受賞おめでとう、でも異議あり
「なんか、あの受賞コメントに違和感があるだけど」
星野のビールジョッキを置き、同僚の太田を見ずに、その後ろのテレビを見たまま呟いた。
「すげんじゃん、ノーベル賞。
2年連続、それも2人も」
太田はムッとした。
次の言葉を発しようとする星野を無視して、太田は続けた。
「何が変だよ。
どうせ、小っちゃいことだろう。
そういう所は、お前の悪い癖だ」
太田はそう断定した。
星野は顔をしかめた。
弁明しようと思ったが、太田の決めつけの腹が立った。
それなら、太田にぐう音もでないように反論しようと心に決めた。
「ノーベル物理学賞取ってそんなにうれしいか」
星野はわざ言葉にトゲを立てた。
「最高じゃん。
日本の誇りだよ」
「受賞理由は知っているのか?」
「ニュートリノが質量を持つことを証明したんだろう?」
太田は自慢げに言った。
「それがどういうことか分かっているのか?」
星野は少し小バカにした。
「宇宙の起源の謎に迫れるんだろう?」
「まあ、間違いじゃない」
星野は頷いた。
「凄いよな~
スーパーカミオカンデ」
太田は居酒屋の天井を見上げて言った。
スーパーカミオカンデとは、岐阜県の山中地下1000メートルに
ニュートリノを観測するための光電管が数千個備え付けられた観測場のことだ。
星野はニヤリとした。
「本当に凄いよな、あの施設」
「日本の科学技術の粋が集まっている」
「でも、あんなもん必要か」
星野は悪びれて言った。
「そりゃ、必要だろう。
ノーベル賞を取れたのはあの施設のおかげだろう」
「でも、いくらするんだ?」
星野は眉間にシワを寄せて言った。
「7、800億ぐらいじゃないのか?」
「そんなんじゃきかないだろう。
あの国立で2500億だぞ」
星野は低い声で言った。
「山の中で1000M掘って、それであれのでっかい電球みたいなヤツ~
確かにもっとするなあ~
でも、必要な設備だぞ」
「本当にそうか。
テレビのコメンテーターは軽く言いすぎだ。
数千億円使って、ノーベル賞1個
本当にいいのか」
「ノーベル賞2つだぞ」
「小柴さんのはカミオカンデ。
違う施設だ」
「でも、必要なんだよ」
太田は残ったビールを飲み干した。
「おれは少し疑問に思う。
たとえ話をするとこうだ。
年収100万円の人間が仕事に必要だと言って新しいアイホンに飛びつくのと同じだ」
うっ、と太田は言葉を詰まらせた。
「それも借金が1000万円あって。
お前なら契約するか?」
星野は太田を真っ直ぐに見た。
「ま、まあ、やめとくけどな」
「日本の財政を考えると、気軽に喜べることじゃないんだ。
テレビもそれを分かっていて、施設の建設費用を言わない。
多分、国立を比較されると懸念するからだ。
テレビは国民をバカにしている」
「確かにそうだな。
建設費を聞いたら引くかもな」
「でも、そうじゃないんだ。
それでも、日本はそう言う所にお金をかけなくちゃいけないんだ。
日本には資源がない。
日本の誇れるのは、人的資源だけだ」
そう言うと、星野は一気にジョッキを空にした。
「ノーベル賞に乾杯!」
二人は新しいジョッキをぶつけ合った。
星野はテレビに視線を戻した。
そこには人気ハーフタレントのローラが映っていた。
お前だよ、星野は心の中で呟いた。
星野が受賞に異議を持ったのはローラのコメントだった。
彼女はベストジーニスト賞を受賞していた。
「私はデニムが好きです」というようなことを発言していた。
星野は異議を唱えた。
そこは『ジーンズ』だろうと。