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 黒岩(くろいわ)(たけし)はぼっちの中学一年生である。

「ねえねえ最上(もがみ)ちゃん、今度皆でボウリング行こうって話があってねー。あ、おーい。黒岩くん椅子借りるねー」

「あ、う、うん。いいよ赤崎君」

「サンキュ。いつも悪いねー。でさでさー」

 昼休みではクラスでも可愛い女子の隣の席になったのはいいが、自分から積極的に話しかける事も視線を向ける事もできず、こうやって他からやってきた男子に席を取られる事は日常茶飯事。

 見た目は気弱そうな文系少年で、姿格好もおしゃれさを感じさせず、生真面目に学ランをそのまま着ている。

 ちょっと脅しをかければ泣き出してしまいそうなくらい気弱で、まさにもやし君と言った名前負けの少年。掃除時間に他の人がおしゃべりやふざけあって遊んでいる中でもせっせと一人掃除をやって行き、他の人に何か頼まれたら素直に手伝う。

 そんな子だった。

 そして今日もまた一人、めいめいに楽しそうにわいわいやっているクラスメイトを尻目に、昼休みと放課後を図書館で過ごす日々。

 友達なんていない。あまり滑舌良く上手く喋れない事にコンプレックスがあり、よくどもる彼は一人本を読みふけるのが常だった。とは言ってもシートン動物記とかロビンソン・クルーソーだとかライトノベルだとか、そういう方面なのだが。純文学や外国文学はイマイチ食指が伸びなかった。

 それでも特にイジメのターゲットにされるわけでもなく、目立たず大人しくしながら平穏な日々ではあったのだ。

 それが激変したのはある修学旅行の日。京都の金閣寺を出てホテルへ移動していた時だった。

「ちょ! 危ない!」

「ぶつかる!?」

「いやーーーーーー!」

 黒岩剛のクラスを乗せたバスのどてっ腹にトラックが突っ込んで来たのだ。交差点でのスマホいじりによる信号無視だった。

 しかもそれだけでは飽き足らず、近くの工事中のビルから鉄骨がバスへと落下し、カーチェイスをしていたアメ車がバスの正面から突撃し、空ではカラスの編隊が魚鱗で飛び交い、黒猫の親子5匹が俊敏な動きでバスの前の道路を横切っていったのだ――!


 その結果、バスの中にいた生徒達は忽然と姿を消した。


 後に残ったのは引率の教師とバスガイドのお姉さんと運転手のみ。

 とある事情で学校に潜伏していた偽りの教師にして現役殺し屋という稀にいる若き男性はすぐさま近くにいたバスガイドのお姉さんを抱き寄せ、ハリウッドのアクションスターばりの身のこなしで脱出へと動く。中年のバスの運転手もまた、たまたま湾岸戦争を生き抜いた経歴をもつ男性だった。その嗅覚から危険を察知し、プロドライバーとしての誇りをもってハンドルを操作しながらも車内の教師とアイコンタクトで脱出を促す。

 銃弾と共にバスの窓がぶち破られ、飛び出す三つの影。

「やれやれ。またとんでもない事に巻き込まれたようだな」

「何者だ、君は。一目見た時からただ者ではないと思っていたが……何故運転手なんかをしている」

「それを言うならそっちこそ、ただの教師ではないだろう? 僕はしがない運転手、今はそれでいいだろう……」

 ホロ苦い笑みを浮かべる運転手に、教師は「やれやれ」と肩を竦めた。

「それより、生徒達の事も気になるが新手だ。どうやら話は通じそうにないな」

 銃声がビル街の中で鳴り響く。

「撃ってきたか。俺は一旦逃げる。付いて来る来ないは好きにしろ」

 教師と運転手は互いに顔を見合わせ頷きあった後、バスガイドのお姉さんを連れて千年古都の宵闇の中へと駆け去って行った。

 忍び寄る国家陰謀の魔の手。血に彩られた過去が清算を迫って追って来る。

 再び帰ってきた銃弾と硝煙の世界。

 未だ彼らに安息の日々は許されない――!

