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 最上小鳥は走っていた。

 息を切らせながら夕闇の森の中を、乱れた制服のまま懸命に。

 既に周りには誰もいない。あのトリケラトプス(仮)に襲われ、黒岩剛が崖下の急流へと落ちていった後、皆バラバラになってしまった。


 あれから黄田豪一郎と赤崎蓮はトリケラトプス(仮)の次の獲物として狙われ、興奮し暴れる巨大な恐竜相手に己の加護と異能をフルに使って逃げ回っていた。

「赤崎くん!」

「いいから! 最上ちゃんは今の内にあいつらと一緒に先に行って!」

 自分のグループから離れて一人最後尾まで下がってしまった最上小鳥は赤崎蓮のグループと一緒に山を下っていた。

 なんとか怪獣の如きトリケラトプス(仮)から逃げ切ったものの、山中の騒々しい闖入者となった彼らは山に棲む怪物達の興味を引いてしまった。そして次から次へと未知の怪物(モンスター)らに襲われる事態になってしまっていた。

 道などない山の中、斜面を転がるように駆け下り、巨大な岩盤に突き当たっては迂回する。

 やがて陽は暮れ、夜行性の鳥獣らが目を爛々と輝かせて巣穴から這い出てくる。

 幾度と無くモンスターに遭遇し、追い立てられる。その度に赤崎蓮が燃え盛る炎で追い払った。

 そうしたモンスターや逃亡の混乱の中、赤崎蓮がモンスターからグループの友人らを助けようと目を離した瞬間だった。最上小鳥は空から急降下してくる巨鳥から身をかわそうとし、足を踏み外した。

「あっ」

 急な斜面を転がり落ち、何度も木の幹に体を打ち付けられる。

 体中のあちこちを痛め、草や葉、土で髪や制服を汚れさせたまま彼女は全身を強く打った衝撃でしばし気を失ってしまった。

 彼女が朦朧とした頭を抱えて気がついた後、すぐさま上にいるはずの皆と連絡を取ろうとして、けれど周辺から獣の足音と草を掻き分ける音がしたためできなかった。声を上げればモンスターをおびき寄せる事になるのは明白だった。

 周囲にはもはや誰もいる気配はしない。転げ落ちた状況を、自分がはぐれた事を理解する。そして合流の可能性が極めて低い事も。

「動かなくちゃ……!」

 一人暗闇の深まる山中を、恐怖で震える足を必死に叱咤しながら下へ下へと逃げていく。もはや彼女を守ってくれる者は誰もいない。上からはそんな彼女を追うような四足の獣の足音がついてくる。

 そうして最上小鳥は完全に一人、夜闇に包まれ始めた山中をさ迷う事になった。

 赤崎蓮もまた最上小鳥の不在に気がつくのが遅れ、その時には全てが後の祭りだった。

「最上ちゃんはどこだよ!」

「あれ、そういえば……いない?」

「ど、どっかすぐ近くにいるんじゃね? この暗さだから……きっとすぐそこにいるって……なぁ」

「くそ、最上ちゃーーーーーーん!! どこだーーーーーーーー!」

 一度だけすぐさま大声で最上小鳥を呼んだが、反応はない。逆にモンスターが近寄り、その撃退をするはめになった。その後にもう一度大声で呼びかけようとしたが、グループの友人らから危険だと猛反対を受けた。彼は傍にいるグループの友人らといなくなった最上小鳥とを天秤にかけ、歯軋りをしながら最上小鳥の捜索を一旦諦めた。明かり一つない夜の山の中、はぐれた少女一人探すのは絶望的だった。

「せめて、オレの炎が照らす光に最上ちゃん、気がついてくれ……」

 張り裂けそうな胸の内を押し殺し、そんなか細い希望に縋りながら赤崎蓮もまた皆を守りながら山を下りていく。

 一方、最上小鳥は今まさに命の危機に瀕していた。

 棍棒を振りかざす小鬼のような醜悪なモンスター数体に追い回され、更には別方向からは熊のように巨大な毛深い二匹の大蜘蛛がピョンピョン器用に飛び跳ねながら八本の足を動かす。暗くて見えないが、その後ろにも何かいるようだった。

