25
それから黒岩剛が白野珠や赤崎蓮、クリスと合流して。
パトラの部下達に隊長が左腕を失って倒れている事を伝えると、彼女らは無念そうな顔でクリスを睨み、撤収して行った。
クリスは涼しい顔で歯牙にもかけていない。震える白野珠と簀巻きで転がっている赤崎蓮の前でゴロンと横になっていた。
黒岩剛は去って行く彼女らを見送り、戦闘の余波で広範囲に渡り荒れ放題になった周辺一帯を見て、早いところ街を出る事を決心。
派手な音と衝撃を撒き散らしていたので野次馬や警備兵も近いうちに駆けつけてくるだろう。
で。
「なんだか慌しかったね……」
「クーン」
第六球の国、第二の都市パルメラを後にする黒岩剛と赤崎蓮、クリスがいた。
さっさと買い物を済ませ、ほとんど夜逃げのように街を出た一行。
幸い厳戒態勢はまだとられていなかったので、門番に引き止められる事も無かった。
ただ日がもう日が沈むまであまり時間が無く、今日は野宿決定だ。
「あー、クソ。久しぶりにまともなメシと寝泊りができると思ったのによ。たったの一日だけだったな」
「赤崎君の気持ちは分かるけど、早くここから離れよう。結構な権力者にケンカ売ったみたいだし、当分は大きな街には近づかない方がいいかもね」
地図を眺めながら整備された街道を歩く。
「……で、これどうすんだよ」
「……そう、だね」
ジト目の赤崎蓮。
二人の背中に必死そうな声が追いすがってきた。
「ねー! ちょっと待ってってばー! 無視しないでよー!」
白野珠だった。
教会の弾圧の魔の手(白野珠談)から逃れたはずだったが、こうして何故か一緒についてきているのである。
「白野さん……なんで付いてくるの?」
「え、えへへ……実は、あたしを教会から守って欲しいなー、なんて……」
可愛らしいスマイルだった。
ぶりっ子の、という但し書きが付くが。
「ええ……?」
「お願い! あたし一人じゃ絶対逃げ切れないのよぉ!」
「でも白野さん、足速いよね。逃亡生活には向いてるんじゃ?」
「いや無理無理無理。だって教会の刺客だよ! 連中ヤバイんだよ!? あたしなんかこのままだと、ある朝路地裏で変死体で見つかってもおかしくないんだよ!? ていうか、そうなる! あたしそんな四六時中いつ襲われるか分かんない怯える毎日送るなんて無理だよー!」
涙目で縋り付く少女の図は悲壮感に溢れていた。
「そんな怖い相手に、なんでギリギリを攻めようと思っちゃったの……」
「いや、こんな大事になるなんて夢にも思わず……はい。反省してます」
しょんぼり。
叱られた子犬のように項垂れる彼女を前に、黒岩剛は少し困ったようにして。
「まったくもう……一緒に来る間なら、僕も守ってあげられると思うよ」
「ほんとっ!?」
ガバっと上げた顔は満面の笑顔だった。
「うん。ただ、僕の当面の目的は黄田君に会いに第二球の国に向かっている所なんだ。それでもよければ――」
「うんうん! いいよ大丈夫だよ! ありがとおおおおおおお!」
わーい、と万歳する新たな同行者を迎え、黒岩剛は優しく微笑む。
そしてもう一方を向いた。
「で、なんであなたまで付いて来てるの?」
「……おほほ」
パトラだった。
失われた左腕への手当てはしてあるものの、まだ血の気が戻っておらず青い顔のままである。
本来なら出血多量で生死の境をさ迷っているのだが、使徒の生命力は行動を可能とする。
「実はですね……その、恥を忍んで告白しますが……わたくし、あのまま教会に戻ったらまず間違いなく吊るし上げられますの」
「えぇ……?」
首に縄のジェスチャーをするパトラ。
「一番の失点は、今回の任務がDランクだったことですわ。わたくし、実力は教会でもトップクラスではありましたものの、まだ教会内での実績を固めきれておりませんでしたの。受けた任務の総数は少なく、Bランクの成功もまだ一回きり。その状況でDランクに失敗したとなっては、Bランクもマグレだったと攻撃してくる輩が教会内には大勢おりまして」
「あー、出る杭は叩かれるってヤツ?」
白野珠がひょっこり首を突っ込んできた。
その例えに「なるほど」と頷くものの、まだ納得しきれない黒岩剛は重ねて問う。
「でも本当にたった一回の失敗で?」
