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呼応

 不思議な空間だった。

 時には、暗闇に星屑が散りばめられているような、時には、練乳に似た一色に染まっているような。

 あたかも、そこに川があって、その激しい流れの中に、シェイドとフロウはいるかのようであった。




 シェイドとフロウは、しっかりと手をつなぎ、その川を流されていた。

 猛スピードに圧倒されながら、フロウは尋ねた。


「どこに行くの?」

「たぶん」


 シェイドには、このスピードを自分が制御している感覚はなかった。しかし、自分の思い定めた人のところへたどり着くことを、なぜか理解していた。


 シェイドが答える前に、急に移動が止まり、視界が固まった。


 フロウは何度かまばたきをして、その場を確かめた。





 月明かりに照らされた大きくて贅沢なベッドの上に、ミカエルがいた。


 お腹から下は掛け布団に隠れているが、上半身はパジャマ姿で、すっかり寝るタイミングだったのだと分かった。

 両手を頭の後ろに組んで、仰向けになっていた。

 眠ってはいなかったようで、唖然とした表情で、二人を見上げていた。

 ミカエルには、半透明のシェイドとフロウが天井近くに急に現れ、そのまま浮いているように見えていた。





 ミカエルまで夢に出てきてくれた、と興奮しながら、フロウはハッとして自分の服装に目を向けた。


 さすが、夢。


 寝る時に身に付けていた着古したパジャマではなく、お気に入りのワンピースにレギンス、という出で立ちだった。フロウは満足した。




「ミカエル。急にすまない。どうか、俺に力を貸してほしい。俺の仲間の命がかかってる」


 ミカエルはベッドから起き上がり、床に立って二人を見上げた。


「幽霊ってわけじゃないよね。これは、魔術?フロウが?」


 ミカエルの問いに、シェイドは答えた。


「フロウじゃない。俺が巻き込んでる」


 シェイドは、もどかしそうに早口で続けた。


「上手く言えないけど、化け物が俺の持つというこの力を狙って、仲間を人質にしてる」


 ミカエルは眉をひそめた。

 シェイドは、理解してもらえない不安と、手遅れになる焦燥にかられつつ、必死に言いつのった。


「俺にも訳のわからないことだらけなんだ。でも、俺の持つ、このおかしな力が、フロウとミカエルに助けてもらえ、と言ってる」




 フロウは、どこまでが夢なのかと、少し疑い始めた。

 今までの自分の夢と、テイストが違い過ぎる。

 首をかしげるフロウをそのままに、シェイドは懸命にミカエルに呼び掛けた。



「頼む。一緒に戦ってくれないか。俺は何もしないで、無力でいて、バカみたいな強い力に、いいようにされて、振り回されっぱなしなんて、もうイヤなんだ!」


 叫ぶようなシェイドの声を聞いているうちに、ミカエルの中に何かが灯った。

 ミカエルは、真剣に言った。


「僕も、子どもでいることに、ものすごくイライラしてたところだ」


 シェイドとミカエルの目が合った。強い力で絡み合った。


「僕の力が本当に役に立つのかは、分からない。でも、僕も、何もできない子どもでいるのは、もうたくさんだ」


 ミカエルは拳をかかげた。

 シェイドがすかさず自分の拳をミカエルに向けた。


「行くよ!シェイド!僕を連れて行け!」


 フロウと左手でつながったまま、シェイドはミカエルに向かった。シェイドとミカエルの拳が正面でぶつかると、そこに、異空間の大きな川が再び現れた。

 ひとうねりした後、たちまち激しい流れが起こり、3人は流された。


 3人の去った寝室には、ミカエルの体が横たわっていた。












 どれほどの時間、流されているのかも、見当がつきにくい、まことに不思議な空間だった。

 3人はもう手を離していたが、バラバラになることはなく、まとまって流されていた。

