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解放五日目。
赤崎蓮のストレスはうなぎのぼりだった。
メシはマズイわ、逃げようとしても連れ戻されるわ、牛歩戦術を使おうとすると簀巻きにして担がれるわ、能天気マッチョは見ててイラつくわ。
町に置き去りにしてきた仲間達も心配だし、無理矢理付き合わされる旅など何も楽しくはない。
「よし、やるぞ。今度は一目散に逃げてやる。下手にまたアイツにちょっかいかけて自爆することはない。ひたすら速く、飛ぶ。それでオサラバだ」
もう一矢報いる事も諦めた。ただ自由になりたい、そんな一心だった。
二人と一体は今、通常の道を外れた近道ルートの雑木林の中を進んでいる。
普通、方向感覚が狂いそうなのだが、黒岩剛とその隣を小走りについていくクリスは迷わず真っ直ぐ進んでいく。
切り立った岩壁があれば力技で駆け上がり、地下水脈へと繋がるグラウンドほどもある巨大な大穴があれば俊敏な熊のように跳び越えていく。
慣れている。その一人と一匹は、この一言に尽きた。
赤崎蓮は飛べるのでこういった地形の障害は苦にならない。つくづく機動力の高い使徒だ。
更に障害物のない空に上がればよほどの場所でない限り方角も一発で分かるため、便利な事この上ない。当人にやる気はまったくないが。
また、大人の半分はあろうかというクモやムカデが襲い掛かってきても、黒岩剛はゴミでも払うかのように遠くへ投げ捨てている。
それでもなお向かってくるようなら、容赦なく頭と胴体を殴り潰していた。
(くそっ、使えねえやつらだ。ワンパンKOばっかじゃねえか。もうちょっと根性みせろよ)
何度も返り討ちにされている男のセリフである。
そんな彼の祈りが通じたのか、突如近くの木から蔦や枝が矢のように伸びてきた。
「ん? これは?」
伸びてきた魔の手を払うも、後から次々に緑の触手が放たれる。
あまりの数の多さに黒岩剛とクリスが一旦バックステップで距離を取ると、触手は追うのを止めた。
触手の大元、一本の木が震える。
それは大きな木だった。周りの木の二倍はあろうかという巨木が根を地中から持ち上げ、動き出す。
木にはバカでかい花がいくつも花開き、えもしれぬ芳香が漂い始めた。
「木人か!? げ、あの花の大きさ、普通どころじゃねえ! よりによってエルダー級かよ!」
「え、ウッドマン? こいつがそうなの? こっちのは随分と小さいんだねぇ」
「は? バカ言え、こんなデカいのはオレも初めて見るぞ」
「え?」
「あん?」
何か噛み合わない二人の会話。
ウッドマンは花の大きさと強さが比例する。
エルダー級ウッドマンは中級モンスターに区分され、人間の手に負えない相手だ。
使徒レベルの力を持つ者か、或いは腕利きの集団を揃えなければ相手ができないほどの凶悪な力を持ち、通常よほどの秘境にしか存在しないレアモンスターでもある。
それが何の因果か一行と遭遇してしまった。
いや、一行が通常のルートを大きく外れて近道しようと魔境に突っ込んだのが因ではあるのだが。
なお、エルダー級の上にはミスティック級という上級モンスターが存在するが、これは一般的に始原の森に存在するモンスターで、それ一体で軽く小国を滅ぼせるレベルである。
(よし、こんな大物が出てくるたぁ! これならこいつも手こずるはず……!)
