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 異世界セフィロート。

 そこは十の国々から成る世界。剣と魔法と神霊が人々と共にある世界。

 剣は岩を割り、魔法は大火球を生み出す。

 その中でも神に選ばれ、その加護と力を与えられた使徒と呼ばれる者は絶大な力を振るって君臨していた。

 例えば北は雷神トール、例えば南は狂神アレス。かつて東には医神神農などもいたが、こちらは民が滅ぼされているため、使徒が絶えて久しい。

 神威を以って王になる者もいれば、騎士として主のためにその力を尽くす者もいた。

 人々は畑で小麦、ジャガイモ、トマト、トウモロコシなどの作物を植え、豚や牛や山羊、羊などの家畜の世話をして暮らしている。

 文化の面では神の恩寵により地球と比べていくつか優遇されており、その内の一つに言語と文字の壁の撤廃がある。ものぐさな神の奇跡は十の国々の大地において、人々の言葉を全て一つに自動翻訳する。そして地上に残した神聖文字は、目にしただけで誰もがその意味を読み解けるようになっている。最も書くためには文字をしっかり覚えないとダメだが。

 また人々の暮らしには多神教である一大宗教が浸透し、それ以外の宗教はほぼ完全に淘汰されていた。ほぼ全員がその宗教に属しており、その総本山の影響力は凄まじく、破門されればどんな王侯貴族でも一夜にして城を追われるほどだった。

 それこそ、その総本山たる教会が「獣を神と崇める者は人にあらず。邪教徒なり」と宣言し、東へ大規模な侵攻を興すほどに。

 さて。

 そんな人々が住まう支配圏の西、その更に果ての端には魔の樹海と呼ばれる森がある。

 そこは例えどんな使徒であろうとも迂闊には入れない死の森だ。

 異常な数のモンスターが棲息し、またその力は非常に強力で危険だった。特に森の奥に行けば行くほど人の手に負えなくなり、神話に出るような正真正銘の化け物すらいるという。

 幸い、人里との間には山で壁がなされているため、そうそう襲われる事はない。

 ただ時折大氾濫と呼ばれる、山を越えたモンスターの大侵攻が発生する時がある。そうなれば国の一大事。ある時などは世界の半分がモンスターの波に呑み込まれ、使途も大勢討ち死にしたという記録が残っている。

 何度か魔の樹海を攻略せんと、何人もの使途や騎士らが大軍でもって挑んだが唯一つの例外もなく失敗に終わっている。

 人の手に負える場所ではない。

 そのため過去長年に渡り、禁断の地に指定されている。

 そう。

 入った者は二度と出てこれない。

 かつて人々は畏怖と畏敬の念を以ってこう称えた。

 禁忌の地、始原の森と。


 ☆☆☆☆☆☆


 あれから――黒岩剛がクラスメイト達の前から急流へと消えて四年が過ぎた。

 元々クラスメイトとの交流が少なかったため、一部を除いてその存在が記憶から忘れ去られるのは早かった。

 生徒達は幾人かの犠牲を出しながらもなんとか各々が土地に根ざし、馴染み始めた頃だった。


 死んだと思われている黒岩剛の姿は未だ、流れ着いた森の中にあった。

 16歳の彼は殺した獣から剥ぎ取った毛皮で身を包んで暖を取り、日々本能のままに襲い来る敵をその肉体一つで迎え撃ち、拳一つで打ち殺す。

 四年でたくましく成長した少年の半裸身は非常に発達した筋肉で覆われていた。まるで西洋映画で見るボディーガードのようにガッシリとした筋肉は非常に暑苦しく、そして対峙する者に圧迫感を覚えさせる。髪はボサボサの伸び放題で、動くときの邪魔にならないよう後ろで蔓で簡単にまとめている。その眼光は野獣のように鋭く、不屈の光を放っていた。

 身長180cm超で体重は100kgを超える。玄武の加護による重量を加えれば、最低でも300kgに達する。玄武の使徒は修練次第である程度の重量を自由自在に増やせるのだ。但し元の体重から減量はできないが。

