サマーバケーションその5
流れるプールの後に、幽達は滑り台に向かった。滑り台は、この市民プールの名物のようなもので、当然、彼女らがそれをスルーするわけも無かった。
「な、何かさ。滑り台の下の方に、おっさんがやたらいるんだけど」
「そうかしら。鼻の下を伸ばしたマセガキもいるわ」
滑り台の下は、絶好のポロリポイントでもあったので、男達は、美少女が滑り台の頂上から降りて来ると、水圧で水着が吹き飛ぶという、ラッキースケベイベントを目当てに、ゾロゾロとイナゴのように、滑り台の下に集まって来るのだ。その中には、明らかに、泳ぎに来たのでは無く、コレ目当てに、来たとしか思えない輩もいた。
「な、あのおっさん、双眼鏡なんか持ってるわよ」
「やだぁ、谷間とか見られちゃう」
恥ずかしそうに、両手で胸を隠す仕草をする椿を見て、棗は冷静に言った。
「いや、あんたは大丈夫。谷間どころか、平原だから」
「心配なのは、私と楓、そして棗と幽ちゃんね」
「てか、私以外全員じゃない」
「いや、俺も平気だぞ」
「当たり前でしょ。公平君は男なんだから」
滑り台の頂上という、不安定な場所で喧嘩する女子達。それを下から見上げる男達を、焦燥と苛立ちが支配した。
「おい、早くしろよ」
煩悩丸出しの男が叫んだ。すると、その隣にいた、見るからにオタク風の、小太りの男が、それに触発されて、さらにこう続けた。
「そこの、茶髪の美少女ちゃん。最高に僕好みナリよ。ささ、早くポロリするナリ」
茶髪の美少女。明らかに幽を指して言っている。確かに、幽は、オタクが夢見るような、ギャルゲーのメインヒロインに抜擢されても、おかしくなさそうな、清純な雰囲気を放っている。ゆえに、特にロングヘアーが好きだとか、そういった、性癖やフェチが無い限り、大部分の男は、まず、幽か楓で分かれることになる。例外的に、マゾ気質のある人間は棗に、ロリコンは椿に向かうことが多い。
「ささ、茶髪ちゃん。早く脱ぎ脱ぎするナリ」
「おい」
突然、オタク風の男が、後ろから後頭部を掴まれて、水面に沈められた。
「ぷはぁ、な、何をする」
「何をするじゃねぇだろ。テメー、何、お嬢に上等決めてんだコラァ。テメーみてーな三下がぁ、お嬢に性的な関心を向けることすら罪であると知れ」
そこには、海パン姿の、幽達と同じぐらいの年齢に見える少年が立っていた。しかし、その雰囲気は、とても同じ学生と呼べる身分には見えない。明らかに、ヤンキーだとか、そういったものを超越した存在だった。
「あ、吉村」
幽はそれが誰であるか知っていた。まさか、自分のことが心配で、彼がプールに来たとは、思いも寄らなかった。
「何だよ。お前、今日は休みか?」
「え、あ、ええ」
「ねえねえ、幽ちゃん。あの人、誰よ。むっちゃイケメンじゃん」
棗が瞳をキラキラ輝かせている。まさか、ああいうタイプが好みなのかと、幽は思わず、彼女の好みを糾弾したくなった。
「しかし、堅木相手にやりすぎだぞ。吉村」
「後悔はしてませんぜ。こんな三下、いや、玉ねぎ剣士にお嬢を汚させやしねー」
「おい、玉ねぎ剣士は最後は忍者よりも強くなるんだ。その点は忘れるなよ」
「いやはや、ラスダンで、手裏剣を99個に増やして投げまくるお嬢に言われたくは無いですぜ」
「あ、あれはだな」
吉村と幽の会話に付いて行けない者が多数。その中で、何を思ったのか、公平が突然、手を上げて、話に割り込んで来た。
「あのさ、それって、ひょっとして、◯ドラの話?」
「違げぇぇぇぇよ。どうみても3だろうが。エフ×2の3だろうが」
吉村は吠えると、もう、滑り台の周りで、彼女らのポロリを期待する連中はいなくなっていた。