即断。
「今だ!」
赤崎蓮は条件反射レベルで炎の翼を現し、空へと飛び上がった。
「っ!?」
当然、黒岩剛も背後の異変に気付くが、彼の前には無数の触手を伸ばすウッドマンがいる。
クリスは特に興味はなさそうだ。というか、そもそも彼を空気扱いしている。
「ぃよっし! このまま一気にブっちぎってやる! そしてオレは自由だ――!」
ウキウキのバラ色の未来を胸に、赤崎蓮は木々の間をすり抜けて今来た方向とは逆の空へと翔け上がる。
木々がミニチュアサイズにしか見えなくなったくらいの高度へ上がった所で、水平に加速しようとした彼は一度だけ地上をチラと振り返った。
「ん――って、何うおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
地上からエルダー級ウッドマンが凄まじい勢いで手裏剣のように回転しながら目の前まで迫っていた。
ぺちん。
叩き落とされた朱雀の使徒は衝撃で気絶し、そのままウッドマンと一緒にもみくちゃにされながら地上へと自由落下していく。
地上では突如現れた巨大な水球が待ち構えており、彼らを受け止めた。
約束された失敗、再び。
解放六日目。
「…………」
世界の理不尽さと運命の無情さを噛み締めながら赤崎蓮は暗い顔で歩いていた。
「くそっ、くそっ。考えろ、考えろ、何か方法があるはずだ……」
そして考えた結果。
「おい」
「うん? 何、赤崎君?」
赤崎蓮が無言で殴りかかってきた。
「おっと」
黒岩剛は冷静に拳を片手で受け止め、カウンターで肘をボディに叩き込む。
崩れ落ちる赤崎蓮に、彼はきょとんとした顔で聞いた。
「えっと、いきなりどうしたの?」
「~~~~~~~~ッ!!」
悶絶。
ひとしきり声も出ないほど苦しんだ後、次に赤崎蓮はダメージが残る体をおして朱雀の使徒の象徴、炎の剣を虚空から取り出す。
赤宝朱雀剣と呼ばれるその剣で赤崎蓮は黒岩剛に挑みかかったが、やはり赤子の手を捻るようにすぐ地面に転がる事となる。
「やっと大人しくなったね。これで終わりかな」
丁寧に打撃のみで頭と足以外を痛めつけられ、激痛で動けなくなった赤崎蓮。
だが、その目だけは野獣のようにギラギラを輝いていた。
「……いいか。これから毎日テメエにケンカ吹っかけてやる。そして何回失敗してでもいつかテメエをぶっ倒して、オレはぜってぇ出て行ってやる」
「ふぅん……本気みたいだね。いいよ、全部叩き潰すから好きにしなよ」
「その言葉、後で後悔しやがれ」
「はい、じゃあ行くよー」
そうして動けない赤崎蓮を簀巻きにして脇に抱え、一行はまた旅を続けた。
(こうなりゃ持久戦だ。気長にやるしかねえか……)
そう彼が腹を括ったところで、今日の夕飯になった。
用意されるのはいつも変わらない黒岩剛お手製のゲロマズ料理。
それを前にして、赤崎蓮はその日とうとうキレた。
「こんなマジィのいつまでも食ってられっか!」
持久戦の覚悟を固めたところで、この料理ともずっと付き合うという現実を前に彼は不満を爆発させた。
そして。
「それ、寄越せ」
黒岩剛らが調達してきた食材を眺め回し、道中ちょこちょこと採取していた野草を小袋から取り出して、おもむろにナイフを扱い始める。
「へえ、赤崎君料理できたんだ」
「ケッ、この世界に来た始めの頃、皆のメシ作ってたのはオレだからな。地球にいた頃にゃ、弟達に時々メシ作ってやってたりもしたし。おい、ちょっとこの水袋に水入れろ」
「あ、うん」
「ちゃんと下処理しねえからメシがマズイんだよ。血抜きしろ、生臭ぇ。こいつの肉は焼きすぎるな、硬くなる」
言いながら小袋から取り出した黒い粒のような実をすり潰す。
「これは?」
「この世界のスパイスだ。臭みをなくす……あとこっちの根を刻んで一緒に焼いて……」
テキパキ。
完成。
「おおー」
「くぅん」
いい匂いに釣られて黒岩剛とクリスが肉のハーブ焼きを覗き込んでいた。
「まぁ、これでちったぁマシになったか……あ、テメーらにはやらねーぞ。余った食材から作ったんだからな。テメーらはせいぜい美味い匂いだけ嗅いでやがれ」
葉に包んだ肉を大事そうに胸に抱えて、そっぽを向く。
それを聞いた一人と一体は。
「そっかぁ。残念」
ちょっぴり肩を落としたが、すぐ気持ちを切り替えて食事の後片付けを始める。
一人と一体があっさり引き下がったものだから、それはそれで赤崎蓮はちょっと不満気そうだった。
こうして赤崎蓮が黒岩剛に挑戦する日々が始まった。
何度負けようとも、一度勝ちさえすればいい。
それを支えに、赤崎蓮は全力で挑み続ける。
黒岩剛も相手がクリスしかいなかったため少々マンネリ気味だったため、この新たな相手ができて嬉しそうだった。
クリスはちょっとばかり黒岩剛が相手をしてくれる時間が減ったため、丸まって恨みがましい目をするようになったとか。




