5話 社畜斯くしてDQNと夢見良し
自分で書いていて、砂糖吐きました。
ご覚悟を。
「はぁ〜……」
俺は湯船に浸かり、大きく息を吐き出しながら、全身を弛緩させた。
やはり、いつもより数倍お風呂が気持ちいい。
普段ならシャワーで済ませることも多い俺だが、今日は流石に湯船に浸かりたかった。
疲れた身体に暖かなお湯の温度が沁み入る……。
「ふぃ〜……」
パシャリと湯船の水を掬い顔を洗う。
その時、ふと、お風呂の水面に視線を向けると、ある考えが脳裏に浮かんでしまった。
ーー日向もこのお湯に浸かったんだよな……。
意味もなく、ゴクリと生唾を飲む。
だが、すぐに頭を振った。
「……いや、やめとけ。それ以上は考えるな俺」
そう呟き、自分の両方の頰をパチンと叩く。
ーー危うく、犯罪者の仲間入りを果たすところだった……げに恐ろしき女子高生エキス。
と、自分を戒めて、正気を保つ。
それからもしばらく浴槽の中で一人。
俺は静かに己と格闘していたのだった……。
「上がったぞ、日向……あれ?あいつは?」
俺は濡れた頭をタオルで拭きながらリビングに戻るが、なぜか日向の姿がどこにも見えない。
トイレか……?
そう考えた俺はソファへ向かおうとした。
ガタン
そんな音が聞こえた。
俺の部屋の方向だ。
ーー嫌な予感がする……。
足早に、風呂、トイレの前を通り過ぎ、自分の部屋の扉に手を掛ける。
扉を開くと、そこには目を丸くした日向がいた。
ーーそれも、俺の秘蔵コレクションたちと共に……。
「おぃぃいい!?何してんだお前!?」
彼女の周りに散らばる薄い本たちを隠すべくそれらに飛びつく俺。
そんな俺に、ケラケラと楽しそうな笑い声が降る。
「あはは!相沢さんもこんな本持ってるんだね〜?」
人差し指と中指で摘むようにしてエロ本をヒラヒラとさせる日向に、俺は奪い返そうと手を伸ばす。
「返せっ!!」
「うわぉ!あっぶなー。取られるところだったよ……」
意外にも軽やかな動き。
日向は口笛を吹くときのように「ヒュー……!」と言わせる。
「いやはやまさか、相沢さんは年上好きだったなんてね〜?」
ペラリとページをめくり、大きなお尻をこちらに向けたポーズで写る俺の大好きなお姉さんを見せつける。
「勘弁してくれ……」
もはや泣きそうになりながら、そう懇願した。
しかし、一向に返事がない。
不思議に思って、顔をあげると、日向は何か考え事でもしているのか。
俺のそんな魂の叫びに聞く耳を持っていない。
彼女は顎に手をやりながら、ブツブツと小さな声で何かを呟く。
「うーん……だからかな。私に全然靡かないのも。でも、私も同じぐらい大きいと思うんだけどな……」
「ん?なんか言ったか?」
小さすぎて聞こえなかったので、なんと言ったのか聞いてみる。
すると、彼女は慌てたように手と首を横にブンブン振る。
「ううん!なんでもない!」
不自然な日向の様子に首を傾げた俺。
そんな俺に誤魔化すような笑みを浮かべた日向だったが「はい、これ……」と言って俺にさっきの本を渡す。
「お、おう。すまん」
「ほどほどにしときなよ〜?」
「はい、反省します」
そう言って受け取ると、俺はベッドの下にそっと直す。
ーーとりあえず、あとで場所変えよう。
そう決意した俺だった……。
そんなエロ本騒動もひと段落した俺たち。
「お腹空かない?」という日向の一言によって、今から晩御飯にすることとなった。
俺としては、その辺のレストランにでも行けばいいか、と思っていたのだが、日向が「私料理得意だから作ったげるね!」と言うのでお言葉に甘えることにした。
しかし!
