11 土曜日 大量の荷物(二)
「なにこれ?」
「送料。ベルの名前で出した方がいいと思って」
「ああ、そうね。お釣りは後で渡すわ」
「いいよ。リーナ様の所に持って行くにもチップがいるだろうし」
「いらないわよ。それこそ小さな菓子箱をあげるわ」
シャペルは首を横に振った。
「侍従が運ぶことになるかもしれない。男性は菓子より現金の方が喜ぶ。面倒かもしれないけれど、リーナ様のところへの持ち込みは必ず自分で持って行って。侍従や侍女だけに任せて王宮内送付はしないように。わかった?」
「それにも理由があるの?」
「ベルは特別待遇だけど、側近みたいな特権を持っているわけじゃない。送付物は危険物でないかどうか開封される。リーナ様への食品と分かれば毒見にまわされる。結果としてリーナ様のところには届けられないと伝えられると思うよ。王太子付き侍女達の元に届く前に、王宮内の郵送部門で止まるってこと。でも、自分で侍女や侍従達と一緒に持って行けば、王太子付き侍女に引き渡して毒見になる。そこで問題なければリーナ様に届く」
「わかったわ。こういうことはシャペルの方が詳しそうね」
「そりゃ王宮にずっと勤務しているわけだし、エゼルバードへ差し入れするのもやり方があるからね」
ベルは他の荷物についても思い出した。
「そうそう。ディーバレン伯爵家からの物だけど、意外と多くてびっくりしたわ」
「ちょっとだけって言ったんだけどね。まあ、開けていないのをそのまま適当に送って来た気がする。母は面倒くさがりなんだ」
シャペルも母親がどの程度送って来るかを把握していたわけではなかった。
思った以上に送ってきたものの、自分の所にあっても仕方がないため、全てベルの部屋に転送する形にした。
カミーラと分ければいいだろうと思ったのもある。
「じゃあ、母親似?」
「否定はしない。ただ、合理的でもある。別に欲しいものじゃないから、わざわざ開ける時間を使いたくないってこと。欲しいものは自分で買えばいい。どうせただのサンプル、宣伝だ。ダイレクトメールを読みもしないで捨てるのと一緒だよ」
「なるほど」
「でも、そのせいで気に入るようなものではなかったかもしれない。基本は貴族向けの品だと思うけど、平民向けの商品サンプルとかもあるだろうし」
「商品の説明はあるけど、値段が書いていないから、どの程度のものかわからないわね」
「そういうものだよ。でも、中には金額が提示されているのもある。参考価格かもしれないけれど」
「参考価格ってことは、その値段じゃないのよね?」
「大体その位で販売する予定ってだけだね。販売前の品とかだと、参考価格になることがほとんどだ」
「勉強になるわ」
「意外と知らないんだね」
ベルは不満げな表情になった。
「私は商人じゃないし!」
「でも、イレビオール伯爵家にも色々届かない?」
「それは母か私が処理します。ベルは手伝わないので」
カミーラが答え、シャペルは納得するように頷いた。
「わかりやすい」
ベルはカミーラと自分との差を思い知った。
荷物の片づけが終わって廊下のゴミもなくなると、シャペルは迷いながらもベルを夕食に誘った。
「……昨日の今日でなんだけど、アルバイトの話をしたいなと」
シャペルはカミーラの様子を伺うように視線を向けた。
「もしよろしければカミーラも……聞かれて困る話ではないし」
「ずいぶん態度が違うのね?」
シャペルは正直に答えた。
「二蝶会の仲間じゃない。親しいとは言えない高位の令嬢だ。良くも悪くも迫力美人というのもあるかな」
納得の説明である。
「夕食ってどこ行くの?」
「セブンのホテル。いつもそこで夕食を取っているんだ。屋敷に帰っても誰もいないから、どこで食べても一緒」
「ディーバレン伯爵夫人もいないの?」
「両親共にほぼいないよ。仕事関係もあるけど社交関係もある。元々外出が大好きなんだ。屋敷にいるのは珍しい。揃っているのはかなり貴重だよ。それこそ自分達がパーティーを開く時とかだけかも。食事も各自だね」
「寂しくない?」
「全然。子供の頃からそれが当たり前だった。一人が嫌なら、友人と食事をすればいいだけだしね」
「子供の時も?」
