魔法探偵の推理ゲームその6
操は悠を追い掛けて廊下に出た。彼女は何か、自分の影に怯えるかのように、しきりに、前後左右を見回していた。そして、操の存在に気が付くと、咳払いをしながら、無理に落ち着いた風に装った。だが、それが虚勢であることは、彼女をよく知る操には、言わずとも分かる。
「先輩、どうしたんですか?」
「最悪、だから、携帯禁止の学校は嫌なのよ」
悠は不貞腐れたように言うと、廊下の窓から、校門の方をじっと見つめていた。その視線の先には、黒いリムジンのような車が、三台停まっていた。明らかに穏やかな状況では無い。
「まさか、先輩、あの車に追われているんですか?」
「さあね、あんまり首突っ込むと、あんたも死ぬよ」
悠長は吐き捨てるように言うと、窓を全開に開いて、上履きのまま、廊下から外に出た。その突拍子も無い行動は、敵の意表を突くには十分だったらしく、悠が丁寧にも、下駄箱の方から出て来るとばかり信じていた、黒い車の搭乗者達は、慌てて、車から出て来た。
「クソ、もう見つかったのね」
黒い車からは、同じく黒い服を着た、恐ろしい顔の男達が現れた。
「お嬢、大人しくして下さい」
黒服の中でも、比較的若い男がそう言うと、悠の正面に立って、そな道を塞いだ。
「邪魔だぁぁぁぁ」
悠は飛び上がると、男に向かって、回し蹴りを放つ。しかし、男は彼女よりも一枚も二枚も上手のようで、すでにその攻撃は読んでいたとばかりに、サッと一歩後ろに引いて、彼女の蹴りは空を切った。そして、そのまま男に掴まれると、ドスッと、とてもレディーに対する扱いとは思えないほど、乱暴に、彼女の華奢な身体を、車のボンネットに叩き付けて、そのまま組み伏せた。
「うう、嫌、放してよ。制服が汚れちゃう」
「最初から、大人しくしときゃ、そんな眼に遭わんで済んだのになぁ」
若い男は丁寧な喋り方から一転、急に野獣のように、乱暴で不敵な口調になっていた。そして、他の部下と思わしき、同じ格好をした黒服達に、彼女の身体を強引にボンネットから引き摺り降ろさせて、荷物を押し込むように、彼女を車の後部席に入れた。そして、同時に、その場にいた、操も彼女の隣に放り込まれた。
「やめ、彼女は関係無いでしょ。降ろしてあげてよ」
悠は眼を剥いて叫んでいた。しかし、男達は、彼女の方を見向きもずに、コソコソと何かを話し合っている。操は、恐怖で顔を蒼白にしながらも、その会話に耳を傾けた。
「案外、楽に終わったな。これで、檜山家の当主は、真山さんで決まりだ」
「へへ、このお嬢を人質にすりゃあな、すったら、あの爺、喜んで家督を譲るぜ。身代金でも要求するかい」
「よもや、内部に裏切り者がいるとは、思いも寄らんだろ」
悠と操は、両手と両足を縄で縛られている。だが、猿轡はされていないので、小声での会話は可能だった。
「あの、先輩、これは・・・・」
「うう、ごめんね操。あなたまで巻き込んで」
悠は申し訳無さそうに言うと、運転席の男を睨み付けた。
「奴らは裏切り者。欲に目が眩んで、誰かに買収されたのね。仮にも、檜山家を名乗った人間が情けない」
悠は悔しそうに言うと、モゾモゾと身体を捻って、何とか、縄を解こうと、必死になっていた。そんな努力を嘲笑うかのように、助手席の男が笑った。
「無駄な抵抗は止めーや。あんたらは終わりだ。まあ、これから死ぬんだから、必死になるのも分かるがな。おい、路肩に停めろ」
「へい」
助手席の男の方が立場は上らしい。運転している男はハンドルを左に切って、言われた通りに停車した。すると、助手席の男が黒いアタッシュケースから、緑色の液体で満たされた注射器を一本取り出した。
「ま、まさか、嘘でしょ?」
悠は動揺していた。しかし、それは彼女の予想した物とは違っていた。
「麻薬じゃないから安心しな。こいつはなぁ、ピルソーダとかいう、新世代の向精神薬だ。まあ、俺らのクライアントがこいつを売り込みたいらしくな。要らん言ったのに、無理矢理渡して来やがった。うへへ、鬱やパニック障害、強迫神経症に適応があるらしいぜ。無論、それは建前だがな。この薬の本来の使い方は、こうだ」
男は注射器を持ったまま、操の隣に座ると、彼女の左腕を掴んで、強引に袖を捲った。
「嫌だ、止めろぉぉぉぉぉ」
操は叫んだ。泣きながら、男の支配から逃れようと、手足を動かしていた。同じように、悠も叫んでいた。泣きながら、後輩の安寧を懇願した。
「元々は治療に使う薬だ。安心せい。ま、今からあんたが体感するのは、過剰摂取による、恐るべきトリップの世界だ。この薬の製造者様は、過剰摂取こそが、この薬の本当の使い方だと仰ってたぜ」
運転席の男は、悠の隣に座り、同じく注射器を持っていた。そして、彼女の腕を操と同じように捲った。
「は、放して、止めろ、嫌ぁぁぁぁぁぁ」
二人の叫びが車内に響き渡った。そして、二人の意識はプツリと切れた。