2話 社畜斯くしてDQNの友となる
楽しんでね!
「あ、おじさんお帰り〜」
ビールを買い、戻ってくると彼女はベンチの上で胡座をかいていた。
「おい、見えるぞ。そんな座り方したら」
そうたしなめながら俺は彼女の隣に腰掛ける。
「へへへ。おじさんは見たいの?現役JKの生おぱんつ」
そう言うと、彼女は何がそんなに楽しいのか、ニヤニヤしながらスカートの裾を持ち上げる仕草を見せる。
なんかムカついたので、とりあえず思いっきりデコピンをかます。
「いったあ〜!何すんのよ」
「お前がバカなこと聞くからだ。ほれ。これやるよ」
「へ……?」
間の抜けた声を上げる彼女に、俺はさっきビールと一緒に買った午○の紅茶を渡す。
「え、なんでこれ……」
「どうせまだ帰りたくないんだろ?だから、これでも飲みながら話しゃいいかって。ただそれだけの話だ」
少し照れ臭くさい。
まあ、あんまり俺らしくないキザなことをしている気はする。
でも、俺だけビール飲んで、こいつは何もなしというのはなんか違う気がしたのだ。
チラリと横目で彼女の方を伺うと、なぜか俯いていて顔がよく見えない。
あれ?俺なんか悪いことしちゃった?
「お、おい……?」
「ありがとう。すごく嬉しい……」
上気した頰。
満面の笑み。
不覚にも一瞬見惚れてしまった。
「いや、これぐらいなんでもねーよ。大袈裟だ」
なんとかそれだけを口に出して、俺は二本目の缶ビールに手をかける。
だが、彼女は俺のそんな反応が気に食わなかったようで。
「もう……そういう時は、素直に受け取っておいた方がいいよ?だから、結婚できないんだよ」
「ほっとけ……」
ケラケラと笑う彼女を尻目に、俺は缶ビールに口をつける。
あまり酒は強い方ではないがまだ大丈夫そうだ。
「でも、おじさん優しいからモテるでしょ?」
彼女も先ほど渡した、紅茶に口をつけつつそう聞いてくる。
俺は首を緩く振る。
「いんや。モテたことなんて一度もねーよ」
「えー。そうかな〜?モテてそうだけどな」
首をかしげる仕草。
ふわりと女の子っぽい香りが漂う。
少しドギマギした俺はそれを隠すために、出来るだけ素っ気なく言う。
「そういうお前こそ、結構モテんじゃねーのか?知らんけどよ」
「どっちだし!」
俺の曖昧な言葉に、不満そうな顔になる彼女だったがすぐに晴れやかな顔になる。
「まあ、私は結構モテるよ?これでも、つい最近告白された身だしね?」
「ほお…。そうか。よかったな。じゃあ、彼氏持ちってことか」
ビールに口をつけて聞く。
「ううん。いないよ?フッたからその人も」
「へえ……なんで?」
俺が聞くと、彼女は自分の唇に指を触れさせて言う。
「うーん……なんとなく?」
「そうか……」
俺はそう答えて、ビールを飲む。
あと、半分もないな。
「あれ?興味ない感じ?」
拍子抜けしたようにこちらを見つめる。
「いや、興味はあるが、それ以外に答える言葉を思いつかなくてな。悪い」
「そっか……興味は持ってくれてるんだ」
語尾に行くに従って、小さくなった声。
「なんか言ったか?」
「いやいやいや!なんでもないよ。なんでもない」
「そうか」
わちゃわちゃと手を振って否定する彼女に、俺は短く返す。
その時ふと、彼女の名前を聞いてみたくなった。
だから、聞いてみることにする。
「なあ、お前の名前、聞いてもいいか?」
「へ?」
ぽかんと口を開けてこちらをみる彼女。
やばい。やっぱダメか?
