10 土曜日 大量の荷物(一)
土曜日の午後。
ベルの部屋に大量の物品が届いた。
ベルはすぐに隣の部屋にいるカミーラに助けを求めた。
「お願い! 手伝って!」
「大量に送られて来たのですか?」
ベルはシャペルのアルバイトについてカミーラに打ち明けていた。
絶対に怒られるとベルは思ったが、カミーラは怒らなかった。
むしろ、ベル自身がよく考えて決めたことならそれでいい、正直に話してくれて嬉しいと言った。
「色々あるの。箱のサイズも違うし。確認するのを手伝って!」
「仕方がありません」
重い箱や大きい箱は部屋の中に入れて貰い、小さい箱は廊下に積み上げ、後から自分達で運び込むことにした。
そうしないと部屋が荷物だらけになる。
ベルは早速大きな箱を開けた。
「何でしたか?」
カミーラは何が届いたのか、いくつあるのかを書き留めるペンとメモを用意した。
「お菓子。コレアードの包装紙だわ」
大きい箱には包装紙に包まれた同じサイズの箱がいくつも入っていた。
「王子府からの送り状には菓子とは書いてありません。割れ物にはなっていますが」
「たぶん、面倒だと思ったんじゃない? お菓子と化粧品ってわかっているはずだし」
二人は菓子箱がいくつあるのかを数えた。
大きい箱はすべてコレアードの菓子箱だ。包装紙を破って一つ開けると、様々な菓子の詰め合わせがあらわれた。
よく店で売られているような品である。
別の箱もやはりコレアードの菓子箱で、小さいサイズの箱が沢山入っていた。
「小さいのは女性用、美容系の菓子です」
カミーラが確認する。
「大きい箱が高級菓子で、小さい箱は美容系の菓子ってことね」
「そうですね」
「かなり多いわね?」
「白蝶会に持って行くと思っているからでしょう」
大きい菓子箱は五十個。小さい菓子箱は八十個。
「これ、きっとシャペルのところにそれぞれ百箱届いたのよ。それで職場用のだけ抜いて、こっちに送った気がするわ」
「恐らくはそうでしょう」
「これ、白蝶会のお茶会に持って行くの無理じゃない? 多すぎて……」
ベルは大量の菓子箱を見てため息をついた。
「配送する手もありますが、お金がかかります」
「お小遣いが減っちゃうわ! アルバイトで稼いだ意味がないじゃない!」
取りあえずは何が入っているのかを確認しなくてはならない。
次に重い箱を開けると、化粧品が出て来た。
「化粧品よ! 五セットあるわ!」
ベルは喜んだ。
カミーラも化粧品については興味を持っていたが、喜んではいない。むしろ、渋い顔をしていた。
「最高級品のようですが、サンプルセットです。ボトルが小さ過ぎます」
「凄く不満そうね?」
「アルバイトの女性だからでしょう。平民の催しに来てくれる貴族であることを考えれば、上位の貴族ではないと考えるはずです。イレビオール伯爵令嬢だと知っていれば、違ったものを送って来たはずです」
「そうかもね」
化粧品サンプルの二つはリーナとラブに渡すことにした。
実際に使うかどうかわからないが、このようなものを商人がサンプルとして配るという勉強の教材にすることにした。
「お菓子って毒見しないと駄目?」
「そうですね。侍女長に確認しましょう」
「だったら化粧品についても聞いた方がいいわよね?」
「そうですね。ついでに菓子を一箱あげればいいのでは? 心象がよくなります」
「だったら侍女達にも数箱あげればいいわ。いつもお世話になっているから差し入れといって」
「毒見にしましょう。遠慮なく食べられます。問題なければリーナ様にも差し入れできます」
「それもそうね!」
部屋にあるものは事前にわかっていた配送物であるだけに、数以外は特に問題がなかった。
「廊下のあれは?」
「さっぱりわからないわ。でも、シャペルからよね?」
「送付状を見ないと何とも」
二人は送付状を見て驚いた。ディーバレン伯爵家から届いたものを、王子府から転送という形になっていた。
