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(さて……このままじゃ勝てる気がしねーな)

 夜、寝る前の一時、赤崎蓮は考えていた。

(朱の右翼や火の鳥は既に通じねぇ。紅の左翼と白尾炎も無理だろうな……どうすっか……)

 まず、彼我の差を整理する。

(オレのスタイルは炎の遠距離と剣、翼で飛ぶ事。アイツは殴りだけっぽいな。あと滅茶苦茶硬ぇ。あ、いやなんか見えない衝撃波みたいなのを最後、出してたな。飛び道具もあり、か。一番の問題は、あのクソ亀が硬すぎる事だ。はぐれ○タルかよ。あんなすばしっこくはねーけどな)

 やはりノーダメージが一番の問題であると結論付けた彼は、続いてその対処法に考えをシフトさせる。

(くそっ………………硬いヤツの攻略法、もっと朱の右翼で出す炎の小鳥の数を増やしてみるか? チビチビでもダメージを与え続けて……いや、それよりも一点突破? レーザーみたいな技開発するか? 弱点を探す? どこか硬くない場所やタイミングがあるかもしれねえか? それなら、これから探していけばいいか。他は……他は……炎の剣の力をもっとパワーアップさせて、斬れるようにまでするか? いくらなんでも硬さには限界があるはずだ。オレの力が足りないだけで、きっとカスリ傷一つ負わせられるようになれさえすれば、それがあいつのガードの限界のはず……)

 あれこれと考えるが、一つだけ言えるのは。

(どっちにしろ、今のままじゃ勝てねぇ……オレがもっと強くならない限り……)

 そうして翌日、彼は挑む。

 黒岩剛の手から逃れるその日まで、何度でも。

 疲れ果てるまで、全力で挑み続ける。


 ★★★☆☆☆


「あ、見えたね。あそこが第六球(ティフェレト)の国、第二の都市だよ、きっと」

 一行がティフェレトに入っていくつかの村や町を経由した先で、この国有数の規模と発展を誇る都市が目に入ってきた。

 地平線まで続く街はあまりにも広大で、その中で活動する人々の数も多かった。

 特に真っ先に目を惹くのが建物や彫刻だ。

 非常に凝った繊細な彫り物が街中いたる所に見られ、豪華絢爛に彩られている。

 左右対称は当たり前。色も豊富で実に多彩だ。

 規則正しく図形を並べて描かれた壁画があれば、オセロのような白黒の四角い大理石が広場の地面に敷き詰められている。

 シャープな尖塔、優美なアーチ門、力強い大きな怪鳥の彫刻、今にも動き出しそうな躍動感溢れる人物像。

 そう、ここは芸術の都。

 音楽と演芸の都である首都ティフェレト、文芸の都である第三の大都市フィレニア、それらと並び美術の都と呼ばれる第二の大都市パルメラ。

 黒岩剛らは長旅の中、大都市に足を踏み入れた。

「門の外で金貨二枚を両替してもらったけど、銀貨と銅貨の数はこれだけあれば足りるよね、赤崎君?」

「2,3日滞在するくらいなら多すぎるくらいだ、このバカ。あと、両替商はキチンと選びやがれ。手数料ぼったくられそうになりやがって。どこの世間知らずのおぼっちゃんだよ。テメーの金なくなるとオレも一緒に生活グレード落とさなきゃならなくなっちまうだろーが」

「ご、ごめん……」

 シュンとした黒岩剛の姿に、ちょっとばかり胸がスカっとして上機嫌な赤崎蓮。

 一方、肩の上のクリスはムッとした目で赤崎蓮を睨んでいた。

「一先ず宿を探そうか。確かこっちの路にあるって両替商さんが……」

「あー、疲れたー。道中の村とかは宿一軒だけっていうのがザラだったから仕方ないにしろ、こんな大きな街でノミだらけのシーツの宿は勘弁しろよー、金はあるんだから、ちゃんとした所に行けよな」

