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終劇の先へ行く

 シェイドはサイゴの塔に駆け込んだ。

 シェイドの後ろで両開きの扉が閉まった。


 デンジはシェイドの後から塔に入ろうとした。

 しかし、固く閉じられた扉が開くことはなかった。


 シェイドが塔に姿を消したのが合図であったかのように、森の至る所から死神人形と宵闇の青の一族の戦士たちが飛び出してきた。

 死神人形と青い装束を身に付けた戦士たちは、手に手に剣や銃器を携え、デンジたちに襲いかかった。


 サイゴの塔の周りはたちまち戦場と化した。

 黒と青が激しくぶつかり合った。


 デンジは大きな魔法剣を振り回し、一度に3体の死神人形を砕き飛ばした。


「正義は我らにあり! 時は来た!」


 デンジの掛け声はまことの黒の一族を鼓舞した。

 数で圧倒的に勝る宵闇の青と少数精鋭のまことの黒の力は拮抗したのだった。







 サイゴの塔に飛び込んだシェイドをダンテが迎えた。

 ラナもいた。


 ダンテは言った。


「シェイド。デンジの話を信じてはならない。あれは戦争を望んでいる男だ。戦場でしか己を見い出すことができず、それゆえに一族を巻き込むエゴイストなのだ」


 シェイドは鋭い目でダンテを睨みつけた。


「こんな年になっても親を求める俺は、滑稽で笑えただろう」


 ダンテは眉を潜めた。


「シェイド、親子はいつまでも親子だ。誰も笑ったりはしない。デンジは血のつながりはあれど、ある意味他人。我々の安寧を邪魔をしているのはデンジだ」

「俺とあんたたちの方が他人だ。覚悟してしまえば明白だ」


 シェイドの上向きにした右手の上に、黒い光が浮かび上がった。

 ラナが悲しげな表情で口を開いた。


「シェイド。戦争を終わらせましょう。あなたが信じたい真実はここにしかない。一緒にいましょう。そうすれば、多くの命が助かるのよ」

「もう俺の内側にアクセスすることもできないんだろ? 俺の母親ならそうは言わない」


 ラナは怯えるように身を縮めた。

 シェイドの手の中で黒い光が明滅した。




「俺の母親ならきっと、行け、と言う」




 シェイドは憤怒の表情で、ダンテとラナに向かい足を踏み出した。


「てめえらの都合を押し付けられるのは、もうたくさんだ! 俺が何を望むのかってことまで、どうして他人が勝手に決めるんだ! 俺の命の行く先は、俺自身で決める!」


 シェイドの手の中の黒い光が、一振りの剣に変わった。


 ダンテが表情を変えた。

 ラナは表情を失くした。


 ラナは糸の切れた操り人形のようにその場に倒れた。

 それと同時に、ダンテが腰に下げていた剣を抜き、シェイドに斬りかかった。


 上段から斬りかかってきたダンテの剣を、シェイドは渾身の力で打ち返した。




 黒い力がスパークした。

 勝負は一瞬だった。




 ダンテの剣は折れて吹き飛んだ。同時にシェイドの剣は、ダンテにつながっていた魔術までも断ち切った。


 ダンテもラナ同様、その場に崩れ落ちたのだった。




 シェイドの手の中の剣は黒い光に戻り、それから消えた。

 シェイドは倒れた二人を振り返ることなく、チューブに駆け込んだ。



 シェイドが望むもの。

 フロウ。

 この塔にいたフロウも確かにフロウだった。


 不完全で若干の違和感があるフロウ。

 満足できない。

 それでは足りない。


 丸ごと全部のフロウでなければ、意味がない。




 この世界の違和感は、最初からあちらこちらに散見した。


 ダンテ、ラナ、フロウの三人がそろうということがないのが、まずは不自然だった。

 精緻な操作が必要な魔術なのだろう。特にフロウ。一斉に人形全員を同じクオリティで動かすことができないから、必然的に各々とシェイドという構図になっていたに違いない。


 場面の切り替わりがあることもおかしかった。プツンと何かが途切れるように次の場面に移り変わるのだ。3体の人形を動かす都合上、そうならざるを得なかったのだろう。


 フロウ人形単体であれば、それらの違和感はなかったと考えられる。

 かつて、本物のダンテがラナ人形に討ち取られたのは、宵闇の青の魔術が最も適切に使用されたがゆえという部分も大きかったのではないか。

 そうであるなら、今回の仕掛けについては、宵闇の青自体が、自身の魔術の最適な展開条件を見誤ったのだとも言える。



 ダンテを登場させることで、もっともらしい作り話をせざるを得なくなっている。

 サイゴの塔がまことの黒の魔力を選択的に必要とするという話があった。


 ダンテとシェイド。二人がいても、黒い力がまだ足りないから塔に異常が起こり続ける。

 それはおかしい。

 一族が束になったところで、直系二人の魔力には及ばない。


