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BL(バラ)は究極の愛! 最初はただの友情から性別を超えた愛情へと昇華し、打算も駆け引きもなく、ただただ抑えきれない感情を真正面から熱くぶつけ合うその姿は、純愛に他ならないっ! 面倒で構ってちゃんなメンヘラばっかの百合とは違うのよ!」

 白野珠が頬を赤らめながら、思いのたけを乗せて叫ぶ。

「薔薇?」

「くぅん?」

 後ろでは赤崎蓮とクリスが仲良く揃って首を傾げていた。

 彼らの頭の上では真っ赤な多弁の花が咲き乱れている。

 決してヒト科ではない。

GL(ユリ)こそ至高ですわ。純真無垢で可憐なつぼみが、未知の感情に戸惑い、振り回され、けれど勇気を振り絞って愛を伝える小さな姿。繊細で尊い。それこそが守るべき美の形。わたくしはそう信じます。野蛮で粗野な薔薇とは美としての格が根本的に違いますわ」

 教会の使徒パトラが豊満な胸を張り、粛々と語る。

「百合?」

「くぅん?」

 やはり一人と一体が仲良く揃って首を傾げた。

 彼らの頭の上では真っ白な大輪の花が咲き乱れている。

 なお、白野珠の後ろでは内藤芽亜が頭を抱えて絶賛大後悔中だ。

「やっぱり頼る相手間違えた……」

 それはさておき、双方の主張はあくまで個人の意見という事をここに明記しておきます。

「待って! 筋肉、筋肉だっていいよ!」

 ここで黒岩剛が突入!

「ごめん。あたし細マッチョ派だから。筋肉モリモリで暑苦しいのはキモいと思うの」

「うふふ。下がりなさい、蛮族(バーバリアン)

「……」

 だが二人の視線は冷たかった。

 それで黒岩剛の筋肉への感謝と想いが揺らぐことはない。

 けど彼はまだ十代の男の子。

 年頃の若い女の子達に面と向かって拒否されては、やはりちょっぴりハートに傷がつくというもの。

 それでも彼はめげずに立ち向かう。

「ね、ねえ。筋肉が好きな派閥ってないのかな?」

「あー……あるにはあるけど」

「ほとんど自分達の世界に入り込んで、進んで交流してこようとはしませんわね。派閥も小さいし、この街では閉じた泡沫勢力ですわ。一人一人はやたらと情熱はあるのですが……」

「そうなんだ……」

 しょぼーん。

 沈む三角形の一角を無視して二人は対峙を続ける。

「やはり、どこまで行っても相容れられないわね」

「残念ですわ。初めてお会いしましたが、わたくしあなたのような人、決して嫌いではありませんのに……じゅるり」

「……あれ、何か悪寒が?」

 パトラの視線が健康的なスポーツ少女、白野珠の全身を上から下へと舐めるように動く。

「ふふ、いずれこの街は百合一色で染め上げてみせます。バラは勿論、ロリコンもショタコンも、ケモナーもズーフィリアも、ネクロフィリアも無機物愛好家も、そして愚かなノンケどもも! 皆百合こそ至高だと啓蒙するのです! おーっほっほっほ!」

 この街には名剣を擬人化させたりする者も居れば、塔や船、風車などの建築物に女性美を見出して欲情したり、家畜などを相手にするズーフィリア、死体愛好家のネクロフィリアなどもいる。

