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ひとつめの出会い

 フロウは、道の片隅に小さな巾着袋が落ちているのを見つけた。

 くすんだ亜麻色をしている上、9才のフロウの両手に収まる大きさだったので、あまり目立たなかった。

 フロウはゆっくりと歩み寄り、巾着袋を拾い上げた。

 ゴロゴロと固いものがいくつか入っている感触がした。


 フロウは母と二人暮らしの少女だった。

 栗色の背中までの艶やかな髪の毛、母譲りのアーモンド形の瞳、すっきりと伸びた手足、なかなかに魅力的な少女であった。

 しかし、母マルタの華やかな男性遍歴のため、この家は周囲から若干の距離を置かれていた。

 フロウの魅力は、母マルタの評判のため、逆に悪い方向への警戒心を近所の人々に抱かせたともいえる。おかげでフロウには昔から友達がいなかった。


 遠慮がちに、下向きに、道を歩く癖がついていた。そして、そのせいで、地味な巾着袋にも気づいたのだった。


 午後2時半の中通りは、にぎやかだった。多くの人が、せかせかとした足取りで行き交っていた。フロウは道の片隅に足を止めたまま、巾着袋の口が結ばれているのをほどき、中を覗き込んだ。


「わあ」


 思わず声が出た。赤や青や緑のきれいなピカピカの石が入っていた。

 袋の大きさや汚さから、フロウは、これは誰か子どもが落としたガラス玉だと思った。

 あまりにすてきで胸がドキンドキンと、鼓動を強くした。

 迷わずもらうことにした。宝物を拾った。

 ワクワクして、顔が自然と緩んだ。





 その夜、珍しく早い時間に母マルタが帰ってきた。フロウはうれしくて抱きついた。


「おかえり、お母さん」

「ただいま、かわいいフロウ」


 マルタは満面の笑みでフロウを抱き返した。今日は寝るまで長い時間マルタと一緒にいられると思い、フロウは笑いが止まらなかった。


「夕飯は私が準備するから、お母さんは先にお風呂入ったら?私はもう入ったから」

「ありがとう。本当にいい子ね」


 マルタはフロウの頬にキスをし、風呂場へ向かった。フロウははりきって夕飯の準備にとりかかった。


 マルタは家を開けることが多かったため、フロウは自然と自分のことは自分でやるようになった。更に、疲れて帰宅するマルタを労り、その他の家事も進んで引き受けていった。フロウの家事の腕前は、どんどん上達した。


 風呂上がりのマルタにビールを渡し、豚肉とナスの炒め物を食卓に並べた。

 パンと牛乳を出し、夕飯が始まった。


「おいしい!フロウは何でもできてすごい」


 マルタは、栗色のウェーブがかった長い髪を、タオルで巻き上げていた。

 化粧を落とした風呂上がりのマルタは、素顔も十分美しかった。

 フロウは、素顔の母が一番好きだった。


「今日はお母さん、ショーはなかったの?」

「うん。あ、それでね。明日から3日間、実は帰って来られないの」


 新しいショーのリハーサルなのだとマルタは説明した。

 マルタは高級パブで歌と踊りを披露する仕事をしている。

 週に数回催されるショーは年に数回演目を変える。今はその切り替えの時期であった。

 非常にレベルが高く、評判を誇る舞台であった。マルタはその中でセンターをとり続ける、トップシンガー兼トップダンサーであった。


 マルタが家を空けることが多いのは、男のためだけではなく、仕事のためでもあった。しかし、仕事のときは予告があり、男のときは予告のない不在が多かった。


「そっかー。お仕事頑張ってね」


 フロウは隠しきれずにシュンとして言った。


「しっかり者のフロウに甘えてばかりでごめんね」


 マルタがすまなそうに手を合わせた。


「フロウのほうは、今日どうしてたの?」

「朝から午後まで猛勉強」

「ハシマさんって、優しげな顔して意外と厳しいのね。勉強なんて適当に手を抜きなさい、フロウ。バカになっちゃうよ?」


 豚肉とナスをぱくぱく食べながら、マルタは言った。


 ハシマは、裏通りの古書店の若い男性店主である。

 地域の人は皆、裏通りの古書店と呼ぶが、中身は主に白魔術と回復薬を扱う店であった。フロウは6才からハシマのもとに通い、薬師になるための勉強を教わっていた。


「休み時間にバカになってるから大丈夫だもん」

「もうバカになっちゃったの?さすがお母さんの子ども」


 フロウとマルタは笑い合った。

 夕食を済ませ、後片付けをし、それからまたおしゃべりをした。その後、おやすみと言ってお互いの寝室に分かれた。


 フロウはベッドの中で、今日見つけた巾着袋を開けて中を覗き込んだ。豆電球の明かりを映して、中の石たちがキラキラとしていた。やはり心が湧き立った。マルタにも秘密にした。