 一族がセンターエリア0を支配していた時も、直系が長期間不在ということは折々あったはずなのだ。

 もしそこで異常が起こるというのであれば、それほど重要な情報が公に引き継がれていないなど、あり得ない話である。



 今回、塔に起きた異常への対処例として、綿のような物体を排除するシーンを見せられた。

 正直、あの程度のことがいくら起こったとしても、サイゴの塔の機能が破綻するとは到底思えなかった。




 数え上げたらきりがない。

 これほどの違和感をシェイドは握りつぶしてきた。

 恥ずかしいくらいに信じたかった。

 夢は甘かった。




 フロウ。

 シェイドはミカゲを迎えに行きがてら、一度すでに、成長後のフロウに会っている。

 それがなければ、シェイドはもっと舞い上がり、もっと混乱していたのかもしれない。


 そこで会ったフロウとここにいるフロウは、魂のあり方が違っていた。

 全体としてのまとまりが全然違うのだ。


 つないだ手にも違和感があった。

 伝わってくる波動に、フロウではない別のものが混ざっているのを感じた。


 それよりも何よりも、決定的な違和感は、実は最初からそこにあった。

 いや、なかったのだ。

 忌々しい魔術が。


 フロウの家の前でフロウに再会した時、シェイドを怒らせた魔術である。

 これ見よがしでありつつ、フロウをさりげなく飾るような、流麗な魔術だった。


 フロウを守る魔術だと分かっていても、シェイドは腹が立って仕方がなかった。

 それが、ここにいるフロウにはなかったのである。



 シェイドは半ば無意識的に、全部、見ないふりをした。

 そう仕向ける宵闇の青の魔術に乗ってしまった。

 そうして今、直面するのは、フロウの生命の危機なのであった。








 シェイドは恐怖を抱えながら、チューブを降りた。

 庭園に着いたのだ。


「フロウ!」


 黒い煙に巻かれて転がるフロウがいた。

 シェイドは黒い煙を消すと、フロウを抱き起こした。


「死ぬな、フロウ」


 無表情だったフロウに表情が戻った。

 その驚きの表情は、確かにフロウだった。


 シェイドの胸が痛んだ。

 フロウは戸惑う顔をした。


 フロウの手は素早く動き、靴に仕込まれたナイフを抜き取った。


 フロウはシェイドに抱きついた。

 シェイドはフロウを抱き返した。


 フロウがシェイドの肩にナイフを突き立てた。

 シェイドの肩に小さなナイフが刺さった。


「チッ」


 シェイドはフロウを引きはがした。

 シェイドの肩から血が流れた。


 フロウは泣きながらつぶやいた。


「シェイド、ここで一緒に死んで」

 

 そんなフロウを見て、シェイドはつらい顔をした。

 尚も襲いかかろうとするフロウの両手をひとまとめにして、その手首を左手で握り込んだ。


 シェイドはまっすぐにフロウの目を覗きこんで言った。


「一緒に行こう」


 フロウの瞳が揺れた。







 シェイドはフロウに口づけた。






 シェイドは右手でフロウの後頭部を押さえ、逃さぬよう深く唇を合わせた。

 シェイドの黒い力が、口元からフロウへと注ぎ込まれた。


「ん!」


 フロウは苦しげに身をよじった。

 シェイドは咲き乱れる花々を踏み荒らし、口づけたまま、大樹の幹にフロウの体を押し付けて固定した。


「んん!」


 それはロマンティックな口づけとは程遠い光景だった。

 フロウは額から玉の汗を噴き出し、苦悶の表情を浮かべていた。



 シェイドはフロウを吸い上げた。



 選択的にフロウの魂をかき集め凝縮し、黒い力で包み込んで人形から吸い出した。



 ひと欠片も残しはしない。

 すべて持っていく。



 シェイドはフロウの魂をすべて自分の中に収めた。

 それは、清らかで柔らかで、狂おしいほど愛おしい魂だった。


「ハアッ…」


 思わずシェイドの口から息がこぼれた。

 どこかに流されそうになる自分を留めるように、胸元のシャツを握りしめた。


 この状態ではフロウの魂が長くはもたないと分かっていた。 





 デンジは言った。

 ダンテはラナにかかった魔術の回路を辿り、術者リグレンの元へ行き、見事討ち取ったのだと。



 ならば。



 シェイドはフロウにかかっている魔術の軌跡をリサーチした。

 サイゴの塔において澄み渡るシェイドの力は、宵闇の青の魔術をとらえた。


 シェイドはその波動にシンクロした。

 シェイドの魔力は高まりを見せ、一つの方向に解放された。






 四ツ辻の肉屋の事件以降、初めての転移だった。









 庭園に女が一人倒れていた。

 先ほどまではフロウだった女だ。


 ここにはもう、シェイドとフロウの気配はなかった。

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