 知能の高い一部のモンスターとしか言葉を交わす機会はなく、普段はほとんど威嚇と戦意高揚の雄叫びしか喉を震わせる事はない。

 来る日も来る日も闘い続け、彼はこれまでずっと一人で生き抜いていた。

 この厳しく険しい生存競争を勝ち抜き、この森に棲息する全生物のピラミッドの頂点の一角として。

「コオオオオオォォ……」

 静かな深い息吹と共に練られる玄武の力は彼に重量と堅固なる守護を約束する。

 今、森で彼と相対するは体高30mを超える黄金の巨狼だ。人はこのモンスターを大天狼スケルと名づけている。

 別名『太陽喰らい』。炎熱への耐性が非常に高く、その大口で数多の獲物をその牙にかける事から付いたという。

 絶大な力を誇り、使徒をも殺す数少ない大魔獣と呼ばれる一角だ。

 それが今、一切の油断と余裕を捨てた瞳でもって目の前の小さな『大敵』と向き合っていた。

 彼らの周りには、目の前の黄金の巨狼より一回り小さいが、同じような黄金の巨狼が数体地面に転がっている。そのいずれもが、殴殺されていた。

 目の前の巨狼のたくましい前脚が鋭く振り下ろされ、風を切りながら爪が黒岩剛へと襲い掛かる。

「オオォッ!!」

 だが、それは掌底一つで受け止められた。

 引き裂き、叩き潰すはずのその前脚は黒岩剛に掴まった瞬間、素早く拳を叩き込まれ、爪と骨を砕かれた。

「キャイン!」

 たまらず悲鳴を上げるも、すぐさまその口から燃え盛る灼熱の豪火球を放つ。

 それは人はおろか、学校のグラウンドすら焼き払う巨大さだった。

 が、彼はそれを玄武の異能で創り出した、竜を模した水流でもって迎え撃つ。大量の炎と水とがぶつかり、両者の中間で大爆発が起きる。

 爆風が二人へと叩きつけられる。スケルの巨体がその衝撃により数歩後退するのに対し、黒岩剛は不動。全身にその衝撃を受けても微塵も揺らぐ事はない。

 そして腰を落とし、その場で一歩踏み込む。玄武の加護により軽く(トン)を超えた重量を受け止めた森の大地が大きく凹み、揺れる。それはスケルの巨体が生み出す以上の揺れだった。