 これは、魔法の石なのだと想像した。

 赤は炎を、青は水を、緑は植物を生み出す奇跡の石。

 この石を使えるのはフロウだけで、皆がフロウを頼ってやってくる。

 ベッドの中で想像は次々と膨らんだ。黄色と透明の石もあるから、それは明日考えよう。

 明日からの寂しさが、随分和らいだ。フロウは次第に、穏やかな眠りに落ちていったのだった。




 フロウが住むのは、ニア国の大都市トウトのミドリ地区である。

 いわゆる中流の人々が暮らす街であった。住みやすく整備されており、豊かな海や山に隣接している地域もあった。


 上流の人々が暮らす街は、ハクキン地区である。マルタの働く高級パブはハクキン地区にあった。ミドリ地区との行き来も多いが、そこに住んでいる人々の生活水準は、並はずれて高かった。


 逆に下流の貧しい人々が暮らす街は、オウド地区である。失業者が多く犯罪も多かった。オウド地区に生まれると、そこから抜け出し這い上がるのは、至難の技であった。


 そして、最も危険な地域がシッコク地区である。あらゆる出来事が、秘密裏に処理されていく場所であった。


 フロウはミドリ地区を出たことはなかった。遠出をすることもほとんどなかった。


 ミドリ地区の子どもたちは、6才になると、学校に通いだしたり、家業を継ぐ手伝いを始めたり、専門職に弟子入りしたりするのが一般的であった。


 友達のいないフロウは、きれいな妖精の本と店主のハシマに甘えることを目的に、しばしば裏通りの古書店を訪れていた。

 世事に疎く、まったく気にもしない母マルタのもと、フロウがいつまでも勉強をし始める気配がないことをハシマは心配した。尋ねてみると、実はフロウは年齢が定かではないことも判明した。