摩訶不思議なこの空間を、3人はなぜだか違和感なく受け止めていた。


 フロウ、ミカエルとともにいるだけで、先ほどまでの、あれほどの恐怖感が、見事になだめられていることを、シェイドは感じとった。

 きっとカラカラは助かるはずだ。速く、もっと速く進め、とシェイドの気は急いた。




 二人と同じく半透明になったミカエルは、やはり綿シャツにジーンズという普段着になっていた。

 フロウは、やっぱりこれは夢なのか、と疑問でいっぱいだった。

 とはいえ、シェイドとミカエルに会えたので、正直に言うと、夢でも夢じゃなくても、もはやあまり関係なかった。





「ねえ、フロウ」


 焦りに顔をこわばらせ、口数の少ないシェイドの横で、ミカエルはおずおずと切り出した。

 フロウは、話しかけられて、うれしくて頬を赤らめた。


「うん」

「あの、ちょっとした質問なんだけどね」

「うん」

「あの、もし、僕とフロウがきょうだい、だったりしたら、どう思う?」


 一体、この空気で何の話だ、とシェイドは、別の意味で顔をこわばらせミカエルを見た。

 フロウはきょとんとした。


「考えたことなかった」

「うん。ちょっとだけ、考えてみてくれる?」


 ミカエルは、申し訳なさそうな口ぶりで言った。

 フロウは考えてみた。

 一瞬で答えが出た。


「うれしい!すてき!最高!」


 フロウは瞳を輝かせ、大きな声を出した。

 ミカエルは目を丸くした。


「そう?」

「うん!お兄さんでしょ?」


 ミカエルの頬も赤らんだ。

 悪くない、とすぐに思えた。


 シェイドはむしろ青ざめて尋ねた。


「今、この状況で、何の話?」

「ごめん!急だけど、実はその可能性があって」

「ええ!本当の話なのかよ!」

「きゃあ!」


 フロウは反射的に歓喜の声を上げた。

 シェイドの果てしない動揺をよそに、ミカエルは話を続けた。


「よく考えたら、そもそもアオウミ森、あの湖のことも、うちのお父様が話してたんだよ。ひどく美しいが、一般人はなかなか近づけないとかなんとか。知ってるかって聞くから、地図帳に載ってたって話したんだ」


 ミカエルの言葉に、少し怒りが混ざり始めた。

 フロウは、それに気づいてドキッとした。


「フロウは森に入れるでしょ。家で、フロウはお母様に湖のことも話すでしょ。それで、うちのお父様が、フロウのお母様から、その話を聞いたんじゃないかと思ったんだ」


 シェイドが、それだけの根拠か、とつぶやいた。

 ミカエルは、慌てて言った。


「僕のお母様が、興信所ってとこに調べてもらったんだ。そしたら、お父様はずっと長い間、フロウのお母様とお付き合いしていたことが分かったんだって」

「それは。そうすると、そうか。可能性があるわけか」

「うん。僕、こんなにびっくりしたことなかったよ。フロウは僕の大事な友達なのに、変なことになっちゃって」


 ミカエルは、悔しそうな表情で苦しげに言った。


「お母様が倒れたんだ」


 フロウの胸がズキンと痛んだ。思わず口元に手を当て、息をのんだ。


「お母様は昔から体が弱くて、あまり多くのことに耐えられない。なのに、もう耐えられないっていう謎の理由で調査して、やっぱり耐えられないってことで、倒れちゃったんだよ。僕、ショックで」


 ミカエルは頬杖をつくかのように、顔に手を当てた。


「僕がフロウに会ってると分かったら、お母様はどうなっちゃうんだろう。そう思ったら、もうフロウに会ってはいけないんだと思った」


 ミカエルは眉尻を下げて、ごめんね、約束をやぶってしまって、とフロウに謝った。

 フロウは、フルフルと首を横に振った。

 シェイドは、ミカエルも3人で会う約束を破ったことを知り、即座に、フロウの受けたであろう衝撃を悟った。


「でもね、苦しかった。お父様に対しても、お母様に対しても、イライラする。もう、何をしても落ち着かない。何で、こんなことになった。いい加減にしてくれって。夜もろくに眠れなくなった」


