援護1
キングが森に踏み込むと、次々とこの世ならざる生き物たちが襲いかかってきた。
あるものは犬に似た異形で、あるものはカエルに似た異形だった。
キングの剣は、見事に異形の頭をとらえた。犬の異形の首が飛び、カエルの異形は縦に真っ二つになった。
首を落とされるか、頭を割られた異形は沈黙し、その後、まるで霞のように消えていった。
逆に頭を残した異形は、たとえ他の身体部位の損傷が大きくても、いつまでも立ち上がってきた。
アニヤとアネモネはキングを見て、異形との戦い方を理解した。
四ツ辻の肉屋まで、たかだか一区画のはずが、いつまでも終わりなく続くような森だった。
キングが前方の異形を切り裂き、アネモネが援護射撃をした。アニヤはその後ろに続き、残る異形を切り捨てた。
そうして3人は、歯を食いしばり、森を進んで行った。
息を切らして森を進んで行くと、突然、ゴキブリの異形が、群れをなしてやって来た。
それは、カエル同様、赤子並みの大きさをしていた。
森の進路は、瓦礫をのぼり、木の枝を渡り、次には異様に張りだした木の根のアーチをくぐるような道なき道だった。
3人にとって非常に悪い足場も、ゴキブリの異形は滑らかに侵攻してきた。
ぞろぞろと向かって来るゴキブリの異形を見て、キングは叫んだ。
「さばききれない!あっちだ!」
左側に倒壊した建物があった。3人はその積み上がった瓦礫を駆け上った。
瓦礫をのぼるとそこには、太い木の枝先があった。それは、丸太橋のように幹から伸びてきていた。3人はその枝を駆け足で渡り、太い幹までたどり着いた。
ゴキブリの異形たちは、まるで目が見えているかのように3人の進路を追い、瓦礫をのぼり始めた。
キングは、いくつもぶら下がっている植物の蔓をつかんで引っ張り、強度を確かめた。
いける、と判断し、刀を鞘におさめ、蔓を腕に巻きつけ握った。
「向こうに降りるぞ」
建物の残骸が、まるで壁のように地面から突き立ち、行く手をふさいでいた。それを超えた前方に灌木の茂みがあった。キングはその残骸壁を飛び越えて、灌木の茂みに着地することにしたのだ。
キングは、アニヤとアネモネの両者とも、同じ動作ができることを微塵も疑わずに、太い枝を蹴った。
蔓はきしんだが、キングは振り子のように目的の茂みに向かって飛んだ。
キングの体は、灌木の茂みに勢いよく突っ込んだ。
すぐに体勢を立て直し、振り返ってアニヤとアネモネを見上げた。
そして、キングはぎょっとした。
アニヤとアネモネがもめていた。
アネモネは、手榴弾を持っていた。
どうやら、アニヤはあたふたしながら、アネモネを止めようとしているようだ。
「あ」
キングの口から間の抜けた声が出た。
アネモネがピンを抜き、手榴弾を思い切り瓦礫に向かって投げた。
慌てたアニヤが高速でアネモネを肩に担ぎあげ、蔓を腕にぐるぐる巻いてつかみ、直後、茂みに向かって飛んだ。
「え」
キングの口から再び声が出た。
「どけ!」
アニヤの必死の声が聞こえ、慌ててキングは飛びのいた。
ドガーンという大きな爆発音がした。
爆風に飛ばされた瓦礫と、アニヤとアネモネが吹き飛んできた。
「うわあああ!」
キングは情けない声を上げた。
いろいろな勢いが混ざり合い、結局3人して茂みを押しつぶし、転がるはめになったのだった。
爆風がおさまると、キングとアニヤはむくっと起き上がった。
「お前ら、何やってんだよ!大体、こんなとこで、手榴弾はねえだろ!そんなことも分かんねえのか!」
キングの非難に、アニヤはムッとして反論した。
「アネモネは、ゴキブリが死ぬほど嫌いだ」
「私、取り乱したみたい」
アネモネが身を起こしながら言うと、アニヤが気遣うように、アネモネの髪に絡んだ木の葉をつまみ取った。
キングは頭を抱えた。
「仕方ないわね。みたいに言うなよ!簡単に死ぬぞ!」
「1回死んだはずの、てめえにだけは言われたくない」
「本当ね」
「う、痛いところを」
キングは、後ろめたさでひるんだ。
アニヤは、ややまなじりの下がった目を細め、キングをにらみつけた。
「大体、まったく俺らを振り返りもせず、ガンガン進んでくのも気に入らねえ。キングの後ろはアネモネだろ。速さを考えろよ!」
「信頼してるからだろうが。しかも、今の俺の足は、もらいもんと義足だ。たいして速くねえだろ!」
「うるせえ!そういう問題じゃねえよ。ゴキブリ見た時点で気付けよ。あんなもん、パニくって当然だろうが!」