そう思った俺は慌てて否定する。
「あ、嫌ならいいんだ。別に」
「いやいやいや!別に嫌じゃないよ!少し驚いただけだから」
顔の前で手を振り否定する彼女。
しかし、すぐに底意地悪そうな笑みに変わる。
「でも、おじさーん?そんなに私の名前が知りたかったならもっと早く言ってくれてもよかったんだよ?」
からかう調子でそんなことを言う彼女に俺はムッとする。
「なら、いいわ。教えてもらわなくても」
「ああ!嘘嘘!言うから、言うから!私の名前はヒナタ!お日様の「日」に「向」かうで日向だよ!おじさんは?」
にこりと笑って聞いてくる彼女から、少し視線を逸らしつつ言う。
「相沢だ」
「あ、なんかぽい!相沢って感じの顔してるもん!」
「おい、それどんな顔だ」
「そんな顔だよ!マジウケる!」
人の顔を指差してケラケラ爆笑する日向に俺はため息をつき、残りのビールを一気に飲んだ。
立ち上がる。
「よし、そんじゃ俺そろそろ帰るわ。お前どうする?」
「私もそろそろ帰るよ……」
沈んだ表情。
何か言葉をかけてあげたいが、情けないことに何も思いつかない。
沈黙。
夏らしい生ぬるい風が頰を撫でていく。
すると、突然、日向はパッと顔を明るくして俺に詰め寄った。
「あ、じゃあさ!ラインで友達なってよ!あとで、連絡とりたいし」
「お、おお……。別にいいけど、俺やり方知らねーから自分でやってくれ。ほれ?」
俺はポケットからスマホを取り出して日向に渡す。
「すごいね?なんの躊躇もなく人に携帯渡せるって……」
感心を通り越して、少し引き気味の彼女に俺は何でもないような口調で返す。
「まあ、別に見られて困るものないからな……」
「うわっ……メール、アマゾンか。会社からしかない……」
「おい、勝手なところ見てんじゃねーよ」
「いてっ!」
後頭部を軽くチョップしてやると、可愛らしい声を上げて痛がる日向。
「もうっ……何すんのさ?」
「お前が勝手なことするからだろ?いいから早くやることやってくれ」
「あ、もう終わってるよ?はい、これ」
そう言って、スマホを渡してくる日向に俺は驚きを隠せなかった。
「い、いつのまに!?」
アプリを起動して、見てみると友達欄に「日向だよ♡」の文字が。
さすがJK。
スマホの扱いはプロ級だな……。
そこまで確認した俺は、電源を切りポケットにしまう。
「じゃあ、また帰ったら連絡してもいいかな……?」
俯向き加減でこちらを伺う日向。
俺は、ガシガシと後ろ頭を掻いて答えた。
「まあ、少しだけなら相手してやるよ。でも、あんまり期待するなよ?スタンプとか使い方知らねーからな」
それを聞いた彼女は、パアッと顔を明るくした。
「その辺は私が教えてあげるよ!じゃあ、またあとでね!バイバーイ!」
「はいはい」
走り去って行く日向の後ろ姿を見送っていると、曲がり角のところでくるりと振り返り、大きく手を振ってくる。
俺もそれに答えるため、大きめの声で言った。
「気をつけて帰れよ!」
「うん!相沢さんもね!」
「はいよ」
最後に大きく手を振って日向は曲がり角へと消えていった。
「よし、帰るか……」
一人そう呟くと、俺は家路につくのであった。
「ただいま」
誰もいない部屋にそう言って、電気をつける。
「やべ、もうこんな時間か」
時計を見てそう呟く。
そんな時、ぶるりと震えるスマホ。
ポケットから取り出すとやはりそれは日向からのライン。
そこには、こう書いてあった。
『今日はホントにありがと♡相沢さんのお陰で今日はぐっすり眠れそうです。おやすみなさい。あ、あと、相沢さんに髭は似合わないと思うぞ♡また、明日も会おうねー!』
そこまで読んだ俺は、お気に入りのスタンプを押して画面を閉じる。
顎を撫でるとジョリジョリッとした感触。
「余計なお世話だ……」
そう呟きながら、俺は髭剃りを持ってお風呂場に直行するのであった。
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