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 ――懐かしい夢を見た。

 子供の頃、彼は毎年決まった時期になると父に連れられて大きな建物に行っていた。

 母は先に会場に入り、父と彼は遅れてやって来る。

 砂糖に群がる蟻のように列を作った婦女子が次々に押し寄せ、小さな冊子を手に嬉しそうな顔をして帰って行く。それらとすれ違いながら、彼は建物へと入っていった。

 そこでは母親と小さな彼は人気者だった。

 彼は少し変わった綺麗な服を着せられ、短い間だけだが屋外に出て周りの女性に言われるままたどたどしくポーズを取ったりしていた。

 その度にカメラのシャッターが切られ、黄色い歓声が上がる。

 男物の服の時があれば、女物の服を着せられた時もあった。

 そんな――今となっては心の奥底に鍵をかけて忘却したはずの過去の夢だった。


 ★★★☆☆☆


 クリスの散歩に出た二人と一体は、やはりというか、数々の不幸に見舞われた。

 例えば――


「バウワウ!!」

「お、でっかい犬だか狼だかがこっち全速力で来てんぞ。シベリアンハスキーみたいなやつだな」

「そうだね。飼い主は……近くにはいないのかな? もしかして野良犬?」

 大型犬は他の人など見向きもせず、通りを疾走する。

 人々は慌てて横に避けていた。

 そして大型犬は真っ直ぐ黒岩剛目掛けて飛びかかろうとし――

「……」

 ギロリ。

「ヒャインヒャイン!」

 クリスが目を向けた途端、大型犬はUターンして尻尾を巻いて逃げ出した。

「あれ、急にどうしちゃったんだろう」

「オレが知るかよ」

「フンッ」


 例えば――


「あっ、危ない!」

 乱雑に積み上げられていた大きな石材、それを縛っていた縄にどこからともなく火の粉が降りかかり、燃え上がる。縄が石材の重みに耐えられなくなり、近くにいた黒岩剛目掛けて雪崩れ落ちてきた。

「おっと」

 あわやペシャンコ、かと思われたがそこは玄武の使徒。石材が全て転がり落ちた真ん中にピンピンしている。

「危ないなぁ」

「ふー。こいつを盾にしたおかげで助かったぜ。いや、これマジいい盾だな!」

「まぁ……いいけどね。その様子だと赤崎君もケガは無さそうだね。クリスも……」

 クリスは軽く鼻を鳴らす。

 あんなトロい物に下敷きにされるわけないでしょ、と言わんばかりに。

「大丈夫だね。うーん、近くに所有者はいなさそうだし、後から来る人の邪魔になりそうだから片付けておこうか」

 人が両手を一杯に広げるくらい大きい石を、ひょいひょいっと積み重ねていく。

 今度は崩れないようしっかり積み上げて、彼らは何事も無かったかのように去っていった。


 例えば――


「おうおうニーチャンよー。ちょっと金貸してくんねー?」

「そのとぼけた面見てっとムカつくんだよー、オラァ」

 いきなり何故か怖いニーチャン達に囲まれ、メンチを切られてきた。

「はい、赤崎君赤崎君。出番だよ」

「おいコラテメエ。そりゃどういう意味だ」

「だってこういうのすごく得意そうだし……」

「ァアン! テメエら何ゴチャゴチャ言ってんだゥラァアアアン!?」

「あーもううっせえ!」

 ハイキックとチンピラキックであっという間に一掃。周りには悶絶するニーチャン達。

「くそ、あまりの鬱陶しさに思わず足が出ちまった……けっ、これでいいんだろ。ほら、とっとと行けよ」

「さすが赤崎君。鮮やかなお手並みだね」

「ケーン」

「あっ、クリス一人であまり先に行っちゃダメだよ」

 クリスだけは眼中にないままトコトコ先に進んでいる。

 彼女の後を二人は何事もなかったかのように追っていった。


 ……訂正。不幸に見舞われそうになった。

「さて、大体周辺の地理は分かったし、そろそろ戻ろうかクリス」

 フリフリ。

 尻尾が左右に動いた。それで散歩は終わりだった。

 赤崎蓮は終始つまらなそうについて来ている、かと思いきや意外と街の見物を楽しんでいたようで、宿に帰るのを少し残念がっていた。

「まぁ、まだ体を休めるために数日滞在するつもりだし、見たい所があるならまた明日にでも行こうよ」

「テメーと一緒にっていうのが一番のマイナスポイントなんだけどな」

「そこは我慢してね。僕はまだ見張る責任があるから」

「ケッ」

 いつもの悪態もどこか毒が抜けているように感じられた。

「にしても……結構紙って普及してるんだね」

 道行く人の中には革と紐で綴られた本を読みながら歩いていたり、店先で一ページごとに文字の彫られた金属製ハンコのような物を並べて、写本に精を出してる妖精の光景があった。

「ああそれな。ずっと前、誰かが和紙の作り方を教えたんだとよ。で、錬金術師とかが研究重ねて、ゴーレムとか小妖精とか使って滅茶苦茶作りまくってるんだとかいう話だぜ。この世界の植物、すっげえ速度で成長やら再生やらするし」

「ふぅん。活版印刷も発達してるみたいだね。誰でも文字が読めるこの世界だと普及が速かったんだろうね」

「……? 文字が読める事と紙との普及とどう関係あんだよ?」

「……逆に、文字を読み書きする人が少なかったら紙もあんまり使う人いないよね。使う人がいればいるだけ、たくさん紙も必要になってくるし、紙はあらゆる所で使える優秀な伝達手段の一つだから、もし安価に大量生産できるとしたら爆発的に普及するはずだよ」

