表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/124

キメラ2

「キング」


 アネモネはつぶやいた。

 琥珀色の目の男キングは、小さく頷いた。

 キングは血の通っている右手でアネモネの頭をポンと叩くと、踵を返し走って行った。


 アネモネは、研究棟の隙間に座り込んでキングの背を見送った。

 アネモネの頬を一筋の涙がこぼれ落ちた。

 アネモネの肩の呪符が、気遣うように、肩でポンポンと足踏みをした。





 蛇の尾を切り落とされ、もんどりうって倒れていたキメラが、いよいよ立ち上がろうとしていた。

 キメラの体中から怒気と闘気が立ちのぼっていた。


 膝をつき呼吸を整えるアニヤを横目に見ながら、キングはキメラの前に立った。

 キングは腰の鞘に一度収めた短剣を、再び取り出した。


 キングが右手にたずさえる短剣の黒い刀身には、精緻な紋様が刻まれていた。

 一見、美術品のようでもあった。

 しかし、その短剣のまとう禍々しい攻撃性は、戦いにおいて真価を発揮する魔法剣であることを知らしめもした。


 間近に立ったキングに対し、怒ったキメラは竜の爪を振るった。

 キングは黒い短剣でその爪を受けた。

 パワーでは完全に劣るはずのキングが、キメラの爪を受け、揺るがずに立っていた。


 キングの手の中で短剣が黒い光を発した。

 キメラが口を開け、炎を吐いた。

 短剣から生じた黒い光は、キングを半円のドームで覆い、炎を退けた。


 キメラは逆の手の爪をキングに振るってきた。

 キングは、竜の爪とかち合っていた短剣を押し、逆の爪も打ち払い、素早く距離を取った。


 キングが短剣を振るうと、黒い光がキメラに向かった。

 黒い光はライオンの顔に当たった。キメラはガアアアと吠え、首を振り振り足を止めた。

 キングはアニヤのところへ駆け寄った。




 息を整え立ち上がったアニヤは、額の汗と血を拭い落とし言った。


「むちゃくちゃな武器だな」

「俺もそう思う。アニヤが使ってくれ。ギルさんの形見だ」

「俺の状態を見て言ってるのか? 人使いが荒い」

「迷惑ばかりかけている自覚はある」 


 キングはすまなそうな顔をしながら、アニヤの前に短剣を放り投げた。

 キングは立ち止らず、キメラに近づき注意を引いた。


 キングはカーキ色のシャツの懐から呪符を取り出した。


「やっちまえ」


 キメラが炎を吐きだしたのと同時だった。

 キメラの炎に対し、呪符が展開する魔術攻撃がその威力を打ち消した。





 アニヤは出血と打撲と疲労で、いまだ少し足元がふらついていた。

 見るからにボロボロのアニヤであるにも関わらず、キングは主力と見られる短剣を託したのだ。

 その揺るがない信頼は、どこにあったのか知れないアニヤの底力を奮い立たせた。


「これだから、キングと走るのは止められねえ」


 アニヤは目を細め、短剣を拾い上げた。

 手に吸いつくような感触があった。


 やばい、と感じた。

 よからぬ脳内物質が大量に放出された気がした。

 死ぬかもしれない。

 それでも楽しい。


 イセのことは言えない。

 キングに再会し、共に戦えることを、アニヤは喜んでいた。

 ハイになっていた。


 ふと、太ももに巻かれた布に気がついた。

 アネモネがここにいる。

 そうである以上、アニヤは死ぬわけにはいかなかった。

 

 アネモネは一体どこまで何を見越していたんだろう。






「アニヤ! いい加減、こっちに参加しろ!」


 キングの怒鳴り声がした。

 アニヤが見ると、竜の爪に切りつけられて、地面に転がりながら呪符を展開するキングがいた。

 必死の形相だった。


 アニヤは口の端で笑った。


「いい気味だ! キングが来るのが、おせえから、わりいんだ!」


 アニヤは走り出した。

 痛みと疲れを忘れていた。


 アニヤとキングは、キメラを討ち取るべく、今、同じ舞台に立ったのだった。











 ロキは、王立魔術学院の正門前にある装甲車のモニタールームで、学院の内部映像を見ていた。

 そこは壁面の一つが、大きなモニターとなっているのであった。

 今それは、升目に区切る表示形式で、さまざまな場所の映像を一斉に映し出していた。


 学院の監視カメラに映る映像であり、音声はない。

 画像は乱れ気味で、見ていると非常に目が疲れてしまうのであった。


 学院の中では、薄曇りの暗さの影響と見られる奇怪な生物たちが跋扈していた。

 そして、それに対応している魔術師の姿は、ロキの期待に反して登場することはなかった。


 ロキは目をこすり、イライラしながらモニターを見ていた。



 誰かいないのか。

 この異常に立ち向かっている優秀な魔術師は。



 その時だった。

 随時切り替わりながら広い学院の各所を映して出しているモニターのいくつかに、人影が見えた。


 ロキは慌てて手元のタッチパッドを操作した。

 期待があった。

 この異常事態を打開する決め手となるかもしれない。




 

 そうしてロキが見つけたのは、とんでもない事態に陥っている現場なのであった。





「何なのよ、これ。 どういうこと?」


 ロキは疑問なのか、非難なのか、自分でも判然としないような口調で思わずつぶやいていた。

 画面の半分に拡大された画像は、複数の人間を映し出していた。


 俯瞰的画像であり、個々を明確に映しだしてはいないが、ロキには幾人かすぐに判別できた。


「ミカエル。分かりやすっ。あとこれは、イセ。あいつ何してんの。このおちびは、まことの黒ミカゲ? それから、古書店店主ハシマ? あと一人、ちょろちょろしてる小さい男がいる。ん? じゃあ、イセが抱いているのは」




 フロウ。




 ロキはガバッとイスから立ち上がった。

 フロウだ。

 何でイセが。



 宵闇の青グランドに奪われていた、まことの黒シェイドとの交渉の糸口。

 親戚がしきりに勧めるロキの花嫁候補。

 話してみると、とぼけた普通の女の子。



 フロウだ。


 ロキの判断は一瞬だった。






「突入する」






 控えていた部下は驚いた。

 しかし、常春の華頭首代理、後継者ロキの指示は絶対のものである。




 ロキを乗せた装甲車が学院に乗り込むための準備が、そこから慌ただしく進められたのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