「これ……開けて大丈夫?」
「不味いようなものであれば、返品しましょう」
「それってお金かかる?」
「シャペルを呼べばいいだけです。責任を取って、返送代を支払って貰います」
「さすがカミーラだわ! 賢いわね!」
二人は取りあえずそれぞれ一箱ずつ部屋の中に運び、テーブルの上で開けた。
「……香水だわ。でも、ミニボトルね」
「こちらはフルボトルが一つです」
ベルは思い出した。シャペルに女性用の不用品を融通して欲しいと言ったことを。
そのことをカミーラに説明すると、それだろうということになった。
その後も次々と箱を開けて開封する。
やはり女性用品と思えるものばかりだった。
箱はそれなりでも、開けると割れないようにするための梱包材がほとんどで、製品自体は小さく数も多くはない。一個のものも沢山あった。
「白蝶会にこれを持って行ったら、くじ引き大会で盛り上がりそう」
「そうですね。シャペルの名前を出せば、相当株が上がりそうです」
「それは駄目。悔しいし、余計にくっついたらって言われるわ」
「欲しい物や気になるものは貰えばいいかと」
「そうね。リーナ様は……いらないわよね?」
「平民向けも多そうですので難しいでしょう。最高級品でないと」
「だったらラブもよね?」
「そうですね」
「カミーラは? あげるわよ。好きなのどうぞ」
「これはベルのです。まずはベルが好きなものを選ぶべきでは?」
「複数あるものは分けれるわ」
「では、そういったものを分けておきます。その間に気になるものを選び、向こうの箱に入れて下さい」
「わかったわ」
屋敷であれば侍女や召使がいる。しかし、王宮ではできるだけのことを自分達でしなければならない。
二人は黙々と作業を続けた。
夕方になるとシャペルがやって来た。
カミーラがいるのを見てひるみ、緊張した雰囲気になった。非常にわかりやすい。
「こ、こんにちは」
「こんにちは。ディーバレン子爵」
ヘビとカエルの関係だわ。
ベルはそう思いながらシャペルに声をかけた。
「色々ありがとう。でも、見ての通り大量過ぎて困っているの」
「そうだと思った。なので、片づけるのを手伝おうかと……これ、最高級菓子の方」
「いいの?」
「当然。日持ちしないから食べて。侍女とかにもあげるといいよ。あまり数はないけれど、片づけを頼む時とかに」
「そうね!」
「廊下に必要のないものは出すよ。侍従に持って行かせる」
「シャペルが頼んでくれるの?」
「チップを渡せば喜んでやってくれる」
「ホテルと一緒ね」
三人は必要ない箱や梱包材を廊下に出した。
それでも菓子箱が大量過ぎるため、山積みになっている。
「何個ぐらい持って行くつもり?」
「白蝶会のお茶会?」
「そう」
「……十箱ずつ残して後は全部かしら? 一応はリーナ様やラブにもあげようかと」
シャペルは眉を上げた。
「毒見用がいるよ」
「わかっているわよ」
「王太子付き侍女にいくつあげるの?」
「五箱位でいいわよね?」
「たった五箱だけ? ここの部屋を担当する侍女にはあげないの?」
「ちゃんと残しているわよ。一箱あればいいでしょう?」
シャペルは首を横に振った。
「こういうのは最低でも一種類につき十箱位あげないと……評判が悪くなるよ」
「えっ?!」
ベルとカミーラは表情を変えた。
「そんなに?」
「よく考えればわかる。王太子付き侍女はかなりの人数がいるよ?」
「わかっているけれど、これは詰め合わせだし、みんなで分ければいいでしょう?」
「侍女長が他の者と菓子を分けるわけがない。一箱全て貰う。自分がいらないものは下の者へ下げ渡すだろうけど、その際も箱単位が基本。つまり、侍女次長だけだね」
そうかもしれないと二人は思った。
「十箱あげたとする。侍女長、侍女次長、侍女長補佐二名、侍女次長補佐二名、部屋付き室長、室長補佐、主要な役職だけで八名。それぞれ一箱貰ったら残りは二箱。これを侍女達が分け合う。中身次第では序列の低い侍女の分がなくなる」