「うん、分かったよ」

 なお、ノミだらけのシーツであっても赤崎蓮は自分の炎の力で熱風を送り、殺虫している。自分のシーツだけだが。

 片や樹海で四年サバイバルで過ごした黒岩剛は、今更ノミ如きでは気にもならない。というかノミでは彼の表皮を刺せない。せめて最低人間大の大きさになって出直してくるべきであろう。

「へぇ、こっちは物がたくさん売ってあるね」

「そりゃな。この国どころか、世界でも上位の発展レベルの街なんだぜ。繁盛してるに決まってるだろ」

 露店商たちの呼び込み声。

 大道芸人のパフォーマンスや男達の怒声、女性の笑い声が街の各所から届いてくる。

 石材を削るノミと金槌の音。

 広場では大勢の子供達が布にめいめい描きたい物や者をスケッチしている。

 レンガ製の二階建てアパートメントがズラリと立ち並び、色形様々な煙突が突き出ていた。

「うーん、宿屋宿屋……とりあえず食堂付きはあるかな? ね、クリスは今晩何を食べたい? お肉?」

「……」

 盛り上がった肩近くの僧帽筋に乗っかっているクリスは尻尾を左右にフリフリ。

「お肉だね。じゃあ……少し何か買っていこうか。あの中のどれがいい?」

 黒岩剛が指した先には太く長い肉の腸詰(ウィンナー)がズラリと店の軒先にぶら下がっていた。その隣には絞めた鶏を焼いている店。その更に隣には羊の腿焼きが。

 クリスの視線が二度三度と左右行き来し、やがて羊の骨付き肉で止まった。

 スンスンと鼻を鳴らして。

「くぅん」

「それだね。おばさん、すいませんけどそれ三本ください」

「あいよ。持ってきな」

「ありがとう。はいクリス」

「ケーン」

 嬉しそうに肉を口に咥え、肩から地面に華麗に降り立つ。

 尻尾が小さく揺れていた。

「はい、こっちは赤崎君」

「あん? オレもかよ……チッ、まあいいか、もらっといてやるよ」

 その言い様に、特に思うところもなく黒岩剛は骨付き肉を素直に渡してまた宿探しに戻ろうとした。

 ザワ……

 その時、何かが反応した。

「?」

 敏感に空気の変化を察知した黒岩剛は、周囲から向けられる幾人かの視線を感じ取った。

(敵意……じゃないね。この周りの顔色、警戒でもない…………好奇、かな?)

 言葉か、行動か、それ以外の何かか。

 引き金は不明だが、確実に彼らは注目されていた。

”……”

 行き交う人並みの中、何人かが足を止めて一行を見た後、隣の友人らしき人物と囁き合う。

”えー……”

”……やっぱり……”

