14
その日、町は歓喜に沸いた。
今までずっと領主の館に居座っていたならず者達は館の前で倒れている所を縄にかけられ、一番の厄介者で首領格の赤崎蓮も玄武の使徒によって捕縛された。
今までの罪状から全員はさんざんフルボッコにされたが、命まで奪われる事はなかった。
それというのも、小鳥の必死の嘆願があったからだ。
「お願いします。どうか少しだけでもいいですから、皆を許してもらえませんか」
何度も額を地面につけ、土下座をするその姿には庇われる元クラスメート達の方が困惑したくらいだった。
傍若無人な振る舞いを続け、乱暴も振るっていたかつてのクラスメイト達。だが幸い、乱暴はするものの人命を奪ったりはせず、金品や食料、商品を荒らす事が主だったので、これまで好き勝手にやった分を働いて返すという肉体労働の結論に落ち着いた。
「ひぃ……ひぃ……」
「ほら、もっとキビキビ働かんか! まだまだ麦畑は広いんだぞ!」
「ちゃんと牛舎の掃除しとけよ!」
「はぁーい……うぅ、臭いよぅ……」
「ほら、この篭の服全部洗っておけよ。そしたら次はこっちの破けた服を繕うんだ」
「これからどんどん水が冷たくなるんだろなぁ……ああ、ガスが恋しいぜ……」
そんなわけで、今赤崎蓮のグループメンバー達は領主の厳しい監視下に置かれ、犯罪者として毎日畑や牧場、家の手伝いなどに駆り出されて馬車馬のように働かされていた。
ただ、一人だけが真っ先に逃げ出して行方知れずとなっている事が小さな懸念の種だった。こちらは周辺の町に連絡し、犯罪者として手配するよう手を打っている。
そんなわけで、今では町の各所で毎日コキ使われる皆の姿があった。
そして、その大騒動を巻き起こした中心人物たる黒岩剛は……
「これでお別れだね」
「うん……」
町を出てすぐの道の脇、そこに五人と一体はいた。町を出る旅装束姿の黒岩剛達とその見送りであるキャピシオン一家だ。
「剛君、今回の事は本当にありがとう。町の皆はこれで安心して冬も過ごせそうだってすっごく喜んで、町も明るくなってる」
「もうそんなに頭下げなくていいってば」
「ごめんね……皆、剛君に感謝はしているの。けど……」
「敵国の使徒というしこりは中々そう簡単に取れそうにない。皆、特に敬虔な信者ほど教会の言う事は絶対だからな。それが例え、暴君から助けてもらった恩人だとしてもだ……すまんな」
ロウイスが、小鳥の言葉を継ぐように続けた。
赤崎蓮達をとっちめてくれたのは嬉しい。けれど助けてくれたのも同じ敵国の使徒だった。
こんな風に町の人達は素直に喜べない状況となっていた。
町の一部では、朱雀の使徒と玄武の使徒が裏で繋がって自演を仕組んだという話も流れているという。それくらい東の国の使徒に対する敵意は根深く、教会の言葉による影響力は強い。
まあ、町の人達からしてみればポっと出の玄武の使徒など怪しい事この上ないのだろう。実際、黒岩剛は町の人とまったく交流していないのだから。推測混じりで悪意のある噂が出回るのも仕方ないと言える。
けれど黒岩剛自身は気にしてはいない。
英雄だと持ち上げられるのも気恥ずかしいし、歓待されるのにも慣れていない。敵意のこもった視線を投げかけられるのは少しばかり心に突き刺さるものがあるが、それも問題ないと言える程度だ。
だから。
「別にそれは構わないし、気にしてないですよ。町が元に戻った。それで十分です」
黒岩剛はロウイスにそう答える。
そもそもがどちらかというと、町の人達を助ける事よりも小鳥の手助けになりたいという気持ちの方が強かったのだから。
