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「そもそも君はこっちの世界に来て何やってるんだよ! 展覧会行ったよ。『ホワイト☆タイガー』って、あれ君でしょう!」

()()()()。それは勿論、BLの尊さを皆に知らしめているのよ! おかげで固定ファンもたくさんついたし、同好の士にも認められ、今やあたしも大手の仲間入りよ! マンガって表現方法がまだ確立してなかったから、珍しさもあって第一人者になれたわ、ほーっほっほっほ! まぁまだ結構な人達には邪道扱いされてるんだけど、それでもパトロンは集まったわ!」

「……ストーリーは僕らの世界の人気作品の『リスペクト』が多かったみたいだけど」

「う……い、いいじゃない。こっちの世界の人は知らないんだから。名作をちょっとアレンジするくらい」

「コマ割とか背景とか演出は正直本家に及ばないと思ったけどね」

「ううー! し、仕方ないじゃない、元々あたしコスプレがメインで、同人暦は浅いんだから! しかもこっちの世界だと道具とか色々制限あるのよ! これでも頑張ったんだからね!」

「頑張る方向間違ってる!」

 ギャーギャー。

 二人の言い争いは過熱する一方だった。

「この街は実に素晴らしいわ。表向きは美術の都として発展しているけれど、裏ではクリエイターの皆が己のリビドーを日夜発散し、芸術へと昇華している……住人達も美術に目がなく、気に入った芸術家には惜しみない支援をしてくれるわ。そう、それが例え教会に禁止されたものであっても」

「え、大丈夫なの、それ?」

「平気よ平気。ここじゃ有名無実化してて、よっぽどの事がなければわざわざ取り締まりに来るやつなんて居ないわよ。実際、十年以上発禁物やってる人何人も知ってるけど、皆平気にしてるわよ。言うなれば、日本の二次創作みたいな扱い?」

「それ、本当に大丈夫なの……?」

 不安を隠さない彼とは対照的に彼女は自信満々だ。気にせずに続ける。

「あたしのファンは老若男女問わず集まり、ファンクラブは既に千人を超えたわ。この勢いのまま、あたしはこの街のBL界を掌握する……そしてゆくゆくはカリスマとしてこの街に腐海を広めてみせる! 同士のためにも!」

「なっ……」

「今や貴族までもがあたしの原稿を待ちわびている……それだけじゃない。世間にもっと大々的に広報し、より多くの人にこの大いなる愛(ピュアラブ)を届けることこそが、今のあたしの使命なのよ!」

 ちなみにファンクラブの男女比率はおおよそ7対3だとか。

「君は……間違っている。BLを始めとした一般的ではない性癖はあくまで身内のみで楽しむべきだ。堂々と表に出し広めるべきものじゃない」

「いいえ、それは古い考えよ」

 彼女は断罪するように言う。

「確かにTPOはわきまえるべき。けれど自分の好きな物を主張する、それはとても大事な事。BLは決して声に出す事を恥ずべき趣味ではないわ。今の時代、むしろ偏見の目で見る人こそ、理解を求めていくべきなのよ」

「なっ……」

「けれど、もうとうの昔に卒業してしまったあなただから、時代遅れの考えのままなのは仕方が無いのかもしれないわね……ふっ」

 それは勝ち誇る嘲笑ではなく、哀れみ。

 無知蒙昧の輩に啓発するが如く。

 だが黒岩剛はそれを受け入れられない。

 なぜなら――

「君に……君に、何も知らない小さい頃、母さんの部屋から大好きなゲームのセッ○ァー×エ○ガー(女装)の薄い本を見つけた時のショックが分かるか!!」

 それは小さな悲劇。

 男同士でなどと想像の枠外にあったものを目にした時の衝撃と戸惑い。

 突如現れた未知のものに対し、理解に苦しんだ。

 苦い、とても苦い思い出だった。

「それにだよ、妹が……小学生の妹が母さんの本棚に興味を持ってたみたいなんだ……あの発禁コードまみれの本を詰め込んだ棚に!」

「あ、引退前にちょこっと出ていたあの女の子? 黒岩君と二人でコスプレしてたよね」

「そうだよ……お兄ちゃんお兄ちゃんって雛のように付いてきていた可愛い妹だったのに、小学5年生に上がる前だったか、こっそり母さんの部屋に入ったりして、本棚のカギを開けて中の物を読んだりしていたみたいなんだ……」

「それは仕方がない事なのよ。世の小学生の女の子は小5くらいになったらそういう物に興味を示し始めるものなのよ。そう、それは女子として自然な事。何らおかしい事ではないのよ!」

「R18と腐向けの本を読み漁る事が……?」

「それが女の子の業なのよ……」

 二人が押し黙る。

 埋められない溝。それが二人の間に黒々と走っていた。

「僕は……やっぱり認められない。受け入れられない」

「同士だと思っていたのに……本当に残念よ」

 決裂は静かに。

 もはや交わることはないと二人は確信し、対峙する。

「玄武の弱点も、特徴も、あたしは知っている。確かにあなたは硬い。けれどあたしにはこの白虎の足と武器を作り出せる力がある。あなたの攻撃はあたしには届かない中、どこまで耐えられるかしらね!」

