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 リビングに通され、黒岩剛は特産品の茶を振舞われた。低いテンションのままもそもそとカバンから出てきたクリスには干し肉だ。

 彼らの前にはテーブルを挟んでロウイスと小鳥がいる。小鳥は幼児イザベルを胸に抱いてあやしていた。

「なるほど……コトリの学友だったのか」

「は、はい。その、小鳥さんとは席が隣同士で」

「ああ、君達の学舎では席が決まってるんだったな」

「そうだよ。試験で小テストの解答を取替えっこして○×つけあったり、わたしが教科書忘れた時なんかは隣で見せてもらったり。ね」

「うん。懐かしいなぁ」

 昔話に花を咲かせる。

 ようやく旧知のクラスメイトと再会できた事もあり、黒岩剛は時折言葉をつっかえながらもいつもよりやや饒舌だった。

 振舞われたお茶は温かかった。

「それで、君はどこから来たんだ。昔皆と真っ先にはぐれたと言うがこの四年間、どうしていたんだ」

「あ、ずっと西から来ました」

「西……ここから西というと一つしかないな。ホドの国最西端の街から来たのか。なるほど、そこにいたんだな」

「あ、いいえ。違うんです。もっと西です。街には長旅の準備をするためにちょっと寄っただけで」

「もっとだと? では、君はずっと山脈にいたのか」

「いや、それも違うんです。樹海です。僕はずっと山向こうの樹海にいたんです」

「………………なに。山脈向こうの樹海、だと?」

 強張る声。

 空気が軋む音すら聞こえてきそうだった。

 ただでさえ鋭いロウイスの眼光が更にキツくなる。

「は、はい。その、クリスもそこに棲んでいて、ついこの間一緒に出てきたんです」

 干し肉を食べ終わったクリスは黒岩剛の膝の上で伏せていた。

 ぱっと見、くつろいでいるようだが尻尾の毛が逆立って膨らんでいる。膝に乗せている黒岩剛はクリスがロウイスの声で瞬時に緊張と警戒で身を固くしたのに気付いていた。

「その子狐の胸の独特の紋様、雷閃狐か……確かに『樹海』にいる上位魔獣、それもこうして大人しくしている事自体が珍しい。樹海にいたという話も嘘ではなさそうだ。だが……四年間もずっと、あそこに?」

「はい」

「…………」

 急に押し黙ったロウイスに、隣の小鳥が小首を傾げてその顔を覗き込んで来た。

「どうしたの、ロウイスさん?」

「…………いや、気にするな。ちょっと信じられなかっただけだ。まさかあんな所に四年間も過ごし続ける人間がいるなんてな」

「あ、それは確かに。最初はとんでもなくキツくて一杯一杯でしたけど、この通り肉体を鍛え続けてたらへっちゃらになりました」

「あー。そうそう。黒岩くん、すっごく立派になったよね。もう見違えたよ!」

「うん。頑張ったからね!」

 胸を張る黒岩剛。

 すごいすごいよ、と素直な笑顔で拍手する小鳥。

「ねえ、剛くんもよければこの町で暮らさない? この世界、少し遠くに離れちゃうと中々会えなくなっちゃうから……」

 その小鳥の申し出はすぐ隣から遮られる事になった。

「待て、コトリ。その前に黒岩君、君は使徒だな」

 断定。

 突然の言葉にちょっと面食らいながらも、彼は素直に頷いた。

「はい。レイナさんが言うには僕は玄武の使徒らしいです。ほら」

 そう言って首の黒い布を外してみせる。そこには亀と蛇が絡み合う神印と呼ばれる紋章があった。

「玄武か……黒岩君、その黒い布はずっと付けてきたのか?」

「ええ。レイナさん……あ、クリスの母親なんですけど、彼女にそうするよう勧められたので」

「そうか。悪い事は言わん。玄武の神印はそのままずっと隠しておけ」

「……何か理由が?」

「簡単に言えば、玄武は敵国の使徒だ。朱雀も含め、やつらはずっと昔に我々西側と中央が手を組んで滅ぼした東の民の象徴だ。そして今もこの町の民衆にとって玄武らの神は敵という意識がある。教会がそう広めているからな。崇める民がいなくなった事で玄武らの力が極端に弱まり、滅ぼされてから今まで彼の使徒らは一度も現れなかった……のだが。四年前、そう君達が現れるまで」

 冷たくも真摯な瞳が黒岩剛を射抜く。

「神々の力は信仰する人数によって比例する。そして神は我々人間を一人だけお選びなさり、力を授けて下さる。その特別な人間を使徒と呼ぶ。その使徒が神の代理人として力を奮い、その神への更なる信仰を集める。そうやって神々は人の世にお関わりになる。故に、信仰する者がいなくなった神は人の世に及ぼす力が非常に弱くなる。また使徒が死んだ時も神の力が弱まる。使徒が死んだ後、再び使徒が現れる期間の長短は神の力に拠るため、祀る者のいなくなった神の使徒は数百年単位で現れる事はない。それが、今回のイレギュラーだ。『教会』に知られればおそらく奴らの抱える使徒が刺客として差し向けられる事になるだろう。ただでさえ、今東が騒がしいこの状勢……連中、ピリピリしてるからな、そう遅くない内に手を打ってくるだろうよ」