 己の全重量を乗せて繰り出した右ストレート。それはただ虚空を殴り飛ばすだけの動作。

 だが、その腕から生み出された膨大なエネルギーは巨大な衝撃となり、空を渡った。

 無色の鉄拳は離れている黄金の巨狼を真正面からぶっとばし、上体を仰け反らせた。

 続けて放たれた左フックが再び虚空を(えぐ)り、スケルの横っ面を張り倒す。

 野獣の咆哮が二つ、空に轟く。

 スケルが大きく揺らいでいる隙に、黒岩剛はすかさず地を駆け距離を詰め、跳躍した。

 そして。

「ガアアアアア!!」

 獣の如き咆哮と共に、己の拳をそのスケルの鼻っ面に真正面から直接叩き込んだ。

 重々しくも痛々しい大きな音を立ててスケルが宙を舞い、木々をなぎ倒しながら地面に倒れ伏す。そして数度痙攣した後に完全に動かなくなった。

「……グウウウウウウ」

 獰猛な唸り声を上げながら、黒岩剛は戦闘による高揚感を鎮める。油断ならないこの森で残心を解く事なく、離れた場所に転がっている己の棍を拾いに戻る。

 この日、ようやく彼は一つの区切りが着いた事を実感していた。

 このスケルの群れがこの森で彼に敵対してきた最後のモンスターだったのだ。

「これで、終わりか」

 その言葉と共に、ようやく野獣の険しい眼光が消え、穏やかな光が戻ってくる。

 あの日、天啓らしき何かを得てからずっと、彼は一匹の野生の獣として狩るか狩られるかの世界で己の肉体を鍛え上げていった。

 それこそ人としての時の流れを忘れて、心の向くままに。本人は気付いていないが四年間もの間ずっと。

 幸い使徒となってからは常人と比べて、生命力という点で少々『死に難い』体となっているため森の中に篭って木の実を採って、生肉をかじる生活でも生きていけた。

「終わったわね」

「レイナさんか」

 鈴が鳴るような涼やかな声がした。

 荒れ果てた森の草花の間から現れたのは一人の女性で、年のころは二十歳過ぎといったくらいか、ストレートの金髪が美しく輝いている。スラリとした長身の美女だった。

 その足元には数匹のこがね色の毛並みをした子狐が三匹寄せ集まっている。その胸には一様にジグザグした黒い斑紋があった。雷光狐と呼ばれる魔獣(モンスター)の特徴だ。

 ――ガジガジ。

「相変わらずねぇ。柔らかそうな体なのに、ろくに傷もありゃしない。金ぴか狼があんなザマだと、この森であんたとまともにやり合えそうのはもう数体しかいないでしょうねぇ」

「それはもういいよ。ところで、お願いしていた調査の件はどうだった?」

「もうせっかちね……第二球(コクマ)って国と、すぐそこの第八球(ホド)の国よ」

 ガジガジ。

「コクマ? ホド?」

「ああ……知らないのね。あなた魔獣と呼ばれる私より人の世に疎いってどういう事よ」

「いやぁ……僕が知ってるのはこの森とあの山だけだから……」

 レイナは魔獣であるが、雷閃狐は高い知能を誇るため言葉で意思疎通が可能であり、人に化けて町の中に紛れる事もできた。

「この森は西側にあるのだけれど、コクマって国は東側の国だから、途中どうしても最低一つの国を経由しないとダメね。第六球(ティフェレト)経由で行くのが距離的には一番早いのでしょうけれど。まあまずはホドを目指すといいわ。山を越えたらすぐだし、お目当ての町は国境から二つ先の町だからあなたなら二昼夜あれば十分辿り着けるでしょう」

「そっか。ありがとう」

 ガジガジ。

「ところでレイナさん」

「なぁに?」

「この子、離してくれません?」

 黒岩剛が腕を持ち上げると、そこには今なお手にぶら下がってガジガジと噛み付く一匹の子狐の姿が。

 レイナの子だ。

 首元を掴んで引き剥がそうとすると、途端に鼻に皺を寄せて不機嫌そうに唸る。

「あぁ、拗ねてるのよ。あなたがいずれこの森を出て行くって聞いてからずっとね」

「いや、齧られるのは出会った当初からなんですが……」

 二人が出会ったのは、彼女とその子らがパイロサウルスに縄張りを一方的に追われていた時だった。パイロサウルスとは、ティラノサウルスを熊程度の大きさまで小さくしたような二足歩行の恐竜タイプのモンスターだ。大体十体近くで群れている。

 たまたま争いの場に出くわした黒岩剛は、狩り立てる側で興奮していたパイロサウルスについでとばかりに狙われたが、逆に全て殴り飛ばした。

 その一部始終を見ていたレイナは歯向かったら死ぬと即座に判断していたため大人しくしていたが、クリスは違った。追い詰められていたその子狐は新たな脅威に果敢に立ち向かい、その足に噛み付いたのだ。

 いくら野生邁進中の彼とはいえ、生後一年もない子狐を殺すのは忍びなかった。成獣ならその限りではないが。

 それがキッカケでレイナとは顔見知りとなり、こうして時折人間の姿で現れては話をする間柄になっていった。時々誘惑もされたりしたが、さすがにまだ少年の彼にそういう趣味はなかった。

 そして何故かそれからずっと、彼はクリスに会う度に手や足を齧られている。さすがに二回目以降は敵意はなく、本気で噛んでいるわけではなかったが。もはや刷り込みといか、癖といか、出会ったら噛むのが挨拶代わりのようになっていた。

