01 火曜日 王宮の廊下
現在、本編は九月末です。
こちらは十月中頃ですので、少しだけ未来になります。
よろしくお願い致します!
王宮の廊下。
ベルは久しぶりにシャペルに会った気がした。
日数が過ぎたというよりは十月、秋という季節が本格的になったせいかもしれない。
忙しいせいでシャペルのことを考える時間もなく、それぞれが新しい道を歩いていると思っていた。
偶然の遭遇に気まずさを感じたものの、無視しようとは思わなかった。
「久しぶりね」
ベルから声をかけられたシャペルは驚き、緊張した様子で答えた。
「そうだね。元気にしている?」
「まあまあね。そっちは?」
「まあまあかな」
「そう。じゃあね」
ベルはそう言って立ち去ろうとした。
しかし、かなり遅れて声がかかる。
「ちょっと待って! 話がある!」
ベルは嫌な予感がしたために立ち止まらなかった。
だが、シャペルが追いかけて来た。
「仕事の話なんだ!」
「えっ?」
しつこく言い寄られるのではないかと警戒していただけに、ベルは足を止めた。
「真面目な話だから! ある意味丁度良かった! 運命かも!」
「真面目な結婚とか交際の申し込みじゃないわよね?」
ベルはしっかりと確認した。
「……そうしたいのはやまやまだけど、今は違う。あくまでも仕事の話」
「じゃあいいわ。それで、何? 内容によっては困るわ。私の兄が誰だか知っているでしょう?」
シャペルは第二王子の側近だ。仕事ということは、第二王子の仕事に関することになる。
ベルの兄は王太子の側近。その関係で、ベルは色々と注意しなければならなかった。
「実はダンスパートナーを務めてくれる女性を探している。でも、黒蝶会を辞めたから白蝶会の者とは連絡が取りにくいというか……一回だけでいいんだ。仕事だから報酬も払う。ただ、ダンスが上手くないと困る。パーティーの出し物としてダンスを披露するんだけど、誰かいないかな?」
ベルは怪訝な表情になった。
「いっぱい知っているでしょう? それか、プロでも雇えば?」
「探したよ。でも、出し物でダンスを披露するとなると、妥協はしたくない。ディーバレンの名誉もある。元黒蝶会のメンバーとしても、下手くそだって思われたくない。一応、何度か女性を雇ってはいる。プロも。でも、あんまりうまくいかなかった。技術的な問題よりも踊りが合わないっていうか、性格的にもちょっと……正直に言うと、迷惑な誘いが来て困っているんだ」
ベルは瞬時にムカついた。
迷惑な誘い=女性からの誘惑=モテモテと判断したためだった。
「なにそれ! 自慢? 私へのあてつけ?」
「違う! 絶対に違う!」
シャペルは余計なことを言ってしまったと感じて慌てた。
「もっと仕事をくれとか、ようするに一回で終わりじゃなくて、次を狙ってくる。でも、困るんだ。凄くいい感じだと思ったら、何も言われなくてもこっちから話を振るよ。でも、それがないってことは駄目ってことじゃないか。それをわかっていないというか……強気で売り込んでくるような相手は嫌なんだ。せっかく仕事を頑張っているのに、足を引っ張るような相手を雇いたくもない」
ベルはシャペルの説明に対し、ある程度の理解を示した。
頑張って仕事をしているのはいい。足を引っ張られてはたまらないという部分に関しては同情もした。
「白蝶会の誰かにアルバイトを頼みたいわけね? 一回きりの」
「そう」
「いくら?」
「千」
悪くない額だった。思っていたよりも高い。
「踊るだけ? 夜会とかに出席するの?」
「ちょっと待って」
シャペルは手帳を取り出した。
「次の予定は個人の屋敷で開かれるダンスパーティーだ。裕福だけど平民の屋敷。それでもいいって女性がいい。後、出し物の踊り手としていくだけ。ダンスパーティーには参加しない。時間までに行ってダンスを披露して終わり。すぐ帰る。但し、前後の時間、控室にちょっとした軽食や飲み物が用意されるかもしれない。あてにはしないで欲しいけど。その際にプライベートなこととか、さっき教えたような話をする女性は遠慮したい」
