる」

「個室って言ったわよね? ずっと部屋を抑えているの?」

「年間で部屋を借りる形式。部屋付きの係がいるから、何でも頼めばいい。ルームサービスで何でも持ってきてくれるよ」

「何でも……」

「常識的なものならね。普通のホテルと同じ」


 ベルとカミーラは頭の中で普通の部分を最高級に置き換えた。


「ここは応接間のようです。食堂は別ですか?」

「左。右は寝室とバスルーム。化粧室はバスルームに行かないといけない。基本的には客を呼ぶ部屋じゃなくて、自分が宿泊する部屋だから」

「ホテルのスイートね」

「そうだね。それか、小さなアパート風」


 シャペルは頷きつつドアを開けた。


「こっちに来て」


 食堂の方である。


 部屋には豪華なダイニングセットが置かれていた。小食堂といった雰囲気である。


「ここで食事?」

「そうだよ」


 シャペルは壁際に置かれた椅子を持った。


「席、どこがいい? いつも一人だから、椅子を持ってこないといけない。ここでもいい?」


 テーブルは丸い。好きな方向を見て椅子を置けばいい。


「適当でいいわよ。それより、自分でするの?」

「部屋付きは一人だからね。やって貰うこともできるけど、自分でした方が早い」


 シャペルはベルとカミーラの椅子を用意すると、今度は豪華な食器棚からグラスを取り出した。


「えっ?! そんなこともするの?」

「その方が早い」


 シャペルは手早く三人分のテーブルセットを整えると、食前酒を何にするかを聞いた。


「発泡酒? ワイン? 色々ある。水も。全部ボトルで未開封だよ。でも、ここだと冷えてはいない。常温でよければかな」

「保存状態が悪くならない?」

「開けたものは全部すぐに取り替え。それ以外のものも状況を見て取り替える。問題ないよ」

「発泡酒でいいわ」

「私は水で」


 二人はそれぞれ欲しいものを選び、食前酒を楽しんだ。シャペルも水だ。


「水なの?」

「仕事の話をするから」


 ベルはお酒を選んだことを反省した。


「ごめんなさい。忘れていたわ。お酒はよくなかったわね」

「食前酒だから問題ないよ。食事には冷えた飲み物がつく。そっちは飲むよ。でも、あまりたくさんは飲みたくない。失言したくないし」

「なんか……偉いわ。少し見直したわ」

「普通だけど、そう言ってくれると嬉しいな」


 やがて食事が届いた。


 冷えた飲み物やサラダ、前菜、パンなどが次々と用意される。一皿ずつではなく、ある程度まとめて来る方式だ。


 部屋付きの係は何も言わずに黙って給仕し、それが終わると食堂を出て行った。


「ずっとはいないのね。あの人」

「スープとメインを取りに行ったんだよ。今日は人数が多いしね。順番だ」


 乾杯の後、食事が始まった。


「メニューを選ぶ感じじゃないのね」

「いつも適当。リクエストすれば、それを用意してくれるよ。食事っていったから、お任せコースだね」

「何でも適当にしているように聞こえるわ。任せっぱなしというか」

「そうかもしれない。でも、悪くはないよ。屋敷に帰ってから食事をこれにして欲しいなんて毎日言わないよね? それと同じ。自分で好きなものばかりを注文していると、食生活が偏りやすい。任せた方がバランスよく用意してくれるよ」


 食生活にしっかりと気を遣っているとわかれば、シャペルの考え方でも悪くない。むしろ、非常によく聞こえる。


 考え方次第で良くも悪くなるのだとベルは感じた。



 隠れ家ホテルの秘密(変わった趣向)はまだあります。

 どんなものでしょうか? 答えは……次回。

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