「それだけではありません。他にも、このように左腕を失っては弓を引くのも難儀しますわ。アルテミスの使徒としては重大な問題です。このままでは戦力としては半減どころではありません。腕を再生するには非常に高位の癒しを使える使徒に頼まないといけませんし……今の教会に該当する使徒はおりませんから、他の国か在野の使徒に頼まねばなりませんわ。なら、高いお金を積んでわたくしの左腕を元に戻すより、役立たずのわたくしを殺して次の使徒に代替わりさせようという意見が多勢でしょう。このわたくしに限って非合理甚だしいですが」
使徒は当人が死ぬまで使徒のままである。
そのため、十分な活動ができないほどの傷を受けた場合、中途半端に生きながらえられるより速やかに『処分』し、次代の使徒に流すのが一般的だった。
己の現状をドライに話しているあたり、腕を失った事による黒岩剛に対するわだかまりはないようだった。
「教会では同性愛が禁止されておりますでしょう。その教会内で新参のわたくしが堂々と、ろくな後ろ盾も無く百合好きを公言できていたのもこれまでの実績ありき。成功し続けていたからですわ。ですが、今回で評価が崩れるとなれば、わたくしを敵視する連中がこれを理由に攻め立てて来るのは明らかです」
「完全に調子に乗った末路じゃねーか」
「うっ」
赤崎蓮の突っ込みにたじろぐも、それでも踏みとどまって彼女は続ける。
「かといいまして、任務失敗で教会から逃走したとあれば確実に追っ手がかかります。ですから……お願いしますわ。せめて腕を再生できる使徒に会えるまでご一緒してもらえないでしょうか……」
パトラが縋る目で見つめてくる。
「うーん、そうだね……」
もはや敵意もない。
迎え入れれば教会の追っ手がかかるだろうが、既に権力者相手にやらかした赤崎蓮、白野珠の両名を受け入れているのだ。正直、さほど変わらないといえば変わらないだろう。
黒岩剛にとって『敵』でない以上、受け入れる分には吝かではない。
懸念点としては、保護対象の人数が増える事で手が届かなくならないだろうか、という事ぐらいで。
「全力はもう出せませんが、それでもアルテミスの使徒であるこのわたくし、有象無象の騎士団、並の使徒にそうそう遅れはとりませんわ。そう簡単に足手まといになるつもりはありません」
「なるほど。あなたが怖れているのは、それ以上の追っ手がかかる事なんだね。心当たりがあるんだ」
「…………ええ。逃げ続ければ教会も諦めるかと言えば、答えはNoでしょう。より強力な追っ手を放ってくるはずですわ……とはいえ、わざわざ『彼ら』が直接乗り出してくる事はそうそうないと思っておりますが。それこそ、上級魔獣や大敵級ならいざ知らず。ですが、偶発的に遭遇する事は完全に無いとは言い切れません。そうなれば、口惜しいですが今のわたくしでは逃げ切れませんわ……」
「うん……まあいいか。付いてくるなら好きにするといいよ」
「いいんですの!?」
「うん。けど僕も全能じゃないからね、守ってあげられるのは僕の手の届く範囲でなら、っていう条件だけど……」
「十分ですわ! 感謝致します! ああ、これで後は腕さえ早いところ治せれば!」
両手を胸の前で組んで喜んだかと思えば、その視線が横へと滑り。
「それに……この子もご一緒するんですよね、じゅるり……うふふ」
「ひょえっ……!? 目! 目つきがなんか怖い!」
白野珠が飛び上がって赤崎蓮の背中に隠れる。
「あらあら。これからご一緒するのですし、ぜひ仲良くしましょう。ぜひ」
「なんで二回言うの……あたし、ノーマルだかんね!?」
「ええ、ええ。わたくしも無理矢理は好むところではございません。時間はあるのですし、ゆっくりと……ですわ」
「まあ僕は人の恋路には積極的に関与しないけど……ほどほどにね」
「もちろんですわ!」
「ええー……」
明暗くっきりと分かれた二人の返事。
二人の新たな同行者を迎え、賑やかになった一行は北へと進む。
「ああ、そうだ。白野さんに赤崎君について説明しとかないとね。なんか変な事吹き込まれてたみたいだから」
「ああ! そう! それよ! なんかフツーに赤崎君とお喋りしてるから忘れてたけど、なんで赤崎君達を襲ったの!」
「それはね――」
白野珠に第八球の国での出来事をざっと話す。
最上小鳥、ロウイス・キャピシオン、領主の館、町での素行。
「え、赤崎君これホント……?」
「……………………………………大体合ってる」
「ダメじゃん!」
「あー、言いたい事は分かってる。だからそんな目で見んな……」
「え、じゃああたしメアちゃんにウソつかれたって事!?」
「まあそうなるな」
「ガーン」
