1.思い出しました
そういえば悪役令嬢モノって書くの初めてかもしれない。
前世の記憶を思い出し、私がある乙女ゲームの中の悪役令嬢に転生したと知ったのは10歳の頃のことだった。
このガイーナ王国にあるサワクーロ公爵家の令嬢である私は、つい2日程前婚約者と初顔合わせをした。それは王国の第二王子で、私より2つ年上だった。
そこまではいい。
問題は、2人で庭園でも散歩していらっしゃいと送り出された後のことである。
「お前がサワクーロ公爵の娘? ……ああ、父親に似たのか」
あからさまに落胆しているような王子の態度に私はきょとんとした。
客観的に見て王子の容姿は整っている。確かに私と比べたら十人が十人とも王子の方が美しいと言うだろうし、憧れる子もいるだろう。しかし王国一とも言われる絶世の美女の母を持ち、その美貌を受け継いだ兄がいる私にとってみれば、王子は多少顔がいいだけの男の子にしか見えなかった。
反応の鈍い私に対して王子は苛ついたようだった。
「おい、聞いているのか? 公爵夫人の娘というからどれほどの美少女かと思っていたがこんなちんちくりんとはな。全く期待外れもいいところだ」
「……たいへん申し訳ありません?」
私は自分の容姿が平凡だということは知っていた。なにせ産まれた時母から「女の子が欲しいとは思ったけど顔のことまでは考えなかったわ!」と言われたほどである。(決してブスではないということは強調しておく)ちなみにこの話は私を溺愛する父と歳の離れた兄が笑い話のように教えてくれた。当然むかついたので足を思いっきり踏んでさしあげた。私は決して頭がよくはなく、母の言いつけも素直に聞く子ではないが、大人の決めた婚約者にここまでひどいことを言われるような覚えもなかった。
「いくら公爵家の娘といえどこの私の婚約者になったからには相応しい振る舞いをするように。公の場以外では気軽に話しかけるのではないぞ。……とんだ貧乏くじだ」
「はい、承知しました」
王子は言いたいことだけ言うと、私を王城の庭園の出口までエスコートすることなくさっさとその場を辞した。その後私は影のように付き従ってくれている侍女によって無事迷路のような庭園を抜け、屋敷に帰ったのだった。
帰宅してから私は王子の科白の意味を考えた。
確かに私は平凡顔の父に似ている。若い頃の母はそれはもう王国中の男性を虜にしたと言われるほどの美しい伯爵令嬢だったと聞く。つまり母は相手を選び放題だったわけである。その中から父を選んだということは権力を得たかったのかと当時かなり憶測を生んだらしいが、母曰く「あの人は筆まめなの」ということだったらしい。手紙のやりとりを通じて実直な人なのだとかんじ、この人となら一生やっていけるかもしれないと思ったのだという。
確かに見た目は大事だ。だがそれと同時に中身も重要なのではないかと思ったが、私にそれだけの中身があるかと自問してなんにもないことに気付き、愕然とした。
私はその後お約束のように熱を出し、文字通りぶっ倒れた。
それがきっかけだったのだろう、前世の記憶を思い出したのである。
* *
私ことシーアン・サワクーロ公爵令嬢の前世は、異世界にある日本という国に住んでいた普通の女性である。そんな私は前世と似たような家族環境で暮らしているようである。父と歳の離れた兄には溺愛され、それをいさめる母という状況には覚えがある。しかし前世の私の生活環境はそれほど重要ではない。
むしろ問題は現世にある。
なんとこの世界は、私が前世で好んでプレイしていた乙女ゲームと酷似しているようなのである。
同じ、ではなく酷似と評したのにはわけがある。
乙女ゲーム内のシーアン・サワクーロ公爵令嬢は母の美貌とその色彩、ピンクブロンドの髪と茶色の瞳を受け継いだ美少女であり、我儘で高慢ちき、だが学園での成績は優秀な悪役令嬢だったのだ。
その婚約者はガイーナ王国第二王子、ザワーオ・ウトッレ・リムッツ・ガイーナ。王家の中では可もなく不可もなくな容姿(王家の色彩はみな金髪碧眼である)の為か、誰もが称賛する美貌を持ち成績も優秀なシーアンに劣等感を持つ。そして乙女ゲームの舞台である学園で3年生になった時ヒロインであるリトーネ・イテイーサ男爵令嬢に出会う。美人、ではなく可愛らしい容姿(茶色の髪に黒い瞳)のヒロインは明るく、笑顔がとても印象的でお転婆な少女だ。
第二王子とヒロインの出会いは、木陰で本を読んでいた王子の上にヒロインが落ちてくるというベタな設定である。天真爛漫なヒロインに振り回される王子。やがて二人は惹かれあい……というお決まりのパターンだ。
ヒロインの攻略対象は当然王子だけではない。
シーアンの従兄で王子の学友であるジンセンバニ・ワカアラ伯爵令息もそのうちの一人だ。
ワカアラ伯爵家はシーアンの母の生家である。ゲーム内のジンセンバニはどちらかといえば平凡顔で自分の容姿に劣等感を抱いており、小さい頃はシーアンの遊び相手でもあった。シーアンの我儘っぷりに手を焼いていた彼は自分の容姿も相まって女性不信になる。そんな彼もヒロインの明るさや気遣いに触れ、やがて彼女を想うようになる。
しかし現実のジンセンバニはさすが母の血縁! と手を叩きたくなるぐらい美しい少年である。ちなみに金髪で茶色の瞳をしている。ワカアラ家の人々はみな美しいせいかあまり相手の美醜にはこだわらない。その中でもジンセンバニの美の感覚はどこかずれていて、たまに訪れるシーアンを可愛い可愛いと手放しで溺愛するほどである。
さて、本題に戻ろう。
ヒロインの攻略対象は他に騎士団長の息子、宰相の息子などがいるがそれらの詳細についてはシーアンと直接関係ないので割愛する。
シーアンが悪役令嬢として活躍するのは前者の2人に対してのみである。しかしヒロインが誰を攻略するにしても4人全員の好感度を一定以上上げなくてはならない為、シーアンから嫌味を言われる場面やその取り巻きから嫌がらせを受けたりすることはある。
逆ハーレムエンドのようなヒロインを囲んで男全員が求婚をするような場面はないものの、いわゆる断罪イベントと呼ばれるものは存在する。
ヒロインが前者2人のどちらかを選んだ場合、この人にひどい目に合されたんです! と断罪されるのはシーアンである。いずれもシーアンは第二王子との婚約を破棄され、ヒロインがどちらかと結婚した後、年の離れた侯爵の後添えとなる運命だ。
しかしヒロインが騎士団長の息子や宰相の息子を選んだ場合、断罪されるのは彼らの婚約者である。だがなぜかそれで終わらず、シーアンも後日その取り巻きたちがヒロインに嫌がらせ等したことが判明し、婚約は破棄されないものの第二王子とは冷たい結婚生活を送ることとなる。
制作サイドはなんかシーアンに恨みでもあるのか。しかも婚約者のいる男性に粉かけるとかヒロインはビッチじゃないのかとかツッコミは入るのだが、前世の私は喜々としてこの乙女ゲームをプレイしていた。どんだけ疲れてたんだ私。
あらかたゲーム内容を思い出したところで私ことシーアンの現状はというと。
やっと熱も下がり、今の状況が前世でプレイしていた乙女ゲームと似ていることまで確認したところである。このまま夜までベッドの中で今後のことも含めいろいろ考えたいところではあるが、そうは問屋がおろさなかった。