「そう。友人達はみんなそうだから都合がいい。セブンとかロジャーとかジェイルとか……順番に誘えばいいし、結局誘いが被ってみんなとか。ウェストランドのホテルなら両親も安心だから、むしろ子供同士の社交のために行って来いって感じだったよ。ある意味、家族よりも多くの時間を一緒に過ごした。泊まりこんでそのまま一緒に学校に行くのもしょっちゅうだったよ」
「そうなのね」
「私も行きます」
カミーラが言った。
「王宮の食事にも少し飽きてきたので、外食がしたいのです」
「そうね。丁度いいかも」
「ホテルの食事と屋敷の料理とどっちがいい?」
シャペルの質問にベルもカミーラも怪訝な表情になった。
「屋敷の料理? ディーバレン伯爵家ってこと?」
「友人の屋敷に行けば夕食を食べることができるよ」
「駄目でしょう!」
すぐにベルが叫んだ。
「シャペル一人ならともかく、私やカミーラを連れて行けないわよ!」
「セブンやロジャーのところなら平気だよ。ラブやヴィクトリアは月明会で一緒じゃないか」
そういうことではない、と二人は思った。
「ホテルで」
カミーラが答える。それで解決だった。
「じゃあ、まあ、いつものところでいいかな? 予約していないからその方がスムーズ。土曜日はどこも混むから」
「いいわ。でも、正装が必要?」
「いや、普段着でいいよ。こっちもこのままだし」
シャペルは仕事着だった。シンプルで控え目な装飾が少しあるだけで、華美な装飾などはほとんどない。
「普段は地味なのね」
「派手な時もあるよ。衣装係次第。用意されたものをそのまま着るだけだし」
シャペルはお洒落じゃないと二人は判断した。
二人はシャペルの衣装を見てこのままでも大丈夫だとは思ったものの、一応は外出着に着替えることにした。
いきなり友人の家に行って夕食をねだるというシャペルの感覚に対し、大いに疑問を持ったせいでもある。
またセブンのホテル、つまりウェストランドの経営するホテルであれば、最高級ホテルのレストランということになる。シャペルのように手抜きはできないと思った。
手早く着替えたことをシャペルは絶賛したが、二人が褒めて欲しいのは着替える早さではなく着替えた後の姿、装いについてだった。
「シャペルって、女性にモテなさそう」
「そう思います」
二人ははっきりとした口調で駄目出しをした。
シャペルの馬車は昨日とは別の馬車だった。
そのことをすぐにベルは指摘した。
「どうして昨日の馬車じゃないの? まさか、毎日違うのに乗っているの?」
「違うよ。昨日は平民街に行くから、外装がシンプルなものにした。今日は王宮に行くだけだし、まさに通勤用。ディーバレン子爵の紋章付きだ。検問が早いからね」
「じゃあ、あれは平民街に行く時用?」
「そう。あとはこっちがメンテ中の時とか」
「そうなのね」
「どうぞ……」
シャペルはカミーラが乗る時だけ手を貸した。
「差別だわ!」
「礼儀作法が……」
「そういうの見ると、私よりカミーラ狙いに見えるんだけど?」
「違う! 絶対に! ベル狙いだ!」
「それはそれで困りますが」
冷静なカミーラの言葉に二人は黙り込んだ。
馬車が走り出して間もなく、ベルが口を開いた。
馬車の行く方向に疑問を持ったからだった。
「道が違うんじゃない? 王立歌劇場の方じゃないわ」
「そっちじゃない。あそこは混んでるから、普段は全く使わないよ。立地的にはいいけどね」
確かに王宮からは近い分、非常に混雑する。週末だけでなく平日も。
「いつも会員制の方を使っている。そっちは会員とその同行者だけが使えるから混雑しない」
「そうなのね」
「会員同士も会わないよ。個室だから」
「それはそれでどうなのよ? 女性と一緒なのに!」
「いつも自分だけだし、友人達は男性だ。今夜はそれもあってカミーラも誘った。ベルと二人だけならレストランにするけれど、その分待つかもしれない」
シャペルはしっかりと女性を一人だけ誘うのはどうかという部分でも配慮していた。
「セブンのホテルだから情報漏洩はしない。でも、隠れ家ホテルだけに守秘義務がある。だから、どこにあるのかがわかっても秘密にして欲しい。存在自体が隠されているホテルだから」
ベルとカミーラの期待は高まった。
馬車は順調に街中を通り、目的地についた。




