魔法の射手その1
君の望んだ世界へようこそ。この話は料理で言えば前菜、まずは小手調べと言ったところでしょうか、どうか最後まで読んで頂けると嬉しいです。何も難しいことはありません。難易度 C(易しめ)
一見、どこにでもいるような平凡な少年、檜山優は、制服である、白のYシャツに黒のズボンに着替えると、手提げの鞄を肩に掛けて、元気よく、廊下を駆けて行った。
「坊っちゃん」
「あ、はい」
突然、優の目の前に、黒服を着た、見るからに怖そうな、サングラスを掛けた、髭面の男が現れた。
「お気を付けて」
「あ、うん。分かってるよテツ」
優はニコッと微笑むと、そのまま、玄関で靴を履いて、ガラガラと扉を開けて外に出た。太陽の光を全身で浴びて、いよいよ今日から、新しい学校生活が始まると、期待に胸を踊らせていた。
同じ制服を着た人々の列に混じり、優は学校を目指して歩いていた。そして、校門を抜けた時、突然、柄の悪そうな連中が、優の目の前に立ちはだかった。
「なっ、何ですか、あう」
「何ですかじゃねえだろうが、テメー、転校生だよな。見かけない顔だからよぉ、新入りはまず、俺様に挨拶するのが基本なんだよ。テメーはそれを怠った」
柄の悪そうな連中の、リーダー格と思わしき男が、優の胸ぐらを掴んでいた。哀れなことに、小柄な彼の体は地を離れ浮いてしまっている。
「ちょいと顔貸せや、この学校のルール教えてやるからさぁ」
「はい、あの、よろしくお願いします」
優は素直だった。それはバカが付くレベルで。彼は本当に学校のルールを教えてもらえると信じている。だから、体育館の裏という、言葉だけでも不吉なものを連想させる場所にも、何の躊躇いも無く向かうことができた。彼は知らない。登校している生徒達が、彼に同情と好奇の視線を向けていたことに。
「取り敢えずさぁ。オラ、そこに立てや」
リーダー格の男は唾を飛ばしながら、優を体育館の外壁に押し付けて、他の男達と一緒に取り囲んだ。この時点でも、まだ彼は危機感というものを持っていない。
「へへ、その女みてぇな顔をボコボコにされたくなかったら、明日までに3万持って来な」
「ええ、僕、そんなお金無いです」
「黙れや」
男の平手が優の頬をバシンと叩いた。衝撃で、優は地面に尻餅を付いてしまう。慌てて、立ち上がろうとすると、後頭部を男の足で踏み付けられ、再び、地面に尻を付けた。
「うけけ、これで分かったよな。明日までに3万だ。良いな?」
男が笑いながら言うと、突然、優の様子が変わった。それは、さっきまでの純粋無垢な少年とは違う、悪意を持った何かだった。
「ちっ、臭せぇ足で踏みやがって」
始め、その言葉が優から放たれたことに、男達は気が付かなかった。しかし、次の瞬間、少年は両足で立ち上がり、はっきりと、男を睨み付けていた。それは、変貌とも呼べる変化で、彼の体が当然、骨格ごと変形を始めた。
「な、何だ?」
男達はそれを見ていることしかできない。優の体はメキメキと音を立てながら、ただでさえ小柄な体はより小さく、栗色のサラサラした短髪は、肩の辺りまで伸びた。そして、全身は丸みを帯びて、尻が大きく膨らみ、同時に、胸も柔らかそうな膨らみを生み出していた。
「お、おい。あれ、女だ。うへへ、女になってる」
男がそう口にするまで、皆、我を忘れてその光景を見守っていた。
「なあ、村井、アイツ男だよな?」
「い、いや、そんなことより、滅茶苦茶好みのタイプなんだが、あの娘に、お兄ちゃんとか言われてみてぇ」
話が関係ないことに脱線していると、優であった少女は、男の顔面を右手で鷲掴みした。そして、さっきよりも高い、黄色い声で言った。
「殺してあげる。お兄ちゃん」
男は二重の意味で死んだ。それは、好みの美少女からお兄ちゃんと呼ばれたことによる萌死に。もう一つは、その美少女の右足で股間を強打されたことによるショック死だった。
「ごはぁ、我が、生涯に一片の・・・・」
言い掛けたところで、少女の蹴りが顔面に当たり、そのまま沈んで行った。
「さあてと、あたしをバカにした罪、どう購ってもらおうかな。檜山組次期当主である、檜山優に楯突いたこと、簡単には済ませないよ」
男達は平伏した。新たなる主人を見付けた瞬間だった。
檜山家はいわゆる極道の家系。その次期当主である、檜山優には秘密があった。それは、先天的な二重人格である。彼、もとい彼女は、人格が入れ替わる際、性別まで変わってしまう。そのことは、檜山家であれば、誰でも知っていることであるが、皮肉なことに、主人格たる彼よりも彼女の方が、檜山家当主として相応しいカリスマ性を内包していたのである。
この物語は、そんな彼と彼女が巻き起こす、少し不思議で、とても奇妙な学園生活を、時に残酷に、時に優しく描くものである。