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 遥か地平線まで続く青空。吹き抜ける風。

 遮る物がない自由の大空を赤い絨毯の帯が飛んでいた。

 赤い絨毯をよく見ると、それは赤いバッタだった。バッタが大量の群れを作って空を飛んでいるのだ。

 名を鮮紅の蝗クリムゾン・ローカスト

 俊敏な動きはイタチのようで、(ハネ)は銅を切り裂き、風の魔法を操る凶悪なバッタだ。

 一匹一匹ではさほど問題視されないのだが、こうして巨大な群れとなって集団移動を始めると脅威度が跳ね上がる。そう、国家を挙げての対処が必要なレベルまで。

 それというのも、この蝗害と呼ばれるクリムゾン・ローカストの群れが飛来した時、何もかもが食い尽くされてしまうからだ。

 作物も家畜も何もかも……そして人も例外ではない。

 しかも食い終わった後には大量の卵を産み付けていき、そのまま放置すると来年もまた発生するというループ付き。

 一度人里に降り立ったが最後、その強靭な顎は畑を荒らし、建物を食いちぎり、人を骨にする。そしてまた次の土地を求めて飛び立つのだ。

 故に、これらはこう呼ばれている。『死の赤津波』と。

 それが今、二つの人里を滅ぼして三つ目の町へと向かっていた。

 発生から日が浅く、国もまだ発生の真偽確認を取っている段階で被害の実態すら把握できずにいる。国が動くのはもうしばらく後になる事だろう。

 このままでは三つ目の町も壊滅的な打撃を受ける。今も飛翔しているクリムゾン・ローカストは小さな村なら埋め尽くす程の規模に達しているのだ。

 だが、クリムゾン・ローカストの群を前に一人の青年の影が降り立った。

「ま、居候してる分、たまには役目を果たさねーとなぁ……あー、かったりぃ」

 背中から巨大な炎の翼を生やし、空中で気だるそうに手に持った剣の腹で肩を叩いていた。

 その左手の甲には朱雀の神印がある。

 赤崎蓮。彼だった。

 既に周辺の噂を聞きつけ、オドオドビクビクしながら泣きついてきた領主の要請に応えての出陣だった。彼としてもこんな害虫が町にやって来られるのは困るので、重い腰を上げたのだ。

