生きる希望
新学期、まだ夏真っ只中と思う程の暑さの中、僕は重たい足を引きずりながら学校へ向かう。
しかし僕の場合、この暑さだけがその原因ではない。
もしかしたら新学期になれば何もかもが変わっていて、重たい足もなんのその、となるのではないか?
そんな淡い期待を持っていたが、その期待はすぐに消え去った。
学校まであと半分程の道のり。
そこに、僕を…苛めている、頭の悪そうな、しかしコミュニケーション能力は高く、常に周りに複数人を携えてゲラゲラと笑いながら楽しそうにしている、そいつがいた。
僕は、絡まれまいとそいつらと距離を取り、追い付かない程度に歩幅を調整し学校に無事に着けることを祈った。
無駄な徒労だったが。
そいつの取り巻きが、僕の背後から大声でそいつを呼んだのだ。
あぁ最悪だ。じゃあ、せめて僕に気づかずそのまま先へ走っていき合流してくれ。そう、願った。
不幸は重なる。いや、もうこれは僕の人生、運命なんだろう。
そいつは振り向き、取り巻きに挨拶しながら僕に目線をやった。
目が合ってしまった。その目が卑しく笑っているのをみて、また夏休み前のような、ただひたすら辛いだけの生活を…
思い出したくもない。
そいつらの足が止まった。僕が追い付くのを待って…そうだな、全員分の鞄を持たせるんだろう。
ガタイのよくない僕だ。無理なのを分かっていて強要されるのだ。
断れば小突かれ。無理に持って引きずってしまえば怒鳴られる。
お尻を蹴られたり、もっと酷い…色々なことをされたこともあった。
夏休みの間、僕は頭の中だけだが、そいつらに大声で物申してやったり、ギッタンギッタンにしたり、していたのだ。
でもやっぱりダメだ。脳がそう叫んでいる。
無理だった。僕には、学校とは全く違う方に全速力で走って逃げる、しかできなかった。
気がつくと、見知らぬ建物の中にいた。
廃神社だろうか。建物は人のいた形跡もないし、周りは落ち葉もそのまま。
日もだいぶ昇っている。
あぁ、もう学校は始まっているだろうな。だったら、今日はここで過ごそう。
そう決めたが、念のためもと来た階段の下を確認する。
よかった。誰も来ていない。
そうと決まれば、探検だ。幼いころ…今は亡くなってしまった母と、よく近所を歩き回っては探検したな。
珍しいものを見つけたり、すごい体験をしたわけではなかったが、幸せだった。いつも僕が母に話しかけてばかりで、母が笑ってくれていた。
家に帰ってもどうせ誰もいないし、もし仮に誰かいても酒癖の悪い父親ぐらいだ。帰るくらいなら遊んでいこう。
久々に心が浮かれるのを感じた。同時に、心地よい風が吹き僕の髪を少しだけ、くしゃくしゃにしていった。
そろそろ正午だろう。一旦休憩することにした。
神社の中、外、一通り探検して回ったが、これといってめぼしいものは無かった。まぁそんなもんだろう。
強めの台風が来たら倒れてしまいそうな、鳥居。その柱に背を寄りかけた。
学校のことを思い出した。今頃みんな、始業式を終え帰路についているんだろう。
僕は夕方になったら帰ろう。明日からはどうしようか?どうにもならないが行くしかないか…
等と考えていると、不自然な風を感じた。
次の瞬間、女性の声がした。
「こんにちは。学校、サボっているの?だめじゃない、今からでもいこうよ。」
咄嗟に振り向いた。でも、誰もいない。慌てて周りを見回した。でも、誰もいない。
「ごめんね、私の姿は君に見えないみたい。でも、声は届いてる。よかった。」
女性が笑い出す。僕は、すっかり混乱してしまった。
「うーん…じゃあ、少しお話しよう?私、君に会えて嬉しいんだ。」
僕は、女性にそんなこと言われた事が無かった。いや、男友達もいないんだ。
まだ混乱している頭を回転させて、とりあえず返答することにした。
「なっ、な、なんで、ですか。」
これが限界だった。でも、返答できた。少しだけ、落ち着いた。
「久しぶりだったし、私もちょっと興奮しちゃった。二度と会えないかと思ったもん。」
僕は、前に会ったことがある?…いやいや、この声は聞き覚えがない。亡き母親、クラスメイト、近所のおばさんやおばあちゃん…どれとも違う。
少し冷静に考え、これは僕に久しぶりに会った話ではなく、人間に久しぶりに会ったんだろうという解釈をした。
「誰も、ここ、来てなさそうですし、そうですね。」
少し間が空いてから、返事がきた。
「そう…だね。誰もこなかった。誰も。10年くらいかな。ずっと独りだった。」
ずっと…独り。途方もない…。僕なんかより、遥かに。
「寂しかった、ですね、僕、も、友達いなくて」
「学校でもいじめられてて」
「今日は逃げてきました」
また少し間が空き、女性が話した。
「辛いんだね。じゃあ、こうしよう。君が時間があるときにここにおいで。学校での出来事、楽しかった事辛かった事、包み隠さず話してよ。」
久々に優しさに触れ、泣いてしまった。声を出して。
「私はここから出られない。だから、来てもらうしかないの。じゃあね。もうすっかり日が落ちかけてるよ。」
ふと空を見上げた。この季節のこの感じだと、もう18時くらいだろう。
家にも帰りたくないが、ここにいても凍えてしまうだけだ。
何より、明日からは学校に行ってその生活ぶりを話す相手ができたのだ。
僕は、来た時は夢中で全く覚えていなかった階段を、今度はしっかりと目に焼き付け、ここまでの道順を覚えた。
風のあなたへ、また会うために。




