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すいません。7話以降の小鳥のセリフにて「黒岩君」を「剛くん」に修正しました。

6話のやりとりが完全に抜けてましたorz






 翌日、黒岩剛はクリスと共に町に出ていた。

 朝は家の手伝いを申し出て、小鳥と一緒に細々とした雑用を片付けていた。特に水瓶への水汲みは小鳥から非情に感謝されていた。普段であれば数回は沢と家とを往復しなければいけないので結構な重労働なのだが、玄武の力でたっぷり水を出してあっさり終わったのだ。

 そして昼、黒岩剛は買出しに出ていた。もう一泊して翌日にこの町を出る予定のため、旅に必要な食料や物資の調達が目的だった。

 お金はクリスの母狐、レイナから受け取っている。なんでも黒岩剛が樹海から出る前に倒した黄金の巨狼の毛皮を換金したらかなりの大金になったとの事。それでもなお余った毛皮はなめしてマントにした。元々が金色のため、上手い職人が手がけたらさぞゴージャスな一品になろうかという代物だった。

「えっと、クリス用の肉にビスケットは買ったから後は……ん? これって……マッチ? へぇ、マッチなんてあるんだこの世界。ナイフはこの前買ったばかりだからまだ大丈夫か」

 色々な店を見て回った黒岩剛は布袋や編み篭に買ったものを詰めて、隣を歩く連れに声をかけた。

「クリス、お腹空いたよね。どこかでちょっと休憩しようか」

「キューン」

 つぶらな瞳が期待で輝く。

 クリスもまだまだ仔狐。狩りと食事は大好きだった。

「どこがいいかなぁ……」

 石畳の通りを歩いて店を物色していると、ふと町人の様子が目に付いた。

「でも、今日改めてよく見るとなんか暗い町だね……うかない顔した人が多いし、賑やかな声なんてほとんどない。下向いて歩く人ばっかりだ。なんでだろう? 元気がないなぁ」

 何か不幸でもあったんだろうかと内心首を捻りながら彼の鼻が香ばしい匂いを捕まえた。

「ソーセージか何かを焼いてるのかな? クリス、寄ってみようか」

「キュン!」

 早速小走りになるクリスを追いかけようとした時、ちょうど前方からけたたましい大声がした。

「なんだ?」

 それはちょうど向かう先の屋台、その斜め向かいの酒屋だった。

「おーい、邪魔するぜー!」

「おっ、このワインよさそう。もーらいっ。んー、こっちの酒樽はどうかな? 味見味見~」

「ねえねえこれなんかよくなーい?」

 酒屋には一見まだ二十歳になっていないであろう黒髪黄色肌の青年や少女ら三名が我が物顔で店へと入り込み、好き放題に荒らしまわっていた。

 その様は山賊や海賊の押し込みと言われても納得できるほどだ。

「あの、その、お代は……」

「あー、ツケといてね。もちろん領主サマ宛で」

「……はい」

 うなだれる店主を置いて、その三名は更に次へと移動し始めた。

 次は野菜や果物を並べている露店だった。

 そこでも同じ光景が繰り広げられる。

 周囲の町人達も眉を潜めて見ているが、誰も前に出て止めようとはしない。

 店の主はおばあさんだった。おばあさんは諦めたようにため息をつき、店の品物が無くなっていくのを黙って見守るばかり。

「これとこれと……あ、これもいいな! ちょっともらってくぜ、ばーさん」

「大丈夫大丈夫。いつになるか分かんないけど、いつか領主サマがお金払ってくれるからー」

 三名は談笑していた。力なく佇むおばあさんを気にもとめず、何やら内輪向けの話で盛り上がっている。時折「やぁだー」とか言いながら肩を叩いたり、ふざけたように小突きあったりしていた。その度に陽気な笑い声がする。