よくある内容のアルバイトだった。
ベルは白蝶会に所属しているだけに、ダンスパートナーや出し物等の踊り手募集のアルバイトがあることを知っている。
ベル自身も時々そういったアルバイトをしている。
知り合いに無償で頼まれるよりも嬉しい。仕事として割り切れる。小遣い稼ぎにもなるため、歓迎していた。
「よくあるアルバイトね。でも、平民の屋敷という部分がちょっとね……」
「そうなんだ。貴族の女性は行きたがらないから。もっと報酬を上げろとかいわれてもね。金持ちだからって足元を見られるのは嫌だな。毎回個人負担だし、抑えることができるなら抑えたいに決まっている。むしろ千って高いよね? 配慮しているつもりなんだけど違う?」
ベルは正直に答えた。
「一回、たぶん数時間で千というのは高い方だわ。でも、女性からみると色々事情があるのよ。まず、できるだけ稼ぎたいわ。男性と違ってお小遣いが少ないもの」
「それはわかるけど、こっちだって簡単には出せないよ」
「それにドレス代だってかかるでしょ?」
「着回しでいいよ。ダンス用のドレス位持ってるよね? 平民の屋敷だったら尚更お古でいい。いつの催しで着ていたドレスだとかわからない」
「小物だって買いたいじゃない。一個ぐらい新品のとか」
「千あれば買えるよね?」
「交通費は?」
「場所に寄るけど迎えに行くか、ホテルや現地で待ち合わせ」
「千に込々?」
「勿論。でも、そんなにかからないよね?」
「夜でしょう?」
「ケースバイケース。昼も夜もある。次は夜。平日だからね」
「女性が一人で乗合馬車に乗れるわけないわ。一人用の貸し切り馬車にするに決まっているでしょう? しかも、アルバイトで外出なんていえないから、友人のパーティーだって嘘をつくわけよ。すると、あんまり早く帰るのもどうかってなるじゃないの。ホテルでお茶して時間を潰したら、千貰ってもほとんど残らないわ!」
シャペルは考え込んだ。一理あるのは認めざるを得ない。
夜の外出ということに対し、女性への配慮が欠けていた部分は反省した。
自分がエスコート役としてしっかり送迎するわけではないというのもある。
「……じゃあ、千二百でどう?」
報酬が少しだけ上乗せされた。
シャペルが大金持ちだと知っていることもあり、意外とケチくさいと思うと同時に普通の感覚もあるのかとベルは思った。
「平民の屋敷でしょう? 場所がちょっと遠いと思うのよ。その分、馬車代もかかるわ。夜間料金だし」
「言っとくけど、帰りは必要ないよ? 一緒の馬車で帰るし、指定場所まで送る」
「ボランティアじゃないんだから、利益が多い方がいいじゃない」
「やっぱり千」
ベルの反応を見てシャペルは減額した。
しかし、ベルもここで素直に了承することはない。
「取りあえず千二百で探してみるわ。二百は私の手数料よ」
紹介料を取るのもまた普通だ。ベルはしっかりとその分を考えていた。
「じゃあ、それで」
「返事は木曜日になると思うけどいい?」
「金曜の夜なんだ。見つからない場合は断らないといけない。木曜でもいいけどギリギリだし、ちょっとした打ち合わせもある。アルバイトが見つかったら、王子府に来て貰えないかな? 簡単に説明してダンスを踊って確認するだけ。一時間程度で帰れるよ。約束があるから面会したいっていってくれればいい。面接は無報酬。交通費も出ない。これは普通だよね?」
「わかったわ。勿論、その答えは普通よ」
「今の時点でどの程度いけそう?」
現在、火曜日である。
「明日は白蝶会のお茶会があるの。その時に話すわ。アルバイトをしたい女性がいたら、木曜に王子府に行くよう伝えるわ。でも、絶対じゃないわよ?」
「誰も王子府に来なければ、木曜の夜に断ることにする。じゃあ、よろしく」
ベルはシャペルと別れた。
ベルは簡単にアルバイトが見つかるだろうと思っていた。
しかし、その見通しが甘すぎるとは、夢にも思っていなかった。