サマーバケーションその2
優は昼食を済ませると、大きなバッグを肩に掛けて、友人達の待つ、市民プールに向かった。
今日は晴天で、雲一つ無い、まさにプール日和と呼ぶに相応しい一日だ。だから、優の顔も自然に柔らかくなる。思えば、この町に来る以前は、友人はいなかったし、作ろうとさえ思わなかった。
「一番最初に着いちゃった。先に着替えようかな」
約束よりも30分も早く着いてしまい、優は決まり悪そうに頭を掻いた。すると、彼の心の中で、封印したはずの少女の声が聞こえて来た。
「ふうん、誰もいないんだ」
「ちょ、君は何で・・・・」
「くくく、あんたは眠ってな」
優の身体が、急に脱力して、壁にもたれ掛かると、次の瞬間には幽にチェンジしていた。彼女はバックのチャックを開けると、ゴソゴソトと、男用の海水パンツの下に隠しておいた、白いビキニを取り出した。
「よし、昨日、こっそり入れておいて良かった」
幽はホッと溜め息を吐くと、急に眼を細めて、青い空を見上げた。
「悪く思ったって構わない。あんたのためだからね。裏切られるのは、もう嫌でしょ?」
しばらくして、公平と椿、そして櫻が同時にやって来た。まだ、約束までは10分以上ある。やはり、皆、楽しみで早めに来てしまったようだ。
「流石に、誰もいないよな」
「ええ、そうね」
「えへへ、公平ちゃんも、櫻ちゃんも、気が早いんだよぉ」
「椿、テメーが一番ガキだぜ。昨日、早めに出ようなんて電話しやがって」
三人は賑やかに話していると、突然、彼らの道を塞ぐように、栗色の髪をした美少女が現れて、ニコッと微笑んだ。
「あ、あなたは」
櫻はその少女を知っていた。思い出したくも無い、欅病院での事件の際、少しだけ話した、あの少女だ。
「あ、君は、知ってるぜ。写真で見た。確か、優の従妹だって聞いたけどよ」
「えへへ、あたしは檜山幽。優の従妹です。今日は兄がプール熱で来られないので、あたしが代わりに来ました。ダメですか?」
「だ、ダメなもんか、寧ろ、うへへ、俺としては優よりも嬉しいぜ。てか、アイツ、プールに入る前にプール熱になってどうすんだ」
公平は幽をすっかり気に入ったのか、鼻の下を伸ばしている。しかし、それは彼だけでは無い。そこら辺にいる男性の多くが、幽のことを羨望の眼差しで見ている。それだけ、彼女は綺麗で、女優だと勘違いされ、声を掛けられる可能性も十分にあった。
「な、何よ、公平ちゃん。そ、そりゃ可愛いし、顔も小さいし、胸も、そそ、それなりにはね、あるけど」
椿は頬を膨らませながら、一人でブーイングをしていた。それに引き換え、櫻は大人なので、幽に「よろしく」と握手を求め、表向きは仲良くしようと取り繕った。無論、腹の底は知れたものではない。
「いやぁ、楽しみだな。うへへへ」
公平は幽の水着姿を思い浮かべて、すでに舞い上がっていた。
「あはは、あたしもです」
「本当に来て良かったぜ。本当はさ、家でやりかけの◯ドラの秘宝が気になってたんだが、こりゃ中断して正解だ」
「へえ、確かに、あの頃の◯クウェアは神でしたよね」
幽と公平は勝手に打ち解けている。櫻と椿はそれを遠くから見守りながら、ヒソヒソと話をしていた。
「何よ、公平ちゃんったら、私と接する時と、随分違うじゃない」
「ええ、それに、さらに気に入らないのは、あの懐古厨ども、昔のゲームで盛り上がって、今の◯クウェアだって面白いわよ」
「櫻ちゃん、お願い。あなたまでボケに回らないで」
幽は櫻と椿が退屈そうにしているのを横目で見ると、二人の方にも話題を振った。
「お二人はどうですか?」
「どうですかって、言われてもねぇ。あたしからすれば、あなた達は懐古厨だわ。思い出補正の掛かった、過去の遺物を名作だと騒ぎ、あまつさえ、今の作品を否定する害虫よ」
「別に否定して無いですよ。今も面白いですよ。まあ、あたしはオンラインとか嫌いですけどね」
「ああ、幽ちゃん。俺、その気持ち分かる。冒険ってさ一人でしたいよな。それが、オンラインで世界中の仲間と協力なんて、俺は認めないね。ああ、だから俺は、家に帰ったら、◯ドラと◯マンシング◯ガをやり込めのさ」
「知らないわよ。どんな夏休みよ。暗すぎじゃない」
「いやいや、◯トーヨーカドーで予約した、◯Fが届かなくてさ」
「いやいや、この時代、そんなレトロゲーの予約、◯マゾンぐらいしかしないから」
四人がレトロゲーム談義に華を咲かせているうちに、棗と楓が到着した。