道中そんな事を話していると、あっという間に陽が沈んで行った。
一行は荒れ放題の農地の脇にポツンと建っていた小屋を見つけ、お邪魔する事にした。
「なんとか雨露を凌げる場所が見つかってよかったね」
「廃屋か、これ。隙間風も吹いてるしガタガタじゃねえか」
「うええ……埃っぽいー。小屋の中、物はなーんもないね」
「使われなくなって数年は経ってますわね。藁の一本も無しとは。ああ、綺麗なベッドが恋しいですわ……」
「あたしもー。折角買ったアトリエも置いて夜逃げする事になっちゃったし……くすん」
「板張りじゃなく土間だから、重い僕でも入れそうだ。あ、二人とも。水が欲しいなら言ってね。いつでも出せるよ。うーん……外に桶か壷か何か転がってないか探してこようかな。水を貯めておければいいけど」
「あっ、あたしが創ろうか。簡単な銅鍋とかバケツとかできるよ。金属なら任せて、白虎の使徒だもん! 他にも何かあったら言ってね! その……迷惑かけちゃったお詫びということでー……ごめんね」
「虫が多いな。チッ、一回熱風で家中掃除するか。木窓閉めて30分も高温維持すれば大体死滅すんだろ」
「そうですわね……ではわたくしは一晩の燃料を集めながら周囲の安全を確認してきましょう。都市の近くとはいえ、魔獣の巣がないとも限りませんから」
「クゥン」
「あ、クリスが狩りに出るみたいだから、巻き込まれないよう気をつけてね」
「え、ええ……分かりましたわ。けれどこの子、雷閃狐……ですわよね。どうしてこれほどの魔獣が……」
各々が夜を過ごす準備を始める。
全員が使徒&上級魔獣の幼体である一行なら、本来なら二、三日は夜通し強行軍しても問題ない。
が、やはりつい先程までの大暴れでパトラの体力が底を尽きかけていたのと、精神衛生上ゆっくり落ち着いて夜を過ごしたいという理由もあって、体を休める事にした。
やがて月が煌々と輝き、夜の地表をうっすらと照らし出す頃にクリスが帰ってきた。
「……クー」
「クリスお帰り。狩りは……双頭蛇と牙ウサギ三羽だね。じゃ頭落とそっか」
外で解体を始める黒岩剛。毛を毟り、皮を剥いでいく。
グロテスクやスプラッタな光景が苦手な白野珠が口元を引きつらせてそそくさと離れていく。
「ふー。こんなもんか」
赤崎蓮は道中に集めていた食べれそうな草や芋、根野菜、果物を地面に広げていた。
それらをナイフで刻み、鍋で茹で、練っていく。
クッキングタイムが終わり、結果。
「うわぁ……」
「これは……」
できあがったのは味付けもクソもないウサギとヘビの丸焼き二つ。
片や、ほのかに食欲を刺激する香りを漂わせ、色味豊かな団子スープ。そしてデザート。
「すっごーい。赤崎君料理できたんだ!」
「あら、思ったより悪く無さそうですわね」
料理のできない白野珠は感心しきりで、パトラも意外そうに鍋を覗き込んでいる。
「ほら、お前らの分だ。熱いぞ」
今までより多めに作ったスープ。赤崎蓮は木製の器によそって二人に配った。
「ありがとー!」
「変わった調理方法ですわね……味は薄味。具材も面白い切り方をしますね」
満天の星空の下で和気藹々と賑やかに夕食を囲む三人。
一方の黒岩剛とクリスの組は一心不乱に骨付き肉を腹に収めていた。
コミュ力の差が如実に現れていた。一人と一体は欠片も気にしていないが。
ゴーイングマイウェイである。
「……」
赤崎蓮が新しい空の椀を手に取り、鍋からよそう。
しかめっ面で立ち上がると、歩いて椀を突き出した。
「ほらよ。テメーにもやるよ」
「…………いいの?」
鳩が豆鉄砲をくらった顔で黒岩剛は赤崎蓮を見上げる。
「一人除け者にしてるみてーで嫌な感じだからな。まるでオレがいじめてるみてえじゃねえか」
「……うん、ありがとう。赤崎君」
「こんな事くらいで礼なんざいらねえよ。それよりとっとと解放しやがれクソ野郎」
「それはまだダメ」
「チッ」
笑顔で椀を受け取る黒岩剛。
「ほらクリス。クリスも食べる? 熱いよ」
「くぅん」
一人と一体が口を付けると、思わず感嘆の吐息が漏れた。
「うん。美味しい。赤崎君、料理上手だね」
「おかわりが欲しいならテメエで勝手によそえ」
そうして四人と一体の夜が更けていく。
暖かい焚き火の輪。
その後ろでは一人考えている人物が。
「黒×赤か……アリかな」
と呟いていたとかいなかったとか。
★★★☆☆☆
――巨星堕つ。
この日、GL界とBL界に大きな衝撃が走った。