 彼女は逃げて逃げて、けれどどこまでも追ってくる怪物らに彼女は脇目も振らずに勇気を振り絞って逃げ続けていた。

 周りは人気の無い山の森。ずっと走っていても誰とも出会わない。呼吸は苦しくなる一方。

 このまま逃げても助かる見込みはない。走りながらその現実に、彼女の心は押し潰されかけていた。

 スカートを翻し、足や腕に木々の枝や植物のトゲなどでできたたくさんの切り傷をつけ、血を流しながらも懸命に駆け続ける。

 やがて大中角ばった石が転がる川原に出て、そこで彼女の体力もついに尽きた。

「あ……」

 不安定な足場を走る力もなく、すぐにつまづいて転ぶ。

 その後ろには彼女を追って木々から姿を表す小鬼や大蜘蛛ら。

「ああ……」

 それでも最後まで生きようと身を起こす。だがその時にはもうすぐそこまで怪物達が迫っていた。

 駆け出してもすぐに背中から追いつかれる。その後を想像し、涙が溢れる。

 誰にも気付かれないまま、ここで、このまま。

 無残な最期を少女は迎えようとして――


 ――空から迸る炎の壁が少女と怪物の間を遮った。


 続いて風を打つ翼の音。

 落ちてくる影。

 それは重い地響き音を立てて少女の目の前へと降り立った。

「やけに魔獣どもが騒がしいと思ったら……」

 現れたのは年若い青年だった。中学一年の最上小鳥より3,4歳年上くらいの男性で、そのガントレットを着けた片手には槍をぶら下げ、背にはクロスボウを背負っている。赤を基調としたシャツとズボンの上から革をなめした胸当てとグリーブを身につけ、その姿は軽装の戦士に見えた。

 輝くような金髪に鷹のような鋭い眼光。油断無く槍を両手で構え、穂先を怪物らに向ける。その動きは滑らかで、槍捌きは熟練者のそれだった。

黒帽子の邪妖精(ブラックキャップス)はまだいいが……血刃の大蜘蛛(ブレード・スパイダー)二匹はちょっと面倒だな。カスティーユ、その子の側にいろ」

「ガァ」

 青年の命令に応じ、一体の赤飛竜(レッド・ワイバーン)が空から舞い降りる。

 皮膜ある翼を背に生やした、巨大なトカゲのような生き物。地球では西洋の伝説に見られるドラゴン。まさにその姿だった。

「……妙な格好をした奴だな。おい、目を閉じて大人しくしていろ。すぐに終わる」

「は、はい」

 青年は片足を引きずるように前に出ながら、少女を背に怪物らを迎え撃った。


 ★★★☆☆☆


 町の郊外に向けて歩く二つの影があった。

「剛くん、こっちだよ。わたしたちはお客様から騎竜を預かって、調教や訓練をしているの。あと時々ドラゴンのお見合いもあるね。牧場みたいなもので、旦那様がドラゴンの調教師なんだよ。訓練するのにも広い土地が必要だからこうして離れた所に住んでるの」

「そうなんだ。騎竜かぁ……すごいね」

「預かっているのは飛竜って言ってね、翼があって空を高く高ーく飛べるの。皆体が大きくてやんちゃだけど、可愛いんだよ。長く世話をしているとそれぞれに個性があるって分かるし」

 第八球(ホド)の国は自然が豊富だ。山に森に水。また自然の険しい国土では飛竜の生息数が多いため、それを利用して飛竜の調教方法が確立されている。調教された飛竜は騎竜として戦士を乗せ、彼らは人竜一体のワイバーンライダーとして自国の誇り、他国の脅威となっている。

 二人時折笑い声を交えながら歩く。日々の飛竜にまつわる笑い話を披露する小鳥の笑顔は眩しいくらいだった。まるで愛犬や愛馬を自慢するように、色んな飛竜とのほのぼのエピソードを次々と感情豊かに話してくれる。

 やがて家がまばらになり、麦畑などが広がる開けた場所に出る。

 そこから更に道を進み、畑すら見えなくなった頃に広い柵といくつかの小屋らしき建物、そして煙突のある家が見えてきた。そしてドーム状の薄い半透明の膜のようなものも。

 結界だ。

 空を飛べる飛竜にとって柵などあって無きが如き物だが、しっかり訓練された結果、飛竜はその柵の外に勝手に出てはいけないという事をその体でしっかり覚えさせられていた。

 だが万一という事がある。何らかの異常が起き、ワイバーンが暴走して竜場を脱走し、付近の村や町を襲撃するとなれば一大事だ。あくまでホドの国で飛竜が身近な存在といっても、飛竜が持つ力は一般市民にとって脅威であり、慎重丁寧に御さなければならないのだ。

