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「何だよこれ!」

「知るかよ!」

「どうしよう、ねえどうしよう!?」

「バスは! バスはどこ!? ここ京都だよね!?」

「なんかワープキターーーーー!!」

「ちょ、ケータイ、スマホ繋がらねえ! 電波無しってどこだよここ!」

「なにー? うるさいにゃぁ……まだホテル着いてにゃいのぉ……?」

「またか! またこのパターンかこのクソッタレ!!」

「やれやれ……随分と騒々しいな」

「あかりちゃーん! あかりちゃーん、どこぉー? あっ、いたぁ! よかったあああ。うわああああん!」

「みきっちー! 心配したよー! よかったー、一緒だった!」

 最初はパニックだった。

 とにかく親しい友人の顔を捜し、無事を喜び合う。そしてその後は不可解な現状確認だ。

 京都への修学旅行中、ホテルに向かってバスの中にいたはずだった。

 覚えているのは乗っていたバスに、交差点でトラックが突っ込んできた事。

 そして星のない宇宙のような空間で、変な小動物らが現れた事。

 気がつけば、ここにいたこと。

 これが彼らの分かる全てだった。

 一種の恐慌状態の中、人の輪から離れていた黒岩剛は目が覚めてからずっと身体に異常を覚えていた。

「な、なんかすっごく体が重い……なんで?」

 まるで体が石や鉛になったかのようにズシリと重力が倍になったように感じるのだ。

 一歩、足を持ち上げるのにも意識して力を入れないとダメで、もし今のまま走っても全速の半分も出せないだろう。

「こんなになってるのって僕だけ……? そういえば、ゲンブの加護とか……ゲンブ……亀……玄武!?」

 ライトノベルやマンガが好きな彼は中学二年を目前にした男子。こういう四天王とか二大巨頭とか最強とかいうキーワードに痺れと憧れを感じちゃうお年頃。ネットで単語をググれば芋蔓方式でずるずると色んな単語が出てくるので、中国の四神と呼ばれる神の事も概要だけは覚えていた。

「まさかこれが……玄武の加護?」

 胸で高まるロマンの波。頬がわずかに紅潮するが、すぐに引いていってしまった。

「でもこれって加護っていうより呪いじゃあ……動き難いし」

 目に見えるほど肩を落とす。

 それからふと、自分には玄武と思わしき亀みたいなのが近づいてきていたが、他にも数人ほど似たような目にあったはずと思いなおして辺りを見渡した。

 するとやはり一人を除いて五人が何らかの異常を抱えていた。

 だが、その異常さは黒岩剛とはベクトルが明らかに違っていた。

「すっげえ……これが朱雀かぁ」

 背から1mにも満たないくらいの炎の翼を出して、調子を確かめるように10cmほど宙に浮いているのは赤崎蓮。手からはガスバーナーのように真っ赤な炎が勢いよく噴出している。それを前にしている赤崎蓮自身は火の耐性があるのか、まったく熱を感じていなかった。

 なんどか宙に浮く感覚を確かめていた赤碕は、やがて満面の笑みを浮かべて勢いよく空へと飛び上がっていった。

 墜落死の危険も顧みず、突然得た力に夢中になってどんどん空へと上昇する。辺りにおっかなそうな怪物がいない事を確認し、ちょっと上空の強い風に流されかけたりもしたが、翼を色々と動かしてどう動くかを試し、満足して再び地上に降り立った。

「帰ったぜー」

「すげーすげーアカ君すげーよ! って、あちっ!」

「あ、わりーわりー。今消すわ……こうかな? 違うか、んん……こんな感じか?」

「お。火の翼が消えた。ねえねえその翼どんな感じなん?」

「なんかさー、背中に新しい感覚があるんだわ。それに力入れるとさっきみたいに翼が広がる感じでさー。あ、最上ちゃん見てた見てた? 俺格好いい? 格好いい?」

「うん、わたしすっごくびっくりしちゃった……」

「なんでもあの鳥みたいなのが言うには、これが朱雀の加護だって! 空を自由に飛べるってさ! 今度うまく火加減調整できるようになったら一緒に空飛ぼうよ! ね、いいでしょ! 絶対楽しいって!」

 あっと言う間に仲のいい男女クラスメイト十人以上に囲まれる赤崎蓮。

 よっぽど未知の体験に興奮しているのか、前のめりになって今にも女子に抱きつきかねないくらいだ。

 また他にも女子の白野珠も数人の友人の女子に囲まれていた。

「あたしは白虎っていう猫みたいなののカゴっていうの? なんだけど……足がすっごく軽いの。ほら、見て! たったの二歩で50mくらいいけたよ! うわーうわー。なにこれー! しかも銅とか鉄とか操れるってさ!」