 ミカエルは、フロウを見つめた。


「会いたかったんだ」


 フロウは、半透明でもなお清らかなスカイブルーの瞳に射抜かれた。

 求められて、心が痺れた。

 心のままにフロウの唇が動いた。


「私も会いたかった」


 シェイドの胸がチクリと痛んだ。


「ミカエルにも、シェイドにも、会いたくて会いたくて、私も眠れなかった」


 シェイドは、自分の名前も出てきたところで胸がざわめき、眠れなかったと聞いて、先ほど寝室で泣いていたフロウを思い出し、心苦しさをおぼえた。




 ミカエルの話を聞く中で、フロウの内側では、いろいろな思いが立ち上がり、錯綜していた。


 ミカエルの母親を案ずる気持ち。罪悪感。好き勝手ばかりする母マルタや、マルタを自分から奪ったミカエルの父親への怒り。それ以外にも、言葉にならない数多の思い。

 複雑であった。


 だが、最終的には、シンプルで力強い一つの思いが、さまざまな複雑さに打ち勝っていた。


「ごめんなさい。ミカエルがお兄さんなら、やっぱりうれしい」


 フロウは絆に飢えていた。

 容易には断ち切れない、きょうだいというつながりは、喉から手が出るほど魅力的だった。

 そんなものを見せられたら、なりふり構わずしがみつく以外に、考えられなかった。


「もし本当なら、秘密にしないといけないことなのかもしれない。嫌がる人もたくさんいると思う。でも、どうしても、うれしいの。私はうれしい」


 フロウの飢えたまなざしを向けられたミカエルは、瞬間的にフロウを抱きしめた。

 シェイドがぎょっとした。


「フロウ、大好き」


 フロウはあまりのことに、フリーズした。

 シェイドも隣でフリーズした。


「僕も納得した。どっちでもいい。いや、それでいい。親がどうでも、もういい」


 ミカエルは、フロウの両肩をつかんで距離をとり、フロウの目を見て言った。


「僕とフロウは、いつまでも、つながっている」


 フロウの表情が崩壊した。

 とてつもない感情が、急激にフロウを突き抜けたのだ。

 激情のままに、フロウは大声でワンワン泣きはじめた。


 ミカエルは、もう一度、そっと大切にフロウを抱きしめて、目を閉じた。




 シェイドは、二人を見ながら、自分の胸に手を当てた。

 もし、血のつながりがあるのなら、知らぬ間に二人は呼びあっていたのだろうか。

 今、目の前にある絆は、シェイドには、手出しのできないものだった。


 ならば、自分のこの力はどうなのだ、と考えた。

 一体、何につながり、何を呼ぶのか。


 シェイド自身や仲間を窮地に追い込んだものであり、それを脱する力にもなろうとしている。

 この危機を乗りきれば、答えが分かるのだろうか。


 抱きしめ合う二人を外側から見ながら、シェイドは身の内をめぐる力に思いをはせていた。




 やがて奔流は、まるで出来事を見ていて、タイミングをはかったかのように、次なる目的地へと3人を導いた。












 乳色の柔らかな光に満たされた空間に、傷だらけの女の子が1人、倒れ伏していた。


「カラカラ!」


 流れが止まり、空間が定まるやいなや、シェイドは女の子に向かって駆け出した。


 半透明だった体は、指先がわずかに霞む程度にまで、実体化した。


 シェイドの手首は、縄の摩擦により広い範囲で皮が向け、血が出ていた。

 痛みに構わず、シェイドはカラカラに駆け寄り、膝をついて横向きの顔をのぞき込んだ。


「カラカラ、分かる?カラカラ、返事して!」


 カラカラの顔には、乱れた髪の毛が張り付いていた。今も出血を続ける傷もあった。

 カラカラは目を閉じたまま反応しなかった。

 シェイドが耳を寄せると、紫色の唇から、わずかに呼吸が感じとれた。


 フロウは、カラカラの惨状に言葉を失っていた。

 見たこともないようなケガだった。

 泣いている場合じゃない。

 おびえている場合でもない。

 震える足を叱咤して、フロウは前に進んだ。

 ミカエルがフロウの腕を持って支えた。


「フロウ、カラカラは俺の大事な仲間なんだ。カラカラを助けてくれ。お願いだ!」


 意識のないカラカラを前に、シェイドは動揺を隠せずに訴えた。

 フロウは怖くてたまらなかった。

 しかし、シェイドの役に立ちたい、という思いが、恐怖をねじ伏せた。