「ロウイスさんは……その、僕達の事を知ってるんですよね。この世界の人間じゃないって……」

「ああ。コトリから聞いた。黒岩君、使徒の君は東に行った方がいい。もっと東に行けば教会の手も届きにくくなるし、多少は東の民の生き残り、末裔もいるだろう。ここよりはまだ受け入れられやすいはずだ。ここは危険だ」

 それまでロウイスが話している間じっと、俯き加減で聞いていた小鳥が顔を上げた。

「で、でも皆いい人だよ。この町の人達がそんなひどい事をするなんて」

「コトリ」

 有無を言わさぬ強い口調。

 それは空勢いの小鳥の力を失わせるには十分だった。

「……うん。分かってる……折角、会えたのに」

 しょんぼりと顔を曇らせていると、腕の中のイザベルがむずがりだそうとする。

 慌ててイザベルをあやす小鳥を尻目に、黒岩剛はお茶に口をつける。お茶は少し苦かった。

「そっか。僕はここじゃ危険なんだ。教えてくれてありがとうございます。けど、あなたはどうして?」

「どうして親切に教えてくれたのか、か? 生憎俺は熱心な信者ではなく、むしろクソ食らえだと思っているクチだからだ。連中には昔辟易させられていたんでな」

 悪い笑顔でロウイスは言った。

「それに、コトリを悲しませたくない。友人なんだろう」

「…………はい」

「も、もうロウイスさんってば……」

 イザベルをあやす手を止めず、小鳥の頬に朱がさしていた。

 それを見た黒岩剛も思わず笑みが零れる。

 またお茶を一口。少し冷めていたが、苦味が心地よかった。

「じゃあ次は僕から。あの後……僕が川に落ちた後、皆どうしたのか、どうなったのか聞いてもいいかな」

「……うん」

 小鳥が居住まいを正す。

 ゆっくりと小さな唇が開かれた。

「とはいってもね、わたしもそんなにたくさんは知らないの。剛くんがいなくなった後、皆すぐぱーって逃げちゃって。わたしも赤崎君達と一緒になって逃げて、けどはぐれてバラバラになって……一人でモンスター達に追いかけられて、追いつかれそうになった時に助けてくれたのが、ロウイスさんだったんだ。えっと……ブラックキャップス、にブレード・スパイダー、その後最後に……ルビー、ルビー……」

「ルビー・ツーヘッドコブラ」

「そう。赤くておっきくてすごく怖い二つ頭の蛇だったんだけど、それ全部一人でやっつけちゃったの。ただ……最後、怖い蛇をやっつける時、腕に噛みつかれちゃって……わたしを庇ったせいで……」

 声が震えていた。同時に小鳥のイザベルを抱く手も。

 よほど怖い思いをしたのだろう。すぐ目の前で人と怪物の食うか食われるかの戦いが繰り広げられたのだ。それもおよそ日本では見る事のない実戦、刃を振るい肉を裂き血の飛び交う生々しい命の奪い合いだ。

 それでもすぐに呼吸を整え、言葉を続ける。

「それで飛竜のカスティーユちゃんと一緒に急いで町に戻って傷の手当をした後、その、色々話した結果、わたしは住み込みでロウイスさんの介抱をしてながら飛竜の世話や家事の手伝いをする事になったの。ロウイスさん、一人暮らしで片腕と片足が動かなくてすごく不便だし、わたしを助けてくれたお礼もしたかったし……」

 少し遠い目をして語る彼女の瞳は優しかった。

「それが今、わたしがここにいる経緯かな。わたしが覚えているのは皆が皆、バラバラになって逃げたっていう事だけ。でもね、少なくともあのおおきい恐竜みたいなものからは皆逃げられたはずだよ。それとね、最近は少しずつ皆たくさん生き延びているって風の噂や言伝なんかで聞いてたりするんだよ。白野ちゃんは隣の国にいるし、金子ちゃんは聖女様って呼ばれて教会で大事にされてて、水野君も他の国で商売してて、畑中君は地球に戻るんだって働き歩きながら色々調べてるみたい、赤崎君達だって今はこの町にいるの」

「え、この町に? あの赤崎君が?」

「……うん……半年前にね、再会したの」

 何気ない会話だったはずが、その一瞬だけ確かに小鳥の表情に陰が差していた。

 黒岩剛がそれを怪訝に思うも、それを追求する前に小鳥は矢継ぎ早に言葉をくり出していた。

「それでわたしはね、一年半くらいロウイスさんの所で一緒に働いてたの。その後こうして結婚して、今は三人で暮らしてるんだよ」

 小鳥は最後にそう締めくくった。

「そっか……いい人に出会えたんだね」

「うん!」

「とはいえ、出会った当初のコトリには本当に手を焼かされたぞ。家事もろくにできないし、飛竜の世話も素人である事を考慮しても能率が悪かったしな。カスティーユがあくびしただけで失神した時もあったか」