十箱あったとしても、その配分は人数に対して平等に配分されるわけではない。身分や地位に対して相応しく配分されるということだ。
「王族付きの侍女は待遇がいい。休憩時間にお茶と菓子を取ることができる。仕事によって食事時間や休憩が取りづらいこともあるから、空腹になりすぎないように配慮されている。だから、ほんの少しの菓子を差し入れたところで喜ばれない」
「そうなのね」
「五箱だった場合、上の役職から一つずつ貰って終わり。他の侍女には何もない。それでもいいと思う? 侍女達に差し入れしたって言える?」
ベルとカミーラはなぜ五箱では不足なのかを理解した。
ベルやカミーラであれば五箱を全員でわけるか、役職付きは二箱でそれ以外が三箱といった配分を考える。しかし、実際は全く違う配分になってしまうのだ。
「王太子付き侍女には二種類の箱をそれぞれ二十箱ずつ差し入れすればいいよ」
「二十も?!」
「実際はリーナ様に贈る。一般に売られている菓子のサンプルとでも言えばいい。箱や菓子の量が多いから毒見は王太子付き侍女達全員の方がいいと言って渡す。そうすれば、侍女達も実は差し入れだとわかる」
「それもそうね」
「建前としては毒見だから賄賂にはならない。多くの中から一つの箱だけ選んでいるから、毒は入っていないだろうということになって、一箱だけはリーナ様の所に行くと思うよ。その箱の中身を毒見させるか、本当に食べるかどうかはリーナ様か侍女長次第だろうけど」
「なるほどね……沢山あり過ぎるから、毒見が省略されるわけね?」
「ベルが直接持って来たからだよ。信用できない者が贈るものは全部毒見対象か処分。まあ、これは王子府でも毒見している菓子だから大丈夫だよ。みんな元気だ。むしろ、百箱の内の一つだけ毒入りにする方が難しい。包装があるのは、途中で誰かがこっそり開けていないことを示すためのものだからね」
「それはわかるわ」
「ベルは自分とカミーラに大きいのを十箱、小さいのを三十箱残す」
「三十?!」
ベルは驚いた。なぜそれほど残すのかがわからない。
「よく来てくれる侍女や、偶然今日の担当だった者には小さいのを一箱あげればいい。早い者順だと言っておくと、ベルの用事を受けたがる者が増えるよ。早く行けば、何か貰えると思うかもしれないからね。大きいのは五箱位、同僚達で分けて欲しいと言って渡せばいい。その侍女は自分用に小さい箱を貰っているから、大きい箱はちゃんと同僚達に渡すと思う。結果的にこの周辺の侍女達にも菓子が渡せる。ベルの評判がよくなるよ」
「カミーラの評判もよくしたいわ」
「だったらカミーラにも小さい箱を半分あげればいいよ。自分に五箱残しても、十箱は好きにできる。それぞれの用事を受けに来た者に渡せばいいよ」
「ということは……いくつ残るかしら? 白蝶会用のだけど」
「五十です。大きいものは二十、小さいものが三十です」
カミーラはすでに残った箱数を計算して把握していた。
「五十箱あれば、白蝶会のみんなで分け合えるよね? 五十人以下なら一人一箱。あまりは味見にまわせばいい。五十人以上なら全部開けて適当に分ければいいよ」
「そうするわ」
「お茶会はどこ? ホテル? 屋敷?」
「キャスリーのところ。わかる?」
「勿論。だったら、キャスリーの所に送ればいい。大きな箱にまとめてしまおうか。配送料はこっちで出すよ」
シャペルの申し出をベルはありがたく受けることにした。
元々シャペルからの差し入れであるため、送料負担は当然のような気もした。
「来てくれてありがとう。助かったわ」
「送ったのはこっちだからね。これ」
シャペルは財布を取り出すと百ギール札を無造作に取って差し出した。
数枚ではない。十枚以上ある。
ベルの眉間にしわが寄った。
すぐに財布を取り出してしまう男、それがシャペル。




