13話 社畜斯くして反省す。
相沢は上司の佐伯先輩とラーメンを食べに行く……。
佐伯先輩に連行されるままに俺は建物の外に出た。
自動扉が開くと、むわっとした湿気を含んだ風と土の匂い。
見上げれば、灰色の雲が重く垂れ下がり、今にも降り出しそうである。
「相沢君、一応そこにある傘取ってちょうだい?」
佐伯先輩もそのことに気が付いたようで、そこにある傘立てに刺さったワインレッドの傘を指さす。
俺も丁度傘を取ろうと思っていたので紺の傘を手に取ると同時に、その傘も取り、彼女に差し出した。
「どうぞ」
「どうもありがとう。じゃ、行こっか?」
そう言って、コツコツと高いヒールを鳴らしながら颯爽と歩いて行く佐伯先輩に俺も並んで付いていく。
ともすれば置いて行かれそうな勢いだ。
「佐伯先輩なんか急いでるんですか?」
たまらずそう呟くと、佐伯先輩はハッとした表情になり、すぐに歩くスピードを緩めた。
そして、彼女はその赤い髪をクシャリといじる。
「あ、ごめんね?その……ラーメンが楽しみすぎて焦っちゃった」
少し照れたようなその笑顔に不覚にも少し心臓が高鳴った。
いつもの厳しい顔つきからは考えられないほど柔和な笑みだ……。
会社の外では時々、こう言う表情を見せてくれるんだよなあ……。
いつもそうしててくれれば良いんだが…………と思いつつ、そんなこと口が裂けても言えない俺は、ちょっとした冗談を口にする。
「佐伯先輩結構食いしん坊ですもんね?」
すると、その言葉を聞いた佐伯先輩は露骨に驚いた顔になった。
「え!?私ってそんな感じ?」
俺はその言葉に少し意地悪い笑みを浮かべる。
「だって、いつも俺と昼飯食いに行くときはカツ丼とかラーメンとかがっつりしたものばっかりじゃないですか?まあ、社食ではあんまりそういうところ見ないですけどね」
俺がそう言うと、佐伯先輩は少し顔を赤くして言う。
「やっぱりダメかしら……?」
「いや、ダメって事はないですよもちろん。でも、なんでだろうな?とは思います」
素直に思ったことを告げると、彼女は少し困ったような表情になった。
「いや……まあ、その…………なに?相沢君といっしょの時には別に取り繕う必要ないけど、皆の前では、私はその……『できる上司』じゃないといけないわけじゃない?」
「まあ、それはそうですね」
俺は短く首肯する。
佐伯先輩も小さく頷くと、話を続けた。
「でしょ?でも、相沢君は知ってると思うけど、私って高校の頃から結構抜けてるところあるじゃない?」
「まあ、確かに……」
俺は彼女の高校時代の姿を思い出しながら首肯した。
というのも、実は、俺とこの佐伯先輩は高校、大学と同じ部活、サークルに所属していた。
高校時代にはビジネスクラブという文化部の部長をしていた佐伯先輩は、もちろん優秀ではあったが今のように完璧過ぎることはなかった。
むしろ、今、彼女自身言っていたとおり、少し抜けた一面があったように思う。
特に印象的だったのは「文化祭にスポンサーを付けよう」という話になった際。
彼女が「私、実はもう交渉してきてオーケーもらってきた!」と言って満を持して発表された会社の名前が思いっきり某アダルトグッズ専門店だったときには部員一同度肝を抜かれた覚えがある。
でも、だからこそ、彼女は多くの部員から慕われていたし、それは大学に入っても変わらなかったように思う。
だから、なんとなく今の彼女は少しムリをしすぎているように俺には映っていた……。
そこまで考えた俺の耳に「だからね?」という佐伯先輩の声が届いた。
「ぼろが出ないようにいつも気を張ってるんだけど、たまにはこうやって発散しないと気が滅入っちゃうのよね……」
「はあ……」と珍しく疲れたようなため息をつく彼女に、俺は苦笑した。
「なるほど……それは分かります。俺も一時期コンビニビールにはまってましたから」
