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招待状

 シェイドがニア国にて自分の存在を明らかにして間もなく、キングの屋敷にシェイドを訪ねてくる者があった。


 骨に皮を被せただけのような痩せた男だった。

 男は燕尾服にシルクハットという出で立ちであった。そんな正装でありながら、服のサイズが大きすぎて不格好であった。

 年齢も推測しにくい外見であり、表情もなく、全体的に奇妙な印象を与える男だった。


「まことの黒シェイドに会わセロ。ワタシは宵闇の青グランドの使い」


 そう名乗った男の声は、どこかキーキーと耳障りであった。


 キングの屋敷の庭師兼警備担当たちは、屋敷の堅牢な正門に一人で立つ奇妙な男を、集団でぐるりと取り囲んだ。


「まことの黒シェイドに会わセロ。ワタシは宵闇の青グランドの使い」


 同じ文句を繰り返す男は、実に気持ち悪かった。

 警備担当の猛者たちは、不愉快な相手を早速排除してしまいたくなった。


 しかし、主人が在宅中であった。

 勝手に判断することはできないので、指示を仰いだ。

 主人たるキングは、男を応接室に通すように言った。

 警備担当たちは口々に残念だと言いながら男を見逃した。







 応接室のソファに、シェイドとキングが座っていた。

 金庫バアとミカゲも部屋の隅のイスに座っていた。


 男が応接室に通された。

 そこまで案内して来た使用人は、キングの目配せを受けて立ち去った。



 男は操り人形のように、関節をカクカクと動かしながら歩いた。


「まことの黒シェイドに会わセロ。ワタシは宵闇の青グランドの使い」


 ソファに向かってカクカク歩きながら男は言った。


 シェイドはソファに腰掛けたまま、男を見て答えた。


「俺がシェイドだけど」


 男は少しだけシェイドに体を向き直して、カクカクと歩いた。

 男はシェイドの隣に立ち止まった。

 シェイドは男を見上げた。男の口が動いた。


「宵闇の青グランドからの伝言」


 男の落ちくぼんだ眼窩の中で眼球が左右に動いた。

 それから真ん中に止まった目がシェイドを見た。





「人質フロウを返してホシイのなら、来イ」

 