 ハシマはマルタとも話し、薬師の勉強をフロウにさせることにした。そして、その初日に、フロウは6才であると決められたのだった。


 フロウの毎日は、休日を除いて、朝8時から午後2時まで裏通りの古書店で勉強をし、その後は自分なりに時間を過ごす、という繰り返しであった。

 友達がいないため、図書館も公園も肩身が狭く感じることがあり、人の少ない場所を探して、一人遊びをして過ごすことが多かった。





「おはようございます」


 古書店の飴色のカラス戸を抜け、フロウは本棚の間をどんどん奥に進んだ。


「おはようございます、フロウちゃん」


 カウンターの中に、古書店のロゴマークが入ったエプロンを身に付けたハシマがいた。

 フロウの顔を見た途端、ハシマは小首をかしげた。ハシマの薄茶色の髪の毛がさらさらと頬にかかった。


「何かありました?」


 フロウは、3日間の母マルタの不在と拾った巾着袋のことをいっぺんに思い出した。どちらも言えないとすぐに判断し、ぶんぶん首を横に振った。


「そうですか。では、中に入って準備していてね」


 ハシマは穏やかな笑顔でカウンターの奥へ、フロウをいざなった。

 ハシマは、フロウの様子に敏感だった。だが、基本的に信頼してくれているのか、あまり多くを詮索することはなかった。

 フロウは、その距離感を時に心地よく思い、多くの場合は物足りなく感じていた。


 カウンターの後ろの格子戸を開け、フロウはカーペット敷きの8畳ほどの部屋に靴を脱いで上がった。

 右手に奥へ続く扉が一つあったが、それ以外、壁一面に本や薬瓶がずらりと陳列されていた。

 部屋の真ん中に丸テーブルがあり、そこがフロウの勉強場所だった。テーブルの上には、回復薬の基本となる植物の辞典が置かれていた。


 声が聞こえてきたので格子戸から覗くと、ハシマは早くも接客をしていた。

 接客ごとにハシマの教授は中断されるのだった。

 この店は白魔術についての古い書籍の売買がメインのはずなのだが、フロウの見るところ、回復薬や白魔術そのものを買いに来る客のほうが多いようであった。

 朝一番の客は、軍服姿の女性常連客だった。左腕に巻かれた包帯をほどいている。


「私としたことがやっちまった。夕べの訓練でさ、ドジ踏んだ。今日これから朝一で、遠征あるんだわ。ここが早くから開いていて助かったよ」


 左腕のガーゼを外すと、20㎝にも及ぶ傷がじゅくじゅくと泡立っていた。


「そういうことであれば。少々お待ちください」


 ハシマは振り向き、格子戸へ向かった。フロウは格子戸から退いた。部屋に入ったハシマは、薬瓶を一つ取り上げ、引き返した。


「シュガさん、少し痛いかもしれません。堪えてください」

「早くやって」


 軍服のシュガは、筋肉質の左腕をカウンターに載せ、右手で左手を押さえた。ハシマは薬瓶を傷口の上で傾けた。緑色の液体が傷口に垂れた。


「大丈夫ですか」

「問題ない」


 シュガは眉ひとつ動かさなかった。ハシマは右手を傷口にかざし、呪文を詠唱した。フロウからは、ピンク色の肉が盛り上がり傷口を覆っていくように見えた。


「このくらいで。後は自然治癒力に任せましょう」


 ハシマは、ほぼふさがった傷口に処置を施し、包帯を巻きなおした。


「助かった、ありがとう」


 シュガはニカッと笑った。彫の深い顔立ちで短髪のため、黙っていると迫力が出てしまうのだが、シュガの笑顔は何とも爽やかであった。所定の支払いをし、シュガは帰って行った。


 ハシマが奥に戻ってくると、フロウはハシマを見上げて言った。


「私にもできたらいいのにな」


 ハシマは苦笑いした。


「こればっかりはね。素質に左右されます。もう、生まれつきの体質みたいなものですから」

「髪の色とかと同じ?」

「うーん、そう生まれてきたら変えられないというのは同じでしょうか。たまたまの授かりものですね」


 魔術を使うためには、素質が必要とされた。素質のないものは、いくら努力しても目が出ることはなかった。

 素質者が出現しやすいと言われる血筋もなくはないが、ランダムに天から与えられている感がやはり大きかった。


「ハシマさんはいつ素質に気づいたの?」

「5才頃に。最初はしおれそうな花が蘇ったんです。きれいだったから、枯れないでと祈っていました。その後、次はケガをした小鳥に、死なないでって祈ったんです。傷が塞がりました」


「すごーい」

「呪文も知らず、補助媒介も使わず、何も知らずにやってしまったんです。体力も気力も使い果たしました」


 ハシマは穏やかに語りながら、薬瓶を棚に戻した。


「さて、お待たせしました。勉強をはじめましょうか。昨日の続きからですよ」


 フロウは慌てて背筋を伸ばした。休み時間と勉強時間できちんとメリハリをつけることが取り決めだった。勉強時間はハシマのことを、ハシマ先生と呼んだ。ハシマも厳しく集中を促した。


 休み時間になると、勉強で頑張った分、フロウははじけた。ハシマに背中から抱きついたり、ハシマの耳を噛んだり、頭突きをしたりした。ハシマは積極的に応じることも拒むこともしなかった。


「いててて、もうちょっと弱くね」


 少しでも反応のほしいフロウは、ハシマが思わず声を上げると、申し訳ない思いとうれしさを同時に感じた。


 昼はハシマの手作り弁当を二人で食べた。やがて午後の勉強も終わった。


「さようなら、ハシマさん」

「さようなら、フロウちゃん」





 古書店を出て、フロウはどうするか迷った。

 一度帰宅して、巾着袋を持って遊びに行くことにした。

 実際の素質に関係なく、想像遊びの中では、フロウは赤や青や緑の力を遣いこなせるのだ。

 昨日見つけた宝物は、遊びに欠かせない。


 アパートメントに帰り着き、自室の枕の下から巾着袋を取り出し、家のカギをかけ直して、すぐに街へ飛び出した。宝物を持って出かけるのは、ワクワクした。


 フロウは、昨日、宝物を拾った道へ行ってみようと決めた。連日同じ場所へ行くことは避けていたのだが、キラキラの力が呼び合って、もっとすてきなものを拾えるかもしれないと思ったのだった。