あの日向のことである。
何かやらかしそうで不安ばかりが募る。
さっきからソワソワしっぱなしで、全くテレビの内容が頭に入って来なかった。
「見に行くか……」
俺は後ろ頭をガリガリと掻きながら、キッチンへと向かった。
「どうだ?料理の調子は……?」
俺がキッチンを除くと「およ?相沢さん?」と不思議そうにこちらを見つめる日向の姿があった。
黒のエプロンを貸して見たのだが、案外様になっている……。
「なんだ、結構ちゃんとやってんじゃねーか。冷やかしてやろうと思ったのに」
ニヤリと笑みを浮かべて嫌味を言うと、ムッとした顔で言い返す日向。
「残念でした〜!私は結構ちゃんと料理できるんだからね?」
腰に手を当てて、胸を張る日向。
なんでそんなに偉そうなんだこいつは?
あと、やっぱり胸デケーな……。
否応にも、強調された胸に視線がいってしまう。
「なに?そんなに見つめて……?」
日向はなにも言い返して来ない俺を不思議に思ったのか、キョトンとした表情でこちらを見つめる。
「いや、なんでもねーよ……」
「うわ!なにすんのよ、いきなり!」
誤魔化すように俺が日向の髪の毛をくしゃくしゃっとすると身をよじって嫌がる素振りを見せる彼女。
だけど、一向に逃れることがないのを見ると、本当に嫌がっているわけではなさそう……。
満足したところで手を離す。
すると、日向は頰を膨らませ、不服そうな顔でこちらを睨む。
「むぅ……。何よ、いきなり。マジ意味わかんないんだけど」
俺はそんな彼女の様子がなぜか気に入り、笑みを浮かべこう答えた。
「なんか気に食わなかっただけだ……」
「なんでよ!」
むう〜!と顔を赤くして憤慨する彼女を、ポンポンと頭を撫でながら、話の転換を図る。
「まあまあ……。で、なにを作ってんだ?」
シンクのとなりに並べられた食材に視線をやる。
しかし、俺の目論見はうまくいかなかった。
「なーんか、頭ポンポンしときゃいいと思ってない?」
「ジトー」とした目を俺の横顔に向ける彼女。
流石にこんなことではごまかせなかったか……。
しかし、「お前のおっぱいがあまりに大きかったから見惚れてしまった」とは流石に口が裂けても言えない。
なので、俺はとりあえず笑みを浮かべて言った。
「思ってねーよ!」
「絶対思ってる奴だ!」
驚きながら怒るという器用なことをやってのける日向に俺はポカポカと背中を叩かれる。
「もう!私はそんな安い女じゃないんだからね!?頭ポンポンなんか全然嬉しくもなんともないんだからー」
「お?そっか。なら、もう頭ポンポンはいらないってことだな?」
意地悪にもそう聞くと、日向は「ウー」と短く唸る。
「……ずるい。相沢さんの意地悪……」
見ると、大きな瞳がうるうるしている。
今にも泣き出しそうだ。
ーーやりすぎたな……。
少しばかり反省した俺は彼女に向き直り、もう一度だけ、頭を撫でる。
「すまん……。嘘だ。お前が許してくれるなら、俺もお前のその……なんだ。頭ポンポンしたい。ダメか……?」
頰をぽりぽりと掻きながらそうたずねると、上目遣いで彼女は俺を見つめ。
「なら、ぎゅーってして!!」
と、言って両手を広げ待機する。
彼女の態度の豹変ぶりに驚き彼女の顔を見る。
すると、さっきまでの泣き顔は何処へやら。
いたずらっぽい笑みを浮かべこちらを見遣る彼女。
ーー騙されたっ!!
