サマーバケーションその4
市民プールは、それなりに大きかった。流れるプールに、滑り台付きプール。そして、子供用の小さなプール。どれに入ろうか。最初はとりあえず、流れるプールが妥当だろうか。
「さあ、まずは、流れるプールを占拠するわよ」
棗はプールに着くまで競争だと騒ぎ、そのまま、皆を置いて走って行った。
「おい、遊びとは言え、準備運動しろよ」
公平はらしくなく、まともな言葉を掛ける。しかし、誰も聞いていない。既に、彼を除くメンバーは、プールの中にいた。
「ぷはぁ、冷たいね~」
「ねえ~」
椿と楓は楽しそうに頷き合っていた。町からそう離れていない、市民プールだけあって、学校で見た、他の生徒や近所の顔見知りがいて、新鮮味は無かったものの、夏にプールというだけで、そこは別世界で、幻想的な場所に思えた。
「でも、あなたも変わってるわね。よく、こんな濃いメンツに加わったわね」
「優から聞いてましたから」
櫻と幽は二人で、プールの流れに合わせて移動しながら、神妙に会話していた。楓は今日を楽しみにしていたし、皆で思い出を作りたいと思っていたので、櫻としては、シリアスな話は避けたかった。しかし、嫌でも、幽を見れば、あの時の時間が思い出されてしまう。
「あの時は、随分と無愛想だったけど、今は別人ね。借りてきた猫みたい」
「あまり、あたしを苛めないで下さいよ。本当は仲良くしたかったんです」
「へえ、なら、その敬語は止めてくれないかしら。だって、友達なら、タメ口が当たり前でしょ?」
「ああ、うん、それが良いなら、タメ口で喋るよ」
「ええ、お願い」
本当はもっと聞きたいことがあるのに、自分で話題を煙に巻いてしまう。話したいのと、話したくないのと、矛盾した二つの感情が、ちっとも話を次の次元へと進ませてくれなかった。すると、幽の方が疲れたのか、櫻から離れると、一人で泳ぎ始めてしまった。
「あの事件は何だったのよ。あの従業員は死んで、死体も消えた。そして、何事も無かったかのように、元の日常に戻っていて・・・・」
櫻は忘れてなどいない。あの幻想的な光景を。棗は忘れてしまったようだが、彼女は忘れようが無い。確かに、棗は消火器を大鎌に変えて、緑色の化け物達を殺していた。それはあまりにも浮世離れしていて、彼女は夢だと認識することにしていたが、今日、あの時の少女と会ってみて、それは現実であると実感させられた。何せ、彼女は、病院での出会いを覚えていたのだから。
「櫻ちゃん。どうしたの?」
椿が怪訝そうな表情を浮かべたまま、櫻の元へやって来た。彼女の胸は、歳不相応に断崖絶壁で、所謂幼児体型で、スクール水着が良く似合っていた。
「あのさ」
話すべきだろうか。櫻は自分の負担を少しでも軽くしたくて、椿に話そうと思った。しかし、実際にそうなってみて、何から話せば良いのか分からない。仮に上手く話せたとして、彼女は信じないだろう。
「魔法ってさ、あるのかな?」
「え?」
椿の顔が、「何を藪から棒に」と訴えている。まさにその通りだ。櫻の会話の振り方は、会話のキャッチボールとしては上手くいってない。まるで、相手が取れないような、的外れな位置に投げたようなもので、コミュニケーション術としては正しくなかった。
「え、あはは。どういう意味かな?」
椿は仕方無く、飛んでいったボールを拾いに行く。そして、再びキャッチボールを再開しようと、櫻に投げた。
「そのまんまよ。ほら、この世界は全て科学で説明できると、私達は日頃から、信じてる。いえ、遺伝子に刻まれているけれど、なら、魔法という概念はあるのかなって。偶然とか、そういう不確定な要素は、魔法で説明が付いたりして・・・・」
「うふふ、変だよ櫻ちゃんは。魔法なんて無いよ。偶然だって、期待値とかそういう言葉で、ある程度説明できるでしょ」
「そうよね。まあ、魔法なんて信じられないわよね」
「違うよ櫻ちゃん」
椿の顔が凍り付いた。まるで、全身の血を抜かれたように、青白い顔で、櫻と鼻先がぶつかるぐらいの距離にまで、グイッと顔を近付けると、眼を見開いて言った。
「魔法は無いよ」
それははっきりとした拒絶だった。いや、否定だと言える。彼女は絶対的に優位な位置から、魔法を否定しているのだ。そして、そんな、世迷い言を口にした櫻を、軽蔑するように、突き放している。
「ど、どうして言えるのよ。だって、占いとかあるじゃない」
「ああ、タロットとかね。でも、私、あれも科学的なモノだと思うの。とにかく、魔法は存在しない。そうよ、あるわけ無いの」
「椿、あなた・・・・」
「あははは、櫻ちゃん、びっくりしたでしょ。シリアスな顔しちゃってぇ」
椿が、脅かし過ぎたと言いながら、ペロッと舌を出していた。
「椿ぃぃぃぃぃ」
櫻は椿の小さな身体を背後から羽交い締めにすると、母親が子供にするみたいに、拳で彼女のこめかみをグリグリと締め付けた。