2.転生がばれました
少し長めです。
リトーネ・イテイーサ男爵令嬢
シーアン・サワクーロ公爵令嬢
改めて名前を書いてみる。
ヒロインにより衝撃とも言える噂がもたらされた翌朝、私は従兄のジンセンバニによる恒例の突撃プロポーズ大作戦に遭っていた。頼むからいいかげんメイク前に来るのはやめてほしい。
「シーア、今日も君はこの薔薇の蕾のように愛らしい。やはり君はこの私と共になる運命なのだ。どうか今日こそはこの愛に応えてはくれまいか……!」
「無理です!」
いいかげんその軽薄な口を畳針で縫い付けてやりたい。どこか近隣の国で畳針製造してるところないかしら。
「そうか、シーアは今日もつれないな……また来よう」
いつもならとっとと追い出して塩を撒くところだが今日は聞きたいことがあった。
「……ねぇ、ジン兄さま」
「シーア?」
「兄さまは、私に関する噂をご存知?」
すると従兄は一瞬目を彷徨わせた。が、すぐに平静になる。
「……なんの噂だい?」
「……いえ、兄さまがご存知でなければいいのです。失礼しました」
とっとと帰れという意思を籠めて笑んだのだが相変わらずわかってくれない。
「何か困ったことがあるならいつでも聞くから、遠慮なく連絡してくれ」
「わかりました。それよりいいかげんお帰りください。朝の支度がまだ終わっていませんの」
スッと近づいてきて両手を掴むのをやめろ。だからまだ私はメイク前なんだ、至近距離でその美しい顔を見せるんじゃない。
「シーアは十分可愛いよ。あんな、君なんだか叔母さんなんだかわからなくなるような化粧をしなくてもね」
そう言って従兄はやっと出て行ってくれた。従兄は自他ともに認める美形だから言えることだと私は思う。それよりあんな兄に似た顔を間近で見せてくれなくてもいいではないか。私は兄が大好きなんだぞ。
侍女が薔薇の花束を喜々として部屋に飾り付けている間に、もう一人の侍女が私の顔を美しく変えてくれる。そろそろ部屋が花屋ではなく庭園の一角にでもなりそうな勢いである。
従兄も「私が王太子の婚約者となることを望まれている」という噂を知っているだろうということは確認できた。
昨日あまりの怒りにあのまま王宮に突撃しそうになったがさすがに踏みとどまった。
なんの準備もしないで王宮へ行くのはとても危険だ。
もしまかり間違って王太子が私を望んでいるとしよう。私が問い質しに行くことは飛んで火にいる夏の虫だ。そのままホールドされて国王夫妻に改めて紹介され、その場で婚約の許可を求められてしまう危険性がある。いくらうちが公爵家でも王の決めたことを撤回するのはなかなか難しい。そうでなくても一度第二王子と婚約解消しているのだ。王太子にロックオンされたらさすがに逃げられないだろう。
どうしたものかと考えて、王宮には極力足を向けないことにした。
昼食時に王太子がやってくることはそのままにするとしても、問題は放課後呼び出された場合である。
ここで話を昨日の放課後に戻そう。
放課後の王太子の誘いを断る口実を見つけなければと思ったところで、カフェオレボウルを目の前に困惑したような表情をしているヒロインを見た。
「どうかなさって?」
「これ……その、どうやって飲めばいいの、かしら……?」
どうもカフェオレボウルを見たことがないらしい。普通に両手を添えて傾けて飲めばいいのだと教えると、「お抹茶みたい」と言われた。熱いので飲む時は気を付けてほしい。
「……ごちそうさま。じゃあ私は王子のお嫁さんになることはできないのね」
「王子妃にはなれないことは確かね」
「んー……じゃあ二周目に期待するしかないか」
二周目?
ヒロインの口から思いもよらない言葉を耳にして困惑する。
「どこかにリセットボタンはないかしら。それともそろそろエンドロール? こんな王子エンドありえない!」
私は唖然とした。まだこの娘はこの世界が乙女ゲームの中だと信じているのだ。ゲームの世界とはこれほど違いがあるにも関わらず。
さすがの私も堪忍袋の緒が切れた。
「貴女ね! 二周目も三周目もないわよ! この世界はゲームじゃない! 貴女に起きていることは現実なの! いいかげん目を覚ましなさい!」
ヒロインはキョトンとした。
「え? サワクーロさま、ゲームって……」
や ら か し た
失言だったことは認める。すんごく後悔もしている。
「……もしかして、サワクーロ様もトリップしてきたとか?」
転移ではない、転生だ。
どうせなので毎日の放課後ヒロインを付き合わせようと思う。
* *
私が前世プレイしていた乙女ゲームの仕様について今一度説明しよう。
プレイする人はゲーム内のヒロインとなり、王立学園で知り合ったイケメンたちの誰かとくっつく、というのが最終目標であるということは前述した。イケメンたちの好感度を上げる為にいろいろ行動するのだが、中でも一番好感度が高かった相手とくっつくことになっている。公開されているイケメンたちは全部で4人。つまり4通りのハッピーエンドが見られるので1回プレイしただけで終わらせるプレーヤーはまずいないだろう。プレイ回数は一周二周という数え方をする人が多く、一周目は王子エンドで、二周目はジンセンバニエンドでと1本のソフトで長時間遊べるようになっている。しかも二周目以降は隠しキャラが出てくるようになっており、ある一定の条件を満たすと隠しキャラルートに進むようになっている。かくいう私も隠しキャラルートの条件を苦労して満たし、隣国の王子ルートをプレイしたことがある。あれはあれで素敵だった。
