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絶望の日記

その時、何かが砕ける音が二階から聞こえて来た。楓の机の引き出しが外れて、中身がぶちまけられたのだ。中には、定規やコンパス、可愛らしいキャラクターの匂い付き消しゴムがあった。しかし、それだけではない。本来は少女の部屋にあってはならない、黒くて形容し難い、身長190センチほどの、人の形をしたナニカが、部屋を飛び出し、楓と父親の間に割って入った。


「な、何だコイツは」

楓の父親は手に持った血濡れの包丁を左右にブンブン振り回しながら、後ろに下がって行った。

「さあ、私の可愛い楓よ。あなたは悲しみを魔力に返る力を持っている。さあさ、今こそ、悲しみの刃で、苦しみの元凶を討ち果たしなさい」

「うう、うおおおおお」

楓は腹の底から叫んだ。こんな声を出したのは生まれて初めてかも知れない。彼女の心理状態にリンクするかのように、黒い化け物も吠えた。そして、真っ赤な口内を晒しながら、右手の爪を伸ばして、父親の肋骨あたりを貫いた。


「がは・・・・」

父は何が起きたのか理解できぬまま、串刺しになったまま、化け物によって宙に浮かされていた。

「あがが・・・・」

「くひひひひ、お父さん、苦しいんだね。あひひ、でもね、私はもっと辛かった、苦しかったよ」

「そうだ楓よ。最早、お前にしがらみは無い。さあ、父を殺し、目覚めるのだ」


黒い人影は父の身体を、まるで焼き鳥のように串刺したまま、何度も床や壁に叩き付けた。父の眼球が飛び出して、その動きを完全に止めるまで、何度も、ビタビタ、ベチャベチャ、血の滴る音を立てながら、凌辱を続けた。


「もう良いよ。それより、はぁ、これからどうしよう」

不安に肩を竦める楓の隣で、マリアは笑っていた。まるで、なぞなぞの答えを知っているのに、焦らして教えないように。

「簡単ですよ。二人の死体は、コレに食べさせれば、完全なる証拠隠滅は可能ですし、飛び散った血液も、コレに吸わせれば、万事解決。ほら、魔法を利用すれば、完全犯罪など、取るに足らないことが分かりますね?」

「ええ、本当に魔法は凄い。任せるわ」

黒い人影、楓はそれに黒鬼と名付けることにした。二人分の死体を黒鬼に食べさせて、血も掃除機のように吸い取らせる。幻想とも思われた、完全犯罪が魔法に頼れば、いとも容易く実行できてしまう。しかし、問題はまだ残っている。


「この黒鬼、もう机の引き出しには隠せないね」

「ならば、クローゼットはいかが。このぐらいの大きさならピッタリよ」

「流石、魔法使いのマリア・クレセルは違うわね」

「うふふ、言ったでしょ。私はあなたの未来の姿。ゆえに、それだと自分を誉めていることになるわよ。変わった自画自賛ね」

マリアは舌をペロッと出して、肩を竦めて見せた。この時、ようやく楓は実感した。彼女はまさに、自分そのものであると。


「これからどうすれば」

「簡単よ。あなたは普通の松嶋楓に戻るの。今までと同じ、ニコニコ笑って、毎日を謳歌すれば良い。ほら、優君とのデートも中途半端でしょ。だから、続きをするの」

「ああ、それって素敵ね。でも、良いのかな。人を、しかも親を殺害しておいて、私なんかが・・・・」

「だって、あなた頑張ったじゃない。これはご褒美だわ」

「そ、そうだよね。うん。私笑うことにするわ」

「そうよ、さあ一緒に」

「あははははは」

「そうそう、でもまだ、知性が残ってるわね。もっとアホっぽく笑うのよぉぉぉぉ」

「くひひひひ、あひゃひゃひゃひゃ」

不気味な笑い声が廊下に響き渡っていた。


懺悔


その日の夜、櫻の携帯に着信があった。相手は棗からである。

「んああ、もしもし」

ベッドにうつ伏せになったまま、櫻は充電器に接続されたままの、携帯電話を耳に当てた。

「あのさ、ちょっと話があって・・・・」

棗の声は震えていた。まるで、何かに怯えているようにも感じられる。

「どうしたのよ。珍しいわね。あなたが私に電話なんて、相談事は楓の担当でしょ」

「違うわよ。これは、楓には聞かれたくないの」


楓の声は先程よりも切迫している。苦しむ彼女の前で不謹慎ではあるが、櫻は普段、棗の悩み事や彼女に起こった全ての出来事は、彼女の親友である楓を経由して聞かされていたことがほとんどだったので、今回は珍しく、真っ先に自分に相談して来たことに、軽い優越感を得ていた。


「大人のあんたにしか解決できない話よ」

「はぁ、あんたも同い年でしょうが。それで、何よ。恋の相談とか?」

「う、うん」

「へ?」

櫻は最初、からかうつもりで言った。どうせ、そんなことは無いだろうと、無茶苦茶なことを言ったつもりだった。しかし、それは、今の彼女にとってはストライクゾーンだったのである。


「そんな、誰よ。あ、まさか、野球部の西君?」

「ち、違うの。その、もう言うわよ。優よ。優が好きなの」

「え、それって・・・・、あはは、まさかあんたがね。ほら、あの子、少し男らしくないじゃない。ウジウジしてるし、女の子みたいな顔だし」

「ううん、でも、あたしはそんな彼の全てが好き。だから、告白するの。でもね、その前に見ちゃったの。楓と優が楽しそうに、スイーツ店にいるのを。二人でニコニコしながら、何か言ってた。それでね、あたし、我慢できなくなっちゃって、失踪した椿のことを理由に、彼女に喧嘩売ってさ、本当に最低だよね」


櫻は呆れた。本当にこの娘は、仕方無い奴だと思う。だから、彼女を勇気付ける意味で、こう付け加えた。

「なら、奪い返しなさい」

「へ?」

「婚姻届を提出したならば、私は諦めろと言うわ。でもね、まだ私達は学生よ。無茶は今しかできないわ」

学生のうちにできる無茶はしておく。それが、椿の持論だった。もしかすると、棗も、そんな彼女だからこそ、後押しの言葉を掛けてくれると思い、相談して来たのかも知れない。


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