竜の卵を拾いました。
「えっと…今日はグラタンと、シュウマイと…」
お弁当の中身を確認しながら歩くのは、食べることが何よりも大好きな私、春川菜穂。ごく普通の高校一年生。
電車で10分、歩いて5分の距離にある、偏差値は高くもなく低くもない高校に一週間前入学したての私は、やっと学校に慣れてきて、仲の良い友達も出来てきたところ。
今日のお弁当の中身が好物ばかりで、ご満悦でお弁当をバッグに直していると、何かが頭にぶつかってきた。
「いたっ!」
最近生意気な中学3年生の弟、龍の仕業だと思ってすごい形相で後ろを振り返るも、誰もいない。どこかに隠れているのかも、と見渡してもいつもなら堪忍して出てくるタイミングになってもでてこない。
なんとなく恥ずかしい思いで下を見ると、なんとそこには卵が転がっていた。
普段私がよく目にする鶏の卵ではない。私の手のひらよりもたて幅がデカイ。しかも水玉のような変な模様がついている。
もしかしてさっき頭に当たったのって…コレ?あの衝撃で割れないなんて、随分と頑丈な殻らしい。
思わず後ずさると、その卵がコロコロと転がってきて「うわああっ!」と大きな声を出して尻餅をついてしまった。その卵は私の靴にコトリとぶつかって止まった。
まさか私についてきてる?うそ…なんか、怖い…!
立ち上がり、走り出そうとすると、今度は自分の足にもう片方の足が引っ掛かって転けた。すると、卵は倒れた私の顔の前まで転がってきて、左右に小さくコロコロと転がりだした。
この卵は私がどう足掻こうとついてくるつもりらしい。
私は一つため息を吐くと恐る恐る卵に手を伸ばした。すると、卵は転がるのをやめて大人しく私に拾われるのを待った。卵を拾った私はそれを、置き勉しているのでほとんど何も入っていないバッグに突っ込んで駅に走り出した。スマホを見たら卵のせいで時間がヤバかったのだ。
*****
「これ、なんの卵何だろ」
卵をベッドに転がしてつついても、当然何も起こらない。
あのあと私は隣の席の久間くんに「春川、お前今日なんかすげー必死な顔してっけど」といわれながらも何とか卵を誰にもバレないように守りきった。友達の茜ちゃんからは「なんか朝から近所の犬に引っ掛けられたみたいな顔してるけど何したのよ」と言われた。失礼な。
今日を振り返りながら取り敢えず卵を温めていると、突然卵にパリッと亀裂が入った。
「うがあっ!」
ビックリして卵を手放し、声を上げた。
そして数秒後、龍が私の部屋のドアごしに「うるせえよ、ねえちゃん!」と文句を付けてきた。生意気だ。
ビックリしたんだから仕方のないことだ。
龍がドアの前から遠ざかって行く足音がする。その間にも卵はバリバリと亀裂を増やしていく。
「え、な、何?生まれる!?」
ドタドタドタドタと階段を駆け降り、洗面所からタオルをひっつかむと急いで部屋に戻った。戻る途中で龍が自分の部屋から顔を覗かせていて、「もっと静かに歩けよ、ねえちゃん!」と怒鳴っていた。なま(以下略)。
近寄るのも怖かったので取り敢えず卵の上からタオルを掛けた。なんでタオルをもってきたかは自分でもよくわからない。
しばらく様子を見守っていると、一際大きく卵が割れる音がして、タオルがモゾモゾと動き出した。生まれたようだ。
そうしてタオルの下から顔をだしたのは…ワニ?いや、…りゅ、竜!?小さい竜!?
「りゅ、竜!?」
私の姿をみとめた竜は、目を細め、それからのそりのそりとこちらに歩いて来た。
「ひっ!わ、私、味方ですよ!?敵じゃないですよ!?てか敵って何です!?味方です!?」
竜がもう少しで私に触れる…と言うところで龍が部屋に入って来た。
「俺の名前読んだり敵とか味方ってうるせえんだけど!!今俺友達と電話してたのに!…ってナニソレ」
突然入ってきた龍を竜はシャーッと威嚇した。
私は龍にかけよって背丈だけはのびたその体の後ろに隠れた。
「分かんないの!朝卵が学校に拾って行く途中に今日!!」
「文法おかしいから!取り敢えず朝卵拾ったのはわかったけど!!」
相変わらず龍を睨む竜はシャーッともう一度威嚇すると光った。
目を開けていられないほど眩しい。
「な、何!?眩しいんだけど!ちょ、龍!!」
「俺も知らねええ!!めんどくさいことに巻き込みやがってええ!!」
「ご、ごめんなさいー!!」
やっと光が収まって目を開けようとすると、何かに強くひっぱられ、暖かいものに包まれた。
「え、は、え、な、何?」
「お、お前誰…?」
私と龍の情けない声が響く中、頭上からすごくカッコいい声がした。
「俺の菜穂に近寄るな坊主」
「ぼ、坊主…」
「お、俺の菜穂って…」
上を見上げると、そこにはすんごいイケメンさんがいた。イケメンは私の視線に気づくと甘く微笑んだ。
「驚いた菜穂の顔も可愛いね」
「「!?」」
私と龍は思わず目を合わせた。初めて二人の気持ちが一致した。ナニ言ってんだコイツ。
残念ながら私には乙女力というものが欠落しているので「やだ、照れちゃうじゃない!」などと言って頬を染めるなどと言う芸当は出来ない。
「…菜穂、他の男と目を合わせないで。俺だけ見てよ」
「「…」」
もう何も言うまい。
というかこの男…素っ裸じゃん!?
「と、取り敢えず…服をきてもらえません…かね?」
「…服?うーん、菜穂がキスしてくれたら着る」
「はあ!?」
「ふふふ、うそうそ。してくれたら嬉しいけど菜穂はまだ状況がわかってないみたいだし、まずはお話しようか。でも俺、服持ってない」
男はそこでやっと私を解放してくれた。なんだこの男。
「龍」
「ええ!?俺の貸すの!?やだよ!」
「俺だってお前になんか借りたくない。だが菜穂が来てくれと言うんだから貸せ」
「お前ねえちゃんの時とすっげえ態度ちげえじゃん」
龍はぶつぶつ文句を言いながらも、自分の部屋に服を取りに言ってくれた。
その間も男が私にベタベタと触ってきて顔中にキスをしてこようとするから頑張って抵抗した。ホントにマジでコイツなんなの。