 そこには一切の邪気がなかった。

 ないままに店主などいないかの如く、商品を次々と持ち出していく。

 それが彼ら彼女らにとっては日常だった。

 ……今日までは。

「こら、やめろ!」

 異様な空気の中、力強い声が三名の足を止めた。

「ん? なーんだぁ? うお、でっけぇ奴だな……」

「それ、お金払ってないじゃないか! ちゃんと店の人に払って!」

「…………? あー、あー、あー。余所もんか? 新入りか流れ者か、そうじゃなきゃ俺らに意見するわきゃねーもんなぁ」

 三名の内の一人の青年が振り返って言った。縮れ毛モッサリの青年のその顔には不気味な表情が張り付いていた。

 それは無知を嘲るもの。傲岸不遜というべきものだった。

「あ、あんた。そう言ってくれるのはありがたいけれど、悪い事はいわん。この人らには逆らわんがええ。いつもの事だから。ね」

 それまで目を丸くしていた店のおばあさんだったが、我に返った途端、逆に声を張り上げた巨漢の少年を宥めようとしていた。

 けれど一度出した言葉は戻らない。

 複数の訝しげな視線が突き刺さるも、黒岩剛は一歩も引かずに堂々と仁王立ちしていた。

 だが先に黒岩剛の方が険しい眼光を解いた。

「あれ……その声、その天パ……えっと、もしかして木場君?」

「ん? そーだけど……」

「ああ、やっぱり。 何してるんだよ! お金も払わずにそんなたくさん持って行って! お店の人困ってるじゃないか!」

「つーか、誰だよお前。うぜぇ」

「僕、黒岩。黒岩剛。クラスメート」

「あー……なんかいたなぁ、そんなやつ。うわ、面倒くせぇ……なんだ生きてたのかよ。にしてもでっかくなりやがったなぁ、クソこんなやつに見下ろされるなんて」

「なーにー? 誰? 黒岩……? いたっけ?」

「ほら、修学旅行でも最後まで班が決まってなかった……」

「思い出せないよー。えー、マジいたの?」

 本人を目の前にして言いたい放題である。

「いたよ。もう……ほら、いいからお金払って。ないんならそれ全部戻して。悪い事しちゃダメでしょう」

 かつての自分の扱いにガックリ肩を落としながら改めて促す。

 だが三名の返事は大爆笑だった。

「……ぷっ、あははははははは!」

「あっはっはー! ひー、ウケるー!」

「あー、黒岩くんだっけ?」

 少女が目じりに溜まった涙を指先で拭った後、真顔になる。

「うぜーよ、あんた」

 そう言って、少女が手に持っていた果物を一つ齧る。

「あー、すっぱ。まだ熟れてないじゃん。いーらないっと」

 そしてそのまま投げ捨てた。

「ちょっと!」

「ねーこいつやっちゃおうよ。その方が手っ取り早いよ」

「だね。調子に乗ってるよね」

「こういうのって一回痛い目見ないと分からないんだよねー」

「でもこういうやつって久しぶりだよね。前は結構いたけど、今じゃすっかり出てこなくなったし」

 天パの青年、木場が前に出てくる。

 黒岩剛の足元にいたクリスが剣呑な目つきで一歩踏み出そうとした。が、それより先に黒岩剛が歩を進めた。その目に宿る温度を下げながら。

「何のつもり?」

「だーかーらー。ちょっと『教育』してやろーって言ってんの。ここでのルールをね、黒岩に教えてやろーってんの」

 わざわざ指の骨を鳴らす木場に、後ろから軽い声援が飛ぶ。

「ヒューヒュー。木場くんは強えーぞー。すっげえ魔法が上手いからなー」

「そーそー。あたし達ここに来るまでいくつか町を回ってたんだけど、お金と時間はたくさんあったからその道のプロに魔法を教えてもらって練習したんだよねー」

 よほど腕に自信があるのだろう、三人とも負ける可能性などまったく考えていないようだった。

 なおこの三人、全員が全員目の前の巨漢が使徒だという事は既に忘却の彼方である。

「そんな必死に鍛えちゃってまぁ……何、毎日筋トレでもしてたの? ひぃひぃ汗流しながら? だっせー。そんな虚仮脅しの筋肉ダルマなんざ怖かねーよ。俺の魔法の前にゃ筋肉なんざサンドバックにしかならねーしなぁ!」