 そう言ってソフトボール部の彼女は手の平から中身の詰まった金属バットみたいな鉄塊を創ってみせた。

 他には青山涼という男子も。

「僕は青竜だね。蓮と同じで空を飛べる。ん……ちょっと飛ぶ時のコントロールが難しいな。蓮みたいにはいかないや。そして……雷や植物が操れるみたい。こんな風に、ね」

 弾くような耳をつんざく激しい音と共に、涼の手の上に稲光と共に稲妻が駆け巡っている。更にその足元では草が異常な速度でその背丈を伸ばしていた。

 残りの黄田豪一郎や金子燐も似たようなものだ。黄田豪一郎は黄竜、金子燐は麒麟だった。

 ただ、唯一クラスに馴染もうとせずにおっかない不良と見られている万天院(ばんてんいん)(よろず)だけは、いつの間にか一人この場から姿を消していた。

 元々集団行動を好まず、修学旅行の班員からも腫れ物扱いしてされていたのだ。生徒達は戸惑いながらも「勝手な行動するやつが悪い」という結論で落ち着いた。

「そっかぁ……僕だけこんなか……皆いいなぁ。なんだよ玄武って……考えてみたらマンガとかでも朱雀とかに比べたら魅力ないし、雑魚だし……」

 一人、親しい友達もおらず、かといって輪に入る勇気もなくポツンと所在なさげに突っ立っていた時だった。

「あ、確か黒岩くんもだったよね」

「え?」

 隣の席だった最上小鳥が唐突に話を振ってきて、思わず黒岩剛はうろたえた。

「黒岩くんも、あの時、真っ黒な所で何かいたよね」

「う、うん。そうだけど……」

 いきなり周囲から視線を浴びせられ、しかもクラスでも可愛いと男子に評判の女子に距離を詰められ、少年はただただ硬直するしかなかった。

 間近で見る、その小動物のように可愛らしい笑顔と無邪気さに慣れない黒岩剛はついドギマギしてしまう。背中にじっとりと汗が滲んできた。

 それにしても、と思う。

「最上さん、見てたんだ……」

 誰も気付いていない、誰も自分の事を見ていないと思っていただけに、なんだかこそばゆい感じがして顔が緩みそうになるのを必死で抑える。

「へー。黒岩くんは首に亀の刺青みたいなのがあるね。赤崎くんは左手で、青山くんは額なんだって」

「そ、そんなのあるの? 見えない……」

「うん。ほら……鏡。どう、見えるかな?」

「あ、あった……へえ、こんなのできてたんだ」

 手早く取り出してくれた手鏡を覗き込む。

「って、これまんまキトラ古墳の壁画のやつじゃないか……」

 首には小さく玄武の姿を模した印が浮かび上がっていた。

「あ、ありがとう最上さん、もういいよ」

「そう?」

「小鳥ー。ちょっとー」

「あ、ほら呼んでるよ」

「うん。あかりちゃんが呼んでるから行くね」

「う、うん……」

 小走りで駆けて行く彼女をポツンと見送る。背中で三つ編みの長髪が揺れていた。

 やがて喧騒と熱が引いていった後に残るのは不安だった。

 年長たる教師はいない。いるのはクラスメイトだけ。

「とにかく、ここにいても仕方ないし、移動しようよ。喉が渇いてるやつもいるから水も探さないと……」

 誰が停滞した空気を打破するのか、牽制し合っていた所に口を開いたのはクラスでも音頭を取る事の多いリーダー格の一人、青山涼だった。

「でもさ、遭難しないかな……ほら、よく言うじゃん。歩き回って余計に遭難するって話」

「いや俺ら、元々迷子……じゃなくて遭難してるようなもんだし……」

 隣の顔を伺うばかりで中々行動に移せないクラスメイト達。

 そこに一つ、手を叩く音が大きく響いた。

「よし、待ってろ!」

 赤崎蓮だった。彼は再び火の翼を出して火の玉のように大空へと飛び立ち、ぐるりと小さく円を描くように回って降りてきた。

「空から見えた。太陽の方向は地平線まで樹海が広がってるけど、その反対側は平野になってて、町みたいなのがあったぞ!」

「本当!?」

「よかった。恐竜時代じゃなくて、ちゃんと文明があるんだ!」

「けど、言葉通じるのかしら……」

「このままここにいたってどうしようもないだろ……何が食べれるのかすら分かんねーんだぜ……?」

「そうだよな。とにかく、いつまでもここにいたってしょうがねぇ。まずは下りようぜ」

 ようやく意見がまとまり始め、多少は明るい空気が戻ってきた。

「ところで町とやらの文明のレベルはどうだった?」

「涼、レベルって?」

「……家とかどうだった? 弥生時代みたいな木と藁でできた家だった? それともレンガ作り? まさか車が空を飛んでたりする超ハイテクじゃないよな?」

「あー、あぁ。なんか煙突とかあって、こう、ぐるりと赤茶色の壁が二重三重に町を囲んでたな。その中にギッシリと家みたいなのが詰まってる感じ」

「煙突……日本の可能性は低くなったね……まさか外国にワープ? それとも……タイムワープとか……? ああ、そもそもあの遠くに見える不可解なモンスターみたいなのがいる時点でもう、地球じゃないか……」

「あと俺らと町との間にものすっげえごっつい基地みたいな建物もあったな」

「……まさかその町、国境か? だとしたら警備が厳重なはずだ……ちょっとマズイかもな。町に入れないかもしれない」

 青山涼はその言葉は自らの胸の内だけに留めた。折角ようやく軽くなった空気を、またここで重くしてもなんらプラスにならないと判断しての事だ。

 そして方針と向かうべき方角も決まったところで、彼らは移動すべく荷物をまとめ始めた。

 なおも家に帰りたいと泣き出す女子。

 ここから動きたくないと膝を抱えて抵抗する男子。

 それら皆を青山らがなんとか宥めすかし、ようやくして一行は山を下り始める。

「皆、心配するなって。見たところ、でっかい怪物は遠くにしか見かけないし、狼くらいなら俺らで追い払えるって! なあ皆!」

 自信家な赤崎蓮のその掛け声にめいめいが返事をするなり頷くなりする、特異の能力を得た五人。

 玄武の力を得た黒岩剛もまた、己の行動を縛る体の重さに辟易しながらも気弱に頷くだけだった。







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