6話 社畜は斯くしてDQNと朝を迎える 前編
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「おまたせ〜」
日向はそう言って、コーヒーの入ったマグカップを俺に手渡す。
「お、ありがとよ……」
「いえいえ〜。じゃあ、いただきまーす!」
「いただきます……」
俺も彼女に倣って、テーブルの上の朝食に手を合わせる。
「お、うまいな」
俺はトーストの上に目玉焼きとベーコンを乗せた料理に口をつけて、そう唸った。
すると、日向は嬉しそうに両の手を合わせる。
「え!本当に?」
そう言って瞳を輝かせる彼女に、俺も頷く。
「おう。味付けもだけど、この卵の半熟具合がうまい」
「えへへ……やった!」
顔を抑え、はにかむように笑う日向の頰が少し赤い。
照れているのかもしれない。
「照れてんのか?」
そう聞くと、彼女は「ハッ!」とした顔になって言う。
「照れてなんか無いよ!」
長い髪を振り乱すほど顔をブンブン横に降る彼女の様子が面白いので、俺はニヤリと嫌味に笑って指摘してやった。
「顔、赤いぞ……?」
「え!?やだ、本当に?」
日向は慌てて、ほっぺをペタペタと触る。
駄目押しに。
「おう。紛うことなく赤いな」
と、言ってやったら「うにゅ……」と謎言語を呟き、俯いてしまった。
前髪が顔を隠す。
ーーやばい、やりすぎたかな……。
あまりに項垂れているので心配になってくる。
「お、おい?大丈夫か……?」
「…………さん」
「え?」
ぼそり、と何かを呟く日向に聞き返す。
すると、日向はゆらりとした不気味な動きで顔を上げた。
ニヤリとした意地悪い笑みを浮かべている。
俺は不気味に思い、恐る恐る聞く。
「い、今なんて……?」
「母さん……って言ってたのは誰でしたっけ〜?」
「…………」
俺はそれまで浮かべていた笑みを引攣らせた。
そんな俺の様子を見て、余裕の笑みを浮かべた彼女は更に追い討ちをかける。
「私のことを『母さん。母さん……』って言いながら抱きついてきたのは誰だったかな〜?私の記憶が正しければ、確か「あ」で始まって「わ」で終わる名前の人だったような気がするな〜。誰だったかな〜?」
組んだ手に顔を乗せ、ニコニコと笑顔な彼女が俺を見つめる。
笑顔なのが逆に怖い……。
それに、この話をあまり引っ張ると俺のメンタルが持たなそうだ。
そう判断した俺は。
「あー。参った。参りました!許してくれ……」
俺は苦笑しながら、両手を上げて降伏する。
しばらく、ジッと俺の様子を見つめていた彼女だったが、フッと破顔して言う。
「あはは。うそうそ!そんな本気で降参しなくてもいいのに〜」
ケラケラと楽しそうに笑う日向に、俺はため息をつく。
「はあ……なら、やめてくれよ。その話掘り返すのは……」
俺が後ろ頭をぽりぽりと掻きながらお願いするが、彼女は手を横に振る。
「いやいや!別に掘り返すつもりはないんだよ?でも、あの時の相沢さんすっごい可愛くてさ〜。つい、思い出しちゃうんだよね……」
「それを掘り返すって言うんだよ……」
俺が呆れたようにそう呟くも、彼女は楽しそうに「あはは」と笑う。
そんな彼女に深いため息を吐くとともに俺は後悔する。
どうして、俺はあんなことを……。
思い出していたのは、昨晩のことだった……。
「もう大丈夫だよ……ありがとう」
そう囁くと、俺から一歩離れる日向。
目の周りが赤く腫れている。
「じゃ、中戻ろっか?」
力なく笑った彼女に俺も頷いた。
「ああ……そうだな」
ベランダから部屋の中へと戻った俺たち。
俺は日向の様子がどこかいつもと違うような気がして、声を掛けてみた。
「日向、なんか飲むか……?コーヒーとかホットミルクとか」
だが、日向は力なくゆるりと首を振る。
「いいよ。ありがとう。でもね、私ちょっと疲れちゃったみたい。もう寝るね?」
「そうか……なら、こっちこい」
俺は日向に向かってチョイチョイと手招きする。
不思議そうな顔の日向。