俺のその言葉に、佐伯先輩はわかりやすく瞳を輝かせた。
「え!?相沢君もなの?私も一時期はまってた!」
「おいしいですよね?」
「ホント最高よね!疲れた身体に染み渡るって言うの?」
「ああ、分かります。わかります」
思わぬ共通点に、俺も佐伯先輩も笑みがこぼれた。
声を上げて笑う彼女を久しぶりに見た気がする。
俺はこの勢いで少し気になっていたことに踏み込んでみる。
「でも、ここ最近毎日じゃないですか?ランチ誘ってくれるの。今までは多くても週に一回ぐらいだったのに……」
すると、俺の言葉を聞いた佐伯先輩は露骨に気まずそうな顔になった。
「え……!まあ、そうかもね……」
「なんかあるんですか?」
更に追い打ちを掛けるように率直な疑問をぶつけてみると、佐伯先輩は小さく「んん!」と咳払いをして居住まいを正す。
静かにまぶたを閉じ、細く息を吐くその姿に、なぜかこちらまで緊張してきた。
そして、彼女はカッと目を刮目したかと思うと、意を決したように口を開いた……。
「相沢君、君さ……」
「はい」
「彼女できたでしょ?」
「…………はい?」
佐伯先輩の質問の意味に俺の脳内処理速度が追いつかず全く同じ二文字で返すと、佐伯先輩はズイッと更にその整った顔を近づけて俺に詰め寄る。
「だ・か・ら!相沢君彼女できたんでしょって聞いてんの!」
「え?俺が、ですか……?」
「そうよ!今、この場のどこに、君以外の相沢君がいるのよ!」
「まあ、それはそうですね……」
「で!どうなのよ……?いるの?いないの?」
上目遣いにそう尋ねる佐伯先輩。
その目元はなぜか潤み、唇を尖らしている。
これではまるでイジけた小学生だ……。
俺はいつもの「毒リンゴ」とまで呼ばれている彼女とのギャップに思わず吹き出してしまった。
「なんで笑うのよ!?」
と、顔を真っ赤にして怒る佐伯先輩に俺は笑いながら応えた。
「俺に彼女なんていないですよ。なのに先輩、そんなに必死に聞いてくるから面白くって……」
「な…………!!」
真っ赤な顔のまま、口をぱくぱくさせていた佐伯先輩。
だが、すぐに怒ったような語調で言い返した。
「だって、相沢君。今まで女っ気の一つも無かったじゃない!?このまま独身で一生を終える惨めな社畜になるんじゃなかったの?」
「酷い……」
さすがの貫通力で俺の心をえぐってくる佐伯先輩。
しかしこの俺を舐めてもらっては困る。
この程度の悪態は朝飯前だ。
「大体、なんで俺に彼女ができたなんて思ったんですか?」
心の傷からすぐさま立ち直った俺は、素朴な疑問を彼女にぶつける。
もちろん、心の中で「もしや日向のことがばれたのか?」とも思ったが、特に変わったようなことをした覚えもなかった俺にはどうして「彼女がいるかも」などと思われたのか、不思議でしょうがなかった。
だから、俺はその答えが気になり、ちらり、と隣を歩く佐伯先輩に視線を向ける。
――――言葉を失った……。
妖艶にほほえむ彼女から一切視線を外すことができない……。
さっきまでの幼い面影は一切無く、顔の作りまでもはや先ほどまでとは全く異なるように見えた。
俺のそんな様子に佐伯先輩は満足げにほほえんだ……かと思いきや、いきなり俺の耳元へ顔を寄せ。
「女の勘よ」
と、囁いた。
ぞわり、と背筋を何かが走り、バッと勢いよく身体を引く。
見下ろすと、そこにはあまりに蠱惑的に笑う佐伯先輩の顔がある。
ドキドキと心臓が早鐘のように鳴り響いていた。
「相沢君、行かないの?」
クスリと口元に手を当て、数歩先を行く佐伯先輩。
底知れない彼女の実力を垣間見たような感覚に陥りながら思ったことはただ一つ。
――佐伯先輩をからかうのはもうやめよう……。
そんな情けないことを考えながら社畜は上司のあとを追いかけた……。
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