魔法の射手その5
「お嬢、今、巷では、女子高生の顔面引き裂き事件で騒がれているように、色々と物騒になってます。どうか、学校が終わりましたら、まっすぐご帰宅されるようお願いします」
「へええ、あの事件、ウチが起こしたわけじゃないんだ」
「ご冗談を、どうして、そんなことをするんですかい」
「いや、てっきり見せしめか、何かだと」
「お嬢、我々は滅多なことが無い限り、カタギには手を出しません」
テツの真剣な眼を見ているうちに、ゆうは面倒臭くなって、もう、出て行けと、襖を閉めようとした。すると、テツが自分の右足を入れて、丁度、つっかえ棒のように、襖を閉められないようにした。どうやら、まだ話は途中らしい。
「もう、疲れたんだから、放っておいてよ」
「最後に、本当に寄り道は止めて下さい。部活の方も、辞めて頂くようにお願いします」
「だから、あたしじゃ無いよ。コイツが勝手に決めたことだ」
「では、坊っちゃんにも改めて同じ話をします」
「止めてよ。同じ話を聞くなんて耐えられない。それに、そんなに嫌なら、毎日、リムジンで送り迎えしてよ」
「はっ、お望みとあらば、明日から」
「ウソウソ、恥ずかしいから止めてね」
テツが中々引っ込んでくれないので、ゆうは最後の手段に出ることにした。
「はああ」
大きく溜め息を吐くと、急に足を崩して、艶かしい表情を作り、テツの膝に甘えるように手を置いた。
「ねえ~、テツ、あたしさぁ、最近、胸が大きくなってきたみたいなの。ちょっと見てくれる?」
ゆうは言いながら、上着を脱ごうとした。
「ま、ちょ、待って下さい。ズルいですぜ。そんな女の武器使うなんざ、それに、あなたは坊っちゃんの人格の一つに過ぎない。男ですぜ」
「へえ、じゃあ、この膨らみは何なのかなぁ。これでもあたしは男かぁ?」
わざと、テツの腕に自身の胸を押し付けながら、ゆうは笑っていた。決して、大きすぎず、かといって小さ過ぎない。
「おほん、とにかく、皆、あなたが心配なんですよ。頼むから、無茶だけはしないで下さい」
「ああ、分かってるよ。うっさいなぁ」
ゆうは言いながら、不機嫌そうにテツに背中を向けた。そして、小さく舌打ちをすると、ボソッと、誰にも聞こえないような声で呟いた。
「誰も、あたしのことなんか、心配してねーじゃん」
次の日、優は早速、新聞部の活動に参加していた。友人が元々少なかった彼にとって、自分の周りに人がいることが嬉しくて堪らなかった。だから、少し面倒だと感じても、足を運んでしまうのだった。
「さてと、まずは今日の連絡だけど、また、隣町でうら若き乙女が顔面を引き裂かれて殺されたわ。これで四件目よ。警察は何してるのかしら」
棗は苛立ちを抑え切れない様子で言った。確かに、最初は好奇なニュースでしかなかった、女子高生顔面引き裂き事件も、それに、連続の文字が付くと、途端に、他人事では無くなって来る。そして、今度は、犯人の手掛かりすら掴めずに、犯罪を許し続けている、警察への不満が出てくるのだ。
「こうなったら、私達で捕まえるわよ」
棗が癇癪を起こすのは、決して、珍しいことでは無いが、今回のは普段よりも酷いと、彼女をよく知る面子は思っていた。無理も無い。自分とそう変わらない年頃の女子が、見るも無惨な形で殺されれば、極端な話、犯人も同じようにしてやりたいと、考えるのは、ある意味、当然だ。
「ねえ、優はどう思う。この一連の事件はどうなのかしらね。新入部員としての意見を聞こうじゃないの」
「あ、うん、ええと」
言葉に詰まり、何も言い出せない優。正直、彼には殺人事件よりも、早くこの環境に慣れる方が大切だった。
「んもう、聞いてなかったのね。これだから男は・・・・」
棗がそう吐き捨てると、さっきまで黙っていた公平が、机を叩いて立ち上がった。
「オイ、男だからってのは余計だろ。それって、立派なセクハラだぜ。男のクセに力が無いとか、言っちゃいけないの、知らなかったか?」
部室の和やかな空気が一瞬にして、崩れて行く。優は胸の苦しさを感じ、顔色を青くしていた。その異常に、真っ先に気付いた椿は、彼に声を掛けようとするが、それよりも早く、彼は教室を出て行ってしまった。
「うう」
吐き気と動悸が優を襲っていた。自分のせいで、仲の良いはずの二人が喧嘩してしまった。その事実が、彼の背中に重くのし掛かる。そして、水道の蛇口を捻り、カルキ臭のする、お世辞にも美味しいとは言えない水を飲むことで、ようやく、動悸の方は収まってくれたようだ。このまま、帰ろうか、そんなことを考えてると、背後から、担任の黒沢健一が現れて、彼の背中を優しく叩いた。
「おっす、何、黄昏てんだ?」
黒沢は少しデリカシーの無いところはあるが、生徒想いの良い先生である。年齢は30代前半といったところで、容姿も整っているので、女子達の間ではアイドル的な存在であった。一方、男子からも、頼れる相談役、兄貴のような扱いで、大変に慕われていた。だから、優も、彼の顔を見た時、少しだけホッとしたのだ。
「気分悪そうだな」
「はい、うう、少し気持ち悪くて」
「なら、送ってやるよ。授業も終わったしな」
優はそれは申し訳無いと断ったが、黒沢は頑として聞かなかった。顔色の悪い生徒を一人、帰らせることが余程不安なのだろう。乗り心地が良いとは言えない、白の軽自動車の助手席に、優を乗せると、綺麗にUターンして、校門を出て行った。
「もうクラスには馴染めたか?」
「あ、はい」
「くくく、無理するな。うちの連中は個性が強すぎるからな。でも、悪い奴らじゃないんだ。お前がよく話してる、高杉だって、見た目は怖そうだが、話してみると、全然印象違うだろ。棗にしたってそうさ、一見、ぷっきらぼうに見えるところもあるが、本当はとても優しいんだ」
黒沢が棗と、下の名前で呼び捨てたことに、優は少しの違和感を覚えたが、彼との会話の中で、すぐに忘れた。