「やってみる」


 格好悪く、言葉が震えた。

 カタカタと歯の根も合わなかった。

 フロウはカラカラの横にペタンと座り込み、胸の前で手を組んだ。

 震えは止まらなかったが、覚悟を決めた。

 フロウは目を閉じた。


 シェイドとミカエルは、一歩退き、フロウを見守った。




 お願い、シェイドの大事な仲間、カラカラちゃんを助けたいの。

 フロウは心でそう前置きをしてから、震える声で、呪文を唱え始めた。


 フロウの胸の奥にある扉が、以前より容易く開いた。

 そこから湧き出た力が、螺旋を描いて泡立ち、カラカラに向かって流れ始めた。


 いつの間にか、小山のように積み上がった補助媒介の石が、空間にあった。


 その中の、緑色の石たちが、ひと際、輝きを増した。

 緑色の光が連なり、フロウに吸い込まれていった。


 フロウは、前回よりも上手に魔術を使えていると感じた。

 しかし、その分、力の動きが大きかった。

 体から、何かが抜き取られて行くような感覚が続き、時折、めまいをおぼえた。


 次第に、呼吸が乱れ、息苦しくなってきた。

 それでもフロウは、額に汗をにじませ、ギリギリまで踏ん張った。


 フロウは、胸の前に組んでいた両手をほどき、空間に手をついた。

 顔を上げることができず、ハアハアと荒い息を吐いた。

 これ以上、呪文が続けられなかった。


「フロウ!」

「大丈夫?」


 シェイドとミカエルから、すぐに声がかかった。


 長い栗色の髪が垂れ、視界が遮られていた。

 フロウは、懸命に顔を上げ、カラカラを見た。




 カラカラは、紫色の唇のまま、倒れていた。




 フロウは衝撃を受けた。

 カラカラの傷は、確かに数を減らしたようではあった。

 出血も概ね止まっているようでもあった。


 しかし、傷の数が多すぎた。

 そして、1つ1つの傷が何度もナイフでえぐられており、想像以上に深かった。

 そのため出血量も多かった。


 カラカラは、いまだ命はつないでいるようだった。

 しかし、誰の目にも危険な状態に映った。


 自分の力不足を、フロウは痛感していた。

 しかし、期待に応えられないことも、人の命を救えないことも、認めたくはなかった。

 誰にも見てもらえない、何の役にも立たない、いてもいなくてもかまわない、そんな自分を、フロウは全力で拒否した。





「もう一度」


 フロウは座ったまま、よろめきつつも、必死に体を起こした。


「もういい、フロウ!大丈夫だから、後は何とかするから」


 青い顔をしたシェイドが、フロウに手を伸ばした。


「いや!」


 フロウは激しくシェイドの手を払いのけた。

 シェイドは驚き、フロウを見た。

 フロウは汗にまみれた険しい顔で、息を切らしながら言った。


「嫌なの!待っているだけの子どもでいるなんて、私も、もう嫌なの!」


 フロウは再び、胸の前で手を組み祈り始めた。


 ミカエルがシェイドに歩み寄り、その肩に手を置いた。

 シェイドは少しの間フロウを見つめ、それから頷いて、一歩下がった。




 フロウは強く願った。

 力がほしい。

 何もできずに泣くのはもう嫌だ。

 この命の続く限り、どうかお願い。


 強く強く願った。




 シェイドは、カラカラの無事を祈っていた。

 カラカラを救うのは、やはりフロウなのだと心から信じた。


 その時、シェイドの中の黒い輝きがひとうねりした。


 シェイドの中から飛び出した輝きは、ミカエルの体をなぞるように動いた。

 シェイドとミカエルが驚きで目を丸くするうちに、黒い輝きのスプーンは、ミカエルのプラチナの光をすくい上げ、そのままフロウの背中に飛び込んだ。


 小山になった補助媒介の中から、透明な石たちと緑色の石たちが、激しく震動し始めた。

 それらの石は砕け散って輝きとなり、フロウの身を包んだ。


 祈りを捧げるフロウを取り巻くように光が走った。

 あまりの輝きに、シェイドとミカエルは、フロウを見失った。


 フロウの周りを渦巻く光は激しさを増し、最後に大きくはじけた。

 フロウがいなくなった。






 代わりに、女がいた。







 女は、アーモンド形の大きな瞳を、驚いたように見開いていた。

