魔法殺し
櫻は裁判でもしているかのように、「意義あり」と指を光に突き付けた。
「なっ、何だ」
「あんたの魔法を否定するわ」
「バカな、さっきの緑色のゾンビはどうする?」
「ふん、そのゾンビって、本当にいたのかしら」
「な、何だと。いたから、君達はこんなにも恐ろしい目に遭っているのだろう」
「悪いけど、それは私達の幻覚と主張させてもらうわ。何故ならば、今、この場にゾンビはいないじゃない。あなたが今、この場に呼び出さない限り、ゾンビは存在したとは証明できない」
「ウウ・・・・」
光は苦しそうに呻いていた。確かに、魔法を信じさせたいならば、魔法をこの場で使用するのが正しい。しかし、相手は魔法を否定している存在だ。魔法にとって、否定は毒である。使えば、本人の肉体が朽ちるとも言われている。それだけに、光は強引に魔法でゾンビを呼び出すことができなかった。
「ぐぐ、ならば、あの娘が出した、大鎌はどう説明する?」
「へえ、大鎌ね。私の前には、消火器を振り回す、アホなクラスメイトしか映っていなかったけど」
「まて、ならば、これならどうだ。君達は、学校からの帰り道、私と出会い、私の魔法によって、ここに連れて来られた。どうだ」
「あら、勝手な解釈ね。私達はクラスメイトのお見舞いに、寄り道しただけよ。それがどうしたの?」
「うう、クソ、クソクソ。魔法は絶対なんだ。あぐうう、どんな奇跡も起こせる」
「じゃあ、見せてよ」
「あ、ああ、見せてやるさ。はは、見てろよ。とっておきの魔法を・・・・」
追い詰められた光の耳元に、澄んだ女性の声が届いた。
「止めなさい。光よ。死にますよ」
「悪いな、へへ、しかし、今さら引けるかぁぁぁぁ」
瞬間、光の身体が弾け跳んだ。そして、真っ赤な鮮血を全身から噴き出しながら、ただの肉塊となり、その場に崩れ落ちた。
「ふん、最後のは魔法みたいだったわ」
櫻の変貌に、棗はもちろんのこと、幽やテツまでもが、言葉を失っていた。そして、世間では何事も無く、4月という日が過ぎて行った。
レポート・不審な遺体
鬼塚と藤田は問題の現場に到着した。そこは港で、すでに鑑識やら、他の刑事やらで埋め尽くされていた。そして、パシャパシャとフラッシュが焚かれ、漆黒の闇から、両目が飛び出したままの、グロテスクな人の死骸が、白い光とともに、露わになる。
「こりゃ酷えな・・・・」
百戦錬磨の鬼塚も思わず、そう漏らすほどだから、他の刑事達は一溜りも無い。最も、彼に付いている藤田は、表情一つ変えずに、その光景を見ていたが。
「へえ、随分と猟奇的な殺し方をしやがる。こりゃ、儀式的な意味合いもあるんですかね」
「見せしめだろうな。ちっ、最近は過激な事件ばっかりだ」
「ええ、全くです」
「こうも人が死ぬとな。人間って奴が分からなくなる」
「鬼塚さんも死ぬんじゃないですかい?」
「はあ?」
二人の間に静寂が流れる。そこに、鑑識の小太りな男が、ドーナツ片手に現れた。
「おい、現場でドーナツ食うなんて、どうして、うちの連中はバカばっかりなんだ」
「うへへ、すいません。夕飯まだなもんで」
「ドーナツが夕飯って。お前、マジで言ってんのか」
鬼塚は苦笑しながら、胸ポケットから煙草を一本取り出すと、それを咥えるよりも早く、藤田に奪われた。
「いや、煙草もイカンでしょ」
「ごほん、とにかくだ。この死体はおかしい。こんなグチャグチャにしておいて、海の中に放り込むなんざ、まさにヤクザのやり方よ」
鬼塚の発言を聞いて、藤田は口角を上げて、ニヤリと不敵にほほ笑んだ。
「また、檜山家ですかい?」
「だろうな。こいつは欅病院の環境整備員をやっている。そして、皮肉にも、檜山優も、この病院に入院していてな。しかも、この欅病院、知っていると思うが、10年前、ナース達の間で、麻薬の取引が秘密裏に行われ、一斉摘発されたよな。まだ残っているのが奇跡だ」
「ひょっとすると・・・・」
「ああ、またやってるかもな。10年前は別の暴力団が黒幕だったが、今度は檜山組の連中が、欅病院を隠れ蓑に、取引してるかもな。まあ、同じ場所を使うってことは、この病院自体が、暴力団が経営している可能性はあるな」
ルール・勝利条件
この物語は黒幕を見つけることをクリア条件とはしない。黒幕はいるが、それは作品の主題には到底なりえない。ならば、何を推理するのか。それは、この世界に存在する「魔法」という不可思議な力が、果たして存在するのか、それとも、全て犯人が巧妙に生み出した人為的なトリックなのか、この二つを見極めることである。魔法が無いと信じ、推理する者を魔法否定派とし、魔法は存在しており、推理は不可能であるとする魔法肯定派、このどちらかに属することこそが、この物語のテーマ。
如何でしたしょうか。この第二章は、魔法に対する闘い方を学ぶために作りました。さて、そろそろ皆様の中でも分かれて来る頃でしょう。魔法肯定派と魔法否定派に。この章は魔法否定派にとっては最大の後押しとなり、魔法肯定派にとっては、障壁となるでしょう。何せ、あの幻想染みた世界は錯覚だと、バッサリ斬られたのですから。しかし、これは当然なのです。第一章は魔法肯定派にとって有利なシナリオでしたので、今回は魔法否定派の肩を持っただけです。次の第三章は、魔法肯定派にとって、最大の武器となるシナリオです。どちらに付いても楽しめるように工夫はしています。どうか、魔法否定派か魔法肯定派に皆様が分かれて下さるよう、心より祈っております。