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3.兄の友人に会いました

 しばらく単調な日々が続き、やっと学園が夏休みに入った。

 今まで邪険にさえしていた兄の帰りをこれほど待ち遠しいと思ったことはない。

 あれからまた母に王城へ行こうと誘われたが、礼儀作法を完璧にしないと王子に申し訳ないからと言い訳をして断った。


「? 貴女のカーテシーは十分素晴らしいわよ?」


 母に不思議そうに言われたがそこは曖昧な笑顔で乗り切った。これで少しは感じ取ってくれるといいのだが。

 そうして迎えた兄帰宅の日。私が完璧な所作で出迎えると兄はひどく感動したらしく、


「なんと愛らしい貴婦人か!」


 と叫び、私を抱き上げその場でくるくると回ってみせた。兄よ、貴方はミュージカル俳優か。内心ツッコミを入れながら、母に兄と過ごす許可を取ってあったのでその日のうちに兄とテラスでお茶をすることができた。

 ちなみに我家の食事は基本家族全員でとることになっているが、その他の時間は別々に過ごしている。父や兄は際限なく私を甘やかすので、現在は母の許しがなければ兄弟だけで話をすることもままならない。

 今日ばかりは家庭教師もお休みにしてもらい、私は美形の兄とのんびり過ごしている。

 夏と言ってもガイーナ王国の気候はよく、それほど暑くはならない。テラスは午後のこの時間日陰になる為。風さえ吹けばとても心地よい。

 兄のシェーンは自他共に認めるシスコンである。

 そして私もブラコンであることは否定しない。はー、相変わらず兄は美しい。

 そんな兄だが母譲りの美形であり、父譲りの長身、そして成績優秀で次期公爵という超優良物件である。しかしもう17歳にもなるのにまだ婚約者はいない。おかげで方々から見合い用の絵姿が送られてきている。

 兄は次期公爵という立場なので相手選びも慎重にならざるをえない。だが兄の婚約者がなかなか決まらない背景には私の存在も関係しているように思う。なにせ兄は、「妹と仲良くしていただける方でなければ無理です」とにこやかに公言しているのである。まぁもちろんだしにされている感も否めないが、兄がシスコンであることは間違いない。

 さて、久しぶりの逢瀬である。

 兄の学園での話を聞いたり、私の近況を話したりし、語らいは最初のうち和やかだった。

 けれど。


「そういえば、王子とは仲良くしているか?」


 兄のその言葉に、私はそっと目を伏せた。答えたくないという意思表示をしてみる。案の定兄は何事かと眉を寄せた。


「シーア? 第二王子と婚約したのだろう? だから毎日勉学に励むようになったのではないのか?」


「ええ、それは……」


 私は少し悲しそうに、縋るような視線を兄に向けた。兄の目が途端厳しいものに変わる。


「シーア、何があった? 王子は私の最愛の妹を大事にしてくれてはいないのか?」


 私は少し口籠り、


「……いえ、王子はその……私をいさめて言ってくださっているのだと思うので……」


 と言いづらそうに言葉を濁した。


「そうか」


 兄はもう視線だけで世界を凍りつかせることができそうなほど冷たい眼差しを宙に向けた。

 わが兄ながらなかなかに恐ろしい。

 それから兄は私が王城に行った際同行した侍女たちを呼び、何やら聞いていたようである。

 私はその夜ベッドに入り、誰にもわからないようにほくそ笑んで久しぶりにぐっすり眠った。


 翌々日、私は兄に王城へ行こうと誘われた。

 聡明な兄のこと、いくら妹のことで目がくらんでいたとしても第二王子に突撃するような愚はおかさないだろうが、さすがに王城へ行くのは躊躇する。ためらう私に兄はキラキラした笑顔で、


「どうか私の最愛の妹を友人に紹介させてくれないか?」


 と芝居がかった仕草で言った。兄の美しさにある程度耐性のある私でもうっと詰まる。こんな所作が様になるのは兄と従兄ぐらいのものだ。


「そ、そんな……。私は……お兄さまのように美しくないから恥ずかしいわ……」


 頬を染めながらも抵抗すれば兄は悲しそうな表情をした。


「可愛いシーアを美しくないなんて言うのは誰だい? この兄に教えてくれないか?」


 その後目が全く笑っていない笑顔で迫られ、私はしぶしぶと行くことを了承したのだった。兄怖い。


 兄の友人は何人か知っている。会ったことはないので名前だけだが。

 そのうちの一人が、目の前で微笑んでいるレイン・メンイケ・シュワイ・ガイーナ王太子である。

 すでに挨拶も済ませお茶をしているところだが、兄によって私のライフポイントはすでに尽きかけていた。

 頼むから王太子相手に妹バカを炸裂させるのはやめてくれ。

 おそらく学園でも散々こうしてシスコンっぷりを発揮していたに違いない。その証拠に挨拶した時の王太子の表情は一瞬困惑していた。兄よ、帰宅してから覚えてろ。

 王太子はハンサムだった。兄との会話を聞いている分には非の打ちどころない王子様っぷりである。しかし出がけの兄と同じく時折私に向ける目がまるで笑っていないのが何とも恐ろしかった。類は友を呼ぶらしい。

 ガイーナ王家に連なる者たちはみな色味に微妙な差異はあれど基本金髪碧眼であることは前述した。なんというか、まんま日本人から見た西洋の王族のイメージだと思う。え? 私だけ?