 シェイドは驚いた。

 キングもシェイドの隣で眉間に深いしわを刻んだ。


 部屋の隅では、ミカゲが悲鳴を飲み込んで口を押さえていた。

 金庫バアは、事態をじっくりと見ていた。



 男からはカリカリという音がした。

 何の音なのか、誰にも分からなかった。

 カリカリカリカリと小さく鳴り続ける中で、男は再び口を開いた。


「シッコク地区センターエリア0、サイゴの塔にて待ツ」


 カリカリカリカリ

 男は首をかしげた。

 途中から、大変な勢いで首が横に倒れた。

 それを見たミカゲはもう一度、悲鳴の出そうな口を押さえることになった。


 男が首を横倒しにしたまま言った。


「宵闇の青とまことの黒、積年の決着を着けヨウ」




 シェイドとキングは小さく目配せを交わし、衝撃を分かち合っていた。


 なぜ、フロウの存在が敵に知られたのか。


 フロウとの接触には細心の注意を払った。

 敵だけではなく、張り込んでいた調査員たちにも、ごくわずかな魔力を用いて目くらましの魔術をかけた。

 知られるはずがなかった。



 シェイドはきつく目をつむった。

 キングが声をかけた。


「取り乱すなよ」

「はい」


 シェイドは目を開け、首の曲がった男に言った。


「積年の決着って言うが、俺は何もしてない。そういう話はあんたに言っても無駄なんだな」

「宵闇の青とまことの黒、積年の決着を着けヨウ」


 男の眼球が左右に動いた。

 眼球は止まらずに動き続けた。


 シェイドは、とりあえず男から目を逸らした。

 キングは男を警戒しながら、シェイドのことも注意深く見守っていた。





 シェイドは、ソフィアの静かな声を思い出そうとしていた。

 取り乱してはならないと自分の中で繰り返した。



 シェイドの中には、ムクムクと怒りの兆しが見え始めていた。


 ただただ命を狙われ続け、ずっと逃げ隠れせざるを得なかった。

 自分の行いに関わらず、この身に宿る血が憎まれ、滅びてしまえと呪われ続けている。


 理不尽。愛する人まで命の危険にさらされる。

 理不尽。守りたければ、戦え、敵の血を流せと強制される。


 シェイドの心が叫びあげる。




 そういうのが嫌だから、ニア国で適当に姿を見え隠れさせて、とんずらするはずだったのに!フロウ!フロウ!どうなっているんだ!もう、そうもいかないじゃないか!




 シェイドの本心は、以上につきる。



 取り乱してはならない。取り乱してはならない。



 シェイドの理性が本心をなだめ続ける。


 フロウが人質になっている。

 それだけでシェイドが我を失うには十分だった。


 普段はもう少し思慮深いシェイドがいるのだが、まことの黒の歴史的重さもそれにかける人々の思いも、今のシェイドからは吹き飛んでしまっていた。

 単純で我がままな本心だけが大騒ぎして止まらなかった。




 外から見ると、額に拳を当てて唇を引き結んでいる苦悩をたたえた表情のシェイドは、実に美しかった。

 ミカゲもこんな時でさえ見惚れている。


 しかし、そんなシェイドの中では、とんずら、とんずら、というワードがループしているのだ。




 勿論、男の話はシェイドにとってよく理解できるものであった。

 デンジとソフィア、特にデンジに繰り返し聞かされてきた話につながる。


 サイゴの塔は、ニア国に残る古代建築の1つである。

 シッコク地区のシンボルであり、ニア国に点在するパワースポットの一つでもあった。

 ちなみに対になるサイゴのツギの塔が、ハクキン地区に存在している。

 

 センターエリア0は、まことの黒が所有し、居住していた場所であった。

 まことの黒は、サイゴの塔までも独占していた。

 センターエリア0は、故郷でありながら、ゴードンとダンテが討ち取られた因縁の地でもある。

 今は、宵闇の青がとって代わって支配しているのだ。


 