だがまあ、それでも町の有志の人達からは一応の感謝の印として食べ物や服飾品などいくつかの物が贈られていたし、感謝の気持ちとしては十分だった。クリスにも子供達から草花で作った花冠などがプレゼントされていた。クリスは迷惑そうにしながらも、ちょっとだけ嬉しそうだった。今は首から下げている。
「タケシ、昨夜も言ったがくれぐれも南、第十球には間違っても近づくな。速やかに東へ向かえ。第二球に向かうと言っていたが、それならば北東の第六球、そして第四球を経由すべきだ」
「はい。こんな貴重な地図も用意してくれて、本当にありがとうございます。助かります」
「剛君……体には本当に気をつけてね。道中は危険がいっぱいっていうから……」
「うん。大丈夫、毎日トレーニングは欠かしてないから平気だよ」
微妙に噛み合わないやり取りはともかくとして、それぞれが惜しみながらも別れの挨拶を交わしていた。
「クリスちゃんも……元気でね」
「クーン」
しゃがみこんだ小鳥がそっとクリスの頭を撫でる。クリスは気持ち良さそうに目を細め、一度だけ尻尾を振った。
そこにはもう、敵愾心は無い。
「それとね、剛君……」
立ち上がった小鳥が再び地面に目を向ける。その視線は黒岩剛の一歩横に注がれる。
黒岩剛の横、そこには黄金のミノ虫が転がっていた。
よく見るとそれは毛皮で簀巻きにされた人間だった。
更によく見るとその人物の顔は腫れ上がり、体の各所には青アザの痕が残っていた。
「赤崎君の事もよろしくね」
赤崎蓮だった。
黄金の毛皮で簀巻きにされた上で縄でグルグル巻きにされた赤崎蓮が転がっていた。
彼を包んでいる毛皮は炎熱に対して非常に強い耐性を誇る大天狼スケルのものであり、如何な炎を操る朱雀の使徒であろうとも今の彼には燃やす事はできない代物だ。この毛皮に包まれている限り、赤崎蓮は炎の能力の大部分が封じられてしまう。
故に、最初は散々ギャーギャー喚いて暴れていた彼だったが、今ではすっかりふて腐れて口を噤んだまま大人しく荷物のように転がっていた。
「うん。赤崎君がキチンと更正するまで僕が見張っているから安心して」
「お願いね」
処分としては棒叩きの上に町からの追放といったところか。なお先日ボコボコにされたのだが、そこは生命力に定評のある使徒。顔面の腫れは昨日と比べると大分引いていた。
赤崎蓮の処遇は少々揉めた。他のクラスメートはともかく、彼は使徒だ。今はスケルの毛皮で拘束しているとはいえ、いつ何の拍子で抜け出されるか分かったものではない。使徒を犯罪者として拘束し続けられる施設もあの町にはない。かといって放置すればまた町で暴れだすだろう。
そんなわけで、赤崎蓮に対処できる黒岩剛に白羽の矢が立った。
黒岩剛や小鳥としても、国に引き渡すのは気が進まなかった。このまま国に引き渡されればそのまま犯罪者として処罰されるだろうが、かつての敵国の使徒という事も併せて考えると死刑も十分ありえるとはロウイスの談だ。
そのため赤崎蓮の身柄は黒岩剛が預かり、一緒に旅に引きずり回しながらしばらく監督する事と相成った。
黒岩剛としてもなるべく速やかに町を出なければならない理由があるため、ちょうどいいという事情もある。その理由というのが領主の館襲撃事件だ。経緯はどうであれ、町の外部、国から見たら彼は貴族たる領主の所に乗り込んでさんざん暴れたのだ。町の人達から見たら救い主であっても、支配者側から見れば権力に楯突く危険分子でしかない。取り込めるのであればまだしも、そうでなければ黒岩剛にも捕縛の令が出るのは時間の問題とも言えた。
