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死の蠱惑その2

「失礼します」

 優のいる、病室の扉がノックされた。そして、優が入室を許可するよりも早く、部屋の中に、二人の刑事が入って来た。その時に、フワッと、煙草の匂いが優の鼻を突いた。彼の顔が不快に歪んだのは、それだけが原因では無いのだが。

「どうです、お体の方は?」

「ええ、最悪ですよ。あなた達が来るから」

 優がここまで悪意を表に出す相手も珍しい。それだけ、二人の刑事、特に鬼塚は彼にとっての招かざる客だったのだ。

「あんまり嫌わないで下さいよ。この前、酒に酔って歩いてたら、御宅の車に引かれ掛けたんですから」

「は、何のことですか?」

「いえいえ、あなたが知らないのは当然です。どうせ、下の若い衆の仕業でしょうからね。しっかし、警察相手に随分な脅迫の仕方だ」


 鬼塚は勝手にパイプ椅子に腰掛けると、急に真剣な眼差しで、優のことをギロッと睨み付けた。

「な、何ですか?」

「黒沢健一の身柄が行方不明なんですよ。知っていますか?」

「知らないです。そんなの」

「ふうん、これは推測ですけど、聞いて頂けますかね」

「聞くだけなら構いませんよ」

「ええ、それだけで結構ですよ。これは中々の暴論であり、私の妄想ですので、どうぞ、聞き流して下さい」

「だから、早くすれば良いでしょ」


 優は額に脂汗を浮かべていた。どうして、何もしていない自分が、こうも焦燥感に駆られているのか、それも、ベテラン刑事たる、鬼塚の業なのだろうか。まるで、自分が犯罪者にでもなったかのような気分になる。


「黒沢健一は、実は檜山組の構成員だった。なんて、ことはありますか?」

「ありません。あの人は先生です」

「そうですよね。でもね、あの人、ギャンブルが結構お好きなようで、借金を抱えていたそうですよ。もしかしたら、檜山組の上納金に手を付けて、本家から狙われていた、なんてありませんかね。まあ、私からすれば、命知らずも良いところですがね。それで、組織に逆らうのが怖くなり、あなたを襲い、人質にして逃げようとした。もしかすると、図々しくも、そこで身代金を要求していたかも知れませんね」

 鬼塚の言葉には明確な悪意が含まれていた。それが、まるで鋭利なナイフのように、優の心を切り裂いて行く。

「本当に酷い話ですね。妄想も良いとこです」

「だから言ったでしょ。妄想だって。しかしねぇ、黒沢を護送中のパトカーが丸々消えるなんて、檜山組クラスの大きな組織でないと、不可能なんですよ。ほら、檜山組は警察にもコネがあるじゃないですか。私があなたと初めてお会いした、学校での暴力事件。あれ、上からの圧力で、捜査を中断してますからね。あれは悔しかった。今でも思い出すと、身体が震えて来ますよ」


 優の家は4代続く広域指定暴力団である。警察上層部にスパイがいてもおかしくは無い。それに、檜山組の息の掛かった国会議員や弁護士だって数多くいる。檜山家に関わる不正を隠す、クロをシロにすることぐらい朝飯前なのだろう。だからこそ、鬼塚は黒沢健一が、檜山組にとって、知られると困る秘密を抱えているものと推理していた。ただ、上納金に手を付けただけでは無い。彼が取り調べで話すであろう内容には、檜山組に都合の悪い情報があるのだろう。


「本当はね、優さんときっちり話したいんですよ。私はあなたを嫌っているわけでは無い。あなた、正直なところ、檜山家に生まれたこと、後悔してるでしょ?」

「え、それは・・・・」

 急に話題が切り替わったので、優は口をパクパクと金魚のように動かしながら、何も言えなくなってしまった。しかし、それでも鬼塚は続ける。

「あなたは人一倍真面目な方だ。将来は普通に働いて、自分の家庭を持ちたい。違いますか?」

「関係無いでしょ」

「大いにありますよ、どうです、私に協力して頂けませんか。実はね、昨日、まだ公表はしていないのですが、若い男女六人が、町外れにある雑居ビルの屋上から転落死しているんですよ。集団自殺とか言われてますがね、私からすれば、これも檜山組が一枚噛んでいると思っています。もちろん、根拠はありません。しかし、こういう不気味で儀式めいた、半ば見せしめのようなやり方は、この世界では良くあるんですよ。極道もんの世界ではね。それに、この近辺で、大掛かりな催しができるのは、檜山組を置いて、他にはいません。黒沢の乗っていたパトカーを消したのだって、単独犯では無理です」


 優は辛かった。檜山組のやり方は知っている、やられたらやり返す。それも何倍にも返してやるのが、檜山家の家訓である。今は亡き、優の両親もよく口にしていた言葉だ。だからこそ、凄惨な殺し方をする時、きっとそこには倍返しの意味もあるのだろうと思っていた。


「僕は、檜山家を信じています」

「よろしいですよ。自分の家を信じるのは当たり前です。ただ、肝に銘じておいて下さい。檜山組は絶対にいつか足を掬われる日が来ます。それだけは覚えていて下さい」

 刑事二人はそれだけ告げると、申し訳程度に持って来た花を置いて、夕暮れの病室を後にした。


 レポート・車内のやり取り


「テツさん、あの刑事、病院から出て来ましたぜ。まさか、坊っちゃんに・・・・」

「ああ、だろうな。クソ、あんまりオイタが過ぎるようじゃ、こいつはお仕置きが必要かな」

「違いないですね」

「コンクリートで固めるか、それとも簀巻きにしてやるか、くくく」

「怖いなあテツさんは。坊っちゃんをよく、そうやって脅かしてましたよね」

「坊っちゃんをビビらせるのは、あっしの仕事だからな。にしても、今時、簀巻きもコンクリートも無ぇよ」

「ひひ、そうですね。どうせやるなら・・・・」

 二人の男は互いの顔を見合わせて笑った。

「「もっと確実な方法で仕留めるさ」」

 二人の乾いた笑いが、車内に響き渡った。


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