 周辺の索敵と警戒に当たっていた兵から発見の一報を受けてすぐ炎の翼を生み出して大空へと飛び立ち、今ここにいる。

 夜に接近されなかったのは幸いだった。

「ハハッ! 飛んで火に入る夏の虫だな! 今もう夏じゃねえけど」

 一目散に迫る赤い津波。それを前にしても彼は余裕たっぷりに笑っていた。

「長引かせても面倒だし、全力で一気に終わらせるとすっかぁ」

 迫る。迫る。迫る。

 クリムゾン・ローカストは本能のままに飛翔する。

 肉があれば噛み付き、食らう。ちっぽけな固体の人間など、彼らにとって五秒で食い尽くせるのだ。今回もまた己の欲求に従って通り道にあるものを食らっていこうとする。

 それを赤崎蓮は上位の捕食者として迎え撃った。

「消し炭になれ」

 剣から吹き出たのは炎。それは瞬く間に膨らみ、鯨をも飲み込む巨鳥を(かたど)った。

 炎の巨鳥は口から火の吐息を一度吐き出し、クリムゾン・ローカストの群れへと突撃。接触と同時に炎の嵐を巻き起こした。

 熱波が吹き荒れ、火の粉が盛大に地上へと降り注ぐ。

 炎の巨鳥の翼に触れたクリムゾン・ローカストはそのまま消し炭と化し、次の瞬間には風圧によって粉微塵となる。

 死の赤津波は赤崎蓮の一手でそのどてっ腹に大きな風穴を空けられていた。

「よーし、一気に狩れたな。後は撃ち漏らしを適当に潰して終わるとすっかぁ」

 もはや残存する敵勢力はほとんど残っていない。炎の嵐はあれだけで群れの9割を消し炭にしていたのだ。

 鼻歌混じりで凶悪な害虫の残りを次々仕留めていく。

 向かって来るのもいたが、赤崎蓮を包む炎の膜の前に呆気なく燃え尽きていった。

 朱雀の使徒の加護の一つは視力。真昼でも頭上の星が見え、動体視力も向上している。

 その加護により、小さなバッタ一匹だろうが確認など容易い。赤崎蓮の火の弾幕をすり抜けて迫ろうとしても全てが見通されている。

 ノータイムで次々と火炎弾を撃ち続ける。強力な視力で遠くの獲物すら視認し、更なる上昇による高高度からの火炎掃射。それは一方的な蹂躪劇に他ならない。

 結果、逃げるものは追わなかったものの、向かってきたものは一匹残らず消し炭と化していた。

「終わりー! さー帰ろ帰ろ」

 強力な使徒としての力を鍛え上げ、今では炎を操る事など造作もない。この四年で赤崎蓮は朱雀の使徒として確かな成長を遂げていた。

 その力で領主を脅し、歯向かう町人を痛めつけ、赤崎蓮とその一派は町に君臨していた。

「明日が楽しみだ……」

 そろそろ機は満ちた頃合だと、彼は暗い忍び笑いをしながら帰途に着いた。


 ☆☆☆☆☆☆


「どういう事なの?」

「……そう。会ったんだ、皆に」

 何故か耳を伏せ、尻尾を丸めて地面にへばりついていたクリスを抱え、黒岩剛は町外れのキャピシオン家に戻ってきていた。

 そして早速夕食の下ごしらえをしている小鳥に先ほどの町での出来事を伝えると、彼女は沈痛そうな表情でわずかばかり俯いてしまった。

「この町二日目で、普通の町がどういうものかも分からないんだけど……おかしいよ。なんで赤崎君の名前が腫れ物みたいに出てくるの? それに皆がお店で好き勝手しても周りは遠巻きに窺ってるだけ……ねえ、この町と赤崎君がどう関係してるの?」

「……そうだね。すぐ旅立つっていうから教えなくても大丈夫かなって思ってたんだけど……見ちゃったなら、仕方ないね。話すよ。この町のこの半年間の事を」

 包丁を置き、エプロンで手を拭いて小鳥が振り返る。

 そうして語り始めた。

 赤崎蓮とその仲間達がこの町にやって来た時の事を。

「最初はね、何でもなかったんだよ。赤崎君達がこの町にやってきて、再会できてわたしも嬉しかったの。わたしの赤ちゃんを見せたらさすがに驚いてたけどね」

 そう言った小鳥の顔は楽しそうだった。

 突然放り出された異世界で他の皆とはぐれ、そしてクラスメートの友人らと再会できた時は本当に嬉しかったのだろう。

 だが、その明るい表情もすぐに沈む。

「けどね……一ヶ月くらいしてからかな。赤崎君が変わったようになったのは。塞ぎこむようになって、沈んでる事が多くてね。そうしたらある日突然領主様のお屋敷に行って、すごく暴れたんだって。もちろん大騒ぎになったよ。けど抵抗した人達はみんな赤崎君達に追い払われて、ひどいケガをして帰ってきたの。赤崎君達は自分達の事を領主様の護衛、用心棒だって言って居座り始めて……それから領主様が税を更に重くしたり、新しく色んなものに税をつけたりし始めたの。町の皆は暮らしがキツくなって、今年の冬は厳しいんじゃないかって言い合ってる。わたしの所もすごくお金を取られるようになったし……町から出て行く人も増えて、町はすっかり暗くなっちゃった」

「そんな事が……」

「剛くんも見た通り、あれが今の皆で、堂々と町の皆からの税金で豪遊してるって言ってる。領主様も今はお屋敷からずっと出てこなくて、すっかり赤崎君達の言いなりなんだって。皆逆らえないの。わたし、何度もお手紙を出して赤崎君達にこんな事を止めてくれるようお願いしてたんだけど……全然聞いてくれないみたい」

 そう言って、彼女は少し疲れた様な、悲しい顔で微笑む。

 かつての友人が変貌し、町の皆を苦しませている事に深く心を痛めていた。

「小鳥さん……」

「あ、煮込んでたスープができたみたい。もうすぐ夕ご飯だよ。クリスちゃんにも張り切って作ったんだ。明日この町を出て遠い国まで行くんだよね。しっかり食べて元気つけていってね!」

「うん……」

 小鳥は明るい声だった。

 だが黒岩剛の胸中は鉛のように重たかった。







鈍感・難聴系主人公はもはや許されない風潮なのだろうか。

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