「赤崎君……」
「なんだよ」
小鳥に呼ばれた赤崎はふて腐れた顔のままそっぽを向く。
「どうしてあんなひどい事をしたの?」
「なんでテメーに答えなきゃいけねーんだよ」
「昔はすごく明るくて、皆から頼りにされてたのに……」
「……」
赤崎蓮は一つ舌打ちをし、嫌悪も露にする。
「赤崎君……」
「あーあーあーうっせー。そりゃあ楽しかったからに決まってるだろ。毎日何もしなくても勝手に飯は出てくるし、服だって選び放題、いつだって好きに遊びに行ける。こんな『特別』な力があるんだ。それ使って皆といい暮らししたいと思って何が悪いんだよ! 文句あっか!」
そう言い切って彼は小鳥を下から睨め上げ、凄む。
「――!」
ロウイスが思わず顔を顰める。そして小鳥は口を強く引き結び、片手を振り上げた。
上げられた手は赤崎蓮を引っ叩くと誰もが思ったが、すぐにそのまま下ろされた。そして片腕で大事に娘を抱き抱えながら、眦にわずかばかりの涙を湛えていた。
「町の皆が苦しんでたんだよ……それなのに、赤崎君は何とも思わなかったの……?」
「…………」
沈黙。
小鳥の涙を見て赤崎蓮は初めて苦虫を噛み潰したような顔をし、そのまま顔を伏せる。そしてそれ以上口を開かなかった。あるいは開けなかった。
「……ねえ赤崎君」
「……んだよ」
「もう二度とあんなひどい事をしないでね」
「けっ」
「私はね、やっぱり昔の赤崎君の方がいいと思うよ」
「――は?」
呆気に取られたように、思わず赤崎蓮は顔を上げてしまった。
そこには真摯に見つめてくる小鳥の顔があった。
てっきり怒り、責め、なじってくるとばかり思っていただけに、今の言葉は彼にとって予想外に過ぎた。
「あのね、カラオケなんか行った時、赤崎君は率先して場を盛り上げたり、色んな話題を次々に振ったりして皆を楽しませていたでしょ。私、すごいなぁって思ってたんだよ。周りのみんなも赤崎君赤崎君って集まって。明るくて人気者で……あの頃の赤崎君の方がずっと素敵だと思う。だから、いつかはあの頃みたいな赤崎君に戻って欲しいな」
赤崎蓮は唇を噛み締める。
そしてなおも悪態を吐くべく口を開こうとして、彼の顔は驚きに固まる事になった。
小鳥は笑顔だった。
懐かしくも、遠い。手の届かないかつての光景。楽しかったあの頃を思い出して笑顔になっていた。
笑顔のまま、泣いていた。
「もう、日本暮らしてた事を覚えているのはクラスメートの皆しかいなくて……それも今はもう、皆バラバラになっちゃって……それが、捕まって目の前でいなくなるなんて……そんなの、私、嫌だよ」
「……」
何かを口にしようとして、けれど赤崎蓮は何も言葉が浮かばず。
「だから……もうこんな悪い事はしないで。友達がいなくなるのは……寂しすぎるから」
その最後の言葉は、震えていた。
弱弱しく肩を震わせ、涙ながらに訴えるその声は切なさで満ちている。
「………………知るかよ、ブス。バーカ」
赤崎蓮は、そっと顔を伏せてもう二度と彼女と目を合わせようとはしなかった。
ただ、その声はガラスのように透明で、今にも割れそうだった。
それを見届けた黒岩剛は一つため息を吐いた。
それは呆れでもあるようで、違う。冷たくも熱くもないそれは、ほろ苦い微笑みと共にすぐに消えた。
ロウイスもまた思うところがあったのか、毅然としたまま黙って二人を見守っていた。
「じゃあ、行くね」
カバンを腰に下げ、荷物袋をナップザックのように背負い、残った片方の手で赤崎蓮をグルグル巻きにしている縄を握る。
「小鳥さん、最後に一ついいかな」