 再び加速する彼女。

 自らの力で作った鉄バットを片手に、残像を残して高スピードで駆け回る。

「黒岩君、あなたの非道があなたのお母さんの名誉に泥を塗る前に、あたしが止めてみせる」

 そんな悲痛な覚悟を胸に、彼女はバットを構えて叫ぶ。

「そして何より、あたしは青山涼(アオ)×赤崎蓮(アカ)派なのよ! そこにあなたが割って入る余地なんて――ない!」

 そんな爆弾発言をした。

 なお『アオ×アカ』とはカップリング用語である。本来×の前後は男女であるべきなのだが、両方男子なのは気にしてはいけない。

 そして×の前がフォワード的な意味だとか、後がディフェンス的な意味があるとかはもっと気にしなくていい事だ。

「君みたいな人がいるから…………子供の健全な成長に悪影響を与えるんだ!」

「黙りなさい、性癖を否定して人類の発展は無いわ!」

「くっ――!?」

「なんか知らねーけど、黒岩のヤツが劣勢なのか? いいぞ、もっとやっちまえ!」

 後ろから無邪気な歓声を送る赤崎蓮。彼は良くわかっていない。

「――」

「――」

 白野珠は己が正義のため、鉄バットを振り上げる。

 黒岩剛は静かに佇む。ただ彼女の暴走を止める決意を胸に秘めて。

 そして二人は――

「ちょ――――ッとお待ちなさいっ!」

 突如の第三者の叫び声が二人を止めた。

「!?」

 声は上からだった。

 その場の4人が揃って空を見上げると、空から巨体の影が。

「あれは……」

「グリフォン?」

 獅子の体躯とワシの頭と翼。グリフォンという魔獣だ。

 その数、7影。

 その魔獣の上には若い女性らが乗っていた。全員が同じ服を着ている。

 黒岩剛と白野珠、二人からやや離れた位置に降り立つと、彼女らは一糸乱れぬ動きで整列する。

 その間から一人の女性が進み出てきた。

「話は聞かせてもらいましたわ。BLなど非生産なもの、このわたくしが許しません!」

「何奴!?」

「教会所属の使徒ですわ。この国担当のパトラと申します、『ホワイト☆タイガー』さん」

 優雅に一礼。

 パトラと名乗った女性は若く、十代後半くらいに見えた。

 蜂蜜色の髪を一本の三つ編みにしており、そのバイオレットの瞳は揺るぎ無き敵意を秘めていた。

「君は……女子だよね。それなのにBLを否定するというの?」

「ふっ。女だからって一緒にしないで欲しいですわ。女にもBLや腐女子を嫌う派閥がありますの。皆がみんな、BLが好きというわけではないのです」

「そ、そうなんだ」

「そうよ! BLより可愛い女の子同士の方が遥かに尊いと決まっていますわ!」

「……うん?」

「野郎どものくんずほぐれつなんて汚らわしい。むさ苦しいったらありませんわ。それに比べ、女の子同士なら目にも優しい。匂いもフローラル。いい事ずくめ!」

 ※あくまで個人の意見です。

「……あっ、もしかして……」

「そう、わたくしは誇り高き百合ですわ!」

 こいつもダメだった。

 百合、それ即ちGL(ガールズラブ)

 女の子と女の子同士が好き合う――以下略。

「まあ隊長は神様が神様の使徒だから百合なのは仕方ないんですけどね……」

「男と一回でも一線越えると力が半減どころじゃないもんね……」

「あたし達メンバーも隊長の趣味と実益兼ねて選ばれてるっていうのがね……」

「私、ノーマルなんですけどー……異動願、早く受理されてくんないかなー」

 後ろで整列している女性達が肩を落としたりしながら、そんな事を小声で言い合っている。

「そして『ホワイト☆タイガー』さんにはこちらの名前の方が通りがよろしいでしょうか。謎の覆面作家『月光マスク』と……」

「なっ!? あ、あなたがそうだって言うの……?」

「ええ。百合作家暦10年のエリートにして、この国、いえこの世界の百合界の看板を背負って立つ『GLクイーン』とは――わたくしの事ですわ!」

「――こ、これはこれは……こんな思いがけない所で超ド級作家様のご登場とは……!」

 唾を飲み、額に浮かぶ汗を拭う白野珠は戦慄を露にした。

 世界最高の芸術の国、第六球(ティフェレト)。その中で最先端の美を追求してきた大都市パルメラ。

 世界中の美術家達がこぞって集まり、日夜研鑽するのがこの都。

 ひしめく一流達の中でトップの名声を得るという事は、世界最高峰の芸術家の証に他ならない。

 つまり、全世界の百合界の頂点に立つ者の一人こそが……目の前にいる彼女なのだ。

薔薇(BL)界の総人口を大きく上回る勢力の百合(GL)界、いつか倒すべき存在の一人としてその名を知ってはいたけれど……そのトップがまさかのお出ましなんて!」

「わたくし達は可愛いものが好きなだけ。そう、可愛いは正義よ! 百合なら男にも受け入れられる! 男も女も、可愛い女の子は大好きだもの! 所詮女性の一部と男性の極々一部しか受け入れられていないBLとは勢力も規模も格式も違うのよ! 百合こそが文化の覇者にふさわしい! おーっほっほっほ!」

 突如割って入ってきたのは女性同士のカップリングをこよなく愛するGL、百合の者だった。

 新たな第三勢力の登場に、場は更に混迷の度合いを深める――!

 もうこの国はダメかもしらんね。







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