魔法の射手その6
いくつかの交差点を抜けて、黒沢の車は、優の知らない細い裏道に入って行った。
「あの、先生、そっちは僕の家じゃありません」
「少し寄り道だ。先生な、お前と一度、腹を割って話したかったんだ」
「は、はあ・・・・」
戸惑いの気持ちもあったが、皆の先生を独り占めできることに、優は少しだけ優越感を覚えていた。
黒沢の車は、何のへんてつも無い空き地の真ん中で停まると、急に、真剣な顔で、優の方を見つめた。
「な、何ですか。先生」
「檜山、お前ならどっちが良い。棗か楓か」
「へ?」
黒沢の言葉の真意が分からない。まるで、修学旅行の夜みたいな会話内容に、優は戸惑っていた。どちらが良いかと言われても、簡単に優劣の付く二人では無い。棗のボーイッシュで男勝りなところも好きだし、楓のフワッとした、場を和ませてくれる雰囲気も、どちらも好きだった。確かに、二人は可愛いし、胸も大きい。どうして、こんなにも可愛くて、スタイルの良い美少女が、一つのクラスにいるのかと、優自身、不思議に思っていたところである。しかし、黒沢がそれについて言及するのは、明らかに不自然だった。
「あの、まさか、先生、二人が好きなんですか?」
「ああ、好きだとも。くくく、お前はどうなんだ?」
「僕も好きですけど、それは友達としてであって、別に彼女にしたいわけじゃ無いです」
「ほう、俺がいつ、二人を彼女にしたいと言った?」
「え?」
次の瞬間、優の襟首を黒沢は思い切り掴んだ。
「ひっ」
「どっちからバラした方が面白いかということだよ。くくく、あの、白い太股をさあ、こう、切り刻んだらどうなるかなぁ」
「うう、狂ってる」
優は勢いよく扉を開けると、外に飛び出して行った。しかし、黒沢も間抜けでは無い。そのぐらいのことは、想定内と言いたげに、すぐに、自分も車から飛び出すと、優の前に対峙して、舌なめずりしていた。
「先生、あなた、どうしちゃったんですか」
「どうもしないさ。俺はなぁ、魔法使いになったんだ」
「魔法って、ファンタジーじゃないんだから」
優は一歩後ろに下がった。ここには、テツも友人達もいない。まさか、女子高生顔裂き事件の犯人と、自分が接触することになるとは、夢にも思わなかったのだ。
「くくくくくく、死ねぇ、俺の魔法を喰らえ」
黒沢はポケットに指を入れると、そこから、何かを引き抜いて、優目掛けて投げた。それは、赤く発光する線のようなもので、優の脇腹に突き刺さった。
「あぐ」
優はそのまま、転倒すると、鮮血で真っ赤に染まった脇腹を手で抑えながら、ゆっくりと立ち上がった。
「うああ、血が、ひっ、血が出てる」
「そろそろ、女ばかりにも飽きていたところだぁ、お前を殺したら、同じように、顔面を縦に、チェーンソで引き裂いてやるからな」
瞬間、優の体をふわりとした、雲の上にいるような解放感が包み込んだ。同時に、思春期を迎え、徐々に骨ばってきた肉体が、丸みを帯びて、柔らかな脂肪となり、胸と尻を膨らませていく。髪は肩まで伸び、瞳は大きく、睫毛は長くなっていた。
「あ、何だと」
黒沢が今まで切り裂いてきた女の中でも、トップクラスの美少女がそこにいた。よく、立てば芍薬、座れば牡丹などという、美人を形容する言い回しがあるが、その言葉は、まさに彼女のためにあるのだと納得させられる。柔らかそうな栗色の髪の毛に、小さな鼻と口。僅かに赤みを帯びた頬。固く結ばれた唇。それらの全てが上品に見え、少し乱暴にすれば壊れてしまう、それはまるでガラス細工。
「くす」
少女は静かに笑った。まるで天使のような微笑みであった。しかし、彼女はそれを、すぐに悪魔的な表情へと変える。
「先生、あんたのことは嫌いじゃなかったぜ」
見た目とは裏腹に吐かれる言葉は乱暴で呪詛のようだった。しかし、いくらドスを利かせても、その美しさ、可憐さは拭えなかった。