 フロウは魔法使いの想像遊びをしながら、昨日と同じ往来にやってきた。

 さあ、石たちよ、新しい力を探すのだ。

 右手に巾着袋を持ちながら、魔法使いの歩き方と決めたつま先歩きをして、フロウは道端を進んだ。

 

 そうだ、今度は向こう側の道端にいいものがあるかもしれない。

 そうひらめいたフロウは、視線を上げた。


「あ」


 道路の向こう側の少し進んだところに、黒髪の少年がいた。


 この中通りは、フロウにとって、子どもたちに会わないですむ場所の一つだった。

 公園等、子どもたちのための場所が近くにない、面白みのない道路であった。

 大人ばかりが行き交っていた。

 まさか同い年くらいの子どもに出くわすとは思っていなかったため、フロウは相当驚いた。

 見たことのない少年だった。少なくとも近所に住んでいる子ではない、とフロウは思った。


 少年は、道をすぐに通り過ぎるでもなく、ややうつむきがちに、ゆらゆらと歩いていた。

 まるで自分のようだと思った。

 一応、フロウのいる方向に向かって、進んではいるようだった。道路を挟んで向かい側という距離もあったため、次第にフロウは落ち着いてきた。


 観察する余裕ができ、そういう目で見ると、少年は何かを探しているように見えた。

 どきんとフロウの心臓が鳴った。何かって何だろう。


 フロウは再び動揺した。自分をごまかしきれなかった。

 昨日、フロウは思ったのだ。巾着袋は、誰か子どもが落としたガラス玉ではないかと。

 そして今日、何かを探す子どもがいる。


 フロウは、まさか、そんなはずはない、考え過ぎだと、これは、私の宝物なのだからと、心の中で繰り返した。でも、もし落とし主であったらどうしようという思いもぬぐえなかった。

 どうすることもできず、フロウは同じ場所に立ちつくした。心臓だけが早鐘を打つ中、少年を茫然と見ていた。


 少年は下を見て何かを探すそぶりをしながら、少しずつフロウに近づいてきていた。道路を挟んでほぼ真向かいまで来た時、視線を感じたのか、少年がフロウの方を見た。少年と目が合った。


 黒髪の少年は整った顔立ちをしていて、黒い瞳が凛としていた。フロウは先ほどまでの心配を一瞬忘れ、息をのんだ。少年は、不思議そうにフロウを見ていたが、急にハッとした様子で、道路を横断し始めた。少年が近づいてきたので、フロウは焦って後ずさりした。