 どうにもこうにも、やはり邪気は感じない。

「何だろう、僕の格好が変なのかな?」

「そりゃあな。そんな金のマントなんて羽織ってるやつ、悪趣味としか思えねーよ。目立って当然だろうが」

「うーん、丸めて背負っちゃおうかなぁ」

 そんなこんなしている内に、無遠慮な視線は霧散していた。

「なんだったんだろ……?」

 小さく首を傾げながら、一行は宿探しを再開した。


 道行く人に尋ねていくつかの宿を渡り、やがて紺碧の夜明け亭という名前の宿に辿り着いた。

 中々広い宿で、一階が食堂になっており、昼も過ぎたあたりだというのにテーブルには博打(ばくち)やエールを片手に大人がわいわいやっている。

 店内は片付いており、掃除も行き届いているように見えた。客層も極端にガラの悪そうな人はいない。

 早速奥にいる店の者、やって来た若い女将に宿について色々と聞いてみた。

「……中々清潔そうな所だね。個室、食堂有りで朝食も付けるって言うし、ここでいいんじゃないかな? 何より僕の体重でも壊れなさそうだし」

「そうだな。ま、ここで我慢してやっか。あー、領主の館はもっと快適だったのによー」

「それは町の人達に迷惑をかけた上での事でしょ。もうそんな生活はダメだよ」

「ちっ。わーったわーったよ」

 金を支払って若い女将に名前を告げる。

「黒岩剛と赤崎蓮、あと子狐のクリスです」

「はい。黒岩さんに赤崎さん……えっ!?」

 息を飲む音。

 変わる顔色。

 さっき、外で感じたものと同質の空気の変化だ。

 だが今回はさっきとは違い、周囲に変化はない。あくまで若女将だけだ。

 そして今回新たに一つ、分かった事がある。

 若女将は赤崎蓮をマジマジと見つめていた。驚いたように手を口に当てて。

(……もしかして赤崎君、他所の国でも暴れてた? この近辺で指名手配されてる?)

 赤崎蓮が悪事を働いていたのは第八球(ホド)の国だけで、その隣国であるティフェレトに入れば衛兵などに見咎められる事も無いだろうと考えていたのだが。

 ただ彼が気になるのは、若女将に怯えの色がなかった事。

「というわけで、赤崎君、念のために聞くけど心当たりは?」

 あてがわれた部屋に入ってすぐ、彼は問い詰めた。

「何もしてねーよ! ふっざけんな! オレはこの街はおろか、この国にすら入った事はねぇ!!」

「やっぱり、そうなの?」

「そーだよ。オレはずっとホドの国で最上(もがみ)ちゃん探してたっつーの。ったく、とんだ濡れ衣だぜ。なんでもかんでも怪しい事は全部オレのせいってか? ひでーヤロウだぜ」

「そ、それはごめん。でも、じゃあなんで赤崎君だけあんな……?」

「知らねーよ。マジで。オレが聞きたいくらいだぜ」

「うーん、こうなったら直接聞いてみようかな……?」

「そーしろ。それが手っ取り早いだろ」

「そうだね」

 階下に下りてみたが若女将さんはいなかった。代わりに一人の青年が客の応対をしていた。

 試しに彼に赤崎蓮の事を何か知っているのか聞いてみたが、怪訝そうな顔で首を横に振るだけだった。

 収穫が無かった事に少し落胆しながら、エールを勧めてくる彼をやんわり断って外に出る。

「分からなかったね。まあ夜なら若女将さんいるみたいだし、その時にまた聞いてみよう」

「チッ、面倒くせぇな……」

「じゃ、クリス散歩行こっか」

「ケーン」

 宿の前から二人と一体が歩き出す。

 その時、横殴りの突風が駆け抜ける。それは一行を直撃し、赤崎蓮だけが思わず足をふらつかせる。

 そして風切り音――

「っと」

 ガチャン。

 上から降ってきた何かを黒岩剛はクリスと共に小さく跳んで避ける。

 地面に割れた土器の破片が散らばり、中心部には大量の土の山ができていた。

「……壷?」

 どうやら土を大量に詰めていた壷が落ちてきたらしい。

 宿の屋根を見上げる。

 誰もいない。

「……」

 だが黒岩剛は確かに耳で、鼻で、肌で感じていた。

 屋根に誰かがいた、と。

 もし、普通の人であればあの突風でよろけて、壷の直撃は避けられなかっただろう。

「……」

 微かな悪意。害意。

 即座に屋根に跳び上がって探す事もできた。

 ただ、彼にとってはまだ子供のイタズラレベルでしかないため、今回は止めておいた。彼の重量だと飛び乗った時に宿の屋根が崩落しかねないという事情もある。

 ただ、この街で何かが動いている。

 美術の都パルメラ。

 美を探究する者達が集う街。

 それは決して綺麗ごとでは済まず、長年数多の才能が欲望をぶつけ合っている地だ。

 そんな街に彼らは立っていた。








なお、炎で包み囲んで酸素を消費し、窒息させる類の方法は思いつかない模様。


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