「な、なに?相沢さ……うわぁ!」
「ヨイショッと……」
俺は掛け声とともに日向の身体を持ち上げ、いわゆるお姫様抱っこの体勢に。
すぐ近くに、日向の顔がある。
その瞳は大きく見開かれて、驚いているようだ。
しばらく、口をパクパクさせていた日向だったが、どうにか持ち直したようで戸惑いの声を上げた。
「ちょ、ちょっと!相沢さん?」
「なんだよ?」
「なにしてるの!?」
理解のない日向に俺は素っ気なく答えた。
「見たらわかんだろ?お姫様抱っこだよ。お前が疲れたとか言うから、こうしてベッドまで運んでやるんじゃねーか。嫌なら、やめるぞ?」
「い、いやじゃないけど……これはちょっと……」
「そうか、ならちゃんと掴まってろよ?」
そう言って俺が動き出すと、慌てて首回りに腕を絡める日向。
「……ほんと、ずるいや」
「ん?なんか言ったか?」
ぼそりと何かを呟いた日向に聞き返すが「なんでもない」と答えるので、俺は首を傾げたのだった。
「ほれ。到着……」
「ん。ありがと……」
ゆっくりとベッドの上に日向を下ろすと、お礼を述べてくれる日向。
「じゃあ、ゆっくり休めよ……」
俺はそう言って、部屋から出て行こうと踵を返す。
「ま、待って!!」
日向の声。
振り返って見ると、日向が俺の手を握りこちらを見つめている。
「ん?どうした?寝るんじゃないのか?」
俺は出来るだけ優しく声をかける。
だが、日向は少し俯いてモジモジと言いにくそうだ。
俺は一歩彼女に近寄り、となりに腰掛ける。
すると、腰元に両腕をするりと回された。
「お、おい?どうした?」
そう呼びかけるが、返答はない。
だが、言葉の代わりに、俺の腹に自分の頭を痛いぐらいグリグリしてくる。
「痛い痛い」
やんわりと彼女の頭を押し戻す。
すると、彼女は動きを止め、ポスンと俺の胸に収まった。
さっきから、どうも様子のおかしい日向に俺は彼女の頭をゆっくりと撫でながら聞く。
「どうした……。なんか言いたいことがあるんじゃねーのか……?」
囁くような音量。
だけど、ちゃんと彼女には届いている。
「…………あ、相沢さん?」
探るような声。
「ん?なんだ?」
俺もできるだけ優しい声を出す。
しばし沈黙。
互いの吐息と鼓動を感じる。
――回された腕にキュッと力がこもった。
「……い、いっしょに寝てくれない?」
カアッと赤に染まる日向の顔。
心底恥ずかしそうな彼女に俺も気恥ずかしさを覚える。
だが、その一方で、俺は内心ホッとしていた。
もっとなにか深刻なことで悩んでいるのかと思っていたからだ。
自らの心配が杞憂だったことに安心した俺は、彼女の背中をポンポンと叩き。
「いいぞ。いっしょに寝るか……?」
と言う。
日向も「こくり」と頷いたので俺は彼女伴って、ベッドの中へモゾモゾと入る。
「入れよ……」
そう言って、布団を上げて彼女が入れるスペースを空ける。
「うん……じゃあ、お邪魔します」
依然、顔を真っ赤にしたままの日向は怖ず怖ずと俺の隣に寝転がる。
向かい合う俺たち。
すぐそこに、彼女の顔がある。
吐息が甘い。
彼女は恥ずかしそうに俯き、時折「ちらり」とこちらを伺う。
その度に、俺の心臓は高鳴る。
人一人分のスペースを空けていた俺たち。
だが、どちらからともなく、その距離は縮まる。
するりと腰に回される腕。
俺も彼女の背に腕を回す。
柔らかい感触。
暖かな体温。
安心する匂い。
目を瞑り、彼女の髪に顔を埋める。
すると、日向はスリスリと甘えるように頰を寄せてくる。
たったこれだけ。
たったこれだけで、俺は本当に幸せだった。
最高に満たされていたのだ。
そう認識した途端、睡魔が押し寄せてきた。
その微睡みに俺は身を預ける。
意識を手放していく。
眠りに落ちるまさにその直前。
「…………」
耳元で何かを囁く声が聞こえたような気がした……。
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