 それらが日夜、己の嗜好を作品としてひっそり世に発表しているのがこの国である。

 そしてそれをファンとして支持する民衆。

 第六球(ティフェレト)の闇は深い。

「さて、そろそろ本題に入らせてもらいますわ。わたくし、本日は『GLクイーン』ではなく、教皇庁からの指令で参りましたのよ、『ホワイト☆タイガー』さん」

「え、教皇庁って……教会の本部から……?」

 教皇庁は各種神々を取りまとめる組織である。

 地球での教会は一神教だが、異世界セフィロートでの教会は多神教で、それを一手に取りまとめている。

 その構成員と影響力は世界各地に及ぶ。また、教義による信者からの厚いお布施は世界各地から集まり、それを元手とした経済活動も非常に活発だ。

 財力、軍事力、人材、コネクション、どれを取っても世界有数の規模を誇る。表向きは。

 そんな教会が、単なる一使徒であり、新進気鋭の一芸術家である彼女に何の用があるのかと言えば。

「捕縛命令が出ています。あなた、やりすぎましたわね。さすがに教会もこれ以上は看過できないとの結論ですわ」

「うえっ!? マジ?」

「ええ。それであの『ホワイト☆タイガー』さん相手ということで、こんなDランクの任務ではありますが、無理を言ってこのわたくしがこうしてわざわざ出てきましたの」

 心当たりがあるのか、思いっきり腰が引けた白野珠に彼女は一転して淡々と通告する。

「隊長、これでも教会の若手の中で出世頭ですもんね。Bランク任務の大物賞金首も仕留めてるし、本来Dランクとか受ける立場じゃないし」

「実力あるのがなー、文句言いにくいんだよなー」

「3年前に先代が殉職して、新しく使徒になったのが2年前なのに、あっという間に頭角現して今やベテラン差し置いてエース級ですもんね」

「ゆくゆくは先代と同じく最強の第九聖歌隊入り、って噂もよく聞くようになりましたよ。普通ならすっごい勝ち組なんですけどね……普通なら」

「でもボストン様にすっごい睨まれるのは何とかして欲しいかな」

 とは彼女の部下達の弁。

 実際彼女は異例のスピードで成長している。教会内では天才との呼び声も高い。

 これまでこの国で発生したいくつもの難題を解決している。

 そんな彼女が冷徹な――というより養豚場のブタを見るような目で立ち塞がっていた。

「ちょ、ちょっと待って。捕まえるって……何をしたの、白野さんは」

「……教会では同性愛を禁じているのはご承知の事でしょう。この街では、かなり大目に見逃されておりますが」

「……」

 黒岩剛、知らなかったがそのまま続きを促す。

「それでも限度というものがあります。『ホワイト☆タイガー』さんはあろう事か……ロキ×オーディン様のカップリング本を作成したのです。他の誰もが不敬で手を出す事の無かったもの。ただそれでも普通のカップリング本ならギリギリまだわたくしも派遣される事は無かったでしょう。ですが、作中ではでんぐり返ったお尻にワイングラスを突き立てブドウ酒を注いだりする事を始め、最後はオーディン様のアヘ顔ダブルピースとかいう姿を見開きで描いて締める始末」

「…………………………ほんと、何やってるの」

「締め切りに焦って、深夜の修羅場とテンションでコレイケルンジャネ、と……つい。反省はしている」

 そっと目を逸らす。

「さすがに教会もこれ以上堂々と戒律を破られるのは悪影響が大きいと判断しました」

「うげぇ!」

 汚い悲鳴があがった。

「そういうわけで、覚悟はいいですわね。連行致しますわ。抵抗はなさらないように。逃走するとなれば、より罪は重くなりますわ」

 パトラの部下がここで始めて動く。

 一斉に前に出て、捕縛の準備を始めた。

「え、えっと、彼女、捕まったらどういう罰を受けるの?」

「神を冒涜した罪ですわ。ご安心なさい。両腕で済めば御の字ですわね」

 なお、この処分には見せしめも兼ねている。

 以前からこの国の美術、芸術、文芸の三都市による半ば堂々たる無法っぷりは教会上層部の悩みの種だった。

 が、さすがに強大な第六球(ティフェレト)の国に真正面からケンカを売るわけにはいかず、お目こぼしを続けていたわけだが。

「ちょ、ちょっと待ってよ! あんただって同性愛描いてるし、過去作で男出す時は必ず悪役としてゼウス様の使徒をひどい目にあわせてるでしょ!」

「わたくしは問題ありませんわ。雑な扱いをしているのはあくまで使徒。神々を愚弄した貴女とは違いますもの。それにわたくしはキチンと任務で成果は出し続けていますし、有能な者であればこの程度、黙認されますもの。うふふ。教会中央に直接コネがあるわたくしとあなたでは違いますわ」