「それでも以前はもっと甘噛みだったでしょう」

「正直、差が分からないです」

「あらぁ、困った人間ねぇ。ねぇ、クリス」

 クリスは一顧だにせず、一心に彼の手を噛んでいた。

「よければその子、クリスも連れていってあげて。まだ変化すらできず言葉も喋れない半人前だけれど。あなたにすごく懐いているから」

「……そうなんですか?」

 疑わしげな視線。

 ふと、噛み付きの牙の力が強くなった気がした。心なしか、目元も険しくなっているような気がする。

「やっぱり嫌われてるとしか思えないんですけど……」

「ふふふ」

 レイナは微笑むだけだった。

 釈然としない思いを抱えつつ、彼は尋ねてみる。

「…………クリス、一緒について来る?」

「……」

 パタパタ。

 ぶら下がってる子狐の尻尾が一度左右に揺れる。YESだ。

 ちなみにNOは縦に、叩きつけるようにペチンと勢いよく振ってくる。

 ようやく手から口を離し、一旦地面に降り立ってすぐ今度は黒岩剛の背中に飛び乗り、肩の上へと駆け上がる。

 そこが自分の定位置とばかりにダラリと乗りかかり、後ろ足を投げ出して居座るクリス。

 フンッ、と一度満足気に鼻を鳴らしていた。

「あら、お似合いね」

「……」

 コロコロと笑うレイナに、イマイチ要領を得ない顔の黒岩剛だった。

「じゃあ、行くか。レイナさん、元気で。あと双角竜の長老達にもよろしく」

「はぁい。あなたも気をつけてね。まあ……あなたを殺せるようなやつなんて、使徒の奴らの中でもほとんどいないでしょうけど」

「そうなの?」

「本当、世間知らずなのねぇ……」

「クーン」

 気を取り直して、巨漢の少年は一匹の子狐を連れてとある森(・・・・)の奥深くから町を目指し始めた。


 あの日、異世界へと紛れ込んだ最後の一人、新たな使徒が世に出る時が来た。


 ☆☆☆☆☆☆


 一方、ホドの国の黒岩剛が向かう先の町にて。

「お願いします。赤崎君に会わせて下さい」

「だめだだめだ! 使徒様はお会いにならんと言っている。帰れ!」

 町の領主の館の前で警備兵と押し問答する少女の姿があった。

 何度も頭を下げてはその度に兵士に怒鳴られている。

 以前から少女は館へと足を運んでいたが、最近ではその頻度がどんどん上がっていた。それだけ熱心であっても、当の本人は少女に決して会おうとはせず、私兵には通さないよう厳命していた。

「せめて、この手紙だけでも……赤崎君に……どうかお願いします」

 何度も頭を下げて懇願する姿に、兵士も態度を和らげて手紙を受け取った。

「分かった。預かっておく」

「はいっ!」

 そうして今日も少女は顔を曇らせたまま家路につく。一度賑やかな領主の館を仰ぎ見るも、振り切るようにして。

 そして、少女の屋敷来訪を聞いた赤崎蓮は冷笑しながら豪華なクッションに体を預け、メイドを侍らせていた。皿には山のように盛られた果物があり、食器は全て繊細な意匠が施されている。そこには立派な権力者の姿があった。

「手紙? ああ、いらねぇ。捨てていいぞ」

 少女が必死にしたためた手紙は、しかし開封される事すらなく捨てられる。

「アカくんひっでー」

 ケラケラと笑う彼の周りの少年少女達はかつてのクラスメイト達だった。

 彼らは赤崎蓮にくっついていれば安全でいい暮らしができると、その庇護を満喫していた。

「まだだ。まだ会わねえ。もうちょっと弱らせてからだ。それからだ……そうすれば……」

「アカくーん、宴会の準備できたよー」

「おう、今行く」

 領主の館で頻繁に繰り広げられる乱痴気騒ぎ。それは使徒の力で領主の屋敷に居座り、乗っ取った赤崎蓮の主催によるものだ。

 そのしわ寄せは全て町の住民へと降りかかっている。重税として。

 町へと繰り出せば乱暴者のならず者のように振る舞い、住民からは恐れられている。権力もあり、力もある彼らに逆らえる者はいなかった。

 朱雀の使徒とその仲間達は今日も怠惰に楽しく過ごす。

 町は暗い空気に包まれていた。







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