そう気がついたが後の祭り。
どうやら、俺はまんまと日向の手の平の上で転がされていたようだ。
「早くー」
余裕たっぷりなその声に、俺はヤケクソ気味になる。
「あぁ、もうわかったよ。これでいいのか?」
彼女の背に両腕を回す。
想像よりも遥かに柔らかで、熱を帯びた身体。
頰に触れる髪。
耳元に聞こえる吐息。
包み込むような優しい彼女の匂い。
俺は今全身で彼女を感じていた。
「ふふふ。相沢さんの匂いだ〜」
そう言って、俺の首元をスンスン鼻を鳴らしながら嗅ぐ日向。
「おい!恥ずかしいからやめてくれ……」
だが、俺の懇願虚しく彼女は。
「もう少しだけ……お願い」
と、甘えるような声でそう囁くので、俺はなにも言えなくなってしまった。
そんなむず痒くも、幸せな。
だけど、意味は全くわからない時間。
それでも、その時の俺たちはたったこれだけでたしかに満たされていた。
「いやあ……うまかったな。ご馳走さん」
テーブルを挟んで向かいに座る日向に俺はそう伝える。
すると、嬉しそうにはにかむ彼女。
「ふふふ。ありがと。お粗末様です」
端的に言えば、日向の作った晩御飯はかなり美味かった。
俺も一人暮らし故にそこそこ料理をするのだが、味付けも、俺好みの濃いめで文句のつけようがない。
しかし、ひとつだけ言えるのは……。
「まさか、晩飯がチャーハンとはな……」
ぼそりとそう呟くと、顔を真っ赤にして日向は抗議する。
「悪かったわね!でも、仕方ないじゃん!?お魚焦がしちゃったんだから……。それにあれは、相沢さんも悪いと思うんだけど……」
「ジー」という視線に俺は居心地悪く身をよじる。
「あぁ…まあそのなんだ。すまん……」
「別にいいよ。私がギュッてしてなんて言ったのがキッカケだし」
互いに顔を赤くする。
そう。実は日向は焼き魚を作っていたらしいのだが、例のハグ。
俺はお願いされた身であるにもかかわらず、彼女をギュッとすることに夢中になるあまり、タイマーが鳴っても気がつかなかった。
しばらく経って、アッ!と気がついた頃にはお魚は見事マルコゲになってしまっていたので、結局、あり合わせの具材で日向がチャーハンを作ってくれたのだった。
こんなことになるとは、全く思ってもいなかった。
まさか自分があんなに夢中になるなんて。
そのことを考えるだけで、顔が熱くなるのを感じる。
チラリと視線を上げると、彼女も同じように顔を赤く染めているのが見える。
沈黙。
気恥ずかしくなにも言えない時間が続く。
ーーその時だった……。
ドーン!ドドーン!
「え、なに?」
日向も驚きの声を上げる。
俺も釣られて窓の外を見ると、丁度、大きな朱色の花火が上がったところであった。
「おおー。綺麗だな。結婚式か……?」
「そうみたい。ねえねえ!ベランダに出てもいい?」
瞳をキラキラと輝かせて、前のめりにそう尋ねる日向に俺は苦笑しながら立ち上がる。
「いいぞ。俺もみたいと思ったところだ……」
「だよね!?」
日向を連れて、ベランダに続く窓を開ける。
「うわぁ!綺麗〜」
「そうだな」
ドドーンと連続でいくつもの花火が上がるのはたしかに綺麗だ。
しかし、打ち上がる花火によって、仄かに照らされた日向の横顔の方が、その時の俺を限りなく惹きつけた。
とはいえ。
ただの結婚式の花火。
花火大会のように盛大なものではないためすぐにフィナーレを迎える。
ドーン!と今までで一番大きな花火が打ち上がり、静寂が訪れる。
しばらく、名残惜しく思いながら、夜空を見上げていたが、夜風にあまり当たらない方がいいと思った俺は日向に声を掛けようと隣を見た。
ーー言葉を失った。
日向の頰を涙が伝っていたのだ。
彼女も自分でそのことに気がついていなかったのか、慌てて顔を抑える。
「あ、あれ?何で私泣いて……」
「おい、大丈夫か?日向……」
「う、うん……。だ、大丈夫だけど。あれ?何で涙止まらないんだろ?」
自分でもなにが何だかわからないような顔で涙を零し続ける彼女。
とてもじゃないが、見ていられなかった。
「ほら……。安心しろ……。泣きたきゃ思う存分泣け」
「あ……」
そう言って、俺は日向を抱きしめた。
戸惑う様子を見せた日向もすぐに身体を俺に預ける。
初夏の夜。
生ぬるい風が涙さえも運んでいく……。
どうでしたか?
砂糖を吐いた方。
どうか早くブラックコーヒーをお飲みになってください笑笑