「…………」

「まあ彼女の場合、更に罪状が追加されないとも限りませんが……さて、体にどんな神印がある事やら。まさか獣の姿をしているなんて事は……」

「ううっ……」

 玄武や白虎といった神印は敵国の使徒の証。

 かつてのロウイスの言葉が蘇る。

「ちょ、ちょっと……えー、何これ、どうすんの……」

 後ろで内藤芽亜がオロオロしている。

 そしていよいよパトラの部下達が白野珠に手を伸ばして。

「あら、どういうつもりですこと?」

「………………」

 空気が凍りついた。

 白野珠は伸ばされた手を払いのけ、大きく跳び下がったのだ。

「じょ……冗談じゃないわよ! あんた達教会のやり口、噂で聞いてるんだから! 中世の魔女狩りよろしく、一度捕まったらとんでも裁判で帰ってこれなくなるんでしょう!」

「中世の魔女狩り……? 中世? よく分かりませんが、同行を拒否なさるのですね」

「当然でしょ! 連れて行かれたら、それでもうおしまいじゃない!」

「仕方ありません。では」

「何よ、こっちは足には自信あるんだからね! 絶対捕まってやらないんだから!」

「――皆、やりなさい」

 それはまさに一糸乱れぬ動きだった。

「へ?」

 まず部下の女性二人が素早く杖を構えて魔法を唱え、火球を飛ばす。

 二つの火球は白野珠とパトラ達との中間で爆発。

 派手な爆音と熱と衝撃を撒き散らした。

(スタン? 牽制か)

