6.行動してみました
本気で踵を返しかける私に、
「シーアン嬢、君の未来の兄夫妻を私に紹介してはくれないか?」
声をかけてきたのは王太子だった。いや、別に兄たちを私が紹介する必要はないと思うのだが……。
「何故お前にシーアが私とカロリーナのことを紹介せねばならん」
「いや? シーアン嬢が何故か帰りたそうにしているものでね」
そう言いながら椅子を引いて私を座らせるのはやめてくれ。ここのお茶とお茶菓子は最高なんだぞ。
「……いえ、帰りたいとは……」
言葉を濁してみる。本当はすっごく帰りたい。だがここにおいしそうなお茶菓子があり、王太子がいる以上私だけが帰るわけにもいかない。え? 第二王子に会いに来たんじゃないのかって? そんなものヒロインがいる時点で選択肢から消え失せたわ!
本題に戻ろう。
私が王立学園に入ったことでシスコンの兄にも何かの区切りがついたらしく、ようやく重い腰を上げて何度か見合いをし、この度年の離れたカロリーナ・ヤクワキ伯爵令嬢と婚約したのである! 式は来年の予定だが兄はもうこの私と1歳ぐらいしか違わないカロリーナ嬢にメロメロで、シスコン? ナニソレオイシイノ? 状態になっている。実際そうでなければ困るのだが、ブラコンとしては少し複雑なのだ。しかしここで兄が片付いた(?)おかげで安心して修道院に行ける。第二王子よ、ヒロインを絶対離すんじゃないぞ!
私が物思いに浸っている間に、兄は王太子相手に盛大なノロケをお見舞いしたらしい。カロリーナ嬢も恥じらいながら満更でもない様子だった。さすがにカロリーナ嬢のここが可愛いとかあんなところが好きだとか心根が優しくて最高だとか延々聞かされれば、王太子が死んだ魚のような目になるのも頷けるというものだ。しかし兄が最後に放った言葉により、王太子の目がキラーンと光った。
「レイン、お前もいいかげん婚約者を決めたらどうだ? 毎日がバラ色だぞ」
兄の頭の中はとうとうお花畑になってしまったらしい。そして王太子はというと何故か私を見ながらこんなことを言う。
「そうだな。王家にふさわしい女性が現れればすぐに決めるさ」
王太子よ、私はアンタたち兄弟のキープじゃないぞ。
「王太子殿下、何故シーアを見ながらおっしゃるのですか。シーアは一応王子の婚約者ですよ」
従兄よ、一応は余計だ。それにお前もいいかげん婚約者を決めろ。
私は嘆息し、なんとなく視線をヒロインに向けた。
「シーアンのお兄さまもステキよね……でもあんなにラブラブじゃ付け入る隙もないし……王太子もカッコイイけどなんかこわいわ……」
またぶつぶつと何やら呟いているのが風に乗って聞こえてきた。ヒロイン、気が多いな。頼むから私の兄だけはロックオンしないでほしい。その場合ヒロインの命の保証はできかねる。
そんなこんなで精神的に疲れた夏休みが終った後は、多少のイベントはあったものの比較的平穏に過ごすことができた。
そして冬休み前のパーティーの日、第二王子は沈痛な面持ちで私をエスコートしていた。
本当はヒロインのパートナーになりたかったのだろうが、さすがに婚約者のいる身としてそんな非常識なことはできない。だがどうしても他の男に触れさせたくないのか、嫌がる私の従兄に頼み込んでヒロインのパートナーをつとめさせたようである。ヒロインは美形の従兄と並べることでご機嫌だが、従兄はあからさまに嫌そうな表情をしていた。従兄よ、気持ちはわかるがいいかげん相手に失礼だと思う。
第二王子が卒業するまであと約4か月。ゲーム内ではその卒業のプロムで断罪イベントが起こるはずだ。
だが私はそんなイベントなど経験したくないし、ヒロインだけを喜ばせるのは気に入らない。というわけでここらで行動することにした。
「ザワーオさま、少し暑いですわ。テラスに出ませんこと? もちろん間違いがあってはいけませんからテラスの扉の前に侍女と侍従を待機させましょうね」
「……別に私たちは婚約者同士なのだから間違いなどあったところでかまわないだろう」
投げやりに言う第二王子に私は微笑んで首を振った。
「ザワーオさまにお伝えしたいことがございますの。そのことを精査していただければみな幸せになれますわ」
「……幸せに?」
王子は不思議そうに言うと私をテラスにいざなった。もちろん扉の前には侍女と侍従を待機させて。
パーティー会場は人いきれで暑いぐらいだったが表に出ると冬の空気を感じた。そうはいっても気候のいい国なので冬でもそれほど寒くはならない。少しぐらいならテラスで話をすることもできそうだった。
「星が綺麗ですわね……」
日本の、都会の夜空とは打って変わって澄んだ空に私は感嘆した。
「……伝えたいこととはなんだ」
だが王子にとっては天の星々もその心の慰めとはならないらしい。もう少しロマンを介さないとそのうち振られるぞ。
「……お伝えすることは2つ。私たちの婚約についての条件を今一度確認してくださいませ」
「婚約についての条件?」
「そしてその条件によって、円満に私たちが婚約解消をする為の条項もきちんと読み込んでくださいね」
「婚約解消、だと?」
それまでどうでもいいという顔をしていた王子だが、さすがに表情を変えた。
「ええ、ザワーオさまがよく読み込まれて理解されましたらお声掛けください。また二人きりでお話しましょう」
私は優雅に礼をしてその場を辞した。
王子は間違いなく食いついてくるだろう。私と婚約を解消しなければイテイーサ嬢は妾にするしかない。そんなことをあの王子に我慢できるはずはない。
女を取るか、安定した権力を取るか。
「ザワーオさまがイテイーサ嬢と共にあることを選ぶなんて、私にはわかっておりましたわ」
婚約についての条件を読み込み、内容を理解したのだろう。
後日呼び出された王城の庭園で、私は未来を正しく想像することもできない愚かな王子に頭を下げられた。
とんだ茶番だ、と思う。だが私の穏やかな未来の為にどうか犠牲になってほしい。
私は今までにないほど優しく微笑んだ。
。。。おかしい。。。終わらない。。。でも確実に終わりは見えているッッ!!
次回、シリアスのまま終われるか!? 乞うご期待!!