だが実はもう一人隠しキャラがおり、その条件は謎でキャラ情報もわからないという曖昧模糊なものだった。なので都市伝説ではないかとも言われていたが、のちに公式の情報として隠しキャラは2人いるということが正式に発表されたので十周ぐらいプレイした人もいたとかなんとか。ただ運良く2人目の隠しキャラルートをプレイできた人たちの中でもこの設定は……と賛否両論あったらしい。しかしそれもプレイできたから言えること。結局私はもう1人の隠しキャラを見つけることはできなかった。それが心残りと言えば心残りである。
さて、まずはヒロインの話を聞くことにしよう。
結局勢いあまって私が転生組だということがバレてしまった。対するヒロインは転移してきたらしい。
中学二年生の頃可愛い猫を見つけて追いかけていたらいつのまにか見知らぬ通りに出ていたのだという。世界が変わる気配が何もなく、気が着いたら日本からこのガイーナ王国に来ていた。
ここはどこ? とキョロキョロしていたらいきなり「リトーネ!」と近くにいた御婦人に叫ばれ抱き着かれた。そして何故か機関銃のようにまくしたてられてその婦人の家に連れて行かれ、迷子なのだと説明するも「いいえ! 貴女はリトーネよ!」という婦人の剣幕に押し切られたらしい。何か? この国には強引が服着てるようなのしかいないのか? とたそがれてしまう。
どうにか婦人が落ち着いた頃に話を聞くと、ヒロインにそっくりな娘がいたらしい。だが一月程前病気で亡くなってしまった。婦人はイテイーサ男爵の愛人で、娘は男爵との間にできた子だったという。
「もし娘が亡くなったと知ったらどれだけあの人が哀しむか……!」
と婦人に泣き崩れられ、ヒロインは帰り道もわからないので仕方なくその娘の身代わりをつとめることにしたのだという。それから二月程礼儀作法などを習った後、男爵家から迎えが来た。いつのまにかヒロインは記憶喪失の可哀想な娘になっており、反論する間もなく男爵家に連れて行かれた。そこで家庭教師などをつけられたが、現役中学生からしたら簡単な内容だったらしい。この国の歴史などを習ううちにこの世界がかつてプレイしていた乙女ゲームの中だと気付いたのだという。
「でも違ったのね。王子エンドになったはずなのに話が続いてるから二周目以降の隠しキャラとか出てくるんだって思ってたわ」
「隠しキャラって隣国の王子とか?」
「そういえば今年からAクラスに入ったんだっけ? 隣国の王子ルートもいいわよね! でも第二王子エンドだともう一人の隠しキャラが出てくる可能性も否定できないわよねー」
ヒロインと話していて私は耳を疑った。
「……もう一人の隠しキャラの条件を知っているの?」
「ええ、でも……プレイする前にこっちに来ちゃったから誰が隠しキャラなのかまでは知らないわ」
「一応条件を教えてもらってもよろしくて? どうしても気になっていたから」
「ええー。王太子だけじゃなくて隠しキャラまで侍らす気なのー?」
「アンタと一緒にするんじゃないわよッッ!」
苦労して聞きだした内容によると、王子エンドの後、王子の好感度がぎりぎりだった場合王宮で婚約披露パーティーが開かれ、その際に隠しキャラが現れるらしいという。しかもぎりぎり、という基準が本当に微妙な数値らしくちょっとでもさじ加減を間違うとまんま王子エンドかお友だちエンドになってしまうらしい。ちなみに全員の好感度が足りない場合二周目以降はお友だちエンドになり、その数値によって隣国の王子ルートに入る場合もある。これも確か微妙だったことは記憶している。
「隣国の王子ルートに行けないかなぁ……」
「まだそんなこと言ってるの?」
「だって王子の奥さんになれなかったらお友だちエンド決定じゃない? それにこのままいくと王子のお妾さんにさせられそうだし」
「ああ、家族が乗り気なのね」
第二王子から正式に乞われたのだ。男爵家としてはよくやったということだろう。本人がいくら反対したところで聞き届けてはもらえないに違いない。
「でも王子のことが好きだったのではなくて?」
「本当の奥さんになれるならとは思うけど、第二夫人って聞いた時点で大嫌いになったわ」
現代日本の女子中学生からしたら、好きな子を最初から妾にするつもりだったとかありえない思考だろう。この国の常識も知らず、乙女ゲームの世界だと勘違いしていた。いろいろゲームとの違いはあり引っ掛かるところはあったはずだが転生ではなく異世界トリップと考えれば目も瞑りたくなるだろう。なんだか少しヒロインが可哀想になってしまった。
「……そうね、でも隣国の王子だって男爵家の娘を正妃にはしてくれないと思うけど」
「ああそっかー。どうしたらいいんだろう……」
「一応駄目元で声かけてみる? 私の友だちってことなら無下には扱われないはずだから」
「ホント!?」
「その代わり期末テストは手を抜かないようにね」
「りょーかいです!!」
念の為第二王子にはヒロインの卒業まで返事を保留させてもらい、男爵家にもすぐに返事はしないよう家を通して圧力をかけた。もちろん家族にはヒロインと友だちになったことを連絡しておいた。
しかしそれらの行動が自分の首を絞めることになるなんて、その時私は夢にも思っていなかった。