 同じ場にいた黒岩剛は突然の事にも動じず、冷静に状況を見極める。

 赤崎蓮も一瞬動揺したが、すぐに冷静さを取り戻す。

 だが。

「うわっ!?」

 白野珠は使徒である。しかし、彼女は荒事に無関係な一般人としてしか過ごしていない。

 故に、突然のショックに彼女の目と耳と肌、それらの感覚は容易くパニックを起こす。

 体が硬直する彼女に、冷徹な教会の刺客達は爆発の余韻収まらぬ中に飛び込み、一気に地面に押し倒す。

「にゃんっ!?」

 腕を、口を、腰を四人に押さえつけられ、あっという間に身動きが取れなくなった。

 手作りのネコミミが軽い音を立てて地面へ転がる。

「あら、口ほどにもないですわね。いかな使徒が相手とはいえ、この子達も対使徒戦の訓練は積んでいます。一人前未満の使徒程度、このように制圧できる程度には、ね」

「むう、むううううーーーー!」

 目に涙を滲ませながら、使途の力で抵抗を試みる白野珠。

 だが、上手く力の入れにくいポイントを押さえているのか、パトラの部下達の拘束は緩まない。

 なお、内藤芽亜は爆発に驚いて尻餅をつき、お尻をさすっていた。

「って、ああー! タマっちーーー! ちょ、あんたら離しなよっ!」

「……あなたもわたくし達を妨害するのであれば取り押さえますわよ?」

「ひっ……」

 一睨み。それだけでもう彼女は何もできなくなった。

「では、魔法で昏睡の上、拘束させてもらいますわ。第十球(マルクト)までの最後の旅、楽しんでくださいまし」

「あっ、おい! テメー何しやがんだよ! ああん、コラ!」

「…………ふっ」

 パトラ、グルグル簀巻き男を一瞥し、雅やかにスルー。

「…………」

 黒岩剛は沈黙。ただ、苦悩するかのように立ち呆けていた。

 そして。

「やだ……やだぁ……!」

 ベソをかく白野珠を離れた所からパトラが悠然と見下ろす中、部下の女性がそっと手をかざす。

 次の瞬間――

「ごめん」

「ッ!?」

 黒岩剛が動いた。

 一足で白野珠の元へ飛び込んだ彼は、四人の女性達を一息に引き剥がす。

 部下達は油断はしておらず、黒岩剛にも常に注意を払っていた。

 だがその上で先手を取られ、何もできないままパトラの元へと四人まとめて投げ飛ばされた。まるで猫の子を放り投げるかのように。

「あら、どういうおつもりかしら」

 パトラがフォローするまでもなく、部下の女性達は各々が宙で体勢を立て直し、自力で無事着地する。

 そして初めて各々の武器を取り出した。

 剣、杖、槌、槍。

 魔獣グリフォンも身を低くしながら前へ進み、唸り声をあげている。

「今の行動は教会に盾突く意思有り、という事でよろしいですわね」

「まぁ、白野さんは正直一回怒られろっては思うけど……さすがに数少ない同郷の人が目の前で死にそうになるのを見過ごす事はできないよ」

 黒岩剛は、次に涙目で地面に伏せる白野珠へと視線だけ投げる。

 未だ何が起こったかよく分かっていない彼女はポカンと口をあけていた。

「白野さん、今後は創作活動は常識の範囲で健全に行うこと。R15までで、過激なのは禁止。これを約束できるなら、この場を脱出するのに手を貸すよ」

「……!」

 こくこくこく。

 勢いよく頷く白野珠。

 彼女の意思を確認した黒岩剛はその背に彼女をかばい、パトラ達と対峙する。

「そういう事で、ここからは僕が相手をするよ。退いてくれるなら、この場は追いはしないから」

「子供の使いではないのですよ……こちらこそ最後の忠告ですわ。今すぐ下がり、手を出さないで下さいまし。そうすれば、今の行動は不問にしましょう」

「それはできないかな……まぁ、僕もコレだからね」

 そっと首に巻いた黒い布を外す。

 首に描かれたモノが露になった。

「それは……まさか神印?」

 距離があるので普通であればパっと見、首に描かれたモノの詳細までは分からない。

 だが、パトラは違った。

「その神印……蛇の尾を持つ大亀の姿、玄武! まさかあなたも……!」

「そう。もう察しはついていそうだけど、僕と白野さんは『お仲間』という事だよ」

「この国で自ら神印を晒す……その意味をどうやらお分かりになっているようですわね……いいでしょう。ならばまとめて教会へ連行すると致しましょう。神の力を徹底的に削って使徒が誕生するサイクルを延ばすためにも、玄武らの使徒は処刑されなければなりません。ランクC、或いは強力なランクBに相当する朱雀、青龍、黄竜などの使徒と違い、玄武の使徒となれば一般的にランクDの賞金首……ですが今の動き、ランクC相当とお見受けしましたわ。一般的な使徒の力を上回る強力な使徒として処理させていただきます」

 神妙な顔をしたパトラの部下六名が黒岩剛の前に展開する。

「拘束なさい。生死問わずで構いません」

「承知致しました」

 これまでの無駄口は幻だったか、無機質な声が応じる。

 教会の精兵達が動き出した。

 杖を持った二人の女性が紡ぐ魔法はエンチャントとフィールド構築。エンチャントは戦士に風の加護を与え、フィールド構築は周囲を無数の雷精で侵食する。

 彼女らは玄武の使徒との実戦経験はないが、教会が保有する資料によりその特性を学んでいる。

 水を扱い、装甲は物理魔法共に硬い。しかし鈍重。過去の歴代の玄武の使徒は、高い防御力と水の魔法で戦ってきたと資料にはある。だが機動力がほとんど無いため(まと)にし易く、他の使徒と比べて対処は容易かったと結ばれていた。特に単独なら尚更。