「あー! ロウイスさん、それ言っちゃだめー!」

「とはいえ、今ではすっかり飛竜の扱いも心得たものだ。飛竜らも今はコトリによく懐いているしな。コトリには本当に助けられている」

「そ、それは当然だよ。夫婦……なんだから、支えあうのは当然だよ」

 そんな夫婦の日常を垣間見た黒岩剛は、その暖かさについ笑みが零れそうになる。

 最後に口に含んだお茶の微かな湯気が彼の目に染みた。

「あ、それでねロウイスさん。今日は剛くんを泊めてあげてもいいでしょ? ついさっき来たばかりで宿もとってなかったからわたしが招待したんだけど……いくら剛くんにとってこの町が危ないからって言っても一日二日くらいなら大丈夫なんでしょ?」

「……ああ、問題ない。それくらいならな」

「やったっ! じゃあ剛くん、今日はうちでゆっくりしていってね。あ、わたしはこれからお夕飯の準備してくるね! 腕によりをかけるよ!」

 決まった途端、小鳥はおねむなイザベルを幼児のベッドに優しく寝かしつけ、慌しくキッチンへと駆けて行った。

「あ、あのロウイスさん。今夜はお世話になります」

「君一人くらいなんでもない。今、浴槽に水を張って湯を沸かそう。風呂で旅の疲れを取るといい」

「あ、僕の玄武は水神なので水ならいくらでも出せますよ」

「そうか……それはありがたい。近くに沢があるとはいえ往復は手間だからな。ではお言葉に甘えて少し手伝ってもらうか」

「まかせて下さい! ほら、クリスちょっと膝からどいて大人しくしててね」

「……」

 ふりふり。

 クリスの尻尾がYESと伝えてくる。膝の上から床へ身軽に飛び降りたクリスは一度前脚を前に出して伸びをした後、出口のドアの前へと歩いていった。

「あ、外に出たいの?」

「……」

 YES。

「ロウイスさん、ちょっとクリスを外に出してきますね」

「まて。その魔獣、クリスとやらを一体だけで外に放置するのは認められん。外で問題を起こしてはこちらが困る」

「えっ、でもクリスはそんな事しませんよ」

「それでもダメだ。君はそうでも、何も知らない周囲はそうは思わない。単独で外を歩いている魔獣など、万一誰かに見られればすぐ通報されて衛兵が飛んでくるぞ。獣を連れるのであれば監督責任がある」

「うーん……分かりました。じゃあクリス、僕と一緒に外に行こうか」

 ちょっと不満気な顔をしたものの、クリスは素直に頷いた。

「その魔獣、クリスとやら……本当に大人しいのだな」

「ちょっと気難しいところもありますけどね……クリス、ごめんごめん。引っ掻かないで」

 抗議するかのように前脚の爪で黒岩剛の足を引っ掻いたクリスは、プイっと顔を逸らしていた。

「ドア開けるからね。クリス、いきなり走っちゃダメだよ」

「クーン」

「浴室はこちらだ。君が水を入れて外に行っている間、俺は石を魔法で熱するとしよう」

「あ、魔法を使えるんですか」

「これでも飛竜部隊、軍人上がりだ。期間はたった2年だけだったがな」

「あの、僕らのいた世界って魔法がなかったんですよ。よければ今日、魔法やこの世界について色々と教えてもらえませんか? ほんと、この世界について知らない事が多くて……」

「構わん」

「あの、ありがとうございます!」

 そんな二人と一匹の交流の裏で、キッチンから弾んだ声がする。

「うーん、クリスちゃんいるからオニオンはダメだよねー。スープはこれとこれにして……」

 こうして黒岩剛はキャピシオン家に一晩厄介になることになった。







 ちなみに。

 ロウイスのケガが完治した後もなし崩し的に二人は暮らし続け、ちょうど一年経った時に小鳥がケジメをつけるために出て行こうとしたのだが、ロウイスが引きとめたという経緯があります。

 二人が出会った当初は小鳥13歳とロウイス17歳。最初は慣れない家事や飛竜の世話も失敗続きで落ち込む毎日の小鳥でしたが、持ち前の明るさと頑張りで次第に飛竜とも仲良くなり、ロウイスのケガが治った後は一緒に飛竜に乗って大空を遊覧したり、秋の収穫祭で一緒に踊ったり、町の若者に小鳥がアタックされたりと、それどこの乙女ゲー?というイベントがあったとか。

 なおロウイスの所に転がり込んで一年の間に好感度を一定以上高めないと、引きとめられずロウイスルートには入らないまま町で暮らす事に。その場合は別の男キャラとの交流がメインになるとか。

 小鳥とロウイスはボーイミーツガール的な設定です。その余波で一人やさぐれてますが。


 さあ、これでカウントダウンは2になった。

 平坦な話はあと2エピソード続きます。

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