業界トップのクリエイターが揃って活動を停止。
ファン達は慟哭をあげ、深いロスに包まれた。
それぞれの活動の勢いは弱まり、一部のファンは別の派閥に流れるなどしてその勢力図は大きく乱れた。
だが、嘆く一方で小さな芽吹きもある。
供給が無ければ創ればいい。
巨匠の背に憧れ、その夜一人の子供が筆を取る。
ファンからクリエイターへ。
道のりは遥か遠い。けれど自分の心を形にすべく、小さな作者は机に向かった。
思いは受け継がれていく。
GLもBLもそれは変わらない。
千年後も変わらないだろう。
人の営みとは、そういうものなのだから。
そうして今日もティフェレトは芸術を生み出し続けている。
己の欲望を剥き出しにして。
「いらっしゃーい! 新作ありますよー!」
☆☆☆☆☆☆
また、ある日のとある街で。
教会は神の教えを保護し、広める機関の顔も持っている。
同時に教義を常に学び、日々の最新の解釈を討論している。
その結果の更新先の一つに戒律があった。
守るべき神の教え。
しかし勿論それを大なり小なり破る者もいる。
そうした相手の心を入れ替えさせるため、或いは信者を守るため、教会は国とは別の武装兵力を保有している。
教会が保有する荒事関係の部署の一つに、それはあった。
「ちぃーっす」
「おう、生きてたか兄ちゃん」
「ったぼーよ。あ、賊の根城突き止めてきたぜ。ほれこれが地図」
「ほう……中々詳細な出来だな。よし、確認できたら残りの報酬を出そう」
「へっへ。毎度」
いくつもの厳つい顔が出入りする小さな小屋。
そこは教会が運営する換金所。
日夜教会における犯罪者達の情報がやり取りされるネットワークの中継所。
中には犯罪者達の絵姿が張られ、情報提供を求めている。
教会が指名手配した者に関わる手がかりや、或いは賞金首本人を持ってくれば相応の謝礼が支払われる場所だ。
やや田舎の町のそこには3人しか賞金首ハンターの姿がなく、受付の男性もヒマそうにあくびをしていた。
チラリと壁を見る。無数にある似顔絵の紙の中、それは一際異彩を放っていた。
「アークエネミー……ね」
その手配書にはまだ年若い青年の顔が描かれている。
賞金首。
大敵・ヴァンティン。男性。
金50,000枚。|生死問わず《dead or alive》。
―――――の使徒。
ランクS。
と。
小屋の扉が開かれる。
やって来たのは教会関係者の使いだった。
腕の中には紙束があり、それをそのまま受付の男に渡し、事務連絡を伝える。
使いはすぐに帰っていき、受付の男は受け取った紙束の中から数枚を抜き取って壁へと歩き出した。
「お、新しい賞金首か?」
「ああ、よろこべお前ら。デカイぞ」
「なんだなんだ? ……おお、すげえ! この額、とんでもねえ大物じゃねえか!」
「ヒュー! 使徒の賞金首は高額だが、それでもこいつはとびっきりだ!」
「お前行けよ。こいつの首持ってこれたらもう働かなくていいぞ」
「うーん……使徒だろぉ……かなり大掛かりな討伐隊組まないと厳しいぞ。一人二人じゃまず無理だな。そうすると一人当たりの分配額も下がるからなぁ……」
「ま、これほどの大物なら狙うヤツも多いが、そうそう獲られる事もないだろ。俺達は賞金に目が眩んで、勢いのまま突っ込んで返り討ちにあった連中が持ち帰った知らせを待ってから計画練ろうぜ」
「だな。目撃情報だけでも結構な小遣い稼ぎになるし、少し網張ってみよーぜ」
新しく壁にかけられた手配書は5枚。
賞金首。
パトラ。女性。
金3,000枚。|生死問わず《dead or alive》。
アルテミスの使徒。
罪状。戒律違反。
ランクB。
赤崎蓮。男性。
金200枚。|生死問わず《dead or alive》。
朱雀の使徒。
罪状。異教徒の神敵。
備考。第八球の国にて領地乗っ取りの主犯。
ランクC。
白野珠。女性。
金100枚。|生死問わず《dead or alive》。
白虎の使徒。
罪状。異教徒の神敵。戒律違反。
ランクD。
黒岩、名前不明。男性。
金50枚。|生死問わず《dead or alive》。
玄武の使徒。
罪状。異教徒の神敵。神務執行妨害。
ランクD。
内藤芽亜。女性。
金3枚。|生死問わず《dead or alive》。
罪状。第八球の国にて領地乗っ取りのメンバー。
ランクE。
こうして黒岩剛達の賞金首生活が始まった。
次の次からは本格的に異世界の話になります……