 その玄武の使徒の特性を考慮にいれた支援魔法だった。

 風は戦士に軽さとスピードを与え、雷精は水魔法への牽制。ついでに正体不明の使徒である白野珠も牽制の範囲に含めている。

 その意図を無言のまま的確に汲み取った戦士担当の女性ら四人は、黒岩剛に水魔法を使わせまいと速攻。

 一気に踏み込み、得物の間合いに捉える。

 先頭を駆ける女性の(ウォーハンマー)が振りかぶられる。

 頭を狙ったそれは重量を伴った鋭い振り下ろし。ただの人間の頭であれば問答無用で潰れてしまうだろう。

 それを黒岩剛は片手で受け止め、あまつさえ大根を引っこ抜くように軽々と槌ごと女性を持ち上げ、勢いよく放り投げた。

「よっ」

 ホームランの軌跡を描いた彼女は、そのまま朽ちた建物に突っ込み、半ば瓦礫へと変えた。

 二人目。剣を持った女性が身を低くし、先頭の女性の影から刃を振りぬく。

 風のエンチャントで更なるスピードを得た鋭い刃は容易く人を両断する。

 その斬撃を、黒岩剛は腹筋に力を入れて迎え撃った。

 そして鈍い音を立てて弾かれる剣。

 そのあまりの反動に、女性は思わず剣を取りこぼしてしまう。

「っと」

 最後に女性は首ねっこを鷲づかみにされ、これまた最初の女性と同じようにダストシュート。

 朽ちた建物に追撃が入り、崩壊まで後一歩まで追い込まれる。

 三人目と四人目。槍を持った女性らが両脇に回り込み、高速の突きを放つ。

 全ての力を一点に集約し、最短最速で襲い掛かる刃の切っ先は使徒であっても脅威だ。死にはしないが、重傷は避けられない。

「ふっ」

 だがそれを黒岩剛はわずかにステップを踏むだけでタイミングと打点をズラし、最高の一撃は力を()がれた。

 そして両脇からの二本の槍の柄を掴み、そのままフルスイング。槍から手を離すと、放物線を描いて空に舞う。

 二人は朽ちかけた建物にトドメを刺し、瓦礫の山へと変えた。

「終わりかな」

 四人の前衛が全滅するのは一瞬だった。

 結果。黒岩剛、無傷。

 それを後ろから見ていた魔法担当の女性二人は攻撃魔法で追撃をかけようとしたまま固まっている。

 目の前の光景に戦慄しかなかった。

 グリフォンも飛び掛るタイミングを逸したまま戸惑っている。

「ちょ、話が違う!」

「え、確かに硬いって話だから殺すつもりの威力でいったはずだけど、薄皮一枚も切れないのはいくらなんでもおかしくない……!? 何代か前の使徒は集団で魔法を唱えさせないよう滅多打ちや滅多刺しにして殺したって記録があったのに! あれでダメならいくら続けても、あたし達じゃ傷一つ与えられる気がしないんですけどー!?」

 本来は一人目を囮にして、二人目で威力より速度優先の足止めの傷を与え、残りでトドメの一斉攻撃の連携攻撃になるはずだった。

 教会で特別な訓練を耐え抜き、選ばれた精兵たる彼女達の力なら神の加護を受けた使徒であってもダメージは避けられない。

 はずだった。

「硬すぎる……!」

「おかしい、あの使徒絶対おかしい! 物理無効の加護でもない限り、あの硬さはありえない! ていうか、魔法! 魔法は!? 玄武って水の魔法使うんじゃないの!? なんで素手!? 蛇骨(だこつ)棍はどこ!?」

 泣き言を叫んではいるが、二人共戦意はまだ衰えていないのはさすが教会が誇る精兵といったところか。

「神印は確かに玄武のものでしたわ。まさか偽の神印を刻んでまで、世界中から指名手配されたいわけでもないでしょうに……よろしい」

 パトラが虚空から武器を取り出した。

 それは白銀に輝く三日月弓。

「わたくしがお相手いたしましょう」

 蜂蜜色の三つ編みを揺らし、優雅に進み出る若き教会の雄。

「あなた達は飛ばされた四人と合流し、下がりなさい。但し、後ろの『ホワイト☆タイガー』さんが逃げようとしたら全力で足止めをするように。取り逃がしは許されませんわよ」

「し、承知致しました、隊長」

 部下の二人は黒岩剛とパトラ、両方を窺いながら慎重に動き、黒岩剛の動きが無いと見るとグリフォンに乗って跳躍した。

 その顔には悔しさがにじみ出ていた。

 同時に場に漂っていた無数の雷精も消える。

「さて、こんな低ランクの任務に失敗するわけにもいきませんわね。お覚悟はよろしいこと?」

「覚悟か……赤崎君を連れて行くと決めた時から覚悟済みだよ。僕の筋肉に賭けて、この場は僕のワガママを通させてもらうからね」

「そう。いい覚悟ですこと。『ホワイト☆タイガー』さんであれば少々惜しいとは思いますが、男のあなたであれば遠慮は無用ですわね。うふふ」

 拳を固める黒岩剛。

 筋肉に宣誓した以上、もはや彼に退路は無い。

 あるとしたら、それは死のみ。

 その絶対の覚悟を、パトラは圧倒的余裕と自信の笑みで受ける。

 己の実力、そして誇りが彼女をそう立たせているのだ。

 そしてそれは正しい。客観的に見ても彼女の使徒としての能力は世界の上位に食い込もうとしているのだから。

 本来、ここでこのような低レベルな任務をしている事こそが立場的におかしいのだから。

「月と狩猟の女神アルテミスの使徒、パトラ。ああ、我が女神よ。神を騙る異端を正す機会を与えていただいた事に感謝致しますわ」

 美しくも毒を孕んだ百合が名乗りを上げる。

 この都の勢力図を一気に揺るがしかねない一大対決が今、始まろうとしていた。







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