「ああ、あった」


 少年はいきなりフロウの右手ごと、巾着袋を両手で包みこんだ。フロウは真っ赤になった。


「よかった、見つからなかったらどうしようかと思った。本当よかったー」


 忙しそうな大人たちは二人をチラッと見るだけで、通り過ぎて行った。

 フロウはそれでもとても恥ずかしかった。少年に触れられた右手が熱かった。


「ものすごく探してたんだ。よかった。ほっとした。よかった」


 うわごとのように繰り返していた少年は、やがてハッと我に返るようにフロウを見た。先ほどよりもずっと近くで二人の目が合った。少年の頬が紅潮した。パッと手を離した。


「ごめん!」


 フロウは真っ赤になったまま、首を横にふるふると振った。


「びっくりさせたよね、ごめん。それ、君が持ってる袋、俺が落としたものなんだ。君、よく気がついたね、俺のものだって。こっち見てくれてたよね」

「何か、探してた、みたいだったから」

「うん。探してた。もらっていい?」


 少年が差し出した右手に、フロウはおずおずと巾着袋を載せた。少年は、巾着袋を手にして、ほっと溜息をもらした。少年は巾着を開いて中を覗き、もう一度深い息を吐いた。


「これ、どこに落ちてた?俺も結構探したんだけどさ」


 照れくさそうに少年が聞いた。フロウは同年代と話した経験があまりにもないため、とても緊張した。


「あの、あっち」


 うまく言葉が出ず、指で差した。少年がそちらを振り向いた。一つ一つの仕草に、フロウはどきどきした。


「あの辺も見たんだけどな」

「ごめんなさい!あの、私、昨日見つけて、あの、持って、帰っちゃったの」

「ああ、そうだったのか」

「ごめんなさい。そんなに、大事なものだったなんて。すぐに、交番に、届けたらよかった」


 最後は消え入りそうな声で、うつむいて言った。


「いや、いいんだよ。よかったよ。君に拾ってもらえて。わざわざ、こんな何もないところに今日も来て、持ち主探してくれたんでしょ?」


 少年は優しい声で言った。違うと告白しかけてフロウは顔を上げたが、少年の優しいまなざしに会い、言葉を失った。


「あ、そうだ。これを拾った時、誰か一緒だった?これを拾ったこと誰かに話した?」

「ううん。一人だし、誰にもしゃべってない」

「本当?ますますよかった。これ落としたことって、俺にとって、ものすごくかっこ悪いことなんだ。すまないけど秘密にしてくれる?」


 フロウはこくりと頷いた。


「助かる。何から何までありがとう」


 少年のうれしそうな言葉と笑顔に、フロウの胸の内がギューッと引き絞られた。フロウは返事もできず、少年を見返した。


「それじゃあね」


 少年は笑顔で手を振った後、背中を向けて歩きだした。

 フロウは一歩踏み出したが、それ以上動けず、ただ少年の背中を見ていた。何がしたいのか自分でもよく分からなかった。ただ胸が痛かった。


 少し進んだ少年が、ふっと立ち止った。そして、すっと振り向いた。

 最初のような不思議そうな表情でフロウを見ていた。フロウはただ、自分の内に流れるもののままに少年を見返した。わずかな間の後、少年はフロウのもとに引き返してきた。


「お礼するよ。何がほしい?」


 フロウは目を見張った。その驚きの表情を見て、逆に少年も驚いた。


「そんなにたいしたものはあげられないけど」


 少年は、笑みを含んでつけ加えた。

 考える前にフロウの口は動いた。


「私と遊んでほしい」


 少年は目を見開いた。まじまじとフロウを見た。


 口に出したことの意味が、やっとフロウの意識に追いついた。フロウは唇に右手を当てた。なんてことを言ったのだろうと思った。

 でも、口にしたことで、少し胸の痛みが和らいだ気がした。少なくとも、発言を訂正する気にはなれなかった。


「遊ぶ?俺?君と?二人で?それ、お礼になるの?」


 フロウは少年の問いかけのすべてに、一つずつ頷いた。少年は唖然とした顔でフロウを見ていた。それから、少年はぷっと噴き出した。そして、笑いだした。

 フロウは、バカげたことを言ってしまったかとショックを受けた。少年はフロウを見て、正しく気持ちをくみ取った。


「違うよ、つい笑っちゃったけど、バカになんてしてないよ」


 まだ笑いの残る少年の顔を見ると、好奇心に満ちた楽しげな瞳であった。

 フロウは、そんなふうに人から見られたことがなかった。フロウの頭の後ろがじーんと痺れた。何かに射抜かれた気がした。


「じゃあ一緒に遊ぼうか」


 笑いのにじんだ少年の言葉を聞いて、フロウはまた真っ赤になった。頭も胸もパンクしそうになった。


「でも、今日は急いで帰らないといけないんだよね。悪いけど、明日でいい?」


 フロウは何度も頷いた。


「そしたら、明日の同じ時間にここで待ち合わせ。どう?」

「絶対来る!」


 少年はまた噴き出した。フロウは、また変なことを言ってしまったと思ったが、先ほどよりはショックを受けなかった。


「はい決定。じゃあまたね」


 笑いながら帰ろうとする少年に、慌ててフロウは声をかけた。


「待って!」

「何?」

「名前は!」

「シェイド。あ、言っちゃった」

「え?」


「いや、かっこ悪いこと知られているし、偽の名前のほうがよかったかなって一瞬」

「聞いちゃった」

「うん。いいんだ。俺はシェイド」

「私はフロウ」


「フロウ、また明日」

「またね!」


 少年シェイドは笑顔で走り去って行った。


 シェイドの姿が見えなくなっても、フロウの心臓の鼓動は、なかなか治まらなかった。


 夢のような奇跡が起こったとフロウは思った。

 男の子に手を握られた。男の子とたくさん話した。興味を持って見つめられた。名前を呼び掛けられた。明日遊ぶ約束をしてしまった。


 わなわなと心が震えて止まらなかった。すべてが嘘だったらどうしようと思った。いや、間違いなく現実だったと思い返した。フロウは、あの巾着袋のキラキラはやはり魔法の石であったのだと思った。

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