 なおバスガイドのお姉さんは本当にただの巻き込まれです。

「いやあああああああああーーーーー!?」


 なにやら残った方はガンアクションの様相を呈してきたが、それはさておき消えた生徒達である。

 バスから忽然と消えた生徒達は暗闇の世界にいた。

 見渡す限り何もない、ただの闇が広がる世界。大地も空もなく、落ちているのか浮かんでいるのかも分からない。

 まるで無重力の宇宙のような空間。ただ周囲には太陽も星も何もなく、けれど同じクラスメイトの皆だけはハッキリと視認できる不思議な世界に、皆はいた。

「な、なんだよ……ここ」

 黒岩剛がそう声にしようとして、できなかった。喉を震わせ、口を開いても音が一切伝わらないのだ。

 音を伝播させる空気、物質が一切ない世界。そこでただ生徒達はパニック一歩手前で身振り手振りで感情を伝える事しかできなかった。

 一分が経ったのだろうか、十分が経ったのだろうか。時間すらよく分からないが、体感としてはそう待つことなく変化は起きた。

 気がつけば数匹の小動物らしきものやよく分からない何かがふよふよと浮いていた。

 それは赤い鳥だった。

 それは青い蛇だった。

 それは白い猫だった。

 それは黒い亀だった。

 それは黄の蛇だった。

 それは金の鹿だった。

 それは黒い犬だった。

 一様に手の平サイズの小さなそれらは、生徒達の間をフラフラと泳ぐようにさ迷い、やがてそれぞれが別々の生徒の前で動きを止めた。

 三十人近くいる生徒の中、正体不明のそれらを間近で見る事になったのは赤崎蓮、青山涼、白野珠、黄田豪一郎、金子燐、万天院(ばんてんいん)(よろず)

 そして、黒岩剛。

 この七名だった。

 それらはゆっくりと彼らの体へと近づき、額や胸、手などに触れたと思った瞬間、吸い込まれるように消えていってしまった。

 黒岩剛の前にいたのは黒い亀だった。それは首の中へと消えていった。

「な……なんだったんだ、今の」

 皆が皆、疑問に思っていた事であったが、やはり誰にも分からなかった。

 そして、突然の光が暗闇の世界を塗り替える。

 あまりの眩しさに剛は慌てて瞼を閉じる。だが、その上からでも光は網膜を突き刺していく。

 その中で低く、重い声が脳内に鳴り響いた。


”儂の名は玄武……守護すべき民を失い、忘れ去られた神”

”儂らは信仰を失い、現世(うつしよ)から追放され消え行く定めにあった。だが、今一度ここに星は結ばれた”

”異世界の子よ。儂の依り代たれ。さすれば主に四神が一つ、玄武の加護を授けよう”

”山が如き肉体と堅固なる武を主に。そして儂が司りし水霊を”

”使徒よ……”


 急速に気が遠くなる中、そんな幻聴のような声を最後に黒岩剛は完全に気を失った。

 そして次に皆が気がついた時、彼らは山の高原のど真ん中にいた。

「な、な、な、なにここ……どこなの……?」

 足元は緑の絨毯が敷き詰められ、ちらほらと黄色や白、赤の花々が咲いている。

 ちょっと顔を上げれば遮るものがない360度のパノラマ。

 どこまでも広がる空に、手が届きそうなくらい近く感じる大きな雲。

 空には見た事のない、プテラノドンのような翼と鉤爪を持った怪物が飛翔し、眼下に広がる樹海からは聞いた事もない怪獣のような咆哮が聞こえてくる。

 遠目からも分かるほど真っ赤に燃え盛るイノシシのような体を持つ何かが獣道を突っ切っている。

 それらは何一つ、彼らの記憶にも知識にもない生き物だった。

「地球じゃ……ないの?」







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