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幸せな日記

この日、楓は欅町の外れにある、中央公園の噴水の前で、ある人物と待ち合わせをしていた。

「ふふ」

時折、自然と笑みが溢れてしまう。その度に、誰かに目撃されていないか、不審な眼で見られていないか、気になって、辺りをキョロキョロと観察するのだが、幸い、誰も彼女を不審に思う素振りを見せなかった。


「あ」

正面から、私服姿の優が現れた。当然だ。今日は休日なのだから、制服で来るわけが無い。しかし、私服姿の彼は、いつも以上に魅力的で、楓は瞳を輝かせた。それは、相手も同じ様だった。普段とは違う、カジュアルな楓に、優も見直したらしい。何だか、頬を赤らめて、照れ臭そうにしている。


「ごめん、待たせた?」

「ううん、あたしも今来たから」

下手くそな嘘。しかし、少しでも彼に気を使わせたくない。

「じゃあ、行こうか」

「うん」

優は近くで見ると、やはり中性的で、男装した少女にも見えた。背丈も楓と対して変わらない。しかし、彼女にとっては、今の優は白馬に乗った王子様も同じだった。


「でも、二人で会おうなんて驚いたよ」

「あははは、ちょっと、買い物に付き合って欲しくてね」

買い物なら、女同士で行けと言われそうだが、生憎、優はそういう部分を槍玉に挙げて、突っ込むような人間では無い。だから、こんな嘘を付いても、信じてくれる。いや、彼は気付いているのかも知れない。しかし、黙っている。


「お腹空いたね。ほら、あのお店行こうよ」

楓が優の腕を引いて、彼を馴染みのスイーツ店に案内する。本当は、男性にエスコートされたい楓だったが、この町のことは、彼よりも当然、長く住んでいる楓の方が詳しいので、必然的に楓がリードする形になる。


「いらっしゃいませ」

大学生ぐらいの若い女性店員が、笑顔で挨拶する。二人はカウンター席に座ると、窓の景色を眺めながら、メニューを手に取った。

「何が良いかなぁ?」

楓は思案する。優も同じように悩んでいるが、目線はどこか別の方向に向いている。

「ねえ、檜山君?」

「ん、何?」

「今さ、あの女性店員さんに見とれてたでしょ?」

「へ?」


図星の様だった。優は手に持っていた水の入った、ガラスのコップを床に落として、割ってしまった。すると、そこに、先程の女性店員が、慌ててやって来て、床を拭いた。

「お客様、お怪我はありませんか?」

「あ、はい、大丈夫です」

優は女性店員と目が合うと、慌てて、視線を移した。しかし、時折、チラッと彼女の横顔を見るのが分かった。

「もう」

楓は少し不愉快になり、優に背を向けて、自分の注文を済ませる。頼んだのは、フルーツミックスパフェだ。いわゆるオーソドックスなメニューである。バナナやキウイ、そしてイチゴにメロンなどのフルーツに生クリームを掛けて、バニラのアイスクリームが丸々乗った、まさに王道ここに極まれり。


「檜山君は?」

「じゃあ、僕はチョコレートサンデーで」

「はい、かしこまりました」

慇懃に女性店員は頭を下げると、元気良く注文を繰り返した。優は楓が急にむすっと、頬を膨らませて、睨んで来るので、慌てて、謝罪を繰り返していたが、何故、怒られているのか分からない。でも、必死な態度が通じたのか、楓は大きく溜め息を吐くと、ようやく、元の調子に戻った。


「ん、ねえ、棗がいるよ」

優が窓の外を指して言った。彼女は、不機嫌そうに眉を吊り上げて、二人を睨んでいる。

「ちょっと、待ってて」

楓は慌てて、店の外に出た。楓があのような顔をする時、そこには、大体意味があるのだ。それも、悪い内容で。


「どうしたの、棗?」

楓が呼吸を荒げながら、棗の前に着くと、急に彼女は楓の胸ぐらを掴んで、自分の方に引き寄せた。それも、互いの鼻が触れ合うほどの近距離にまで。

「あ、痛い。何よ。止めて」

「あんたねぇ、今、どういう状況か分かってる?」

「うう、何が?」

楓は分かっていた。でも、棗に威圧されて、惚けるしか無かった。しかし、彼女はそんなに甘くは無い。手にさらに力を込めると、彼女を引っ張って、店から少し離れた場所まで連れて行った。


「昨日、椿が行方不明になったのよ。家族は失踪届けを出して、警察も必死に探している。私だって、朝から町の中をグルグル回って、それなのに、あんたは、いえ、あんた達は何してんのよ。一応。あなたの名誉のために、聞くけどさ、さっきまで一緒に椿を捜索してたんだよね。それで疲れたから、二人で楽しそうにパフェのお店に入った。そうでしょ?」

思わず楓は頷きそうになったが、どうせ、後で優を詰問した際に、全てバレるだろう。だから、恐ろしいのは重々承知で、彼女は首を左右に振った。


「違うの。私が、うう、檜山君を誘ったの。それまではずっと家にいたわ」

「家にいたのに、あたしからのメールは全部無視してたわけ。あんた、本当に仲間なの。優もそうよ。あんたら、仲間だと思ってたのに、椿が消えて、今頃、殺されているかも知れないのに、不謹慎だと思わないの?」

「待ってよ。捜索は警察の人がしているんでしょ。だったら、私達に何ができるの?」

「あたしはそんなことを言っているんじゃないの。仲間が危険に晒されている状況で、逢い引きできるあんたらの神経を疑っているの」


棗の言い分は分かる。しかし、楓にも主張はあった。最もその言葉は棗が一番聞きたくないと思っていたことなのだが。


「言わせてもらうけど、椿ちゃんはね。私からすれば、部活こそ同じだけど、クラスだって一緒になったことは無いの。棗は一年生の時に、彼女と一緒だったから、それは心配でしょうけど、私にとっては、そこまで大切な友達じゃないわ」

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