 シェイドが最も近づきたくなかった場所、それがセンターエリア0であった。





 男から間断なく続いていたカリカリという音が止んだ。

 シェイドはハッとして目を上げた。

 左右に動き続けていた男の目も止まった。

 キングはすぐに動けるよう腰を上げた。



 男の首がいきなりシャキンと起き上がった。


「まことの黒シェイド。今回の戦いで終わりにシヨウ」


 男がシルクハットのつばを持ち、上に持ち上げた。

 白髪がちらほらと散り落ちた。

 男の額の真中から、亀裂が生じた。


「来るぞ!」


 キングの声に全員が反応した。

 シェイドとキングは素早くソファを離れ、男から距離を取った。

 シェイドが短く呪文を唱え、キングはその後ろについた。


 ミカゲは壁にかかった盾を二つ取りはがし、一つを金庫バアに手渡した。

 すでに黒い輝きを帯びている盾に、二人は身を隠した。




 男の顔は半分まで割れていたが、構わずに言葉を発した。


「これは挨拶。バイバイ」


 言い終わるや否や、男は破裂した。

 真中から真っ二つに割れてはじけ飛んだ。


 そして、男の中からは、おかしなものたちがたくさん飛び出してきた。




 バチンという破裂音を聞いた後、盾から顔を出したミカゲは、多様な色彩、多様な形をしたものたちが四方八方に広がり進むのを見た。


「何だよ、ちょっと、こっちにも来た!」


 ミカゲは慌てて呪文を唱えた。

 迷彩柄の芋虫の群れは、ミカゲの黒い炎に焼かれて消えた。 


「ふん。宵闇の青の人形使いか」


 金庫バアは、黒い力の宿る銃で、ペイズリー柄のスカーフのような飛ぶ物体を撃ち落とした。




 シェイドは黒い炎を幾重にも操りながら、奇妙なものたちを焼き払っていった。

 巨大なバネを始末したシェイドは言った。


「俺は行く」


 キングはナイフを持ち、身近に寄って来るものだけをさばきながら、シェイドの次の言葉を待った。

 シェイドは続けた。


「行ってフロウを連れ帰り、まことの黒最大の魔術を起動する」


 シェイド声はミカゲにも届いた。ミカゲはハッとして言った。


「俺も行く!」


 キングはシェイドの後ろにいて、牙をむくコップにナイフを突き刺しながら、ミカゲに告げた。


「シェイドが動き始めたら、ミカゲはカロナギに出発する」


 金庫バアは、足元の黒いなめくじもどきを蹴り飛ばし、かかとで踏みながら言った。


「この屋敷はあたしが守ろう」




 ミカゲは涙が込み上げてきた。

 大きな声を張り上げた。


「フロウが巻き込まれたのは、俺のせいだ!俺が関わりすぎたからだ!俺が助ける!絶対、助ける!」



 シェイドは奇妙なものたちを粗方片づけると、ミカゲの方を向いて言った。


「違う、ミカゲのせいじゃない」


 キングは慌てた。


 シェイド、何を言おうとしている。

 言うな。物事には、タイミングというものがある。

 今言うと、ややこしいことになるぞ。


 キングの心の声は、背中を向けているシェイドには届かなかった。




 ミカゲは自分が情けなく思えて涙を流した。


「それ以外にないだろ!下手に庇うな!俺の責任だ!弱くて邪魔なのは分かってる!それでも頼むから、俺にもフロウを助けに行かせて!」



 シェイドはさらりと言い切った。







「フロウを愛している。俺に愛されているからフロウはさらわれた。他に理由はない」







 ミカゲはかつてない衝撃を受けた。

 頭が真っ白になり、何も分からなくなった。

 我が身に何が起こったのか判然としないまま、混沌とした中に落とされた。


 キングは頭痛をおぼえ、頭を抱えた。


 呆然とするミカゲに、大きなハサミが襲いかかった。

 金庫バアが横から撃ち抜いた。ハサミは砕けて落ちた。

 ミカゲはそれも見えてはいなかった。




 ミカゲは突然走り出した。

 そして、あっという間に部屋を出て行った。

 キングが舌打ちをして言った。


「お前は来るな!」


 踏み出しかけた足をシェイドは止めた。

 キングが、片方が義足とは思えない速さで追って行った。






 奇妙な挨拶という名の襲撃を、速やかに始末し終えた。


 シェイドは、自分の手のひらを見下ろしてつぶやいた。


「小さい頃は18歳にもなればいろんなことが分かっていて、器用にこなせるようになるのだと思っていた。ならない。どうするのが正しいのか分からない」


 金庫バアは几帳面にも盾を壁にかけ直しながら言った。


「ギルを見ただろう。いくつになってもろくでなしだった。そんなもんだ。生きてるうちに、多少ましになったら御の字だ」


 シェイドは顔を上げた。


「金庫バア、何も待てない。もう無理だ。俺は行く」

「ミカゲがカロナギに向かう時間も必要だ。決して簡単に死なないように」

「死なない。フロウを連れて帰る」

「しっかり口説き落とすんだね。気をつけてお行き」




 シェイドは金庫バアに見送られ、窓を開けて飛び出した。

 庭を駆け抜け壁を飛び越えていくシェイドに、誰も声をかけられなかった。



 金庫バアは、開け放たれた窓と、ミカゲとキングが走り去ったドアを交互に見た。



 どうか、何もかもうまくいきますように。



 金庫バアはギルから受け取った指輪を、知らず知らずのうちに握りしめていた。

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