 王太子は確かに見目麗しいと思うが、我が兄ほどではない。おかげで私が目線を伏せているのは王太子様に話しかけられてどうしよう、きゃ! ではなく兄が妹バカすぎでいたたまれない、というやつである。


「シーア? レインが王太子だからといって気にすることはないぞ。お前の所作は完璧だ!」


 ええい兄よ、いったいどこまで目が曇っているのだ。比較的まともに見えるようになっているとはいえまだまだ精進あるのみである。


「お兄さま、どうかおやめになって。恥ずかしいですわ」


「シーアン嬢、自分を卑下することはないよ。貴女は立派なレディだ。……だというのにあの弟ときたら……」


 王太子は大仰にため息をついた。ちら、と兄を窺えばウインクされる。この世界にもウインクがあるのかと変なところで感心してしまった。侍女はそれなりに狙った通りの反応をしてくれたようである。

 しかし王太子に引き合わされたのは想定外だ。

 私は少し困ったような表情をした。対する王太子は笑顔になる。


「年が近いからと周りが気をきかせて2人きりにさせたようだがそれがいけなかったね。これからは必ず誰かつけさせるようにしよう」


「レイン! そういう問題じゃないだろう! 私の最愛の妹が侮辱されたんだぞ!?」


「情けないことだが男というものは女性よりも幼いものだ。そのうち女性に対する礼儀も身につくだろう。それで許してくれるかい?」


 私は内心唖然とした。予想通り兄は激高した。そこでやっと私は気付いた。

 王太子は怒っている。

 それは自分の弟に対してもそうだろうが、こんなことぐらいで兄の手を煩わせる私に対してもだ。

 そして王太子は私のことを嫌っている。

 私は内心楽しくなってきた。

 王太子といってもまだ17歳の子どもだ。兄の関心を一身に集めている妹のことを苦々しく思っていたことは間違いない。そして実物に会ってみれば平凡顔の我儘娘だ。困った、全く好かれる要素がない。

 私は微笑んだ。


「ありがとうございます。できましたらそうしていただけると嬉しいです。王太子のお手を煩わせてしまいたいへん申し訳ありません」


「シーア……」


「……わかってくれたならいいんだ」


 王太子は一瞬目を見開いたが、また口元だけ柔らかく笑んだ。

 彼は私を怒らせようとしていた。

 王太子は弟のことなどなんとも思っていない。彼の関心は同じ学園にいる貴族の子弟や官僚の卵に向けられている。それらを煩わせる存在は全てゴミと同じだ。

 だが私もここまでコケにされて黙ってはいられない。

 というわけで早々に要求を伝えることにした。


「ですが……将来王子に心から愛する方が現れた場合は婚約を解消させていただきますようお願いします」


 王太子は一瞬虚を突かれたような表情になった。よく表情が動く人だ。


「……弟が君を心から愛するようになった場合は?」


「そうなれば僥倖ですが、私は母や兄のように美しい容姿を備えてはおりませんし聡明でもございません。もちろん王子妃にふさわしくあるように努力はいたしますが、王子が私に興味を持たれるとは思えません」


 10歳の小娘にふさわしく直截的に言ってやる。

 まかり間違って第二王子が私に興味を持ったにしろ、学園に入ればヒロインに夢中になるに違いない。どちらにせよひどい目に遭うことは確定だ。学園に入る前に婚約破棄ができないというのなら、せめてできるだけ穏便に将来解消できるようにしたい。

 つか、10歳に腹芸とかやらせるな。


「……ふうん。シェーン、君の妹(ぎみ)は面白いね」


 王太子はスッと目を細めた。


「面白いとはなんだ! 可愛いの間違いだろう!」


 いいかげん黙れ、シスコン。私は微笑みを浮かべながらテーブルの下で兄の足をヒールの踵で踏みつけた。


「ぐっ……」


「残念ながら私にはそこまでの権限はない。ただ口添えはしておくよ。その代わり……」


 王太子に提示された条件に兄は再び憤り、私はなんともいえない表情をしてしまった。

 もしかして、私なんかしくじったかしら?

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