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悪夢のエチュードその4

幽は、無限回廊のような廊下を走っていた。背後からは無数のゾンビが彼女を追っている。

「くっ」

幽は立ち止まると、ゾンビ達を睨み付ける。すると、青い閃光が彼女の手を照らし、いつの間にか、彼女の家の茶の間に飾ってあるような、見事な日本刀が握られていた。

「便利な世界ね」

幽は鞘を抜くと、ゾンビどもの群れに飛び込み、次々と彼らの胴を首を一閃していった。


「あははは、これって気持ち良いかも」

緑色の血液を浴びながら、幽は刀を使いこなしていた。すると、そんな狂乱の宴を邪魔するかのように、乾いた拍手が、彼女の後ろから聞こえた。

「ちっ」

そこには、オレンジ色の作業服に身を包んだ、若い男が立っていた。端正な顔立ちに、色白の肌、危険な人物には見えないが、底の分からない危うさを併せ持っていた。


「テメー、誰だ?」

「ふふふ、この宴のホストですよ。ようこそ、狂乱の宴へ」

「ありがと、嬉しくもなんとも無いけどね」

「主賓はあなたですからね。存分に楽しんで頂かないと」

「その目障りな顔面を見ていると、虫酸が走る」

幽はタイルの床を蹴り上げて、一気に男との距離を詰めた。そして、瞳孔を開き、殺意の眼で、彼の顔を日本刀で横一列になぞった。

「名前ぐらい名乗らせて下さい」

男は幽からすでに離れており、彼女の攻撃は空振りに終わった。さらに、その動きが大振りだったために、却って、彼女の方がスキだらけになってしまった。


「ふふ、近くで見ると、美しいですよ」

男は幽に接近すると、彼女の顎をクイッと持ち上げて、耳元で囁いた。

「うう、気味悪いんだよ。離れろ」

「ふふ、私の名は吉良光。ただの用務員ですよ。この病院のね」

光は幽の鼻先にぶつかるぐらいに、自分の顔を近付けると、彼女の顎を掴んだまま、タイルの床に叩き付けた。

「がは」

幽は背中を強く打ち付けて、そのまま、僅かに床の上を転がった。

「どうですかな。レディの顔を殴るのは、男子としては失格。これならば紳士として申し分無いと思いませんか?」

「女に暴力振るってる時点で、最低だろうが」


幽は刀を杖代わりに立ち上がると、フラフラと覚束無い足で、何とか両足で立っていることができた。

「はあ・・・・はあ・・・・」

「可哀想に。今、楽にして差し上げます」

「ちょっと待ってくれ。何故、あたしなんだ。理由を説明しろ。あたしが主賓と言ったな。何故、どうして?」

「それに答える必要はありませんが、敢えてお教えするならば、あなたの罪、いえ、あなた方の罪を晴らすためですかな?」

「ちっ、知らねーよ。悪いことばっかりして来たからな」

「あはは、じゃあ、その中の一つだと思っていて下さい」


「お嬢」

背後から、彼女を心配する、野太い声が聞こえて来た。

「ちっ、来るのが遅いんだよ」

幽は舌打ちしながら、テツの方を振り返った。すると、思わぬ瘤が二つ付いていたので、少し不機嫌そうに、頬を膨らませた。

「おい、その二人・・・・」

「すいやせん、付いて来ちゃいまして」

「何よ、悪いっての。あたし達がいたら」

「棗、今は喧嘩している場合じゃないわ」


棗と同級生であるはずの櫻は、ここにいる誰よりも、精神年齢が高そうだった。そして、長く艶のある黒髪の毛先を、手で弄びながら、鋭い眼で光を見つめていた。


「ふん、今さら、何人来ても無駄ですよ。私の魔法の前ではね」

「ふふ、魔法?」

櫻は耳を疑うように、わざと間抜けな声をあげた。すると、光は眉を潜めて、さっきまで浮かべていた、にやついた表情を一気に曇らせた。

「魔法だよ。今、君達の前にあるだろう」

「くく、あはははは」

櫻は突然腹を抱えて笑い始めた。涙目になりながら、もう止めてくれと懇願するように、両手を振って、光の話を、まるで、蜘蛛の巣を払うかのように制する。


「悪いけど、私、魔法なんて信じない主義なの」

「な、何だと。あれほどのものを見せられて、何を言っている」

「え、あれほどって、何も見ていないわよ」

櫻の発言は、今の棗や幽、そしてテツからしても、ただの現実逃避にしか見えない。しかし、彼女が、ただ屁理屈を捏ねるだけの人間で無いことは、棗が一番知っている。


「私の前にあるのは、ただのイカれた、作業着姿の男よ」

「バカな、君は見たはずだ。あのゾンビの群れを、な、なあ、君達」

男の声が震えている。何故だか、彼は激しく動揺している。その真実に、櫻は偶然にも至ってしまったのだ。それは、彼の語る魔法とやらは、大変便利に見えるが、人生は天秤のような側面もあるため、使えるということは、それだけのリスクや負担も存在するのだ。そして、今回の場合、魔法を信じていない相手には、魔法は通用しないという制約が存在している。占いとか、迷信染みたものを、やたらと信じる人種が時折いるが、そういう輩にこそ、魔法は真価を発揮するのだ。ならば、今回の相手はどうだろうか。櫻のようなリアリストには、魔法は天敵とも呼べるかも知れない。



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