「うん?」
まだ少し涙の跡を残す彼女のきょとんとした顔と向かい合い、黒岩剛は胸の内にずっと大切に仕舞っておいた言葉を今、手渡す。
「ありがとう」
「へ?」
その贈られたお礼の言葉に心当たりのない小鳥は小首を傾げた。
「やだ、剛君。それはこっちの言葉だよ。本当にありがとう」
何も分かっていない彼女は当然不思議そうにそう言い返す。
「……」
それも仕方ないと、黒岩剛は小さく笑う。
何も明かしていないのだから彼女が分かるはずもない。
そしてそれでいいと彼は思っていた。
そもそもが、黒岩剛が今回動いたのだって恩返しのつもりだったのだ。
そうだ。恩返し。
――それは過去の記憶。
皆とはぐれたあの日、巨大な恐竜みたいな怪物に襲われた時の光景。
黒岩剛は今でも思いだせる。
クラスでずっと浮いてて、クラスメイトにもろくに話かけれずにいて孤立していた自分の姿を。誰からも見向きもされなかった自分。
そして、皆が一斉に逃げ出したあの瞬間。皆から置いていかれ、一人鈍足でもたついていて怪物に追いつかれた時のあの恐怖。
一人ぼっちで、必死に助けを呼んでいた。
誰か、誰かと。
そして、こんな自分のために引き返して助けに来ようとした人達がいたのだ。
それが小鳥と黄田豪一郎だった。
そう。黒岩剛はただ一言、お礼を言いたかった。
あの時何よりも、嬉しかったから。
それが彼がこの町にきた目的。
だから、小鳥に危機が迫っていると知った時、黒岩剛は迷わず動いた。
彼女を助けられるのであれば、それは願っても無い事だった。
ありがとう。
その一言だけを伝えに黒岩剛はこうしてやって来た。
けど、やっぱりその言葉をこれ以上伝えるのは止めておこうと彼は思った。
だって、代わりにもっとふさわしい言葉があるから。
「小鳥さん」
「うん? なに?」
「……幸せになってね」
「うん!」
小鳥はとびきりの笑顔だった。眩しいくらいの、笑顔。
それを見れた黒岩剛もまた、満足を覚えるのに十分だった。
娘を腕に抱え、その隣にはすまし顔で寄り添う頼もしいロウイスの姿がある。
それだけでもう伝える言葉は無くなった。
心からの感謝を彼女に捧げ、彼は晴れやかな気持ちで町の外へと踵を返した。
「さあ行くよ、赤崎君。クリスもおいで」
キャピシオン夫妻に見送られ、簀巻きを引きずっていく黒岩剛。その隣にクリスが小走りけ駆け寄って隣に並ぶ。
次に目指すはコクマの国。もう一人、感謝を伝えるべき黄田豪一郎の元へ。
黒岩剛とクリス、そしてオマケに赤崎蓮は第八球を後にする。
「くそが。いつか絶対テメエはぶっ殺す! 安心して寝れる夜が来ると思うなよ!」
「はいはい。そう簡単には殺されてなんかやらないよ」
その大きく広い背中が町を去って行く。あらん限りに罵倒する騒々しい連行者を一人加えて。
晴れ晴れとした空と異世界の雄大な大地が、彼らの前に広がっていた。
さて。あとはオマケを残すのみ。
他のクラスメイトや裏話を少しだけ出します。
ここで一つ、タグに「ヒロイン不在」とありますが……ヒロインはいます。
実を言うと、作者的にはここまでの話のヒロインは小鳥として書いてました。
ぶっちゃけ、このストーリー構成は水戸黄門タイプです。
悪代官→赤崎蓮
悪代官に狙われ苦しむ町民A→小鳥
格さん→黒岩剛
印籠→筋肉
主人公はヒロインと出会い、彼女のために悪代官へ挑む。
一応小鳥を中心にこの出来事は回っていたので、そういう意味で小鳥はヒロインポジションでした。
今後のヒロインポジはクリス(マスコット兼務)になりますが。