 そのため、結界による安全策を施されている。もし結界が所定の手続きを経ずに力づくで破られた場合は、町がすぐその異変を察する事ができるよう運用されている。

 飛竜の訓練施設は国家運営にも関わるため、重要度が高いのだ。そのため色々な国家の承認と監査の上で成り立っている。小鳥の竜場もその一つだった。

 ただし、本来ならもっと厳重な警備やら国の人間やらが出入りするものであるのだが、ここだけは例外扱いだった。この竜場にいるのは若い夫婦、小鳥とその夫しかいない。有り得ない破格の扱いだ。

 そしてそれが許されている理由の一つには、ここの竜場の若き主が名伯楽である事が挙げられる。

 見ると、柵の中にはそれぞれの飛竜が思い思いに過ごしていた。

 寝そべっている飛竜。翼をはためかせて結界の内部で空を飛んでいる飛竜。ダチョウのように走り回っている飛竜。隅っこで柵の間に顔を突っ込んでいる飛竜。

「カスティーユちゃんが竜場にいるっていうことは、わたしの旦那様は戻ってるね。んー、帰ってきて少し時間経ってるみたいだから、もう外の水場から離れて家にいるかな。家の方に案内するね」

「ほら、クリス。着いたよ」

「……」

 返事がない。ただの毛玉のようだ。

 道中クリスはずっとカバンの中で丸まって、顔を見せようともしない。

「一体どうしたんだろう、クリスは……町に着く前はいつも通りだったのに」

 腑に落ちないまま首を傾げる黒岩剛。そんな彼は、町に着く前にこれから会いに行く人がどんな人かを上機嫌でクリスに語っていたのだが、その頃からクリスがカバンの奥に引きこもり始めた事に気がついていなかった。

 一先ずクリスの様子は脇に置いて、彼はまた別の問題に頭を悩ませている所だった。

「大丈夫かなぁ。僕、見た目よりずっと重いんだけど……頑丈な家じゃないとうかつに上がれないんだよね」

 黒岩剛の重量は最低でも300kgに達する。ライオンや虎よりも重い。ちゃんとした造りの家でないと、床が抜けたりする事もありえるのだ。

 だがその心配は杞憂だった。

「おおぉ……」

 目の前にあるのは大きく立派な三階建ての家だった。赤茶色のレンガ造りの家で、色褪せてもおらずどこを見てもピッカピカの新居だ。それもひどく頑丈そうな。

「うんしょ……ただいま、あなた。お友達を連れてきたよ」

 重厚な扉をちょっと重そうに開けて土足で中に入る。

 中は質素なものだった。家の大きさの割には調度品はほとんどなく、軍人のような規則正しさと武骨な印象を受ける。

 だがそんな内部も小鳥が家の所々に花を飾ったり、布やカーテン、家具などの配置配色に工夫をしているおかげで、随分と柔らかく温かみのある光景になっていた。

 それはこの家の夫婦の人柄を表しているようだった。

「客か……?」

 階上から降る厳かな声。

 家の主人はすぐに現れた。

 片足を少し引きずりながらも悠然とした足取りだった。その彼の年のころは二十歳ほど。凛々しく実直そうな金髪の青年だった。言葉少なく物静かで、愛想のない若者。群れより個。

 身につけている衣服は着崩す事なく、洒落っ気もなく、つま先から頂点まで真面目一辺倒。どこかの優等生という言葉がぴったりくる。が、その目だけは違った。刃のように鋭く、野生の凄味がある。

 そして何よりも、入り口近くの階段を降りるその一つ一つの動作は男から見ても見惚れるほど優雅であり、そして威圧感を覚えるほどの気品があった。

 彼の碧眼が黒岩剛を貫く。その瞳はまるで縄張りに入ってきた外敵を慎重に見定めているようでもあった。

「……まるで獅子みたいだ」

 黒岩剛は青年をそう評価した。

 小鳥の夫である青年、ロウイス・キャピシオンは厳格な空気を以って黒岩剛を迎えた。







思った以上に長くなったので半分にぶった切りました。

急いで後半を仕上げねば。

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