「今更、ゴキブリがなんだ!不気味なもん、他にも散々見てるだろ?アニヤはすぐそうやって、アネモネの肩を持つ!」
「当たり前だ。俺の女だ!」
「未遂だろうが!やめろ。何ていうか、家族のそういうのは、見るに堪えん。ほら見ろ、鳥肌だ」
「知るか!今まで俺らを放置した罰だ。てか、未遂なのは、てめえのせいだ!」
キングとアニヤの言い争いは、不毛な方向に進んでいった。
その時、がちゃり、という金属音がした。
キングとアニヤは目を合わせ、言い合いをやめた。
いつの間にか、アネモネが無表情で、ハンドガンを構えていた。
視線の先には、破損した体を引きずるように壁を越えてくるゴキブリの異形がいた。
「あ」
キングとアニヤの口から、同時に声が出た。
アネモネが激しく引き金を引き始めた。
射撃音が連続して鳴り響き、ゴキブリの異形は動きを止めた。
カチカチと、弾倉が空になったことを知らせる音がしても、アネモネは引き金を引き続けた。
やがて、気付いて舌打ちをし、鞄から弾丸が装填された弾倉を引っ張り出して交換した。
もう倒してる、と伝えようと、アニヤが手を伸ばしかけたとき、ゴキブリの異形は霞となって消えた。
キングは、ホッとため息をついた。
アネモネが銃を下ろしたその時、ゴキブリの異形がもう1体、壁を越えようとやってきた。
アニヤには、アネモネの髪が一瞬逆立ったように見えた。
「お」
キングは、やばい、と察した。
一瞬にして、アネモネが鞄から手榴弾を取り出していた。
「アネモネを連れて退避!」
キングが叫ぶのと、アネモネがピンを抜いた手榴弾を投げるのと、アニヤが動くのと、三者の動きはほぼ同時であった。
アネモネの投げた手榴弾が、木々の隙間を縫って、美しい軌跡を描いた。
アニヤは、再びアネモネを担ぎ上げた。
キングは、進む方向を見定め、駆け出した。
アニヤがそれに続いた。
ドカーンという爆発音は、先ほどよりずっと近かった。
ガラガラと瓦礫が崩落する音が、重なるように響いた。
キングとアニヤは転げるような足取りで、森を走った。
爆風にも追いかけられて、まるで浮き上がるように、前かがみになって宙を蹴った。
そうして突然、森を抜けた。
始まった時と同じように、森は唐突に途切れたのだった。
森を走りきって転がり出たキングは、すぐに立ち上がった。そして、たった一つ残る建物を見た。
「これか」
古びた肉屋が、森に囲まれて、ぽつんとあった。
「おい」
振り返ったキングは、アニヤを下に、抱き合うように転がる二人を見た。
鳥肌が立った。
「さっさと起きろ」
アニヤは先に起き上がり、アネモネの手を引いて立ち上がらせた。
「怪我はないか」
「うん。ごめん。私、取り乱したみたい」
「生きてればいいんだ。どこかのどいつみたいに、勝手に死ななければ、それでいい」
「うん」
アニヤとアネモネは、ちらっと横目でキングを見た。
キングはぐしゃぐしゃと髪をかきむしった。
「悪かった!悪かったってば!」
キングは二人の恨み節の強さを知った。
「とにかく!本拠地に乗り込むわけだから、全滅、なんてバカげたことにならねえようにしようってことだ!」
キングは歩み寄り、アニヤとアネモネの肩に腕をまわした。
「異形の生き物たちは、術者の命そのものだ。倒した分、本体の力をわずかでもそいでるはずだ」
キングの言葉に、アニヤとアネモネは頷いた。
「生きて帰る。チビたちも全員連れて帰る」
キングは強い声で言った。
アネモネが、ふいにキングの首に腕を巻きつけた。そして、こすり付けるようにして、キングの胸に顔をうずめた。
キングは、アニヤの肩も抱いたまま、少し慌ててアネモネに言った。
「おいおい、何だよ」
「精神的にきつい。落ち着きたいから、ちょっとだけ」
「お前、アニヤの前だぞ」
「ちょっとだけ」
キングは呆れた顔になった。
「悪い女だな」
「キングは男じゃないもの」
アニヤのこわばった表情が緩んだ。
「確かに。キング、次は俺を抱いてくれ」
「断る」
キングはげんなりした顔で、二人を引きはがした。
3人は、それぞれに心を整え、四ツ辻の肉屋に体を向けた。
すりガラスの引き戸が、少し開いていた。
それに気づくと、なぜかそこから、腐った臭気が漂ってくるかのように感じられた。
キングが、不気味な気配を打ち砕くように、再び強い声で言った。
「行くぞ」
キングを先頭に、3人は四ツ辻の肉屋へと向かった。