 栗色の柔らかな質感の長い髪の毛が、滑らかな頬のラインをかすめ、わずかに揺れていた。

 正座を崩したように、ペタリと座っているが、ひざ丈のワンピースから見えるすねから足先にかけてのラインは、すらりと美しい伸びやかさを見せていた。

 その桃色の柔らかな口元が動いた。


「何?」


 女は、違和感に応じ、視線を下げた。

 細くて長い指が見えた。自分で動かせた。

 ワンピースの胸元が豊かに盛り上がっていた。

 触ってみた。

 柔らかい。

 その上、触られた感触があり、まさに、自分の胸だと分かった。


 びっくりして顔を上げた女は、シェイド、その後ミカエルと目が合った。

 シェイドもミカエルも、固まっていた。


 ミカエルは、フロウの母マルタを写真で見ていた。

 だからなのか、先に反応できた。

 

「フロウ、だよね」


 フロウは、必死に頷いた。





 フロウは、大人の女性に成長した姿をしていた。

 非常に驚いたが、どうやら姿だけではなかった。

 明らかに、感覚も感情も思考も、どうやら子どものものではなかった。


 フロウはハッとして、カラカラを見た。


 できる、と感じた。


「今の私ならできる」


 フロウがそう言うと、シェイドとミカエルは、同時に何かを察した。

 フロウは二人に頷いた。





 目を閉じると、フロウは自分の中の力の流れを感じ取った。

 よく分かった。

 ハシマが店でしている魔術も、怖いくらいに理解できた。


 フロウの中の扉が開き、滑らかに、次々と、そして、子どもの時とは桁違いの強さで、力があふれだした。

 緑色の補助媒介の石の輝きも加わり、フロウの力はカラカラの傷を癒していった。


 傷をふさいで、血を造って、骨をつないで。

 歌うようなフロウの呪文を受けて、緑色の光が、糸のようにカラカラを走った。

 それは、美しい魔術だった。




 しばらくそれが続き、やがて、静かに光が途絶えた。


 フロウは目を開き、カラカラを見た。





 カラカラの唇に血の気が戻り、呼吸が安定していた。


 

 


 シェイドはカラカラに歩み寄り、その手を両手で握った。


「怖かったろ、もう大丈夫だ。カラカラ、少し休んでてくれ」


 シェイドは、触れることも恐ろしく、うつぶせのままだったカラカラを、仰向けに直した。

シェイドは安堵の息を吐いた。

 カラカラは、穏やかな表情で眠っていた。




 シェイドは、改めてフロウを見た。

 どこからどう見ても美しい大人の女性だった。

 違和感と照れくささで困惑しながら、それでも真剣にシェイドは言った。


「フロウ、本当にありがとう。本当に、本当にありがとう」

「ううん。私こそ。頼ってくれてありがとう、シェイド」


 はにかむフロウと目が合い、シェイドの頬は少し赤らんだ。


「フロウ、すごくきれいな魔術だったね。それに、今のフロウもきれい。フロウのお母様の写真も見たけど、フロウの方がずっときれいだよ」


 ミカエルが言うと、フロウは照れくさそうにフフッと笑った。

 相変わらずのミカエルの直球に焦ったわけでもないが、シェイドは急いで言った。


「フロウ、必ず、お礼はするから」

「じゃあ、また、秘密の遊び、してくれる?」


 小首をかしげてフロウは言った。シェイドは今度こそ真っ赤になった。


「ごめん。冗談です」


 フロウは小さく舌を出した。

 ひと山越えて、フロウも少しハイになっていた。

 今のフロウにとって、シェイドとミカエルは、ものすごい美形の年下の少年たち、という感覚が強く、いつもよりずっと余裕があった。


「シェイドには感謝しているの。頑張る機会をくれてありがとう。私、カラカラちゃんを助けることができて、シェイドの役に立てて、本当にうれしかった」


 フロウは立ち上がり、美しい仕草でおじぎをした。

 シェイドは気恥ずかしい思いで、おじぎを返した。





「さあ、シェイド。今度は、僕の番でしょう?」


 ミカエルが、力強く、拳を手のひらに打ち付けて言った。

 シェイドは振り返り、力強く、頷き返した。





 もうひとつの戦いに向けて、シェイドの中の力が、もうひとうねりした。

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