「? ……………………ふーん。おっ、あっちで可愛い女の子が弾き語りしてるぜ。よし、ちょっと聴いて行こうぜ」

「もう、少しだけだよ」

 そんな風に宿に戻る道すがら、ふと黒岩剛の足が止まる。

「……これは」

 とある建物の庭で大勢の若者達が半裸姿で大きな粘土をこねくり回していた。

 粘土は人やモンスターの足、腕、頭などを形作っており、数人ごとのグループに分かれて一体のブロンズ像を作っていた。

 それだけなら黒岩剛も足を止めたりはしない。

 彼が強く目を惹かれたのは、一体の人物像。

 その台座に刻まれた名前。

「……アカザキ・レン……どうして……?」

「あん? どーした? この像のファンかい? 男のファンは珍しいみたいだが」

 像を作っていた一人が手を休めて聞いてくる。

「ファン? いや、あの、すみません」

「おう、なんだいニーチャン」

「その像、そのモデルは一体どこから?」

「あーん? 知らねえのか? 数年前くらいから女どもに人気の絵画、絵と文字を一枚の画にたくさん描いた――マンガって言うらしいんだが、そいつのモデルだよ。熱心なファンの金持ちさんから作ってくれって依頼があってなぁ。なんでもアカザキ・レンとアオヤマ・リョウの活躍を描いたヒロイックサーガらしいぞ」

 いくつか聞き逃せない単語があった。

「おーい、どうした? いきなり止まんなよ」

 急に立ち止まった彼らに、不満そうな顔をした赤崎蓮が戻って来る。

 どうやら目の前の像が自分と同じ名前の何者かをモデルにした物だと気付いていないらしい。

「確かに……よく見てみると、全体的には似てない……というかちょっと美形化してるけど、赤崎君の特徴は出てる。野性味がある所とか、髪型とか」

 同姓同名の別人と考えるには少し難しい。それも、同じクラスメートで、赤崎蓮と仲が良かった青山涼の名前もあるなら尚更だ。

「……」

 まさか、という思い。

「すいません。そのマンガとやらはどこで見れますか?」

「それならちょうど今、美術展覧会やってるぜ。一人の芸術家が描いたたくさんの絵が順番に飾られて、それをやって来た皆が決められたルートに沿って見て行くってー風変わりな展覧会だ。昔は裏通りの奥で小さくやってたって話だが、えらく出世したもんだ。おっと、場所は……」

 教えてもらった行先は、メインストリートから外れた奥の奥、隠れ家みたいな場所にある美術館らしかった。

「ありがとうございます」

「おーい、その像がどうした?」

「ううん、なんでもない。それより赤崎君これからちょっと寄り道していいかな。気になる事があるんだ」

「はぁ?」

 半ば強引に進路変更。教えられた建物を目指す。

 道を進むにつれ、同じ方角に向かう人が増えてきた。

 中央から離れ、やや寂れた雰囲気のあるストリートであるにも関わらず、だ。

 それも女性の姿を多く見かけるようになった。

 デジャブ。

 黒岩剛の嫌な予感が膨れ上がっていく。

 そして彼は建物の前に立つ。

 一種異様な熱気に包まれた建物は、大勢の女性と一部の男性で賑わっていた。

「なーおい、ここに何の用があんだよ」

「くぅん?」

 不思議そうな一人と一体。

「……もしかしたら、この中に僕達のクラスメイトに関係する何かがあるかもしれないんだ」

「おっ、マジか? 涼のヤツまったく行方が分からなかったからな、アイツだとマジ嬉しいぜー。一番のダチだしな」

「いや……たぶん、女子だよ。それも数年前にここで活動していたみたいだ」

「なーんだ」

 最上小鳥の安否が判明している以上、赤崎蓮にとって他にこれといって特段気にかける女子はいない。

 仲間だった内藤芽亞が行方不明である事が気がかりと言えば気がかりだったが、今回のは数年前の話だという。当時彼女はずっと赤崎蓮と一緒だった。彼女の事ではないだろう。

「入れるかな?」

「おいおい、あの女ばっかの人ごみの中に行くのかよ。勘弁しろよ。行きたくねーぞ」

「じゃあ赤崎君はクリスとここで待ってて。クリス、見張りお願いできるかな」

 尻尾がふりふり。YES。

「ありがとう。じゃあ少しの間お願い。何かあったら吠えてね。すぐ戻るから」

「くぅん」

「はい、赤崎君。これでクリスと何か食べながら待ってて」

「ガキの駄賃かよ……まぁいいや。少し喉渇いてたしな。おら、来いチビ助」

「……」

 ザクー。

「うお!? おい、こいつ引っ掻きやがったぞ! あっ、こいつ金咥えて奪いやがった、テメエ何勝手に店に行こうとしてんだ! そっちよりこっちの店の方がいいに決まって――」

「二人とも、仲良くねー」

 そして黒岩剛は一人、建物の入り口へと向かった。

 列に並んで料金を支払い、中へと入っていく。

 中は採光のための窓が壁や天井にあり明るかった。要所要所には魔法の明かりが灯っている。

 そこには壁や仕切り板にたくさんの絵、いや『マンガ』が一ページずつ貼り付けられていた。

 作品が三つに分かれているらしく、いきなり人の流れが三つに分かれていた。

「とりあえず……最初に説明された通り、初めての人おすすめのコースから行こう」

 一枚目。そこにはタイトルと扉絵があった。

 そこにはこの世界の服装をした鋭い眼光をした赤崎蓮と、その胸に抱かれ絡み合うクールなイケメンの青山涼の姿があった。何故か。

 無論二人とも男である。

 そして、やけに……そう、耽美的な男子として描かれていた。







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