「――え。今、なんて?」

 黒岩剛は平静だった。

 足元のクリスはビクリと震え尻尾の先まで全身総毛立っていた。

「そんなむさ苦しい筋肉なんざつけてバカじゃねーのって言ったんだよ! はっは!」

「………………………………筋肉を、バカにしたね?」

「おおよ! どんなに鍛えたって魔法一発でやられるのに、そんなキツイ思いをしてまで必死に努力なんかして、バカ以外何て言いやいーんだよぉ」

 黒岩剛は落ち着いた声色だった。

 クリスが後ろで尻尾巻いて蹲っていた。

 木場はバカ笑いをしていた。

「そう」

「くらえよ、この俺の必殺の魔法をなぁ――!」

「……」

 先手必勝。

 黒岩剛は素早くマントの内ポケットから石飛礫を取り出し、投げた。

 正しく電光石火の早業だった。

 まずは早撃ち(クイックドロー)。威力よりも速度優先だ。かつて彼が常日頃暮らしていた樹海ではこの程度、牽制にもならないため小手調べでしかない。彼としてはこれにどう反応するか、その対処の速度や強弱を見る事で木場の実力の一端を見切るつもりだったのだ。そして本命として彼自身が飛び出すべく、足に力を入れる。

 が。

「……あれ?」

 石飛礫に続いて飛び出そうとした彼は思わずつんのめってしまった。

 なぜなら。

「…………ぅーん……」

 初手にて為す術もなく轟沈された木場が白目を剥いて倒れていたのだ。

 さすがにこの展開は黒岩剛も完全に予想外だった。

 拍子抜けしたように立ち尽くし振り上げた右腕のやり場に困っている黒岩剛とは対照的に、相対する残り二人は慌てて木場を介抱している。

「こ、木場ーーー! げ、額から血ぃ出てる!」

「やばいってやばいって、これやばいって!」

 残った青年がノックアウトされた木場をかつぐ。少女も酒樽や食べ物などをその場に放り出してその手伝いをしている。

「アカ君に言いつけてやる!」

「サイテー!」

 最後にそんな捨て台詞を残してようやく騒々しい嵐は去って行った。

「……まあ、いっか。おばあさん、大丈夫だった?」

 気を取り直して地面に散らばった商品を片付けて店に返そうとすると、周囲の視線に気がついた。

 街角のあちらこちらから野次馬が顔を出している。

 最初は乱闘まがいの騒ぎを起こした事による迷惑者に対する視線だと思い、罰の悪い思いをしていたが、すぐにそうではない事に気がついた。

「なんだ……?」

 周囲の視線、それはあからさまな憐憫を含んでいたのだ。

 群衆からさざ波のような囁き声が響く。その中から一つ、不穏な言葉が聞こえてきた。

「ああ……かわいそうに。アカザキの手下をあんな風にしちゃって……」

 聞き覚えのある名前に黒岩剛が思わず声のした方に顔を向ける。

 どういう事か詳しい話を聞きに行こうとするが、それよりも先に背を叩くか弱い老人の手があった。店のおばあさんだ。

「あんた、急いでこの町を出るんじゃ。アカザキ様が仕返しにくるわよ」

 恐らくおばあさんは親切心で助言しているのだろう。それだけは彼にも伝わった。

 恐れと緊張感を含んだ声に、ただ事ではない事が窺える。

「アカザキ……赤崎君? この町にいるって昨日聞いたばかりだけど……どうなってるの?」

 この町を包む暗い空気。

 それは一つの名前に集約されていた。







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